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CULTURE-HAMMER  作者: エグゼ
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第0章「ダイアリー」:1

0 ダイアリー




九月二十四日


戦友であるハワードが前線から外されることが決定した。上官と揉み合いになった彼を止めるのは自分の役目でもある。


暴れる彼を後から羽交い絞めにして怒りが静まるのを待つ。しかしいつにもましてその怒りは激しいものだった。


興奮した彼に殴られて奥歯が一本抜けた。ぐったりとした様子のハワードを部屋まで連れて行く。その顔は悔し涙で濡れていた。


十月二日


ハワードはすでに精神を病んでいる節があり、上層部もそのような兵士を前線で戦わせるのは危険だと判断したのだろう、


その判断は自分も正しいと思った。この日、ハワードに最後の任務が与えられた。二日後に敵の侵攻予測地点に先行し、


その場で迎撃するというシンプルなものだった。その日、ハワードは部屋から一歩も出ようとはしなかった。


(『マスタッシュ大尉の手記』第二章より抜粋)






マスタッシュ=ベールゼンは英国出身の軍人である。米国を中心とした世界連合EU戦線部隊に配属になってすでに九年、


結婚もできないまま人生の貴重な年月を捧げて手に入れたものといえば、


軍内部でのそこそこの出世とそこそこの人望と人脈くらいなものだった。


 だからどうというわけでもなく、彼は焦りもせずただその日を生き残るために戦い続けた。




『マスタッシュ。この戦争が終わったらお前は結婚するべきだよ』


「・・・ハワード、任務中だぞ。それにその話はもう聞き飽きた」




今回の任務はすでに始まっていた。マスタッシュの自機を並走するのはハワードの機体だ。この通信もやはり彼からのものである。


本来このような内容の会話は軍規に反するもので、しかも機体のレコーダによってしっかりと記録されている。


それを承知でハワードはこの通信をしているのだ。むしろ悪びれた様子も無く彼はいつもの明るいトーンで話を続ける。




『相手は何を隠そう俺の妹さ。良い女だ。気立てもいいし、お前好みのおしとやかな奴なんだ』


「任務に集中しろ。話なら後で聞いてやる」


『いいや、ダメだね! この話は今しておかないとダメなんだよ。妹にはすでに話してあるんだ。


 お前が迎えにきてくれるのを楽しみにしてる。結婚したら俺はお前の義兄さんになるってわけだな』




マスタッシュは軍での生活と私生活を両立するのは自分には無理だと感じていた。その点では彼と長年の友人である


ハワード=アドラーは上手にその生活を送っていたのだろう。定期的に家族とTV電話で話している彼の顔は確かに幸せそうだったし、


画面の向こう側にいる若々しい彼の妻と幼い娘も同じだ。


愛妻家で子煩悩、それがハワードで、マスタッシュにも家族の素晴らしさを何度も語っていた。


 しかし妻と娘を戦争で失ってから彼はどこか人が変わってしまったとマスタッシュは思う。


他人、特にマスタッシュにしつこく結婚を勧めるのだ。最初は知り合いの女性を紹介すると言い、次は親戚、そして今は実の妹を彼の花嫁として。


『結婚したら子供をたくさん作るんだ。ああ、そうだなぁ・・・、サッカーチームを作れるくらいがいいなぁ』


若干焦点の定まっていない瞳でそう語る彼の顔が脳裏に浮かぶ。


長きに渡る人類と異星人の戦争、今現在パワーバランスが平行線を保つようになった結果、この戦争は終わりのないものとなってしまった。


兵士達の精神は疲弊していく一方で、特に敵の襲撃が集中している戦線などはひどいものだ。


かく言うこのEU戦線もまたある意味でも最前線ということになるのだろう。


そんな中で唯一の心の支えだった家族を失ったハワードの精神はすぐに限界に達し、あっという間に擦り切れていった。




『仲人はもちろん俺だからな』


「他人の幸せを考えてやれるお前は素晴らしいと思うけどな、それは押し付けだと俺は思うよ。


 お前の妹さんだって見ず知らずの男と結婚するのは正直嫌だろう」


『いいや、妹はわかってくれたよ。マスタッシュ、お前のいいところを手紙にびっしりと書いて送ってやったし、電話でだって言ってやったさ』


「それが押し付けだというんだ!」




少し声を荒げて言い返してしまう。




『俺はお前に幸せになってほしいんだ・・・』




結婚。好き合った男と女が結ばれ、家庭を築き、子供を生み、育てる。それが人の幸せだということに対して否定はしない。


しかしそれは『幸せ』の一つの選択肢でしかないとマスタッシュはその時激しく思ったのだ。




「お前が前線から外されて正解だった。お前は故郷で結婚相談所でも開いているといいさ」




今自分と会話している男は自らの『結婚生活』が消滅したのを認めきれていないのだ、だから他人に自分の考えを押し付ける。


そうでもしなければ自分の精神を支えきれないのだろう。


そこまで彼を追い詰めたのは他でもないこの戦争だということにマスタッシュは深い憤りを覚えた。


彼が今の今まで前線にいることが出来たのは長い戦いの中で染み付いた技能、それも非常に優れたものがあったからだ。


 長い歴史の中で繰り返されてきた人間同士の戦争とはまったく異なったこの戦争。


相手が人類に敵意を持って攻撃を仕掛けてきているのはわかる、


しかしどのような思想でこの戦争に挑んでいるのか相手と対話する術をもたない人類には理解できないことだろう。


友人をここまで歪めた敵を許せない、憎い。


だから戦闘時では一切手を抜くことはない、敵の戦闘兵器が蜂の巣になって爆発四散するまで弾を撃ち込む、


それが自分にできる唯一のことだとマスタッシュは思った。


敵を捕獲する必要は無い、今まで敵異星人の兵士が捕獲されたというケースはまったく無いからだ。


今では敵の戦闘兵器はすべて人工知能による無人機だという結論に達している。


自分達の手を汚さずに戦争を行う相手の戦法、それに対する怒り、失った者への弔いも含めて人類は開戦当初の劣勢を跳ね除け、


一気に互角の戦いへ持ち込んだ。人類のさらなる進化の可能性もこの時見え始めたと言えよう。




『寂しいこと、言うなよ・・・』




人類のさらなる進化、それは果たしてすべての人類が迎えることはできるのだろうか?


この友人の姿、他者を理解する能力の低下、これが進化の一環だとしたら我々人類の進化の先に待つのは一体なんなのだろうか。




「ハワード、ここで一旦お別れだ。幸運を祈る」


『了解した。それじゃあ行ってくるぜ』




落ち込んだかと思われたが意外にもハワードは、けろりとしていた。


彼の機体は器用に片腕を上げて挨拶を交わすと一段階速度を上げて、先へ進んでいく。


その後を数台の支援車両が続き、予定通り敵の侵攻予測地点へ先行する部隊が出来上がった。


マスタッシュを含めた残りの面々は後方待機となっている。




「(一旦お別れだ、か)」




我ながらなんと思いやりのない言葉だろうか、マスタッシュは自分の無神経さに呆れつつ、ハワード達を見送った。


こうして見るとやはりハワードの機体は絶妙のバランスを取りながら二本の脚で大地を踏みしめている。その姿は人間そのものだ。


 二足歩行の機動兵器、ハワードは確かにその操縦に関してはマスタッシュさえも及ばないほどの才能を持っていた。


もし亡くなった妻と娘の亡霊の呪縛から脱することができたなら、間違いなく彼は巨大人型機動砲手のスペシャリストになっていたことだろう。




「(だが俺にはそんなことをする権利は無い。だから・・・)」




友の中では確かに妻と娘との幸せな記憶が未だに鮮明に残っていて、それを忘れろなどと言えるわけがなかった。


 ハワードの機体はいつの間にか肉眼で確認できない距離まで歩を進めていた。

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