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第8話 カミツキガメのスープ

「ああ、つまらないなぁ」


 山猫の亜人であるガトモンテスは、厨房で野菜の皮むきをしながらぼやいていた。

 今年で13歳になる。同年代と比べると頭ひとつ抜けており、商業奴隷の監督であるゴーシュにも一目置かれていた。

 そんな彼でも不満がある。ここ最近は奴隷用の食事ばかり作っているのだ。


 商業奴隷の食事は、狩猟で買い取ったアライグマやヌートリアの肉に、ブラックバスやブルーギルなどの魚を使用される。

 従業員の場合は、牛や豚、鶏の肉を食していた。野菜などは大量に余った腐りかけが多いが、それで食中毒を起こせば、その奴隷の罪になるのである。


 ガトモンテスは今日も厨房で野菜の皮むきと、掃除に食器洗いで過ごしていた。

 厨房の責任者であるマンガリッツァの亜人であるビジテリアンは、料理の達人である。

 フエゴ教団からレシピを教えてもらい、世界各国の料理を作れるのだ。

 

 ちなみにマンガリッツァとは豚の品種である。全身が黒く、羊のような毛で覆われているのだ。

 エビルヘッド教団の本拠地であるフィガロよりも、北にあるハンガリーと呼ばれた国の出身なのである。

 今はその国もなく、小さな集落があるだけとのことだ。

 

「なんだガトモンテス。お前は私の方針に不満を抱いているのか?」


 背後に声がした。ガトモンテスは驚き、振り向くと、そこには三毛猫の亜人ゴーシュが立っていた。

 その顔は平穏なものだが、身体からは陽炎が浮かんでいるように見える。


「はい、不満です。俺に料理を作らせてくれないことに納得できません」


 ガトモンテスはじっとゴーシュを見て、自分の意見を言った。昔はぼくだったが、今は俺になっている。


「ふむ、それは君が偉いからなのかね?」

「? 質問の意味が分かりません」

「わからないか? 君は料理ができる自分が偉いのかと訊いておるのだよ」


 ゴーシュは鋭いまなざしで目の前の未熟者を見た。ガトモンテスは首を傾げている。


「なぜ料理ができると偉いのでしょうか? 私は自分でできると思ったから言っただけです」


 それを聞いてゴーシュは納得したようであった。ガトモンテスは自分の腕にうぬぼれているだけであるとわかったからだ。

 去年縊死したグルトンの二の舞になることはないようである。


「今日はな、特別な料理人が来てくれたのだ。お前にも紹介してやろう」


 そういってガトモンテスに仕事が終わった後、決められた時刻に来るように指示されたのである。


 ☆


「初めまして。私はキヨモリと申します。天照あまてらす皇国から来ました」


 夕方のラタ商会の厨房でガトモンテスを始め、料理長のビジテリアンと他の商会からの料理人も来ていた。

 キヨモリという男は天狗であった。赤い肌に高い鼻の持ち主だ。偉丈夫で背筋がピンと立っている。

 天狗は妖怪であり、天照皇国では西は妖怪、東は西洋の魔物が住んでいるとのことである。

 

「あの人はどんな人でしょうか?」

「世界を回る料理人だよ。どのような食材でもすばらしい料理を作ることで有名だね」


 ビジテリアンが説明した。キヨモリは革のかばんから包丁を取り出した。まるで東洋の刀のように美しかった。

 それを手にする彼は、料理人というより、東洋のサムライのようだと思った。前にコミエンソで商業奴隷たちと一緒に見た映画を観たからである。

 時代劇という映画であった。


「今日の食材はカミツキガメです。これでスープを作ります」


 そういってキヨモリはカミツキガメを用意した。

 カミツキガメとはカメ目カミツキガメ科のカメである。

甲長は約40センチで頭が大きい。あごの力が強くて、よくかみつく。それでなんでも食べるため外来種と恐れられていたのだ。

ニューエデン合衆国の前身である北アメリカから南アメリカ北部の淡水に分布し、ほとんど陸に上がらないカメだ。


 キヨモリはカミツキガメの内臓を傷つけずに包丁を入れる。

 そして皮を湯引きして、数分茹でた後甲羅を剥がして捨てた。身は結構多い。

 

 肝臓と開いた腸を湯引きし、腸を軽く洗った。

 一連の動きは見事なもので、まるで曲芸を見ているようだ。

 それを見てガトモンテスは衝撃を受ける。料理長のビジテリアンもすごいが、キヨモリの腕はそれを上回っていた。

 

 鍋には生姜にゴボウ、ネギが入っていた。醤油で味付けし、皮と身を入れて完成する。


「見事だね。一見雑に見えても無駄な動きがまったくない。さすがはキヨモリ殿だな」


 ビジテリアンは感動していた。その横にいるガトモンテスは固まっている。キヨモリの腕に見ほれたのだ。

 

 ガトモンテスはスープの上にある腸をスプーンですくい、食べる。

 ぷるぷるしてなかなかおいしい。ホルモンのような感触に似ていた。

 甲羅についていた肉は味が薄く、繊維は強い。柔らかくとろとろとした味わいがよかった。


「ううっ」


 ガトモンテスの目から涙がこぼれた。感涙したのだ。

 自分が井の中の蛙であることを思い知らされたのである。

 ビジテリアンはそれを見て微笑んだ。


 次の日からガトモンテスは黙々と言われた仕事をこなしていた。自分が未熟者だと実感したからだ。

 厨房での野菜の皮むきも真剣である。

 その様子をゴーシュとキヨモリが窓の外から見ていた。


「ありがとうございます。これで天狗になった彼の鼻も折れた事でしょう」

「それは幸いです。わたしにも同じ経験があるので、道を正すことができてよかったです」

「彼はうちの期待の星なのですよ」


 本来ラタ商会はキヨモリを呼ぶつもりはなかった。フレイ商会のアセロ会長の前で腕を振るう予定だったのだ。

 それをラタが土下座して頼み、ラタ商会で調理してもらうことにしたのである。

 その後、アセロ会長にも料理を振舞ったのは言うまでもない。


 ゴーシュがガトモンテスに期待したのは、彼の態度であった。

 自分を偉いと思っておらず、自分はなんでもできると思い込んでいたのである。

 根拠のない優越感ではなく、自分を頼らない苛立ちを抱いていたのだ。


 この手の人種は自分より強い人間に叩いてもらうに限る。

 もっとも不貞腐れて潰される場合もあるが、ガトモンテスは心配なかった。

 彼は闘争心に火をつけている。キヨモリの腕に敬意を表すると同時に、勝負して勝ちたいという負けん気の強さがむくむくと沸き上がったのだ。


 まだまだひよっこであるが、いずれはキヨモリを超える腕になるだろうと、ゴーシュは予測するのであった。

マンガリッツァの亜人の名前は、宮沢賢治のビジテリアン大祭から取りました。

天狗のキヨモリは平清盛からです。天狗とあだ名されていたからです。

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