第7話 インドクジャク料理
「ほら、こいつはトルティージャだよ」
ガトモンテスはテーブルの上にホカホカのオムレツが載った皿を出した。
目の前には新たに雇ったヒアリの亜人、ソルがそれを見つめている。
彼女の住んでいた村はあまり料理にこだわらないからだ。
今は朝方で、店を開く前である。
「こいつはインドクジャクの卵を使っている。中身はジャガイモが入っているんだ。スパニッシュオムレツとも呼ばれているよ」
スパニッシュとはスペイン風という意味である。スペインとはオルデン大陸の前の名前だ。現在はレスレクシオン共和国と呼ばれているが、一般人には浸透していなかった。
ソルはオムレツをナイフで切り、一口入れる。
ジャガイモの他にホウレンソウや玉ねぎ、イノブタのベーコンは炒められていた。
なんともいえない柔らかく甘い、不思議な味であった。
「……おいしい」
それを聞いてガトモンテスは満足そうであった。
ソルはパクパクと平らげていく。
ちなみにインドクジャクとはキジ科の鳥である。全長は、雄が約2メートル、雌が約1メートルほどだ。
雄は頭から胸まで青色、背は緑色で光沢がある。雌は背面が褐色だ。
卵はニワトリより一回り大きく、普通に食べられる。君が少し大きいくらいだ。
かつてガルーダ神国の前身であるインド・スリランカに分布していた。インドの国鳥であり、今でもガルーダ神国ではあがめられている。
何も知らずにインドクジャクの肉を食べて、激怒するガルーダ神国の人間も多い。
繁殖しやすいが、体が大きいことと、鳴き声がうるさいという難点がある。
それでも減ったニワトリの代用品として食されていた。
「次はコシードだ」
そう言ってツキヨダケの亜人であるルナが鍋を持ってきた。
鍋にはイノブタの骨付きばら肉に、インドクジャクの手羽先、ジャガイモにニンジン、キャベツに長ネギ、ひよこ豆が入ってあった。
インドクジャクの肉はニワトリより硬く、煮込まないと食べずらいのだ。
ニンニクの匂いがかすかにする。ガトモンテスは肉と野菜を皿に取る。煮汁に茹でたショートパスタを加えた。
「コシードって何?」
「煮込み料理だな。かつてスペインと呼ばれた時代、カスティーリャ地方に伝わった料理なのさ。もっとも俺もコミエンソで初めて知ったけどね」
ちなみにコシードは地方によって材料など違う場合がある。
もっともソルには関係ない。彼女はそれを口にした。
「うん、おいしい」
ソルはおいしそうに食べた。肉汁と野菜が染みたショートパスタも初めて食べたが、とてもおいしかった。
ヤギウシやアライグマのシチューしか食べたことのないソルには未知の味である。
「うん、満足」
ソルは鍋の中身をすべて食べた。ルナはそれを見て驚く。驚くべき胃袋だと思った。
「店長、すごい。魔法使い」
「そうでもないさ。レシピさえ知っていれば誰だってできる。俺にできるのは食材の良し悪しを見極めるくらいだな」
ガトモンテスは謙遜した。ソルは尊敬のまなざしを向ける。
「それでもすごい」
「いや、世の中には俺より腕のいい人が多い。俺など井の中のカエルよ」
「そうかなぁ。店長が来なかったらインドクジャクの肉なんて喰えたもんじゃなかったけどね」
ルナはつぶやいた。フエゴ教団は様々な調理法を村人に提供したが、あまり広まらなかった。
自分たちが慣れ親しんだ調理法しかやりたがらなかったのである。キノコの調理もフレイ商会やラタ商会などが教えなければ、未だに変わることはなかっただろう。
「店長よりすごい人って誰?」
「俺の恩人だ。あの人がいなければ俺は今も出口の見えない霧の中をさまよっていただろう」
ガトモンテスは遠い目をした。
「さてこれから仕込みを始めるぞ。ルナは店の掃除を、ソルは野菜の皮むきを頼む」
「はい!」
店長に命じられ、ソルたちは動き出した。ソルはジャガイモやニンジンの皮を素手で剥く。彼女の爪は鋭く、包丁いらずだ。
その様子を見て、ルナの表情は曇った。
コシードはスペイン風ポトフです。地方によっていろいろあるみたいですね。