第6話 プレコ料理
「こいつはドングリのクッキーです。私の村ではおやつとしてよく口にしていました」
ラタ商会の厨房で12歳のガトモンテスは子供たちに説明する。
皿には茶色いクッキーが並べられていた。ガトモンテスが作った物だ。
まずドングリを水に入れて、沈んだドングリだけを使用するのだ。水に浮かぶのは古かったり、虫に食われている場合がある。
殻をむきやすくするために、軽くゆでる。中の虫を殺すためだ。
そしてドングリの殻を金づちで砕き、殻と薄皮を剥がすのである。
最後に沸騰した湯で煮込み、水につければあく抜きは完了だ。
バターと砂糖を混ぜ、卵の白身を加える。ドングリの粉末と小麦粉を混ぜ、焼くのだ。
渋みの少ないマテバジイが最適だという。ガトモンテスが使用したのもそれであった。
子供たちはドングリのクッキーを口にする。みんなおいしそうに食べていた。
それを見たガトモンテスは満足そうである。
その様子を眺望の外から眺めている者がいた。ガトモンテスと同年代の人間の商業奴隷だが、彼に対して憎しみの目を向けていたのだ。
「さすがはガトモンテスだな。同年代の奴より頭の出来が違う」
「あいつの住むロカマノ村の村長は、自分の子供たちにみっちりと勉強させていたそうだ。文字の読み書きだけではなく、世間の厳しさも教えたという。教える立場になって当然だな」
先輩である人間の商業奴隷たちはガトモンテスを褒めたたえる。彼らは素直に彼の実力を認めていた。
☆
「てめぇ、むかつくんだよ!!」
夜に寝室でガトモンテスは殴られた。二段ベッドがある狭い部屋である。灯りはロウソクだけで他には家具はない。
殴ったのはもじゃもじゃの髪に小太りの人間であった。グルトンといい、彼も商業奴隷だが、やる気のない性格で、面倒事を極端に嫌う性質なのだ。
それ故に先輩たちにはいつも怒鳴られ、まとめ役で三毛猫の亜人ゴーシュに叱られてばかりいた。
何度注意されても修正することなく、責任感がまったくないため重要な仕事は一切まかされずにいたのである。
そもそも商業奴隷は自動的に決められた年月を過ぎれば解放ではない。技術を磨くのが目的であり、ただだらだらと過ごした奴隷は一生家畜のように扱われるのだ。
「旦那様に気に入られたからって図に乗るな! お前みたいなやつがいるから俺たちは必要以上に働かされるんだよ! 人の気も考えろ!!」
グルトンは理不尽に怒鳴るが、別にガトモンテスは特別扱いなどされていない。監督役のゴーシュが商業奴隷の働きを見て、判断しているだけだ。
むしろガトモンテスは他の人よりも難しく、忙しい仕事に回されている。
使える奴隷がいれば、利用するのが商人なのだ。
代わりにグルトンたちのような怠け者は厳しくしている。実のところ、それほど仕事を増やしているわけではない。グルトンにとっては面倒な仕事をやらされていると勘違いしているのだ。
彼は暇な仕事には「暇だ暇だ」と苛立っており、忙しければ「面倒臭い面倒臭い」とぼやくのである。
ゴーシュもそれを理解しており、ことさら厳しく扱っていた。それをガトモンテスに逆恨みしているのである。
「ぼっ、ぼくは普通に仕事をしているだけだ。あんたみたいに怠けているわけじゃない!!」
ガトモンテスはよろよろと起き上がり、吐き捨てる。それを聞いてグルトンはさらに殴りかかった。
他の仲間もガトモンテスを袋叩きにしている。彼らは別に彼に含むものはないが、グルトンに命じられて、いじめていたのだ。
「ふん! 屁理屈ばかりぬかしやがって。みんなお前を嫌っているって理解しろよな! 旦那様や監督におべっか使って、米つきバッタみたいにへこへこしていることは、バレバレなんだよ!!」
グルトンはそう吐き捨てた。実際にはおべっか使いはグルトンなのだが、ラタとゴーシュには通用せず、しゃべっている暇があったら働けと怒鳴られる始末だった。
それをガトモンテスのせいにして苛立っているのである。
ガトモンテスは彼らが去った後立ち上がった。そしてグルトンたちをにらみつけたのである。
翌朝、ガトモンテスは厨房にいた。今日は彼が朝食の準備をする日である。
普段は野菜の皮むきがほとんどだが、先輩たちはもう任せて大丈夫だと太鼓判を押したからだ。
「今日の朝食はプレコです」
ガトモンテスが説明した。プレコは南米大陸に生息していたナマズの仲間である。
現在はコミエンソにある川に大量に捕れる魚だ。
鱗は鎧のように硬く、ワニでないとかみ砕けないと言われていた。
ガトモンテスは軍手を履いて柔らかい腹部から斬りかかる。
金切りハサミを使って、解体していった。
大きめの魚でも解体したらあまり身が取れない。面倒な作業に割に、元の取れる魚ではないのだ。
プレコの身は赤い。白ワインに浸し、水気を切ってから塩コショウと小麦粉をまぶす。
そしてフライパンに入れ、バターソテーにした。
あとプレコの中落ちを使ったスープも作られる。
それらを別の商業奴隷が焼いたパンを添えて完成だ。
「それではいただきまーす!」
子供たちが手を合わせて、合掌した。出来上がったソテーを食べる。
ぷりぷりしてなかなかおいしかった。プレコは最初から血抜きをしており、白ワインで浸しているので川魚独特の臭みはなかった。
子供たちの他に、三毛猫のゴーシュも口にしている。その顔は笑みが浮かんでいた。
「けっ、こんなもの食えるかよ!!」
突然皿の割れる音がした。相手はグルトンだ。
「まったくこんなまずいものをうまそうに食べるなんて、お前らはどうかしてますねぇ? 貧乏だからどんなものもおいしく感じるんでしょうなぁ、ひゃはははは!!」
グルトンとその仲間たちはゲラゲラ笑っている。それに対してガトモンテスは怒りだした。
「やいグルトン! ぼくの作った料理にケチをつけるな! だったらお前は作れるのかよ!!」
「うるせぇ! 料理ができるからって図に乗るな!! 料理なんてレシピさえあれば誰だって作れるんだよ! それを偉そうに屁理屈ばっかりこねやがって!!」
グルトンとその仲間たちはガトモンテスに殴りかかった。
ゴーシュはそれを黙ってみている。ガトモンテスを痛めつけた後、彼らは食事をしている子供に蹴りを入れた。
「おい! そんなまずいものを口にするな! 今度からこの猫の作る物を食べたらどうなるか覚えてろよ……」
グルトンは子供たちを睨みつけた。子供たちは泣きそうな顔になる。そこへゴーシュが肩を叩いた。
「グルトンくん。君は現状に満足していないようだね。それなら今から西にあるバスラルに連れてってやろう。そこで自由にふるまうといい」
ゴーシュはにっこりと笑っている。バスラルというのはコミエンソからはるか西にある村だ。
塩山があるサルティエラより西にあり、蛮族が跋扈する地域だという。
そこへ送られるということは、コミエンソどころではない。自分の生まれ育った村より、はるかに劣化した環境にあるということだ。
「まっ、まってください! 俺はそんなところに行きたくない! 行くならこの猫を連れてってください!!」
「いやいや、ガトモンテスは役立たずだ。一番優秀なグルトンくんだけを連れて行きたいんだよ。おい、さっさと馬車に連れて行ってやれ」
他の従業員たちが泣き叫ぶグルトンの腕を掴み、馬車へ運んでいった。
グルトンの仲間たちは青ざめている。自分たちが省かれたのは、グルトンを見せしめにしたためだろう。
グルトンはバスラルに着いて一週間もしないうちに、首を吊ったという。それ以降ラタ商会ではグルトンの悲劇を紙芝居に残し、後世に伝えたのである。
他にもバスラルには彼より若い商業奴隷はいたが、グルトンのような軟弱者は彼ひとりだけというありさまであった。
「あとガトモンテス。お前も調子に乗りすぎだ。確かに料理の腕は最高だが、その慢心した態度が身体からにじみ出ていたぞ。仲間にただ殴られただけで幸いだと思うことだな」
そう言って倒れたガトモンテスを、ゴーシュは起こした。
「人生はプレコのようにうまくさばいても思い通りにならないものだ。だがその過程を大事にしろ。努力の結果が報われなくても、くじけぬ心を鍛えてくれるだろうさ」
そうゴーシュは監督として言葉をしめるのであった。
プレコは観賞用の魚ですが、逃げて外来種になりました。
中にはかわいそうだから食べるなと怒る人もいるそうです。
ドングリのクッキーを出したのは、宮沢賢治氏の作品にどんぐりと山猫という作品があるからですね。