第5話 ヌートリアのフライ
「というわけでこの子を雇ってもらっていただけないでしょうか」
真っ白いキノコの傘に、真っ白な肌の妙齢の女性が、山猫亭の主であるガトモンテスの前で言った。
隣にはアリの亜人の子供が立っている。
白いキノコの亜人はポラーノといい、オンゴ村の村長である。見た目は美人だが中身は男だ。トガと呼ばれる服をゆったりと身にまとっていた。
ポラーノはドクツルタケの亜人である。ドクツルタケはテングタケ科のキノコなのだ。
有毒で、夏から秋にかけて広葉樹林などに生える。傘は直径5~15センチで、丸形から平らに開くのだ。
茎の上部に鍔状の膜がある。全体に白色であり、猛毒で、中毒死の事例も多い危険なキノコだ。
かといって彼のキノコから放出される胞子は、無害である。子供は三人ほどいるが、奥さんは無事だからだ。
毒キノコの亜人は有毒性が高ければ高いほど、女性らしい特徴を持っているのだ。奥さんはアリの亜人だがこちらは家にいるので紹介はなしである。
「……ソル。ヒアリ」
ヒアリの亜人が答えた。胸部を隠しているので女の子だろう。
ヒアリは南米原産の、アリ科の昆虫だ。体長は働きアリで約2.5~6ミリほどで、体色は赤茶色や黒色などがある。
攻撃性が強く、腹部に毒針をもつ。刺されると激しい痛みがあり、アレルギー反応を起こすこともある。もっとも亜人の彼女に毒などない。
ソルの目付きがするどいのは、ヒアリ特有の攻撃性の高さのせいかもしれない。
「村長の推薦なら断るつもりはないです。ただ理由を聞かせてください」
ガトモンテスは村の中で食堂を経営している以上、村長とは縁がある。かといって理不尽な要求をするわけでもない。実質の運営はフエゴ教団の仕事だが、村長がいなくてはできない仕事もある。
ポラーノは毒キノコだが、女神のような神々しさと、おっとりとした性格が好印象であった。怒ることはないが、理不尽な行為をした者には、ニコニコと笑みを浮かべるだけである。
その迫力は絶大で、拘束されてないのに逃げることができず、最後は脂汗を流し、膝を屈するのだ。ガトモンテスは一度見たことがあり、絶対にポラーノに逆らってはならぬと、心に決めていた。
それ以外は基本的に善人であり、しっかりものなので信頼するに値する人物である。
「この子はオンゴ村と友好が深いキュースト村の出身なのです。村長の親戚なのですが、つい最近に流行り病で亡くなってしまったのです。どうせ引き取るなら同じ村より、元商業奴隷であったあなたに任せた方がよいと思ったのです」
「なるほど。わかりました」
ポラーノの説明を聞き、ガトモンテスは納得した。
村長の親戚というなら身寄りはいるだろう。しかしろくな未来は来ないと思われる。
人間もそうだが、亜人の村も長男以下は使用人のように扱われるのがほとんどだ。ガトモンテスの父親みたいに、末っ子の彼の将来など考えるのはまれである。
おそらくポラーノはソルの話を聞き、村の中で一生を過ごすよりも、ガトモンテスに任せた方がいいだろうと思ったのだろう。それに従業員を増やしたいとも聞いていたから一石二鳥と思ったのかもしれない。
ポラーノもたまには食事に来るので、自分のことも考えていただろう。
「ありがとうございます。……ところで最近ヘンティルはここに来ておりませんか?」
ヘンティルは彼の娘だ。ベニテングダケの亜人だが、筋肉隆々の女性である。フエゴ教団の資料から知ったボディービルに嵌っているのだ。
「ヘンティルさんですか? 妹のイノセンテさんは顔を出しますが、姉の方は見ていませんね」
それを聞いて父親はうなだれた。何か悩みがあるのかもしれない。
「最近あの子は筋肉を鍛えるのに夢中なのです。オリーブオイルだけを摂取するオイルダイエットとか抜かしていました。食事はきちんととるようにいっても聞かないのです」
ポラーノは悩んでいる様子であった。年頃の娘が食事をとらず、ダイエットすることをよしとしないのだろう。オンゴ村は三角湖から納豆や味噌を輸入しており、高タンパク低カロリーの食事は事欠かない。
だがヘンティルは筋肉を鍛えるあまりに、食事を一切嫌っているようである。おそらくはドクヤマドリのコブレがたきつけているかもしれない。たまに来るヘンティルの妹で、サシハリアリのイノセンテがコブレの悪口を言っていたのを耳にしていた。
しかしこれは家庭の問題であり、ガトモンテスには関係なかった。
☆
「で、この子が新しい従業員ですか」
その日の夜、店の経営が終わった後、ツキヨダケのルナが言った。人見知りが激しい彼女は、新しい従業員に対してどこかよそよそしさを出している。
もっとも長い間付き合えばなんとかなっていた。
「そうだ。ヒアリの亜人のソルだ。よろしくな」
「よろしく」
ソルはぶっきらぼうに答えた。両親を亡くした彼女だが、家族の死には無関心のように見える。
それはソルが長女だからであり、跡継ぎである長男の方が重要視されたのだろう。
生まれてから両親に構ってもらえない環境だったために、無愛想な性格になったのかもしれない。
「さて今日はソルにヌートリアのフライをごちそうしようじゃないか」
ガトモンテスが提案する。ソルは首を傾げた。
「フライ……、なにそれ?」
「おや、フライを知らないのか。キュースト村では伝わってないのかな?」
ちなみにヌートリアとは齧歯目カプロミス科の哺乳類だ。
体長40~60センチで、尾長20~40センチほどある。
体つきはビーバーに、尾はネズミに似て、後ろ足に水かきをもち、水辺にすんでいる。草食性でキノコ戦争前では南アメリカに分布していたという。
オルデン大陸がスペインと呼ばれていた時代では、スペイン語でカワウソという意味だった。
柔らかで上質な毛皮に肉も捕れるため、狩猟の対象になっていた。
ただ飼育だけはしていない。するのはヤギウシにヤギウマ、イノブタにインドクジャクだけである。これは亜人の神様、キングヘッドの言葉だと言われていた。
「ヌートリアの肉、焼いて食べる。フライ知らない」
ソルが答えた。大抵のヌートリアはもも肉に胸肉、レバーがおいしいとされている。
もっとも採れたてを焼いて食べるか、塩漬けにして保存するかのどちらかだ。
油で揚げるなどソルには思いもしないのだろう。
ガトモンテスはインドクジャクの卵に、小麦粉、パン粉を用意した。
まずは小さく切ったヌートリアの肉に小麦粉をまぶす。そして溶き卵を絡ませるのだ。
全体的に卵が付いたらパン粉を付ける。肉にパン粉をかけ、手でぎゅっと抑える。パン粉をまぶしたら完成だ。
ガトモンテスはソルに指示しながら、調理を進めていく。ルナは慣れたものだが、人に教えるのが苦手なのだ。
ソルは不器用な手つきだが、懸命に作業を進めている。
パン粉をまぶした後、ガトモンテスはオリーブ油でからっと揚げていく。
ついでにナスビや玉ねぎ、ピーマンもフライにした。千切りキャベツも忘れてはならない。
こうしてフライは完成した。
ソルは初めて見る料理を警戒していた。食べ物は大抵焼くか煮るかのどちらかだったのに、揚げ物は初めて見るからだ。
彼女は恐る恐るヌートリアの肉を食べてみる。油で揚げたので熱々だったが、すぐにかじった。
サクサクの衣に、ヌートリアの肉が柔らかくなっている。焼いたときより、おいしくなっていた。
「おいしい……」
ソルは素直な気持ちを出した。野菜のフライも今まで食べたことのない感触に、ソルは感動した。こうして山猫亭に新しい従業員が登場したのである。
ポラーノとは宮沢賢治先生のポラーノの広場から取りました。
ソルの出身地であるキュースト村は主人公の名前です。
ソルはスペイン語で太陽という意味です。




