第4話 ウシガエル御膳
「邪魔だ、奴隷ども! 動物が人間さまの道を通るんじゃない!!」
50代くらいの人間の男が、山猫の亜人であるガトモンテスに怒鳴り散らした。
ここはコミエンソのノースエリアと呼ばれる地域だ。別名実験場とも呼ばれている。
人間と亜人が結婚していることが多いが、これは強制的にさせられていた。
西は亜人同士、南は人間同士のカップルで占められている。
フエゴ教団の首都、コミエンソの趣旨だ。大抵は各村から6歳ほどの子供を引き取り、学校に通わせる。
そして定められた者同士が結婚し、さらに子供を産ませるのだ。
お互い姿かたちが違うため、大人同士だと反発しやすい。幼少時から亜人たちと生活することで慣れさせるのである。
もっとも人間同士でも反発はある。よその村の人間と結ばれることを禁忌として教えている場合がほとんどだ。
亜人の場合は村長が行っているので、あまり嫌悪感はないという。
「ああん、お前ら人間さまの言葉が理解できないのか!? この教団の盾のウトガルドさまをバカにするな!!」
男は真っ白な髪の毛に白髭を震わせていた。目はうつろである。
まるでこどものようにわめきたてており、地団太を踏んでいた。
同じく人間の通行人もいたが、無視している。関わりあいたくないのだ。
これは亜人が嫌いなのではなく、ウトガルドに近寄りたくないのである。
ガトモンテスの後ろには黒い毛皮のクマネズミの女の子と、タヌキの男の子が怯えていた。
彼は11歳。ラタ商会の商業奴隷になって、早一年経っている。こどもたちは自分と同じで、村長の子供だ。先輩として彼らを守る義務があると思っている。
「あなたの言っていることは差別発言ですよ。それにぼくらが歩いちゃいけない法律なんかありません」
「なにぉ! 屁理屈ぬかしやがって! 他の動物たちはおまえみたいに屁理屈なんかいいましぇん! まったくこれだから奴隷の獣は知性が低くて困りますねぇ。えっへっへ」
ガトモンテスの後ろで子供たちが泣き始めた。ウトガルドはそれを見てげらげら笑いだし、さらに怒鳴りつける。
ガトモンテスはがまんできなくなり、こぶしを握り締めた。そこへそっと手が触れる。
「遅れてすまなかったねガトモンテス。後は私に任せなさい」
それはコマネズミの亜人であった。ラタ商会の会長、ラタである。
「ああん? ねずみちゃんが偉大なる教団の盾であるわたしに何の用でちゅかあ!?」
「はい。わたくしは偉大なるウトガルドさまのありがたいお言葉をちょうだいいたしたくまいりました」
ラタはひたすら下手に出る。ウトガルドは自尊心を満足したのか、べらべらしゃべりだした。
内容はというと自分はすごく偉いこと、ラタたち亜人は汚らわしいケダモノであること、教団は自分を見捨てた狂信集団であることをだらだらと話した。
ラタは「すばらしい!」だの「それは知りませんでした」だの合の手を入れる。そうこうするうちにウトガルドは満足したのか、その場を去っていった。
「ガトモンテス。あの手の人間はまっすぐぶつかってはだめだ。相手の話したい方へ誘導することが大切なのだよ」
「はい、勉強になります」
ガトモンテスの目はラタを映していた。
☆
「さあ、今日はウシガエルの料理だよ」
ラタ商会の食堂ではガトモンテスたち商業奴隷が集まっていた。
ウシガエルはアカガエル科のカエルである。体長15~20センチほどあり、体色はふつうの雄は暗緑色、雌は褐色で、ともに黒褐色の斑紋がある。
雄の鼓膜は雌より大きい。雄は牛に似た太い声で鳴くのだ。北アメリカの原産でキノコ戦争の後に広められた。
ブルフロッグとも呼ばれており、食用蛙でもある。
今回ラタはガトモンテスたちにウシガエルの料理を披露した。調理したのは商業奴隷の先輩たちである。
まずはウシガエルの脚のから揚げが出された。さらに塩焼きが出される。
ガトモンテスはがぶりとかじるが鶏肉に似ていておいしかった。
鶏皮のような明確な脂肪の塊はないので、さっぱりした味わいがある。
次に胃袋の酢味噌和えが出された。ネギや三つ葉が散らされている。
酢と味噌は三角湖から輸入されたものだ。
これも胃袋がこりこりして不思議な食感だった。酸っぱいので子供たちは顔をしかめている。
次に上半身と皮の吸い物が出された。他にも玉ねぎとコンソメをベースにしたスープも出される。
それを白米と一緒に食べるのだ。パンとは違うが、これはこれで味わいがあった。
「どうだ、なかなかうまいだろう。ウシガエルの脚は他にもスモークで食べてもいいし、カレーの具にしてもいいのだ。もっとも色々調べなければわからないだろうがね」
ガトモンテスは一通り食べ終わると、ラタに質問した。
「旦那様、教団の盾とは何ですか? 司祭の杖なら聞いたことはあるのですが」
ウトガルドのことを言っているのだ。司祭の杖は司祭を支える人の事で、自分の身体を武器にすることができるのである。
例えば手を鞭のように振るわせたり、舌を針のように突き刺したりといろいろあるのだ。
「うむ。教団の盾は30年前、わたしもまだ生まれていない頃の話だよ。ウトガルドは当時の犠牲者だったのだ」
ラタは全員の食事が終わると改めて説明した。
司祭の杖は最初教団の盾と呼ばれていた。フエゴ教団を護るための盾として育てられたのだ。
当時ウトガルドはサウスエリア出身で、親元から離れて育てられたのである。
彼は美少年だった。他にも仲間たちがおり、5人ほどでつるんでいたという。
ところが彼らは狂気に走り出した。自分たちの力を大切な何かを護るため以外に使うことを禁じたのである。
もちろん教団はそのような命令など出していない。ウトガルドたちの独断だ。しかし彼らはスキルを使い、騎士団と戦った。
特にウトガルドは切れた。仲間が傷つけられると、見境なく騎士たちに暴力を振るったのである。
最後は悪い意味で決着がつけられた。騎士団がライフル銃を持ち出し、ウトガルド以外射殺されたのである。
以後彼はスキルを使えなくなった。現在はノースエリアでウトガルド商会を開いている。
まともに働いているのは奥さんと息子くらいで、自分はぶらぶらふらついているだけである。
息子の名前はウトガルドジュニアであった。
「なぜウトガルド氏は暴走したのでしょうか?」
「これはわたしの義父、神応石研究の第一人者なのだが、名称が悪かったということだ。
司祭の杖は司祭の生活を支える杖という意味がある。ところが教団の盾はあやふやで具体的に何を護ればいいのかわからない。それ故に自分たちで勝手に解釈し他人も同じ考えを強要させねば気が済まなくなったのだ」
事実、名称を司祭の杖に変更したところ、ウトガルドのような人間は現れなくなった。
もっともウトガルドは今でも教団の盾だと言い張っている。
後日彼は頭に血が上りすぎて、くも膜下出血で死んだ。息子は特に悲しまなかったが、孫のロキは泣きじゃくったという。
「ウシガエルの脚もいろいろ調理の仕方がある。でも村の中だったらから揚げとかは思いつかなかったな。まだまだ知らないことが多いな」
ガトモンテスはウシガエルの脚の骨を見てつぶやいた。
そして塩焼きの方に手を伸ばすのであった。