外伝 ブラックバスの魚醬鍋
「ここがオロチマ村だよ」
茅葺屋根が並ぶ村に、ヤマネコの亜人ガトモンテスは従業員であるツキヨタケの亜人ルナと、ヒアリの亜人ソルを連れてきた。
ここは三角湖の南部にある村だ。蛇の亜人が多く住み、主に漁業が盛んな村である。
ガトモンテスは月に一回遠出することがあった。気分転換のためである。
店は休業しているが、村人は慣れっこであった。
「うん、初めて来たけど、珍しい家が、建ってるね。なんか別の国に、来たみたいだ」
「そうだね。ここの人たちはかつて日本人がほとんどで、日本の文化が根付いているんだよ。ルナはかなりお世話になっているはずだよね」
ガトモンテスに声をかけられて、ルナはびくっと震えた。この地は彼女にとっていい思い出はないのだ。
「そっ、そりゃそうだけど。あんまり覚えてないわ。だって見知らぬ人がいっぱいだし……」
そう言ってガトモンテスに寄り掛かる。彼女は人見知りなのだ。肉親以外の人間はあまり好まない。狭い故郷のオンゴ村では親戚すらまともに顔を合わせることが出来なかった。
「さて港に行くか。今はブラックバスの漁業で大忙しだと思うからな」
そう言ってガトモンテスは二人を引っ張っていくのだった。
☆
港は漁師たちでにぎわっていた。木造の船に網を載せ、桶には大量のブラックバスがぴちぴちと跳ねていた。
それらを木造建ての建物の中に運ぶ。中には蛇の亜人の女たちがまな板でブラックバスを三枚におろしていた。
「あれらは、何をしているのだ?」
ソルが訊ねた。
「獲ったばかりのブラックバスは干物にしたり、かまぼこにしたり、缶詰にしたりと色々あるのさ。本来ブラックバスは皮が臭くてまともに食べられないが、ここの人たちは長年そうした欠点を苦にもせずブラックバスの調理を極めてきたんだ。ブラックバスの他にもブルーギルやニジマス、ナイルパーチなども加工しているよ」
ガトモンテスが説明した。そして別の一角では裁いたブラックバスを木の樽に敷き詰めていた。それに塩を大量に入れると、また裁いたブラックバスを敷き詰める。その繰り返しである。
「あれは、なんだ?」
「あれは魚醬を作っているのさ。魚醬というのは魚を塩漬けにして出た汁のことさ。主に調味料とするね。世界ではしょっつる・いかなご醤油・いわし醤油などの類と呼ばれているそうだ。原産はここレクレシオン共和国だったらしいが、今は東南アジアで多く使われてて、ベトナムのニョクマム、タイのナンプラー、フィリピンのパティスなどがあるらしいよ」
ガトモンテスは過去にラタ商会で習った知識を、ソルに教えた。ルナはすでに知っている。
「うちの店はあまり使わないな。この国じゃあ三角湖かここから北部にあるサルティエラ、コミエンソの人しか使わないよ。そうだ、魚醬を使った店があるんだ。そこで食事にしよう」
そう言ってガトモンテスは二人を連れて行ったのだった。
☆
「あらガトモンテスさん。いらっしゃい。今日はルナさんのお迎えではないのですね」
アオダイショウの亜人の女が声をかけた。木造建ての家で、テーブルがいくつか並んである。旅人用の食堂のようだ。食堂には複数の客がいた。蛇の亜人だけでなく、蛙やナメクジの亜人もちらほらと見える。
「やあアオイさんご無沙汰しています。今日は従業員と二人で旅をしているのですよ」
「旅ですか、それはいいですね。私も一度はコミエンソに行ってみたいですね」
「アオイさんは家の仕事が忙しいから難しいでしょう。ですが、一度行ってみることをお勧めしますよ」
「ええ、昔と違って街道がしっかりしているから、安全と聞きますからねぇ。ところで今日は何にしますか?」
「鍋物をお願いします」
そう言ってアオイは奥に引っ込み、厨房に声をかけた。ルナは複雑そうな目でガトモンテスを見ている。一応二人は夫婦なのだが、あんまり積極的に触れたことはない。それどころか会話も怪しいくらいだ。
「私はルナを愛しているよ。死が二人を分かつまで離れることはないよ」
ガトモンテスはルナの気持ちを察したのか、恥ずかしい言葉を口にした。ルナは真っ赤になって俯く。
「鍋物、ですか?」
空気を読めないソルが訊ねた。ガトモンテスはおほんと咳をすると説明する。
「そうさ。この地では土鍋で作る料理が多いんだ。特に冬に食べる鍋は格別だよ。うちでも冬には鍋物を出しているんだ」
そう言って店から蛇の亜人が火のついたコンロを持ってきた。煙がモクモク出ている。
そして土鍋が置かれた。中にはブラックバスのすり身に豆腐、ネギや白菜などが入っている。
お椀と箸が出された。鍋にはお玉を用意してある。ガトモンテスはそれをすくってお椀に入れた。
醤油とは違う癖のある匂いがする。三人とも箸の扱いには慣れていた。
三人は口にする。
癖のある塩っぽい味が広がった。だが嫌ではない。
ブラックバスのすり身と豆腐に味がしみ込んでいる。
ブラックバスで作られた魚醬だから、同じブラックバスと合うのは当然だろう。
ネギや白菜も味が染みてて、とてもよい。具は熱いがはふはふしながら食べていく。
「おいしいです。でも癖があるから、店では出せないです」
「そうだな。この味は地元の人間しか堪能できない味だ。コミエンソでは学校などの給食に出したりするけど、あまりいい顔はされないらしい」
ソルは感心しているが、冷静に店では出せないと判断した。
オンゴ村ではアメリカザリガニやリンゴスグミカイをゆでた物が盛んである。
地産地消が基本なのだ。コミエンソで習った調理法はまだまだ浸透してはいない。
だが少しずつ人は変わり続けている。コミエンソから来た兵士たちは、コミエンソの料理を好む。そして若者たちはそれに興味を抱き、注文するわけだ。
この鍋もオンゴ村で獲れたなめこやシメジを入れるとうまくなる。ガトモンテスは様々な調理法に挑戦し続けてきた。
「料理とは感動だ。味や食感など様々だ。それらを口にすると幸福な気分になる。私もまだまだ修行の途中なのだ」
ガトモンテスはそう思った。
秋田のしゅっつる鍋を意識しました。実際のところ食べたことはないですが、想像で書きました。
いつか食べてみたいですね。




