最終回:注文が多いガトモンテス食堂
深い森に囲まれたオンゴ村は、今にぎわっていた。
赤いレンガ造りのフエゴ教団が作った教会では、村人たちが集まっている。
ほとんどがキノコの亜人で、地味な色や、毒々しい色のキノコの傘がニョキニョキ生えているように見えた。
実際は髪の毛で、幼少時から髪の毛が竹細工のように自然に編まれるのだ。
彼らはトガという、古代ローマ文明で愛用された衣服を身に付けている。仕事をする者は、足をむき出しにするものがいた。
教会の庭にはいくつかのテーブルが置かれてあり、白いテーブルクロスが敷かれている。
皿には肉や魚、野菜などの料理が載せてあり、子供向けにお菓子なども置かれていた。
甘いジュースに果実酒、コミエンソから取り寄せた蒸留酒に、三角湖からは清酒など様々であった。
オンゴ村はキノコ系の亜人が多いが、村長は別の亜人が住む村から嫁を貰う。
そのため跡継ぎ以外は家を出て、新しく家を建てる場合が多かった。
自警団で団長を務めるカムパネルラは白うさぎの亜人で、村から代々いる医者のラユーは、キタキツネの亜人だった。
今回結婚するのはカムパネルラの娘で、ツキヨダケのルナであった。
相手はよそから来た山猫の亜人、ガトモンテスである。彼は4年近く、オンゴ村で山猫亭という食堂を経営しており、主に金銭と鉱石を扱うフレイア商会や、様々な食品を加工するフレイ商会の従業員を相手にしていた。
村の若者も興味本位で通っているし、旅人たちも店に立ち寄ることが多い。それが口コミになり、年々客が増えているのだ。
「ふぅ、まさかお前と結婚するとはな」
「そっ、そうですねぇ!? もうお父さんたちが勝手に決めちゃって、本当に迷惑ですよ!!」
ガトモンテスがぼやくと、ルナは激しく同意した。もっとも語感に嫌悪感は含まれておらず、照れ隠しのように思われる。
実のところガトモンテスは彼女の好意を感じていたのだ。だがルナは自警団団長の娘であり、特殊な性癖なので勝手に孤立感を深めていた。
あまり強要しては悪いと思い、放置していたのである。それは良い結果をもたらすことはなかった。
ちなみにふたりは白い結婚衣装を身に着けていた。ルナはキノコの傘に直接白い花を挿している。
「ウム! 美しいぞ、ルナ!! わたくしはこの日が来るのを待ち望んでおったのだ!!」
突然野太い声が響いた。それはムキタケの亜人であった。
ムキタケとはキシメジ科のキノコだ。秋に広葉樹の枯れ木などに生える。
短い柄があり、傘は半円形で、直径5~10センチほどだ。
淡黄褐色で表皮がはげやすく、風味に癖がなく、皮をむいて食用にするのである。
ツキヨタケやヒラタケに似ているが、前者は毒キノコだ。
ムキタケの亜人は筋肉隆々の大男であった。いや、胸を革のビキニで隠しているので、女性である。喉にはのどぼとけは見当たらない。
ルナの母親、レイナである。彼女は両腕で力こぶを作ったり、腕を組んでポーズを取っていた。
「これはお義母さん。本日はまことありがとうございます」
「むっはっは!! お礼を言うのはこちらの方だ! ルナは奥手でなぁ、4年前からお前さんに恋をしておったのだよ!! 口下手だから池の鯉を相手に、来い来いと餌をやる始末だったのだ。少々強引ではあるが、こうでもしない限りふたりは結ばれなかっただろう!! まったく、めでたいことだ!!」
レイナは花婿の背中を力強く叩いた。思わずせき込んでしまう。ただ女性なのであまり力は強くない。これならルナの兄であるヘネラルの方が上であった。
「本当にめでたい日だ。いやルナが結婚したからではないぞ。本当に好きな相手と結婚できたことがうれしいのだ。やはり娘の幸せを願うのは、親として当然だからな」
白うさぎの亜人カムパネルラも同意している。彼はウサギとしてはかなり体が大きい。
隣にはフレミッシュジャイアントの亜人であるヘネラルがいる。彼よりは若干小さいが、ヘネラルはアンコ型でお腹がでっぷりと出ていた。
本人はスタミナがなく、瞬発力を重視している。そのため体重を増やして、一瞬だけ破壊力を増す様にしていたのだ。
事実、スマイリーに襲われた際に、体当たりし、潰して倒したこともある。
カムパネルラは逆に体全体を鍛えており、筋肉ムキムキである。レイナと違い、魅せるものではなく、戦闘を重視した造りだ。
「ごっほっほ! それにお前は料理が下手だから、一生飯に苦労せずに済むでごわすな!! うちのかみさんは料理が下手でごわすから」
するとヘネラルの胸から、キノコの傘が飛び出た。それはヒラタケの亜人であった。
今までふさふさの毛の中に隠れていたのである。顔立ちはかわいらしく、女の子に見えた。
「うちの嫁さんでごわす。おふくろに似たヒラタケでごわすが、顔が女の子っぽいのを恥じているのでごわすよ」
ヘネラルの嫁はすぐに、毛の中へ消えてしまう。夫はそれを優しく撫でた。
「うーん、彼女のような人がいるなら、ルナは別に引け目を感じなくてもいい気がするな」
「それなのだよ。そもそも人間もキノコも千差万別。何から何まで同じなものなど存在しないのだよ」
義理の息子の言葉に、義母はしみじみとつぶやくのであった。
☆
「……」
次にやってきたのは、ラユー一家であった。ラユーはキタキツネの亜人で、40を越している。
眼鏡をかけており、吊り目が奥で光っていた。隣には奥さんでキツネノロウソクの亜人がいる。
娘はキタキツネのニエベに、キツネノエフデがいた。名前はセシリアだ。
「ルナ、結婚おめでとう!」
「あっ、ありがとう、ニエベ」
「今日のスピーチは私がやるからね! 気合を入れるから楽しみにしててね!!」
ニエベは興奮気味であった。ルナの手を力いっぱい握り、ぶんぶんと振っている。
ルナは呆れ気味であった。
一方でセシリアは別の意味で興奮していた。
「ねえ、ルナ。初夜を見せてよ。あたしがその情景を絵に描くからさ」
いきなりとんでもないことを言い出し、ルナは吹いた。
「あんたがガトモンテスさん相手に惚けている顔をスケッチしたいのよ。そうだわ、後ろから攻められたり、もっとすごいことをしてほしいわね。お願いできるかしら?」
できるわけがないと、怒鳴ろうとする。しかし声が出ない。代わりに父親が反論した。
「セシリア。性交とはコミエンソで売られている下品な漫画雑誌とはわけが違うのだぞ。そもそも女が激しく乱れるなどありえぬのだ。あれは演技なのだよ。縁起でもない」
「そうなのよねぇ。私も男としたことはあるけど、ものすごく気持ちよくはなかったわね。もちろん演技をした方が男も盛り上がるけどね」
「お前、コミエンソでそんなことをしていたのか!! 親不孝者め!!」
「いだだだだ~、父ちゃん勘弁して~~~!!」
ニエベが手を後ろに回しながら、つぶやいた。それを聞いたラユーは目を吊り上げ、娘のこめかみを両手でぐりぐりと押さえつける。
あまりの痛みにニエベは泣き出した。
「おふたりとも。初夜を迎えるにはまず風呂に入り、局部を石鹸で洗いなさい。さらに歯磨きしてうがいをすることも大事だ。これは性病を防ぐのに大切なことなのだよ。フエゴ教団からはあらかじめ血液検査をしているだろうから、問題はないと思うがね。さすがにワシのところでは無理だからな」
ラユーが注意事項を説明する。ふたりはフエゴ教団から注射器で血液を抜かれており、血液検査を済ませてある。注射器の類は教団が管理しており、村医者のラユーは扱えない。ただし診察所には教団の人間がおり、状況に応じて注射は打てる。本人でなくても教団の試験を受けた人間がいれば、可能だ。
もっとも血液検査は教団以外認められていない。
それとは無関係に、ラユーの娘への仕置きは止まらない。セシリアはそれでもルナの喘ぎ顔を見たい、スケッチしたいと嘆願するが、母親が首根っこを掴み、止めたのであった。
☆
「とてもきれいよ。ルナさん」
「まったくだ。今日の主役は君たちなのだからな!」
今度は村長夫妻だ。ドクツルタケのポラーノに、サムライアリのクラムボンだ。
「本当にきれいだわ。あなたに先を越されて悔しいわ!!」
「とかなんとかいって、本当は筋肉を育てるのが大事なのでしょ~」
ポラーノの娘で、ベニテングダケのヘンティルと、サシハリアリのイノセンテだ。
もうひとり十歳でタマゴテングダケの弟も来ていた。
ヘンティルは先ほどからポーズを取っている。ボディービルのポーズをいろいろ繰り返していた。昔はひ弱だったが、レイナの勧めでボディービルに目覚めたのである。
今でも彼女を心の師匠と思っていた。
最近までは筋肉を育てるのに夢中で、無理なダイエットを繰り返してきたが、村に来た司祭の杖、フエルテとの交流が彼女を目覚めさせたという。
イノセンテはそんな彼女のお守りとして付き合っているのだ。
「……ふたりともコミエンソでは楽しく暮らしていると聞いたけど」
「確かに楽しいわね。向こうではオンゴ村以上の刺激に満ち溢れているわ! 食べ物に娯楽なんかは桁外れよ!!」
「その一方で人間と亜人の確執も深いわね。いや、住んでいる人よりも、他所の人がコミエンソを憎んでいるんですよ~。特に人間は亜人と結ばれた人間を忌み嫌っていて、定期的に騎士団相手に襲撃するから、問題になっているんです~」
ルナの問いに、ふたりは答えた。フエゴ教団がもたらした繁栄の影に反映し、人間の闇が塊となり人々を襲っているようである。
オンゴ村では人間が来ることはない。来ても亜人に理解がある者だけだ。それでも店で人間に襲われた話を聞いたときは、震えあがったものだ。
ガトモンテスは商業奴隷の時代に、人間の村を見て回ったという。亜人を猛烈に嫌う村や、友好的な村など様々であった。
つまり場所や育ちによって、村の性格は変わるのである。
「そんなことより、あなたの結婚よ。さあみんなが待っているわよ、行きましょう!!」
そういってヘンティルはルナの手を取る。イノセンテはガトモンテスの背中を押した。
「そうです~。あとフエルテさんやエルさんも来てますが、ちょっと用事があるので遅れるそうです~」
こうしてガトモンテスとルナは結婚した。村人たちや各商会の人間たちの祝福を受け、ふたりは結ばれたのである。
☆
後日、村はずれで火葬が行われた。司祭の杖であるフエルテとラタジュニアが行き倒れの遺体を荼毘に付したというのだ。
その話を聞いて、村人の多くは首を傾げている。オルデン大陸では行き倒れはまず見かけない。ビッグヘッドが徘徊しており、彼らは穢れた無機物や、動物の遺体を食べるのだ。
ましてや人間の遺体はすぐにかぎつけ、喰らうのである。
ガトモンテスは永遠にすることはないが、実はゾンビがオンゴ村を襲撃しようとしていたのだ。
かつてガトモンテスに絡み、嫌がらせをした挙句、遠くへ飛ばされた商業奴隷の成れの果てである。
彼らは苦痛に耐えかねて、自殺した。その遺体はエビルヘッド教団に盗まれたのだ。
そして実験体として遺体を蘇生させる。もちろん生前の記憶などすっかり忘れていた。
ただ生前、脳に焼き付かれた記憶だけで動いている。この場合、ガトモンテスへの逆恨みだ。
様々な人種がガトモンテスを妬み、恨みを抱き、自殺していったのである。
ほとんどは心が弱く、弱い者いじめをしなければ、心を安定することができない人間ばかりであった。
遺体はエビルヘッド教団、略してエビット団がフィガロに保管してあった。もっとも冷凍技術は劣っており、高山で洞窟の中に保存するだけである。
そのため肉体は少しだけ腐っており、キノコ戦争以前のゾンビそのものであった。
別にエビット団はガトモンテスを嫌ってなどいない。たまたま集めた遺体がガトモンテスを嫌う人間で構成されていたにすぎないのだ。
彼はそのことに気づかず、オンゴ村で料理を作っていた。前と違うのはルナが献身的になったことくらいだ。
ヒアリのソルはなるべくふたりになれるように、気を使っている。
どうせならソルも内縁の妻になればいいと、ポラーノが冗談交じりで言った。
もちろん新婚夫婦は真っ赤になって、怒ったのは言うまでもない。
フエゴ教団では重婚は認めていないが、側室は認めている。
ガトモンテスがふたりを養うほどの力があれば、すぐにでもソルを側室にすることは可能だ。
それを聞いたガトモンテスはげんなりした。
「それならどっちが店長を、気持ちよくできるか勝負」
「そうね。私も正妻として、あなたに制裁するより、自分の力で勝負したい性分だわ」
「むむ、負けられない」
ふたりは張り合いつつも、なかよしに見えた。傍目で見れば羨まれる状況だが、ハーレムに興味がないガトモンテスにとって、迷惑であった。
「そんなことより、料理を運ぶのを手伝ってくれ」
太陽が真上になると、店内は客が多い。最近は商会の従業員だけでなく、村の家族連れも増えていた。
「おーい、アメリカザリガニのボイルちょうだーい!」
「こっちは、キノコ料理だ!」
「ねえ、まだー?」
今日もガトモンテスの店は、注文が多いのであった。
今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
次回作はまた後日。
ルナの母、レイナはスペイン語で王妃という意味です。
ニエベの妹、セシリアはスペインでイエスの肖像画の復元に失敗した人の名前です。
当初はガトモンテスが結婚するなど、夢にも思いませんでした。
異世界食堂のような話になるかと思いきや、まったく違う話になりましたね。
そもそも料理のほとんどが外来種なので、おいしそうには見えないです。
描写も甘い部分が目立ちましたから。
ただ今までアクションものがほとんどだったので、こうしたほのぼのとしたヒューマンドラマを描くのは新鮮でした。
オルデンサーガシリーズでも異色作だと思います。




