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第三話 スクミリンゴガイの塩ゆで

「マスター、いつものやつ、ちょうだい~」


 ガトモンテスの店で声がかかった。相手はキノコの亜人だった。トガという衣装を身に付けている。

 イッポンシメジの亜人と、コレラタケの亜人。そしてドクヤマドリの亜人である。

 どれも毒キノコだが女性のような顔立ちをしていた。しかし中身は男なのだ。


「ああ、あれだな。ルナ、準備を始めてくれ」

「はーい」


 ガトモンテスはイッポンシメジの亜人、ウノの注文を受けた。十代後半の可愛い女の子に見える。

 ウェイトレスのルナに準備を命じる。

 ルナは水がたっぷり入った木桶を持ち上げた。中にはタニシがゴロゴロと沈んでいた。

 

 これはスクミリンゴガイという淡水棲大型巻貝だ。ジャンボタニシと呼ばれているが、タニシではない。

 かつては南アメリカのラプラタ川に生息していたが、食用として持ち込まれた。

 柔らかい水生植物を好み、稲などを食い荒らすのである。

 

 オンゴ村は森の中にあるが、少し離れた場所に水田がある。スクミリンゴガイはそこから捕獲してくるのだ。

 捕った後は清水に満たされた水槽で泥を抜いてから食するのである。


「うう、重い。さっさと済ませよう」


 ルナはぶつぶつ言いながらザルにスクミリンゴガイを入れる。そして沸騰した湯が満たされた大鍋に入れるのだ。

 味付けは塩である。体内に寄生虫を宿しているので加熱することが大切なのだ。


 数分煮ると、ルナは大鍋を持ち上げ、湯を捨てる。そして湯気を立てて熱々の貝から中身を取り出すのだ。

 それを一本一本輸入品である竹串を使い、5つほど刺していく。

 刺した後から大皿に盛っていくのだ。スクミリンゴガイの茹で串である。

 

 大皿で千テンパのメニューだ。手間がかかる上に、値段が安いのである。


「おまたせしました。スクミリンゴガイの茹で串です」

「おう、待ってました。みんなで食べるのに最適なんだよね、これ」


 コレラタケのコレラが串を手に取り、頬張った。おいしいわけではないが、仲間内で食べるには最適なのである。


「それはそうとルナ。お前、出すの遅すぎるんだよ。もう少し早く出せよな」


 ドクヤマドリのコブレが文句を言った。ウノとコレラと比べると体格が大きく、豪快な性格である。


「……仕事がありますので」


 ルナは答えず、背を向けようとした。しかしコブレが手を掴み引き留める。


「まてよ! お前客の言葉を無視するつもりか!! いつからてめぇは偉くなったんだよ!!」


 コブレの額に血管が浮き出る。目が血走り、興奮している様子だ。これには残りのふたりも驚いた。


「ちょっとコブレ。別にどうでもいいじゃないのさ。おやつなんだから遅れたって文句はないよ」

「そうだよ。第一今日のあんたはおかしくない? いつもなら絡まないのにさ。うう、腹が痛い」


 ウノは腹を抑えた。イッポンシメジは胃腸を悪くするので、彼もお腹が弱いのである。


「なんだとお前ら! そもそもルナは異常なんだぞ! 毒キノコなのに中身が女なんだ、この村では異端者なんだよ!!」


 コブレが叫ぶ。周りの客は迷惑そうに見ていた。彼に関わるのは面倒なので誰も助けに行こうとしない。

 ルナは顔が青くなっている。


 彼女はツキヨダケという毒キノコの亜人なのだ。それなのに性別は女性である。

 これはツキヨダケが食用のムキタケに見えるからだ。

 キノコ系の亜人では割と多く見える現象である。


 ルナは村の中では異質なのだ。もっとも村八分ではなく、あくまで人より珍しい体質の持ち主程度でしかない。

 もっともルナにとっては疎外感があるのだ。他にもベニテングタケの亜人であるヘンティルがいるが、彼女は村長の娘なので面を向かって文句を言う者はいない。


「わっ、わたしだって、好きで生まれてきたわけじゃ……」

「なんだと! 屁理屈を言うな!! お前はいっつもいいわけばかりだよなぁ、はっきりと物事を言わないし、黙っていれば災厄が過ぎ去ると思っているのか、あん?」


 コブレは異常なまでにルナに突きかかる。ルナは泣きそうであった。

 ウノとコレラは止めようとするが、コブレはまったく聞く耳持たない。

 そこへガトモンテスが現れた。


「お客さん、うちのウェイトレスに絡むのは慎んでいただきたいのですが」

「なんだと! 元はと言えば注文が遅いからだろうが!! この店は客を待たせて悪いと思わないのかよ!!」


 するとガトモンテスは頭を下げた。


「申し訳ございません。今後はなるべく早くお出しいたしますので、今日のところは勘弁してください」


 彼はひたすら下手に出た。コブレはここぞとばかりに罵詈雑言を並べた。

 ガトモンテスは料理を作るだけで楽な仕事だなと、ルナは料理を運ぶ馬鹿でもできる仕事だとあざ笑った。

 そして自分たちはどれだけ危険な思いをしてザリガニや今食べているスクミリンゴガイを捕獲してくるか、まったく理解していないと罵ったのである。


 ガトモンテスをじっと耐えた。ルナは彼の背に隠れて震えている。


 コブレは言いたいことを言い終えたのか、すぐに店を出て行った。

 ウノとコレラは申し訳なさそうに、ガトモンテスに謝罪した。


「ごめんなさいマスター。嫌な思いをさせたでしょう? ああ、腹が痛い」

「本当にコブレの奴どうしたんだろう? この間ひとりで森の中に入ったときからやたらと絡むようになったんですよね」

「つーか、わたしらの仕事より、マスターの仕事の方が大変だろうに。コブレも料理を作れるのがすごいとほめていたのにね」


 ふたりは首を傾げながら、会計を済ませ、店を出た。

 

「ごっ、ごめんなさい店長……。わたしのせいで……」

「ルナの責任じゃないさ。コブレの様子は明らかにおかしい。目つきが異常だった。ああいうのは黙っているに限るのさ」


 ガトモンテスはルナを慰めた。彼はコミエンソで商業奴隷として働いていた時も、いちゃもんをつける客を見てきた。

 彼らはどうでもいいことにやたらと絡み、長時間も業務を妨げるのである。

 それを主人のラタがあっさりと口で言いくるめるのが爽快であった。


 例えば店と関係ないことで、文句を言う客には「お客様の貴重な時間をいただきありがとうございます」と礼を言うのだ。

 客が無駄な時間を過ごしていると気づかせるためである。

 もしくは相手を褒めちぎり、おだてて帰らせる方法もあった。普通は騎士団を呼び、相手をボコボコにさせることが多いが、ラタは暴力に頼らず、口車でクレーマーを追い払うのである。


「きれいになったな」


 ガトモンテスは空になった皿を見た。大量にあったスクミリンゴガイの串はきれいさっぱり食べられていた。

 あれだけ手間をかけて貝から身を取り出し、串をさしたのに、食べるのはあっという間であった。


「なあ、ルナ。努力というのは難しいものだ。自分が苦労しても必ず報われるとは限らない。努力するのが馬鹿らしくなることもある。

 けどな、その過程がいつか役に立つことがあるんだ。例え骨折り損のくたびれ儲けになろうとも、心が折れることなく前に進めるんだ。お前も胆に銘じておくんだな」


 ちなみに店内に客はいない。コブレがクレームを言う前にすべて注文を聞き終え、料理を提供した後だった。


 コブレの異常性は別の日に発作が起きたが、それはガトモンテスには関係のない話である。

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