第29話 ハンバーグ再び
「すみません、ガトモンテスさんはいらっしゃいますか?」
オンゴ村の食堂、山猫亭にひとりの男性が声をかけてきた。
相手はナマケグマの亜人である。
ナマケグマとはクマ科の哺乳類である。体長140~180センチくらいで、体は黒い長毛で覆われ、胸部にアルファベットのUやYの白い斑紋がある。
前肢の爪が長く、木にぶら下がることもできるのだ。
果物や蜂蜜を好むが、シロアリも食べる。
ガルーダ神国の前身であるインド・スリランカの森林地帯に分布していた。
こちらは眼鏡をかけており、手には革製の手提げカバンを持っていた。
「どちら様でしょうか?」
掃除をしていたツキヨダケのルナは、怪訝そうな顔で相手を見ている。
するとナマケグマの人は改めて挨拶をした。
「これは申し訳ありません。私はロカマノ村の村長の次男で、セグンドと申します。ガトモンテスの兄です」
セグンドが言うと、ルナはすぐに厨房へ向かった。
数分後にガトモンテスがやってきた。
「兄さん、よく来たね。どうしたんだい?」
ガトモンテスにとってセグンドとは14年ぶりの再会であった。本人は商業奴隷になったので、家族の縁は切れている。
もちろん解放奴隷になれば復縁されるが、ガトモンテスは特に会いに行かなかった。
別に確執などない。元服すれば親の元を離れるため、ただそれだけのことだ。
手紙は送っており、文通する程度であった。兄が訊ねてくるなど、どういう風の吹き回しだろうか。
「ああ、お前とひさしぶりに会いたくてね。食堂に来たんだ、何か食べさせてくれないか」
セグンドが言った。彼はナマケグマだが、きびきびした知的な印象を受ける。現在、彼は何をしているのだろうか。
弟は気になったが、兄の言う通りに食事を出すことにした。
ルナはただ立っていただけだが、店長に言われて、すぐに席に案内する。
「お嬢さんはこの村の出身かね?」
「……はい、そうです」
セグンドに訊ねられて、ルナはぼそっと答えた。それっきりで彼女はテーブルの拭き掃除を続ける。
「あまり接客態度が良くないな。コミエンソではクレーム物だよ」
「……はあ」
ルナは気のない返事をした。彼女の中では厄介な客に絡まれたと、顔をしかめている。
「ここで働いてどれくらい経つのかね? 弟はうまくやっているのかね? ちなみに私はコミエンソで弁護士をしているよ。村長の息子でも長男以下はオジカスだからね、ラタさんに紹介してもらえなかったら、今も狭い村の中で、農作業をしていただろうな」
「……4年です。店長は、うまくやってます。今は暇だけど、もうじき忙しくなりますね」
ルナは考えながらぼそぼそと答えた。これでも最初の頃に比べればマシになっている。
少し前はガトモンテスを商業奴隷にした会長の息子がやってきた。連れてきたゴールデンハムスターの娘をアイドルにするとか言っていたが、彼女にはアイドルという言葉がさっぱりわからない。
試しに一緒に歌と踊りを披露されたが、どこがいいのか理解不能だ。
さらに獣人族の女たちが襲撃したり、自分自身はエア酔っぱらいで川に落ち、三角湖まで流れていった。その後三角湖名物の水泳大会に無理やり参加させられた時は、死にたくなった。
そこにヒアリのソルがやってきた。野菜の皮むきが終わったので、掃除を手伝いに来たのだろう。
「お客様、いらっしゃいませ」
ソルは硬い台詞と共に、頭を下げた。どこかぎこちないのは、まだは日が浅いためである。
「ソル、あんた何しに来たのよ」
「お客様を相手しろと言われた。ソルもおもてなしする」
ふたりのやり取りを見て、セグンドはほほえましく眺めていた。
その内ガトモンテスが料理を持ってきた。運ぶのはルナたちの仕事だが、実の兄が客なので、彼が直に持ってきたのだろう。
「おまたせしました。ハンバーグでございます」
皿には焼き立てのハンバーグが、湯気を立てていた。きざんだキャベツに、フライドポテトが付け合わせてある。
「ほう、ハンバーグか。肉は何を使われているのかな?」
「アライグマとイノブタです。アライグマは狩猟で、イノブタはこの村で飼われていたものです。特にイノブタはヤギウシのチーズ入りの餌で育ったので、味わいが違いますよ」
「そうか。ソースはケチャップと、ウスターソースを混ぜ合わせたものだね。コミエンソでもよく食べたものさ」
そう言ってセグンドは目の前のハンバーグを見る。
ハンバーグはひき肉に玉ねぎ、パン粉にヤギウシの乳が基本的な材料だ。
単純なだけに、料理人の腕が試される料理でもある。
田舎では珍しい料理だが、コミエンソではありきたりなメニューだ。
大衆食堂では安いくず肉を、ひき肉にして消費している。
無論、質の悪い店はつぶれるので、競争率は高い。
まずはナイフでハンバーグを切った。たっぷりと肉汁が出てくる。
前日に仕込んだのだろう。炒めたタマネギを混ぜて一晩寝かせたのだ。
なんとも食欲のそそる匂いである。アライグマの肉は獣臭いが、イノブタの肉で相殺していた。
「うむ、うまい!」
セグンドはハンバーグを食べて、満足そうに頷いた。
コミエンソでは数多くのハンバーグを食べたが、これほどおいしいものは口にしたことがない。
ひいき目に見ても、彼の腕はなかなかのものだと思った。
ガトモンテスがこれを出したのは、彼が商業奴隷になって初めて食べた料理だからである。
「いい腕だ。これならコミエンソでもやっていけると思うがな」
「そいつは無理だ。俺はそこまでうぬぼれてはいない。それにオンゴ村のキノコは魅力的だ。ここでしか作れない料理もあるからね」
ガトモンテスは胸を張って答えた。それを見てセグンドはほほえんだ。
「ところで兄さん、今日は食事をしに来ただけかい?」
「いや、今日はもうひとりお客を連れてきたんだ」
そう言って二人組の男女が入ってきた。ひとりは人間の女性で30くらいであった。黒髪で少し日に焼けている。
もうひとりは熊の亜人で、毛はすっかり白くなっている。それはガトモンテスの父親で、ヒグマの亜人ピロスだ。
「父さん!? すっかり老け込んでいるじゃないか!!」
「その通りだ。ちなみにあちらの女性は俺のワイフで、アイダという名前だ」
アイダと呼ばれた女性は頭を下げた。亜人と人間が結婚することはコミエンソでは珍しくない。
都会だから可能だが、田舎だとまだ風当たりが強い。むしろ、相手を殺しにかかるため、推奨されることはない。
「父さんは、すでに体が弱り切っている。オンブレ兄さんに跡目を譲って二年になるが、ここまで老け込むとは思わなかったな」
オンブレは長男だ。ピロスは息子に村長の座を譲り、悠々自適に暮らしたのだろう。
ところが彼は生活に張り合いを無くし、やる気をなくしたのだ。
オンブレではなく、セグンドが来たのは、代理と予測される。
「お前も知っていると思うが、オンブレ兄さんに、テルセロ、クアルトは結婚しているんだ。してないのはお前だけなんだよ。だから父さんはお前が結婚してほしいと願っているんだ」
「うーん、結婚ねぇ……。正直まだするつもりはないよ。相手もいないしね」
「あの子はどうだ? ツキヨダケの娘さんだ」
セグンドが言うと、ルナは盛大にこけた。床にばたんと倒れこみ、鼻を打った。
ソルは大丈夫かと、手を差し出す。先ほどの会話を聞いて動揺したのだろう。
ガトモンテスも同様に、慌てていた。
「俺は弁護士をしているので、いろいろな人と出会って、話をしている。だからわかる。彼女はお前が好きだ。好きで好きでたまらないんだ。本当は結婚してほしいんだと願っているんだ」
セグンドが決めつけると、ルナは真っ赤になった。
「ちちち、違います! 私はこの人の事なんか、何とも思ってないんだからね!!」
「嘘。夜中店長を想って、泣いてるの、聞いたことがある」
ソルが余計なことを言った。ルナはますますゆでだこのように、頭から湯気が出る。
「いや、ルナの気持ちを考えてくれ。コミエンソと違って自由に結婚などできないよ」
「問題ない。すでに彼女の両親から許可をもらっている。後はお前がウンと言えば万事問題ない」
「いやいやいや!! 勝手に決めないでくれ! 俺は結婚に興味はないんだ!!」
「お前の都合などどうでもいい。相手がいるんだから結婚しろ」
「そうだそうだ。こんな田舎じゃ独身者は、肩身が狭いんだぞ」
セグンドとピロスが声を上げた。一応商業奴隷から解放されたが、親子の縁が切れたわけじゃない。かといって無理やり結婚させられるのは考えものだ。
「ええ!? もうお父さんたちが認めているわけ!? なら、仕方ないわ。結婚しましょう!!」
ルナは背筋をピンと伸ばし、頬を染めた。嫌がっている割に、なぜか嬉しそうであった。
ガトモンテスはそれを見て、腹をくくることにしたのである。
その後、ピロスは息子の作ったハンバーグを食した。歯が弱くなっていたが、柔らかいのでおいしくいただけたのでした。
次回で最終回です。ピロスはスペインとフランスの国境辺りに住むヒグマの名前です。
アイダはスペインでは補助する人という意味があります。
オンブレはスペイン語で男と言う意味です。
セグンドはスペイン語で第二という意味があります。
ハンバーグを持ち出したのは、2話で彼が初めて商業奴隷になったからです。




