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第28話 ソウギョ料理

「おじょーちゃん、素質アルねぇ。ワタチの弟子になりんシャイ」


 ある昼下がりの山猫亭で、一人の客がルナに絡んでいた。

 それはイエネコの亜人で、でっぷりと太っていた女性だ。白い毛に右目に黒いブチがある。

 身に付けているのは黒いマンダリンドレスだ。旅行用なのでシンプルな造りをしていた。


 彼女は龍虎鳳ロン・フーホォン鳳凰ホォングァン大国から来た女性だ。双頭船を改良した海賊王国の女王だったが、現在は息子に跡を継がせたらしい。本人はこうやって気ままな一人旅をしているそうだ。


 たまたま気まぐれに店へ入ったと思われるが、彼女はルナを見てそう言ったのだ。

 

「何を言っているんですか?」

「オー、自己紹介、遅れたネ。ワタチ、ロン・フーホォン。どこにでもいるオバチャンよ。護身のために功夫クンフーを会得しとるケド、あなた、酔拳の才能、バッチリね。

 一目見て、ピピンと来たネ」


 ルナは酔拳など知らない。だからフーホォンの言葉はまったく理解できなかった。

 ガトモンテスは注文を聞きに、まったく戻らないルナを心配して、厨房からできてきた。


「お客さん、困りますね。店員に絡まないでほしいのです」

「オー、アナタ、6年前に世界市場でラタと一緒にいた人ね。オヒサシブリ」


 フーホォンは手の平を合わせ、頭を下げた。ガトモンテスは覚えてなかったのに、彼女は覚えていたのだ。


「あなたは私を覚えていたのですか。話をしなかったのですが」

「モチロン、名前知らないよ。でもラタとは商売仲間ヨ。だから顔は覚えていたね。当時、トノサマガエルと猪の子供も一緒にいたネ」

「カイロとフランドンのことも覚えていたなんて。すごいですね」

「当然ヨ。商売人、人の顔覚えないとダメダメ。なのでこの子に、酔拳、教えるネ」


 何がそうなるのか不明だが、彼女はルナに酔拳を学ばせたいようだ。


「残念ですが、彼女は仕事があります。仕事が終わってからで、よろしいでしょうか?」

「ちょっと店長! 私やるなんて言ってませんよ!!」

「ダイジョーブね。ワタチ、気ままな一人旅。しばらくこの村、居座るネ」


 ルナが抗議をしても、ふたりは無視した。ガトモンテスはルナにとって何か刺激になると思ったのだ。宿代を出そうとしたが、フーホォンは遠慮した。これは完全な趣味であり、金を払いたいくらいだという。


「それよりも注文してください。食堂で料理を注文しないのは罪ですよ」

「それもそうネ。今日は何がオススメかね?」

「そうですね。今日はソウギョが入っております」

「ソウギョ! ワタチの国に棲んでいる魚デス。私の国では大頭ダトウの神、邪悪頭シエオトウ様が悪魔頭ウモトウ様に命じて、広げさせた魚ネ。まあこの国では王頭ワントウ天使頭ティアンシトウがやったことになっとるケドネ」

「うーん、向こうの国の言葉は、よくわからないですね」


 フーホォンは母国語を口にしたが、ガトモンテスを含め、理解できな人間はいない。

 さてガトモンテスはソウギョ料理を出すことにした。


 ソウギョとはコイ科の淡水魚である。全長は約1メートルほどで、2メートル成長することもある。コイに似るが口ひげがなく、背は灰褐色で、腹面は淡色だ。

主に川や沼にすみ、雑食性であるが水草も好んでいる。

普通は蒸し魚、煮魚、から揚げ、スープにして食べることが多い。刺身は寄生虫がいるのでお勧めできない。もっともオルデン大陸では刺身を食べるのは、ごくわずかだが。


ガトモンテスはラタ商会にいた頃に覚えた調理法を試してみることにした。

まずソウギョを下処理する。骨を抜き、食べやすくした。

それをから揚げにする。次に中華あんかけを作った。もやしにニンジン、タマネギを入れてある。


あつあつのから揚げにあんをたっぷりかけるのだ。もっともオンゴ村の人々にはあまり好まれない。コミエンソ出身の人間なら、過去に学校の給食に出ていたのを懐かしがるから、それなりに注文があった。


それとソウギョのスープも作る。ソウギョの頭入りのスープだ。いい出汁が出るのである。

 そして白米も出した。大抵はパンを好まれるが、米も同じように注文される。


 フーホォンはそれらを食べた。


「ウン、ウマイ!」


 ルナは馴染みのない料理なので、どうでもよさげであった。

 一度食べたことはあるが、臭みはなく、弾力のある食感はよかったと思っている。

  フーホォンはすべてを平らげた。とても満足そうだ。


「フー、喰った喰った。早く時間が来ないかナァ。早くあの子に教えたいヨ」


 フーホォンは腹をさすりながら、宿へ戻った。ルナはげんなりした顔になる。


「店長、どうしてもやらなきゃだめですか?」

「涙目になるのはわかるが、これもいい刺激だと思え。何もしなければ変われないぞ」

「私は別に変りたくないんですけど……」


 世の終わりみたいに、ぐったりしていた。その後彼女はフーホォンから稽古を受けることになる。

 酔拳は酔うように見せかけた拳法だ。別に酒を飲む必要はない。下戸でも問題ないのである。

 ルナは酒が一滴も飲めないのでちょうどよいと言えた。

 フーホォンは基本の形だけを教え、それだけをやらせる。複雑怪奇な技はルナには無理だし、その必要もないとのことだ。


 ひと月ほど教えると、フーホォンは村を去った。ルナは毎日ひとつの型を繰り返し稽古していた。師匠曰く、拳法とは生活に密着したものだという。

 普段の生活に、突発した事態が起きても対応できてこそ、拳法であり、護身だというのだ。


 その成果は半年後に発揮された。ある酔っぱらいがルナに絡んだのである。

 フレイ商会の人間で、いつもルナをからかって遊んでいた嫌な奴だ。

 そいつがルナの仕草に腹を立て、ナイフを振るったのである。


 ルナは一瞬身体がふらつくように揺らした。そして体を一回転させ、右手の甲で相手の顔を叩きつけたのだ。

 遠心力を利用したもので、ルナの力はそれほどでもない。

 

 顔を殴られた酔っぱらいはたちまち激高し、雄たけびを上げて襲い掛かってきた。

 ルナは杯手、お銚子を模った手で、相手の喉のツボを掴む。あっという間に喉を破壊され、げほげほと血を吐いていた。ルナはそれを見て顔を真っ青にした。

 相手はフレイ商会の同僚が運んでいった。誰が見ても彼女は被害者であり、正当防衛だと店の誰もが主張したのだ。

 酔っぱらいは同僚たちにも嫌われており、同情する人間はひとりもいなかったのである。


「……ソウギョは淡水魚で、近くに海水が混じっていると生きられないという。ルナが酔拳を会得できたのは必然だったのかもしれないな……」


 その後、ルナは酔拳の他にエア酔っぱらいを会得したのである。

 酒に酔えない彼女が編み出した技だ。絡み上戸に泣き上戸と色々使い分け、相手を退けたのだ。

 元々ルナのエア酔っぱらいや酔拳は後付け設定でした。

 それをフーホォンが教えることになるとは、私も想像しておりませんでしたね。

 あと2話で最終回です。

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