第27話 ヌートリアの蒸し料理
「こちらはヌートリアの蒸し料理です」
ガトモンテスは大皿に盛られた肉料理を出した。ここは夜分遅い山猫亭、もう真っ暗で村人は誰ひとり出ていない。見回りの兵士が巡回しているだけだ。
山猫亭には村の重役が集まっていた。
村長でドクツルタケのポラーノ。
自警団団長で白うさぎのカムパネルラ。
医者でキタキツネのラユー。
フエゴ教団の司祭、オルディナリオ。この4名が山猫亭に来ていたのだ。
ヌートリアとは齧歯目カプロミス科の哺乳類である。
体長40~60センチ、尾長20~40センチほどで、体つきはビーバーに、尾はネズミに似ている。
後ろ足に水かきをもち、水辺にすんでいる。穴を掘って巣を作るため、ダムの崩壊につながることが多かった。
草食性で南アメリカに分布していた。オルデン大陸には棲んでおらず、外来種として扱われている。
今回はガトモンテスがヌートリアを蒸し料理にして提供したのは、理由があった。
ヌートリアは狩猟で得たものだ。その肉を食するのは、他所から来た動物でもおいしく食べられるということを示すためである。
それはオルディナリオの要望であった。
「ほっほっほ。塩コショウだけで味付けした蒸し料理はおいしいね。素材をきちんと生かせるのはガトモンテス殿だけでしょうな」
オルディナリオは手放しに誉める。彼はマッシュルームカットで、府熱い眼鏡をかけており、鷲の鼻で、出っ歯だ。
容姿はよくないが、これでも細君はいる。
ポラーノたちもフォークで食すが、オルディナリオがなぜ蒸し料理を注文したか、よくわかってない。
「さて、先日の騒動の事ですがな」
オルディナリオが切り出した。
「うむ。ビッグヘッドたちがいきなり村を襲撃したことですな。それもスマイリーとは違う、歯を鉄砲のように飛ばす品種とか。確かに壊れた家は尋常ではない様子でしたぞ」
「まあカムパネルラさん、本当ですか。私は事務処理でまったく村を見回れないのです」
「……」
カムパネルラとポラーノが話している中、ラユーだけは無口だった。むしゃむしゃとヌートリアの肉を食べている。ネズミの仲間だが臭みやクセがなく、鶏肉に似た淡泊な味わいがするのだ。
「ぶほっ、ごほっ、ごほぅ!! ケガをした村人はいるが、殺されたものはおらん。そもそもビッグヘッドたちはアモル様をつけ狙ったという話だからな。飛んだ歯の衝撃でケガをしたのがほとんどだ」
ラユーはむせた後、一気にしゃべりだした。食べるのに夢中で、話に加わらないだけだった。
一通り話し終わると、すぐ肉にむしゃぶりついた。皿がきれいになるとガトモンテスにお代わりを頼んだ。
「そう、話をまとめると、当時司祭であるアモル殿と、司祭の杖であるフエルテ殿が来た。そこでポラーノ殿の娘ヘンティル殿と一緒に祭りを楽しんでいた。そこにビッグヘッドたちが襲撃してきたが、スマイリーとは違う品種だった。その中でもバンブークラスと思しき猿の顔をしたビッグヘッドがやってきた。それをフエルテ殿が倒したというわけだ」
「最後、エビルヘッド様ばんざいと叫んでいたそうだ。ビッグヘッドでしゃべるのはキングヘッド様か、その子息であるプリンスヘッド様、従者のパラディンヘッド様くらいだと聞いたがね」
オルディナリオが話をまとめると、カムパネルラが口を挟む。キングヘッドは数年に一度の割合で会いに来るので、ビッグヘッド自体しゃべることに違和感はない。
ただ村を襲撃したバンブークラスのビッグヘッドがしゃべったのは、初めてだった。
ちなみにビッグヘッドには階級がある。
知性がなく、命令されないと動かないのがプラムクラス。
プラムクラスを指示するのが、バンブークラス。
そしてキングヘッドのように人間のようにふるまい、しゃべるのがパインクラスなのだ。
邪悪なエビルヘッドはユグドラシルクラスと呼ばれ、キングヘッドですら太刀打ちできないという。
「……これは極秘なのだがね。エビルヘッド教団は一見狂信集団と思われているが、実際は違う。こいつは神応石をよく知らなければ、理解できないのですよ」
オルディナリオが説明する。神応石とは人間の脳にある砂粒ほどの石だ。人間の感情に左右される効果を持つ。二百年前に亜人が誕生したのは神応石が原因であった。
人間たちがキノコ戦争の脅威を恐れ、人間以外の存在になりたいと願ったのである。
そのため現在の亜人たちが生まれたのであった。
ポラーノたちは司祭たちからある程度の話を聞いている。もっともかじっているほどで、詳しくは理解していない。
「エビルヘッド教団がスマイリーを使って、人間を食わせているのは理由がある。それは人間を食すことにより、効率よく神応石を回収するためなのですよ。現在フエゴ教団でもスマイリーを退治して神応石を回収しています。そいつでフエルテ殿のような司祭の杖を作れるのですよ」
オルディナリオの言葉に、ポラーノたちは衝撃を隠せなかった。スマイリーは人間を足から食らい、泣き叫ぶ人間を笑っているおぞましい怪物だ。
それが神応石を回収するための合理的な行動をしていたことに驚いていた。
「ぶはっ、ごほごほっ!! でも村を襲撃したビッグヘッドは人を食べてないぞ。それには別の何かがあると見ているわけかね?」
ラユーがむせた。彼は肉を喰い終わり、デザートのライスプティングを食している。さらに果実酒もがぶ飲みしていた。
ポラーノとカムパネルラは呆れている。
「間違いないですね。フエルテ殿は前の村でもビッグヘッドに襲われています。赤い鶏冠のレッド・クレストと戦いました。そいつも今際に同じ文句を口にしたのです」
「つまり狙われているのは、村ではなくフエルテ殿個人というわけですか?」
ポラーノは不安そうな表情で訊ねた。娘のヘンティルは目が覚めて、フエルテたちと同行したのだ。妹のイノセンテも一緒である。
一番下の弟は幼いため、同行できなかった。
「その可能性は高いですね。まあ、フエルテ殿に限らず、数年前からその手の事件は起きています。なんといいますか、まるで英雄を望んでいるかのように思えますね」
「英雄ですか?」
「英雄です。フエゴ教団に限らず、オルデン大陸にはこれはと言った英雄がおりません。サルティエラの町長であるイザナミ殿は、あくまでサルティエラの女王です。ヒコ王国を拠点とするでべその海賊プラタは世界中の海を駆け巡っていますからね」
「しかし、なんでエビルヘッド教団は英雄を求めるのでしょうか?」
「それは、わかりません。そもそもこれは私独自の考えでして、正解というわけではないですから」
オルディナリオが話を締めた。掃除をしているツキヨダケのルナやヒアリのソルにはさっぱりわからない。
聴かれても問題ないので、特に何もされることはないのだ。
「そうだ。あの日ルナ、へんな笛吹いていた。あれは何?」
ソルに言われて、ルナは首を傾げる。
「笛ですって? 私はそんなもの吹いてないわよ」
「いいや、吹いた。ソル、見ていた」
「吹いてない!」
「吹いた!」
ふたりは言い争っている。実はルナが吹いた笛はビッグヘッドを呼び寄せる笛なのだが、本人に自覚はない。
かつて夜鷹のアスモデウスに催眠術をかけられ、司祭の杖を見たら笛を吹くように命じられていたのだ。
ただ吹くだけだから罪悪感などない。その笛はすぐにかまどの火にくべられた。
ガトモンテスはふたりを注意して、後片付けを命じるのであった。




