第26話 鯉料理
「おお、見つけたぞ!」
ガトモンテスは川の中を見て声を上げた。ここは黒蛇河で、彼は特大のタモ網と木の桶を持っていた。
今日はオンゴ村を離れ、食材を探しに来たのである。
その横には自警団団長でフレミッシュジャイアントの亜人、ヘネラルが一緒であった。
むちむちとした体に鉄の胸当てを締めていた。手には槍を持っている。
フレミッシュジャイアントは世界最大のウサギで、ルナの兄である。
団長と言ってもまだ見習いであり、父親のカムパネルラが取り仕切っていた。
今日はガトモンテスが護衛を頼もうとしたら、カムパネルラが彼に同行するよう息子に命じたのである。
ウサギとは思えぬ巨体で、のっしりと歩いている。毎日体を鍛えており、村の外ではスマイリーというビッグヘッドを自慢の槍で突き殺したこともあった。
ただし父親と違い貫禄がなく、迫力がない。同じ酔っぱらいでもヘネラルとカムパネルラでは態度が違うのだ。
「ごっほ、ごっほ、ごっほっほ! 何を見つけたんでごわすかな?」
「はい。鯉ですよ。鯉が泳いでいるのです」
「おお、確かに見えるでごわすな!」
そう言ってガトモンテスが指を差したのは、川の中である。鯉がゆったりと泳いでいた。
本来オルデン大陸には住んでいない品種だが、百数年前に持ち込まれたのである。
黒蛇河にはザリガニやブラックバス、ブルーギルに鯉がうじゃうじゃ泳いでいた。
川にはたまに巨大なアライグマや、巨大なホシムクドリによって喰われるのだ。
ガトモンテスがオンゴ村に来て2年。いろいろ村の周りを見て回っていた。今日はルナも休んでいる。
今日は鯉を捕まえてみようと思ったのである。今日は夕方に店を開く予定だ。捕獲した鯉を使うつもりだ。
ガトモンテスは川に入る。深入りすれば巨大ザリガニに足を挟まれるので注意が必要だ。
たも網を使い、ふらふらと泳ぐ鯉を掬い取っていく。
一匹ごとに鯉を捕まえたら、すぐにしめる。川の水で鯉の身を洗った。
そしてまな板を取り出し、鱗とぬめり落とし、ワタ抜きをして三枚おろしにして、最後に皮を剥ぐのである。
「ごほほ。一匹ごとにしめるなんて、手間でごわすな。面倒ではないでごわすか?」
「いや、鯉は血抜きが大事なのですよ。捕ってすぐに下処理をしないと臭みがひどいのです。コミエンソでも鯉を捕まえたことがあり、料理長が目の前で下処理をしたのを見たことがありましてね」
「そうでごわすか。料理人は魔法使いでごわす。食えそうにない魚もその手にかかれば美味になるでごわすしな」
ヘネラルは感心していた。彼も一時期コミエンソで暮らしていたのだ。ガトモンテスが店を出したときは、まだそこにいたため、開店記念には出られなかったのである。
「下手にコミエンソに住んでいると食事が困りますね。田舎じゃ焼くか煮るしかないですからね。ヤギウシのシチューや、ザリガニやブラックバスのパエリアしかないですからね」
だからこそガトモンテスの店が流行るのである。ラタ商会やフレイ商会にも料理人はいるが、あくまで料理のために働いているだけだ。
凝った調理法をする者はいない。いや、知らないからできないのだ。
缶詰や乾麺など保存食が豊富だが、一般家庭でも凝った物はできない。
山猫亭のようにガスコンロではなく、かまどだけであり、それほど凝った物は作れないのである。
最近は惣菜を作ることも多くなった。肉や魚のフライに、コロッケと呼ばれる揚げ物なども出されたが、それが飛ぶように売れていた。
「まったくでごわす。ルナは毎日ガトモンテスさんのまかないを口にしているのに、まったく進歩がないのはどういうことでごわすかな」
「そうですね。彼女は毎日がいっぱいいっぱいなのですよ。料理を運ぶだけで神経をすり減らしているのです。料理を作るなど思いつかないのですよ」
「うーむ。あいつの心の弱さはどうにもならんでごわすなぁ。もう、ガトモンテスさんにもらっていただくしか、道がないでごわすよ」
「いや、それはないです。別に嫌ってはいませんが、そんなことで彼女を疵物にしたくありませんから」
「まじめでごわすなぁ。そこがガトモンテスさんのいいところでごわすよ。ごっほっほ!!」
ヘネラルは豪快に笑った。
さて夕方店に戻ると、ルナは掃除をしていた。主人が帰ってきたので挨拶をしようとしたら、横に兄がいたので、ぺこっと頭を下げた後奥へ引っ込んでしまう。
実の兄でも敬遠しているのだ。ヘネラルはそんな妹を見て嘆いている。
「さて今日は鯉でムニエルにしましょう」
ガトモンテスは手早くフライパンを用意し、しめた鯉に小麦粉をまぶし、塩コショウで味付けした。
泥吐きもせず、余計な味付けをせずにムニエルにしたのだ。
さてヘネラルはそれを食す。普通に食べていた。
「ごほほ。まったく臭みはないでごわすな。鯉が臭いと言われるでごわすが、全然平気でごわす」
「コミエンソでは都市河川で獲れたものを食しましたが、臭くはなかったですね。鯉は早めにしめておけばおいしく食べられるのですよ」
「まったく人の噂は当てにならないでごわすな。ごっほっほ!!」
ヘネラルとガトモンテスは笑いあった。ルナは兄が帰るのをじっと待っている。
店を開いた後、鯉のムニエルが酒の肴として出された。
他にも鯉のから揚げに、鯉の甘酢あんかけなどが低料金で提供され、酒の注文が進んだのは言うまでもない。
そしてヘネラルが人一倍食していたのも当然であった。
ヘネラルはスペイン語で将軍という意味です。
フレミッシュジャイアントは大きなウサギなので、なんとなく付けました。
鯉は早めにしめるとおいしく食べられるそうですよ。




