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第25話 キノコ料理

「さあ、いらっしゃい、いらっしゃい!」


 オンゴ村のジョバンニ広場では屋台が立ち並んでいた。ジョバンニとは初代村長の名前である。

 今日はちょっとしたお祭りであり、村人が屋台を出していたのだ。

 山猫亭もこの日のために様々な料理を用意している。


 広場の中央には石で積まれたステージが設置してあった。ステージではカエルの亜人が太鼓を叩き、弦楽器を弾いている。

 キタキツネの亜人であるニエベも、果実酒を飲み、酔っぱらいながら歌っていた。


 屋台はキノコの串焼きに、肉や魚を焼いたものがほとんどだった。

 オンゴ村では炭火焼きが主流であり、山猫亭のように簡易ガスなど用意できないのである。

 フレイ商会からは肉や魚の缶詰が用意されており、それらを調理しているが、山猫亭と比べるとどうしてもいまいちであった。


「ふぅ、なかなか楽しいな。祭りの雰囲気で酒を飲んでなくても、酔っぱらってしまうよ」


 ガトモンテスは用意した食材を手際よく刻んでいく。それをヒアリのソルが手伝って、炒めたりしていた。

 ツキヨダケのルナは人ごみに酔いすぎて、目がくらくらしている。精々料理を運ぶしか能がない。


「お~い、ガトモンテスさ~ん!」


 遠くで声がした。それはイッポンシメジのウノであった。

 確か彼は黒蛇河くろへびがわに行って、アメリカザリガニを捕獲しにいったはずである。


「おお、ウノじゃないか。仕事は終わったのか?」

「はい、終わりました。でも村に戻ったのは十数分前です。いままでトイレにいたので」


 ウノは胃腸が弱いため、毎日のようにトイレにこもることが多い。本人もそんな体質に嫌気を挿していた。


「実は黒蛇河で巨大なアメリカザリガニに襲われたのです。ですが司祭の杖であるフエルテさんが助けてくれたのですよ」

 

 ウノが深刻そうに答えた。巨大な生物に襲われることは珍しくない。今でも武装したフエゴ教団の兵士が巨大なアライグマに生きたまま顔を洗われ、巨大なザリガニに足をハサミで挟まれ、水中に引きずり込まれるなど多いという。


「それで大丈夫なのか?」

「はい、ニエベのお父さんに診てもらいましたが、薬を塗ってもらいました。もうすぐフエルテさんたちが来るので、ご馳走してあげてください」

「ああ、わかった」


 ガトモンテスは承諾した。


 ☆


 数分後、お客が到着したようだ。人間の男性で、大岩のような筋肉である。

 彼がフエルテなのだろう。確か数日前に司祭の杖になったという。司祭の杖とは、司祭を支える役職で、特殊な力を持つ者だという。

 元主人の息子、ラタジュニアは前歯を自在に伸ばす能力を持っていた。以前行商に来た時、実際にその目で確かめた。


 フエルテの他に人間の女性が側にいた。司祭のアモルだ。女性に見えるが男である。

 数年前に両親が立て続けに亡くなったという。


 ウノやコレラタケのコレラ、ドクヤマドリのコブレがいた。村長の娘であるサシハリアリのイノセンテも一緒である。

 もっともイノセンテはウノたち、特にコブレを嫌っており、露骨に顔をゆがめていた。それを本人に見せてはいないが。


 「みんな!! 私を救ってくれた英雄の到着だよ!!」


 ウノが声高らかに言った。その瞬間、歓声が鳴り響く。全員フエルテに対して好意的である。

 ウノを助けた恩人でもあり、素晴らしい筋肉の持ち主でもあるのだ。村長の娘も見事な肉体だが、フエルテの方が一回り大きいと、ガトモンテスは思った。


「おお、この人がウノを救った人間か。素晴らしいバルクだなぁ」

「いやいや、全体のバランスが素晴らしいよ。これでパンプ・アップしたらどうなるかな?」

「ヘンティル様と勝負したらどちらが勝つかな。楽しみだよ」


 フエルテとアモルはテーブルに着いた。そこにガトモンテスが近寄り、挨拶する。

 アモルは彼を見て、ぺこりと頭を下げたが、フエルテは忘れているようだ。なのでフエルテに対しては改めて初対面のように装った。


「初めまして。ガトモンテスと申します。山猫亭の料理人です。今日はウノを助けていただきありがとうございます。お礼にこの村の名物であるキノコ料理を堪能してください。

 おい、ルナ! さっさと運べ!!」

「は~い」


 ルナが人ごみに酔っているので、一喝した。何か笛のようなものを口にしていたが、すぐに正気を取り戻し、あらかじめ用意された料理を運んでいく。


 まずはサラダが出された。

 トマトとエリンギのサラダである。エリンギの肉厚なうまみと、トマトの酸っぱさが合っていた。

 次にナメコと大根おろしのスパゲティだ。ナメコと大根の渋みがスパと絡み合っている。


 そしてシイタケのステーキだ。分厚いシイタケが鉄板の上で焼けている。フエルテはフォークとナイフでうまく切り分けた。

 淡泊だが肉厚のシイタケの旨みが出ている。肉にも勝る味であった。

 最後にシメジとマイタケのコンソメスープでしめられた。


「これらの料理に使われたキノコはすべて村で栽培されております。料理はフエゴ教団の方から教わりました」


 キノコ料理を堪能したフエルテとアモルは満足そうである。そこにガトモンテスが説明を入れた。

 正確には先輩で料理長のビジテリアンなのだが、詳しく説明する必要はあるまい。


「ほんとに、ガトモンテス様の料理はおいしいですわ~♪ 魚のフライも最高です~♪

そして、こんなおいしいものが食べられるなんてキングヘッド様に感謝です~♪」


 目の前の料理に舌鼓をうちながら、イノセンテは祈りをささげている。よく見れば他の村人も同じく祈っていた。


「まったくだな。こちらのアライグマとイノブタを合わせたハンバーガーもうまい。外来種とか言われているけど、うまいものだ!!」


コブレは豪快に食している。その横のイノセンテは若干迷惑そうにちらっと見ていた。


「これってエルの店と同じものじゃないかな? あの店もハンバーガーを扱っていたから」


 アモルはハンバーガーを手にしていった。これは幼馴染で司祭の杖である同期を思い出したのである。


「エル、というとラタジュニアの坊ちゃんのことですね? 実は私はラタ商会では商業奴隷だったんですよ。6年前に解放奴隷になりまして、この村で店を開いたのです」


 解放されたのは6年前だが、店を出したのは4年前だ。アモルは知っているが、フエルテは知らないのである。

 ラタジュニアが店を出したのは3年前で、借金をしつつ、店を運営しているのだ。

 店の方は白蛇のブランコに任せてあり、主人はヤギウマのクエレブレに馬車を曳かせ、オルデン大陸を回っている。


「へぇ、あいつの親父さんの奴隷だったのか」


 フエルテは感心していた。

 商業奴隷とは教団が許可した奴隷制度の事だ。大抵金券と鉱石を扱うフレイア商会で登録する。

 普通の奴隷と違い、商売のイロハを叩きこまれる。

 こうして解放されても商会とは繋がりがあるため、横の繋がりは太い。


「坊ちゃんの噂は聞いております。これ以上のハンバーガーを地産地消で経営しているんですよ。あの人は旦那様の七光りだと馬鹿にされていますが、何も知らないやつがほざいているだけです」

「はい。エルの経営手腕はすごいです。何で司祭の杖なんかなったのか不思議なくらいです」

「まあ、奥様が司祭ですからね。坊ちゃんにしろ、妹のイデアル様にしろ、大変です」


 ガトモンテスとアモルはしみじみと話した。ラタジュニアは行商で顔を見せるが、周囲の反応はよくない。

 恵まれている環境なのに、わざわざ苦労することが気に喰わないようだ。


「キングヘッドか。確か百数年前に外来種をもたらしたと聞いているが」


 フエルテが言った。それをガトモンテスが答える。


「はい。昔はキノコ戦争のせいでこの国特有の生き物が死に絶えたそうです。アカシカのように繁殖力が強いものは別にしてもですが。

 気候も変化し、在来種が絶滅したので、亜人は人間の肉を食べて飢えをしのいだという悪評があります。

 キングヘッド様はこのオルデン大陸に繁殖力の高い生物を持ち込み、食料としたのです。

 調理に手間はかかりますが、飢えるよりはマシですね。

 亜人の村では大抵キングヘッド様を崇拝しております。エビルヘッドは厄除けとして扱われていますね。エビルヘッドの木像を逆さに吊るすと厄除けになる伝承があるのです」


 なるほどとフエルテが感心している。これはラタ商会にいたときに習ったものだ。

すると突如ざわめき声が聞こえた。

 人の波がふたつに分かれると、フエルテの前に一人のキノコの亜人がやってきた。


 目立つのは赤い傘である。遠目でもはっきりとわかる鮮やかな赤であった。

 その下の体は見事なものだ。着ているものは皮で作ったビキニとサンダルのみ。

 真っ白い肌に、鍛え上げられた筋肉がはち切れんばかりである。血管が浮き出ており、皮下脂肪が少ないことを証明していた。


 顔つきは精悍な顔立ちであった。目つきは鋭く、ひと睨みしただけで怖気づきそうな感じである。だがどこか顔色が悪そうに見えた。


「ホホホ。初めてお目にかかります。ヘンティルと申します。ベニテングダケの亜人で、この村の村長の娘でございますわ」


 その口から洩れた言葉は力強い声と女性らしい言葉付きであった。

 フエルテはヘンティルの言葉に首を傾げている。一見、首は太く顎が割れている。とても女性には見えない。

 だがオンゴ村の人間なら誰でも知っていた。


「あらやだ。初対面の女性の体をじろじろ見るなんて、エッチですわね」


 ヘンティルは両手で胸を隠した。鍛え上げられた大胸筋はまるで大理石のような美しさである。だが息苦しいのか、ハァハァと口からこぼれていた。


「おお、ヘンティル!! 出会えてよかった。こちらの方とお前の筋肉、どちらが優れているか勝負しようじゃないの!!」


 コブレがバーガーを噴き出しながら立ち上がった。コレラはコブレの口元をハンカチで拭く。周囲の人間はコブレがまた何か言い出したよと、呆れていた。

 ここ最近のコブレの様子はおかしい。異常なほどヘンティルを煽るのである。


「あら、あたしと勝負したいというの? 男と言えど容赦はしなくてよ。それに間食をするようなお方に負ける道理はありませんけどね。おそらくは舞姫と名高いオーガイさんでも敵わないと思いますけど」


 ヘンティルは高飛車に笑った。ちなみにオーガイはマイタケの亜人で有名な踊り子である。

 ウシガエルの亜人であり歌姫のボスケと並び、ダブルプリンセスと呼ばれているほどだ。

 そもそも舞踏家とボディービルダーでは同じ土台にすら立ってないのだが、本人は気づいてない。


「筋肉に大事なのは食事制限ですわ。あたしは今オイルダイエットをしております。もう一週間も炭水化物を摂らずに、オリーブオイルだけしか摂っておりませんの。あなたのように余計なカロリーを取るような方に負けるなどありえませんわ」


 ヘンティルは見下すような目つきで、フエルテを見下ろした。ガトモンテスはラタ商会から知っているが、無茶な食事制限は却って身を滅ぼすことを理解している。

 ガトモンテスが前からヘンティルに注意しても、聞く耳持たないのだ。逆にコブレが食って掛かるのである。

そこに慌ててイノセンテが割って入った。


「お姉さま~。わたくしもひさしぶりにお姉さまの活躍が見たいです~。ぜひとも勝負をしてください~」


 イノセンテが無邪気そうに言った。しかしその影は暗いものがある。表情が引きつっているのだ。コブレをけん制し、自分が主導権を握るつもりなのだろう。


「それならステージがある。演奏が終わったら、代わってもらおう」


 コブレが答えた。こうしてフエルテとヘンティルの筋肉勝負が始まったのである。

 ガトモンテスは取り残されているが、それに構わず料理を作るのであった。


 のちにビッグヘッドが村に入ってきて、大騒ぎになるのだが、それはガトモンテスとは関係なかった。

今回はマッスルアドベンチャーの裏側に当たります。

ガトモンテスから見たフエルテとアモルですね。

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