第24話 キヒトデのトマトクリームソーススパゲッティ
「すみません、よろしいでしょうか」
山猫亭に客が入ってきた。4人連れの親子だ。
山猫の亜人ガトモンテスが店を開いて、もう一年くらいになる。
最初は自分と同じコミエンソから来た人間しか来なかった。徐々にオンゴ村の若者たちも通うようになり、今では賑わっている。
食材はフレイ商会から購入していた。もちろん自分で食材を見てからにしている。
キノコ関係は直に取引している。キノコ料理はよそから来た人間には好評であった。
店員でツキヨダケのルナは、最初ひどい人見知りで、ろくに応対もできなかったが、今では決められた言葉を口にすることができた。
昔から彼女を知る者にとっては、大きな進歩だと感心している。
「いらっしゃいませ。何名でしょうか?」
ルナが訊ねた。客は人間とマウンテンゴリアの亜人の大人がふたり。そして15歳くらいの人間の女の子に、7歳くらいのゴリラの亜人の子供であった。
見ればわかるのにわざわざ人数を尋ねるのは、ルナはそうしゃべるように言われたからである。
たまにひとりなのに、人数を尋ねられ、怒鳴りつけた客もいたが、こちらはガトモンテスが対処した。
「4名です」
人間の女性は怒ることなく、告げる。ルナはすぐにテーブル席に案内した。
そして4人が椅子に座る。
「ここがエルくんの言っていたお店ですか。とてもいいところですね」
女の子が口を開いた。ハスキーな声である。その横にゴリラの少年が座っているが、どこか不機嫌そうであった。
「むかつくな。どうしてフエルテ兄ちゃんも一緒じゃないんだよ」
「アミスター、ぼやくな。あいつが断ったんだから仕方ないさ。それに家族旅行じゃない、今度赴任する村を見学に行くためだよ」
マウンテンゴリラが言った。声が少し高く、身に付けているのも革のビキニだ。おそらく女性なのだろう。
「そうだね。フエルテはまだ他人行儀なのだよ。私の事は恩人であり、私の家族を守るためだけに存在していると思い込んでいるね」
人間の大人が答えた。よく見ると女性に見えるが、わかめのような眉毛に髭を生やしている。
それらは見ただけで付け髭とわかった。肌は張りがあり艶々である。
さらに人間の女の子も、喉元を見れば、ぷくりと膨らんでいるのが分かった。
ふたりは女に見える男なのだ。大人の方が父親で、子どもは息子なのだろう。
「なんだよそれ。じゃあ父さんたちの赴任先が決まれば、フエルテ兄さんは用済みなのかよ!!」
アミスターと呼ばれた少年は激怒した。フエルテは血を分けた家族ではないが、慕っていることはわかる。
「そんなことは言っていない。そもそも赴任するのは私とフエルサだけで、お前たちはコミエンソにいればいい。あとはコンシエルヘが面倒を見てくれるだろうさ。フェリシダーも一緒にいるだろう?」
「そりゃあコンシエルヘ叔父さんは厳しいけど、いい人だし。フェリシダーも一緒につるんで遊んでいるけどさ。でもフエルテ兄さんがいないとつまんないんだよ」
「ふぅ、フエルテ、フエルテというけどあなたには私という兄がいるのよ」
するとアミスターは勢いよく立ち上がった。その顔は怒りで赤く染まっている。
「お前なんか兄じゃない! ぼくがみんなになんて言われているか、わかってんのか!! オカマ野郎とバカにされているんだぞ!!」
「うう、反論できません……」
すると兄の方がしょんぼりした。どうやら彼は兄として威厳がないことを嘆いているようだ。確かに兄というより、姉と紹介されたら、初対面の人は信じるだろう。
「こら、アミスター。自分の兄をオカマ呼ばわりするんじゃない。アモルだって好きでそう生まれたわけじゃないんだぞ」
父親は息子を厳しくしかりつけた。さすがにアミスターもしょんぼりとなって、素直に座る。
「店員さん、今日のおすすめは何かね?」
ルナを呼び出し、本日のおすすめを訪ねた。しかし、ルナは答えず、厨房へ引っ込む。
しばらくしてガトモンテスが出てきた。
実のところ彼はアモルと顔見知りであった。元主人の息子、ラタジュニアの友人だからである。
なので父親の名前もシンセロであることも知っていた。こちらは初対面だが、男なのに女のように美しいと評判だったことも知っている。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました。本日はキヒトデの卵巣を使ったスパゲッティがございます」
「ほう、キヒトデの卵巣ねぇ。こんな森の中で食べられるなんてすごいもんだ」
「はい。フレイ商会から購入しました。この村では珍しい食感なので好評ですよ」
親子連れは、おすすめを注文した。ルナは口をつぐんでいるが、ガトモンテスがぽんと肩を叩く。これを参考にしろと示しているのだ。
キヒトデは貝やカニなどを食する。キノコ戦争以前では養殖のカキなどを食い荒らす、外来種として嫌われていた。
さて食するには、まずキヒトデを塩ゆでにする。そして卵巣を取り除くのだ。
生では食べられないので、必ず過熱しなくてはならないのである。
食すとウニのような感じがすると言われている。もちろん食べられないヒトデもあるので注意が必要だ。
ガトモンテスはそれをスパゲッティの具にした。トマトクリームソースに絡め、ちょこんと上にヒトデの卵巣を載せる。
ルナはそれを4人分、テーブルの上に置いた。
そして付け合わせのパンとスープも持ってくる。
4人ともスパゲッティを食べた。トマトクリームソースが絡んだ麺に、ヒトデの卵巣が溶け込んでいる。
ウニにもカニ味噌にも近い味であった。
「おいしいですね。コミエンソにいたときより、さらに腕が上がったのではないでしょうか」
「そうだね。ヒトデの卵巣は珍しいが、それに頼らないのがすごい。素材を生かしている証拠だよ」
アモルとシンセロは感心していた。アミスターとフエルサはただ黙々と食べている。おいしいから無口になっているのだ。
「私の聞いた話ではヒトデは好んで食べられるものじゃない。とある地域でしか食さないとも言われている。よそ者には理解できない味だが、地元では慣れ親しんだ味だと言えよう」
シンセロは平らげた後、独白する。
「どんな素材も人によって価値は変わる。自分の常識に囚われてはいけない。フエゴ教団は思い込みの激しい人間には厳しい組織なのだから」
シンセロは息子たちに諭した。アモルは真剣な表情だが、アミスターはまだ幼いので理解できていなかった。
会計が終わると、店を出て行った。その際にアモルはガトモンテスに声をかける。
「ガトモンテスさん。エルくんがお店を開きましたよ。ハンバーガーのお店です。商店街のお店を乗っ取って、仕入れや調理を行っていますよ」
「そうですか。坊ちゃんならやると思いましたよ。むしろ遅すぎたくらいです。どうせ乗っ取られた店は商売をする気がない、怠け者ばかりだったのでしょう」
「その通りです。店の会計はブランコさんに任せてますが、エルくんは行商を続けているんですよ。学校は決められた単位さえ取れば休んでも問題はないですが、仕事を休まれるのは困ると、ブランコさんはぼやいてました」
ブランコは白蛇の亜人で、アモルと同じ司祭見習いの女性、グラモロソの姉であった。
司祭学校では凡人以下で、15歳で学校をやめたが、事務処理能力が高いので、ラタジュニアに雇われたのである。
「幼女が好きなブランコさんが、坊ちゃんに雇われるなんて。何を餌にしたのでしょうか?」
ブランコは幼女が好きなので、それが問題になっていた。幼女に関すれば、その力を何十倍にも引き出すが、あまりに仕えないので放逐されたといえる。
「……乗っ取ったお店の子供を商業奴隷にするそうです。まだ3歳だから手を出さないそうです。自分の好みは10歳で反骨精神のある子が好きだとか」
アモルはため息をついていた。そしてガトモンテスもつぶやく。
「坊ちゃんも大変だな」
キヒトデは熊本県の一部で食されるそうです。
もちろん食べられるヒトデと食べられない人でもあるので、素人は真似しない方がいいでしょう。




