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第20話 イノブタベーコンのアヒージョ

「こいつはなかなかよい物件ですな」


 コマネズミの亜人が、目の前の建物を見て、満足そうにうなずいた。

 ここはオンゴ村といい、キノコ系の亜人が多く住む村だ。

 深い森に囲まれており、木材加工は盛んである。さらに世界各国からキノコの菌を得ているので、キノコ栽培にも力を入れているのだ。


 コマネズミの隣には山猫の亜人が立っている。年齢はまだ二十代を超える一歩手前であった。

 建物は木造建てで、多くの家族と一緒に暮らせるほどの広さだ。少し傷んでいるが、雨風はきちんと防げる。

 この家の主は白うさぎの亜人であった。30代を超えている男で、背筋をピンと立たせてある。


 彼の名前はカンパネルラといい、村長の親戚である。4代前にウサギの亜人が多く住む、ホモイ村から嫁を貰い、分家したのである。

現在は自警団の団長を務めている。村の守りはフエゴ教団と共同で行っていた。


「はい。私の祖父が作った物でしてね。さすがに手狭になったので、売ることにしました。まあ、フエゴ教団が来なければ、そんな発想は思いつかなかったね」

「その通りですね。私も生まれた村を出なければ、ただの行商人として終わっていたでしょう。もっともそれが幸福と言えるかわかりませんが」

「ははは。まったくですな」


 ふたりは笑いあった。一方で山猫の亜人、ガトモンテスは家を眺めていた。

 ここが彼の店となるのだ。ある程度改装しなければならないが、それは仕方のないことである。

 もちろん、若い彼に金などない。すべて借金だ。主人のラタから多額の借金を抱えることになるだろう。

 

 これはガトモンテスだけではない。支店を出しているモノはみんなそうだ。

 主人と奴隷の関係を長く細く続けるためである。奴隷という常連を得るためだ。

 これで粗悪品を売れば、主人の顔に泥を塗ることになる。良質の品を提供することで、恩を売るのである。


 田舎に店を出して採算が採れるかと言えば、採れる。そうでなければ店など出さない。

 オンゴ村にはラタ商会の支店はもちろんのこと、金融業を営むフレイア商会に、食料品を扱うフレイ商会がある。

 さらに運搬業者や旅人なども相手にしている。そういった相手に食事を提供するのだ。


「こちらにいるガトモンテスは、歳は若いが腕は天下一品です。必ずやオンゴ村の皆様のお腹を満足させることでしょう」

「そうですな。昨日彼が作ってくれたアヒージョはなかなかの絶品でしたよ」


 カンパネルラが腕を組みながら、昨晩の夕食を思い出している。

 ぺろりと舌を舐めて、昨日の余韻に浸っていた。


 アヒージョとはスペイン語で小さなニンニクという意味がある。マドリードの代表的な小皿料理だ。

 カスエラという耐熱の陶器に熱して提供されるのだ。


 ガトモンテスが出したのは、キノコのアヒージョだ。マッシュルームにマイタケ、シイタケにエリンギを、オリーブオイルで炒める。

 カスエラにいれたら、輪切りにしたトウガラシにスライスしたニンニクを入れ、オーブンで焼く。

 イノブタのベーコンを入れて完成した。


 それをバゲット、フランスパンと一緒に食べるのだ。小麦粉と水、塩とイースとのみで焼かれたものである。

 そのためかなり固い。北にある蟲人王国インセクターキングダムに好まれているパンだ。

 もちろんレスレクシオン共和国でも、好まれる場合がある。


「特別おいしいわけではないですが、金があればまた食べたい味ですね」

「そう、それが大事なのです。手間がかかり、金のかかったうますぎる料理は飽きてしまう。安くてほどほどの味が一番なのですよ」


 ラタが言うと、ガトモンテスは照れた。毎日食べても飽きないメニューを、同僚たち相手に作っていたのだ。

 ちなみに料理長のビジテリアンはもういない。ナトゥラレサ大陸に店を出しに行ったのだ。

 闘神王国ファイトキングダムという国で、野蛮人を相手に食事を提供しているという。食い逃げや残すことを許さない、毅然とした態度は、闘神王国の人間たちの心を動かしたという。


 今はガトモンテスより3歳年上の人間が、料理長を務めているが、毎日プレッシャーで胃を痛めているのである。


「……」


 ガトモンテスは不意に視線を感じた。それは森の中からである。

 そこにはムキタケの亜人がいた。十歳を少し超えた程度で、可愛らしい女の子の顔をしている。

 食用キノコの亜人にしては、ずいぶん線が細いと思った。

 キノコ系の亜人は食用キノコは男らしい外見の女性で、毒キノコは女らしい外見の男性と決まっているのである。


「おや、ルナじゃないか。こんなところで何をしているのだ?」


 カンパネルラが声をかけた。するとルナはびくっと身体を震わせ、そのまま逃げてしまう。


「カンパネルラさんのお知り合いですか?」

「ええ、娘です。4人のうちの末っ子ですよ」

「娘……。ムキタケに見えましたが、女の子なのですか?」

「ええ、あの子はツキヨダケなのです。毒キノコ系ですが、性別は女です。そのため性格が少し卑屈なのですよ」


 カンパネルラが首を振るう。問題のある子供なのだろう。


「あの子はちょっとした悪癖がありましてね。思い込みが激しいというか、自分はこの村で嫌われていると勘違いしているのですよ。そもそもキノコ系は列記とした規則はない。性別不明なのが多いだけで、例外は山ほどあります。村長の娘のヘンティルはベニテングダケで、マイタケだけど女性のオーガイがいます。ラタさんはオーガイ殿をご存知でしょう?」

「そうだったかな? 昔膝を抱えて隅っこに震えていたのは覚えています。それでマイタケだから舞踏家になればと、ただそれだけ言っただけなのです。数年後にまさか舞姫と呼ばれるほどの有名人になるとは思いませんでした。しかも、私に恩義を感じているのだから、心苦しいですね」

「そうでしたか。ですが、人というのは難しいものです。何気ない一言が人の人生を狂わせ、もしくはその人にふさわしい道を導いてくれる。ルナもいつの日か心を開いてくれればよいのですが……」


 カンパネルラは遠い目をしていた。ガトモンテスはルナの事を忘れている。

 もうすぐ自分の店が持てると、胸を躍らせているからだ。

 ルナは影が薄く、先ほども陽炎のようにちらっと見たらすぐに消えたという印象があった。


 そんな彼女がガトモンテスの店で働くことになるのだから、人生はわからないものである。

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