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第二話 アライグマとイノブタのハンバーグ

「えー、今日から商業奴隷になるみなしゃん。わたくちはカマ猫先生でごじゃる」


 毛の薄い猫の亜人が眼をしょぼしょぼさせながら言った。年配なのかどこかよろよろとしている。

 彼の目の前には数人の子供たちが椅子に座っていた。人間もいれば猫や犬の亜人もいる。人種は様々だ。子供たちはこれから商業奴隷の訓練を受ける身分なのである。


「先生、カマ猫ってなんですか?」


 山猫の亜人である子供が手を挙げて質問した。


「なむなむ。あんたのお名前、なんてぇの?」

「ガトモンテスです。ロカマノ村出身でラタ商会所属です」

「ホッホゥ。ガトモンテスくん、ちみの質問に答えよう。わたくちは生まれつき毛が薄くてねぇ、かまどの中でないと眠れないのだよ。そのために毛は灰で小汚くなっているのでおじゃる」

「……先生の身体でかまどに入れるのですか?」

「ごめんちゃい。本当はただの毛が薄いだけの猫でごじゃる」


 そんな他愛のない会話をした後、あらためてカマ猫先生は商業奴隷とは何かを説明した。


 商業奴隷は一般的な奴隷ではない。首輪を付けられることもないし、物として扱われることもない。

 あくまで商会の財産として扱われるのだ。いわゆるペットのようなものである。

 主人はあくまで購入者であり、購入者の子供や部下の理不尽な命令に従う必要はない。それが発覚すれば即違反となり、購入者に厳しい処罰が下されるのだ。


 なぜ奴隷扱いなのか。元の家族と決別するためである。親の中には感心しない者もいて、子供の稼ぎを頼りに働かない親もいる。

 そんな家族と決別するために商業奴隷の制度があるのだ。


例として人間の子供が商業奴隷になった。母親は酒浸りで息子の稼ぎをすべて取り上げ、働くことを拒否した。

見かねたフレイ商会が子供を商業奴隷にした。母親には一般の月収ほどの金を渡している。

 ところが母親は金を使い果たし、子供にせびりに来た。自分の息子だから稼いだ金を親に寄越せと迫ったのだ。

 しかし息子の身分はすでに商業奴隷であり、フレイ商会の物だ。母親はフエゴ教団の騎士団に取り押さえられ、犯罪奴隷としてナトゥラレサ大陸に送られた。

 酒を一滴も飲むことは許されず、だだっ広い農場で毎日汗だくに働かされたのだ。

 その後母親は発狂して自殺したという。息子は彼女の死を黙って聞いていたが、唇が少し笑っていたそうだ。


「ぼくとはえらい違いだなぁ」

 

 ガトモンテスは頬杖をつきながらつぶやいた。

 彼はロカマノ村の村長の息子であった。5人兄弟の末っ子だったのだ。

 ロカマノ村はクマの亜人が多く住む村である。ガトモンテスの母親は山猫の亜人だ。

 兄たちは全員クマで、ガトモンテスだけ山猫だったのである。


 オルデン大陸では山猫の事をガトモンテスと呼んでいた。だから彼もそのまんまの名前を付けられたのである。

 かといって長男以外は割と適当に付けられていることが多い。

 次男はセグンド、三男はテルセロ、四男はクアルトと、番号で呼ばれているのだ。

 これは人間でも亜人でも同じ傾向にある。


 ちなみに村長の娘、ガトモンテスの叔母は犬の亜人で、まんまペロという名前であった。


「なむなむ。確かちみはラタ商会の所属だったね」

「はい。父とは友人だということです」


 ラタはコマネズミの亜人でライゴ村出身だという。コミエンソに住む司祭の娘と結婚し、4歳の息子がいるそうだ。ガトモンテスとは6歳年が離れている。


「他のみなしゃんも似たようなものでごじゃる。ですがここでの訓練を終え、各商会に鍛え上げられたみなしゃんの未来は明るいでごじゃる。まあ、怠け者は一生奴隷のママでごじゃるけどね」


 ほっほっほとカマ猫先生は笑っていた。


 ☆


「ふぅ、座りっぱなしは疲れるな」


 座学が終わり、ガトモンテスは伸びをした。他の訓練性も同じ気持ちである。

 一応、ロカマノ村ではフエゴ教団が週に一度の学校を開いており、文字の読み書きや、数字の数え方は習っていた。

 しかし商業奴隷は違う。文字はきちんと読み書きできなければならないし、複雑な計算もしなくてはならない。

 なにより社会常識を習わなければならないし、世界情勢も知らなくてはならないのだ。

 覚えることはたくさんある。


 しかし今は昼休みだ。楽しい食事の時間である。訓練生は広い食堂に集められていた。


「村ではアライグマの干し肉スープか、ヤギウマのクリームシチューがメインだったからな」


 ガトモンテスはあまり期待していなかった。彼にとって食事とは狩猟で手にした物を食べるだけだ。

 フエゴ教団がブラックバスやブルーギル、コイなどを甘辛く煮て詰めた缶詰を提供してくれたが、あれはあれで美味であった。

 冬は干し魚しか食べたことがないので、新鮮だと思った。だがそれだけである。


「さぁ、みなしゃん。今日はハンバーグでごじゃるよ」


 カマ猫先生の指示で、かっぽう着を着た猫の亜人たちが、ガトモンテスを含めた訓練生の前に陶磁器の皿を置いた。

 そこには何やらおかしなものが載っている。肉のようだがどこかもそもそしている感じがした。

 香ばしい匂いが立ち込めており、じゅうじゅうと湯気が出ていた。

 他には緑色の野菜とニンジン、揚げたジャガイモが添えてある。


「みなしゃんはハンバーグを知らない人が多いと思うでごじゃる。これはアライグマとイノブタのあいびき肉で作られたのでごじゃるよ。刻んだ玉ねぎに小麦粉を混ぜ、捏ねたのでごじゃる」


 ガトモンテスは目を見張った。これがアライグマの肉なのかと疑っている。

 アライグマはよく狩猟で捕まえる獲物だ。赤身は悪くないが脂は獣臭さが残っている。なので脂はなるべく削るようにしているのだ。


 イノブタも同じく狩猟で捕っており、こちらも肉は硬く、獣臭さが残っている。

 塩漬けにして、シチューにして食べるのが普通なのだ。


 ガトモンテスは恐る恐る口にしてみた。獣臭さはない。ヤギウシの乳で臭みを取ったのかもしれない。

 肉汁がたくさん出ているが、おいしそうとは思えない。彼にとっては未知の味だからだ。


「―――!? うまい!!」


 素直な気持ちが口に出た。ガトモンテスだけでなく、他のみんなも同じ感想であった。

 固い肉があいびきになったおかげで食べやすくなっている。アライグマとイノブタがこんなにおいしくなるとは思いもしなかった。

 それにかかっているソースもなかなかよい。


「アライグマやイノブタの肉は各村から購入したものでごじゃる。そして作ったのはちみたちと同じ商業奴隷の先輩が作ったでごじゃるよ。

 料理とは魔法なのでごじゃる。固い肉や、味のない魚も調理次第でおいしくなるのでごじゃるよ」


 確かにそうだ。ロカマノ村の池ではブラックバスが取れるが、手間がかかり、食べるのに苦労する。皮が臭いため取り除くのが面倒なのだ。

 それの缶詰を出されたときは警戒したが、甘辛く煮たブラックバスはとてもおいしかった。

 料理は調理次第でどんな肉もおいしくいただけるのだ。


「さあ、これから毎日世界各国の料理を味わってもらうでごじゃる。そうやって世界の広さを知ってもらうのが目的でごじゃるよ」


 カマ猫先生は言ったが、ガトモンテスたちは初めて食べるハンバーグに舌鼓を打っているのだった。

 アライグマとイノブタは獣臭いけど食べられるそうです。

 

 ロカマノは岩手です。スペイン語で岩はロカ、手はマノで、それを組み合わせたものです。

 ガトモンテスの過去と現代を交互に出したいと思います。

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