第18話 インドクジャクのピペラード
「あひゃひゃひゃひゃ~! ぼくはえらいぞ、えらいんだ~~~!!」
茶猫の亜人の少年が、げらげら笑いながら、同年代の子供たちをボールのように蹴りを入れていた。
ここはラタ商会で、子供たちは商業奴隷である。家族に売られたというより、将来のためにあえて買ってもらうことが多い。事情があって可愛いペットを友人に託すような感じだ。
その中で茶猫の亜人ロコは狂っていた。自分は特別で何をしても許されると思い込んでいるのである。彼の目は現実世界ではなく、幻燈のような光景が広がっているのだろう。
「おい、ロコ! 弱い者いじめはやめろ!!」
そこに山猫の亜人ガトモンテスが雷鳴を落とす様な声で注意した。彼は18歳で、厨房では豚の亜人で、料理長のビジテリアンの助手を務めるほどの腕前になっている。今では糟糠の妻のように息がぴったりだ。
「ひゃひゃひゃ~、お前なんかに命令される筋合いはない! だってぼくに命令を下せるのは、大旦那様以外、できないんだぞ~!!」
ロコは小ばかにした態度で、サーカスの道化師のように舌をベロベロと出した。他の子供たちは部屋の隅で、ぶるぶると震えていた。暴君に押さえつけられた哀れな民衆である。
商業奴隷は購入者の所有物だ。命令を下せるのは主人だけだが、ロコは勘違いしている。
「関係ないね。お前のやっていることは商会を見出す行為だ。そんなガキを注意しても越権行為にはならないぞ」
そういってロコを殴る。軽く吹き飛び、壁に衝突した。
ロコは一瞬惚けっとした表情になるが、見る見るうちに顔が赤くなる。怒りに染まっていった。
目は血走り、額には血管が浮き出ている。
「てめぇ……、よくもぼくを殴ったなぁ。ぼくを怒らせたらどうなるか覚えてろよ……」
ロコは立ち上がると、床に置いてあった木製のバケツを蹴り上げた。態度の悪さにガトモンテスは呆れている。
☆
ガトモンテスは市場に来ていた。隣には彼より一回り大きい豚の亜人が立っている。
名前はビジテリアンで、ガトモンテスの上司だ。今日は食材を見に来たのだ。
市場には様々な野菜が並べてあった。タマネギにトマト、レタスなどが置かれてある。
米や豆も豊富で、所狭しと米俵や麻袋が高く積まれていた。
果物はメロンや桃、レモンなどがあり、乾燥させた果物も並べられている。
肉や魚も多く、生肉や生魚、干し肉に干し魚などがあり、瓶詰の佃煮や乾燥させた海藻も売られていた。
それらを商人たちが品定めをしている。人種も数多く、人間はもちろんの事、犬や猫の亜人もいた。
「どうだガトモンテス。これほどの品物はレスレクシオン共和国、いやオルデン大陸でもお目にかかれないだろう。何しろフエゴ教団がもたらした保存食に栽培方法のおかげで、新鮮な野菜や果物が取れるようになったのだよ」
「そうですね。さすがは箱舟の子孫たちです。私のふるさとでもフエゴ教団がビニール栽培に農薬を導入したおかげで、作物が豊富に採れたそうですよ」
「そうだろう、そうだろう。だがな、いくら科学の力があっても、結局は大自然には叶わないのだよ。台風や洪水で実の成った木はへし折られ、畑や田んぼを水浸しにしてしまうのだ。あまりフエゴ教団を盲信するのは危険だよ、もっとも彼らは緊急事態を想定しているかrあ、被害は少ないのだけどね」
ビジテリアンと一緒に話しながら、歩いていた。
途中でいろいろな品物を購入し、後で届かせるように指示している。もちろん仕入れ値は値切っており、品物を手に取り、どれがいいものかを説明していた。
すると、ガトモンテスの後ろに衝撃があった。思わず前のめりに倒れてしまう。
「あー! こいつ泥棒だぞお!!」
それはロコであった。彼はガトモンテスを指さしている。本当なら自由に外出はできないのに、なぜここにいるのだろうかとガトモンテスは疑問を抱いた。
そんな彼の横にはリンゴがころころと転がっていた。
そして後ろから叫びながら走ってくるキツネの亜人がやってくる。おそらくリンゴの持ち主であろう。茶色い帽子に首には手ぬぐいをかけていた。
「ほら、おじさん! こいつは泥棒だよ、ぼくは見たんだ、こいつがリンゴを盗むところをしっかり見たんだよ! みんな、早くこいつを囲んでよ! そして袋叩きにしてください!!」
ロコは唾を飛ばしながら、叫んでいる。しかし周りの大人たちは冷めた目をしていた。
誰もガトモンテスに対して、動くことはない。むしろ彼に対して同情の目を向けている。
キツネの亜人はガトモンテスではなく、ロコをにらみつける。
「ふざけるな! 俺は見ていたぞ、お前がうちのリンゴを盗んだところをな! さぁ、騎士団に突き出してやる、来い!!」
ロコは強引に引っ張られていく。彼は慌てて怒鳴りだした。
思い通りの展開にならず、混乱している。
「ちがうよ、悪いのはこいつ。ぼくはこいつに命じられて、盗みをさせられたんだ。だからこいつも捕まえてよ!!」
するとキツネの亜人はロコの頭にげんこつを食らわせた。いきなり殴られてショックを受けている。
目玉が飛び出るような衝撃であった。
「いるんだよな、お前みたいなガキは。盗みの罪を他人に擦り付ける小賢しい馬鹿がな。どうやらお前はどこかの商業奴隷みたいだな。前科があればお前はナトゥラレサ大陸のカカオ共和国で、死ぬまでガーナ園で強制労働だ。そうならないように祈るんだな」
「ちっ、違う!! ぼくは悪くない、悪いのはこいつなんだ!! ぼくはこどもなんだぞ、大人がぼくをいじめていいと思っているのかよ!!」
ロコは首根っこを掴まれ、引きづられていく。
結果として彼はナトゥラレサ大陸に犯罪奴隷として送られた。ラタ商会に来る前に問題を起こし、持て余されていたのだ。
商業奴隷でも犯罪を繰り返せば、犯罪者として扱われる。ロコは子供だから無罪放免と思い込んでいたのだ。
ロコはひと月も持たず、首を括った。週に一度休めて、食事も腹一杯食べられて、甘いお菓子ももらえたにも関わらずだ。
小賢しい子供は結局自分で自分の首を絞めたのである。
☆
「こいつはインドクジャクのピペラードだ」
ロコが騎士団に連れて行かれたその夜、ビジテリアンが夕食に出したものである。
ピペラードは蟲人王国に伝わる料理だ。
トマトにピーマン、ニンニクや玉ねぎをオリーブ油で炒める。そしてトウガラシと一緒に煮込むのだ。
インドクジャクは塩とぶどう酢で二日間漬けて臭みを取っている。
さてさっそく食べたが、おいしかった。肉は硬いが臭みがないので普通に食することができた。
「インドクジャクの肉は臭みがあり、硬いので調理するのに手間はかかる。だが手間さえかければ食べられないこともない。料理は手間暇をかけるのが大事なのだ。ロコは手間をかけられずに、我々の手から零れ落ちてしまったがね」
その件でガトモンテスにおとがめはなかった。もともとラタは問題児のロコを監視しており、何か起きる前に自分たちの手で処理するつもりでいた。
ところがロコの行動は予想外であり、外で騒動を起こすとは思わなかったのだ。
おかげで彼は速攻で騎士団に捕らえられてしまったのである。ラタとしては自分の息子と同年代の子を、ナトゥラレサ大陸に送りたくなかったので、がっくりとうなだれていた。
ガトモンテスはピペラードを口にしながら、いなくなった後輩に思いをはせるのであった。




