第15話 カメムシのサンドイッチ
「すみません、パンを売ってはいただけないでしょうか?」
ガトモンテスの店に客が来た。太陽が真上になる前だ。
相手は異質な存在であった。それは夜鷹の亜人の女である。
夜鷹とはヨタカ目ヨタカ科の鳥である。全長約29センチほどで、全体に茶褐色の細かい模様があり、くちばしは小さいが、口は開くと大きく、周りに長い剛毛をもっている。
夜中に飛びながら昆虫を捕食し、キョキョキョと早口で鳴き、枝に平行に止まるのだ。
こちらは羽に見える体毛で、唇は常人より硬く、尖っていた。
もちろん翼は生えていない。手足は猛禽類の爪のようにするどく光っている。
身に付けているのは革製のビキニで、腰には灰色の腰巻を身に着けており、革製のカバンを肩にかけていた。
それ以前に鳥の亜人は珍しいのだ。オルデン大陸ではお目にかかれない。
鳥の亜人はガルーダ神国にしかいないのだ。
いるとしたら蟲人王国にあるエビルヘッド教団の本拠地、フィガロくらいなものである。
「はい、焼き立てが揃っておりますよ」
「そうですか。ではサンドイッチ用に横に切ってください」
「かしこまりました」
主人で山猫の亜人、ガトモンテスは相手を差別しない。商業奴隷時代でいろいろな人種に触れたためだ。
逆に店員のルナは掃除中に見たため、びくっと怯えている。ガトモンテスはそれを見て、後で注意しようと思った。
夜鷹の亜人はテーブル席に座る。そしてカバンからガラス瓶を取り出した。
ルナはテーブルの拭き掃除をしていたが、それを見てぎょっとなる。
それはカメムシであった。カメムシとは半翅目カメムシ科の昆虫の総称である。
体長は3ミリ~3センチくらいで、体は扁平で亀の甲に似る。触れると悪臭を放ち、口吻で、植物の汁や昆虫の体液を吸うのだ。
キンカメムシ・アオクサカメムシ・ナガメなどがあり、広くは半翅目のうち、陸生の異翅類をいう。
へっぴりむしや、くさがめなどとも呼ばれている。
ガラス瓶のカメムシは煮られたものらしく、砂糖などで甘く煮られ、ゴマをまぶしてあった。
「なっ、なっ……」
ルナはパクパクと口を半開きにしていた。夜鷹の亜人はそれを見て、悪戯っぽく笑っている。
彼女はガラス瓶からカメムシを一匹取り出し、手の平に乗せる。そして食べてしまった。
「ひぃぃ!!」
ルナは腰を抜かし、青ざめていた。ガトモンテスはあまりの失態に彼女を叱る。
ヒアリの亜人ソルは騒動に構わず、野菜の皮むきをしていた。
「ルナ。お客様に失礼だ。謝罪しなさい」
「あら店主かまいませんのよ。だって虫を食べる人はこの国にはいませんからね」
「いえ、私は食べたことはありますよ。オラクロ半島では虫のピザやパスタを食しましたね」
さてパンは切り終わった。パンの切り口にヤギウシのバターを塗る。
皿に盛られたパンをお客に差し出した。スプーンも添えている。
彼女はガラス瓶からカメムシを盛りだした。カメムシ特有の異臭はしない。
あっという間にサンドイッチは完成する。
「さてひとつちょうだいしましょうか。主人、スープを用意してくださいな」
「キノコスープしかありませんが、よろしいでしょうか?」
「もちろんです。オンゴ村のキノコは別格の味だそうで、楽しみですのよ」
ガトモンテスは厨房に引っ込み、スープを持ってくる。
その一方で夜鷹の亜人はサンドイッチを口にした。プチプチとカメムシを噛み潰す音が聴こえてきて、ルナは顔をそむける。
「うーん、パンがふにゃふにゃですね。もう少し歯ごたえが良ければいいのですが、贅沢というものですわね」
がっかりした口調だが、サンドイッチを一個まるごと食べてしまった。なんだかんだといってパンはおいしかったようである。
その後差し出されたキノコスープを堪能する。しいたけにしめじ、まいたけの入った味噌のスープだ。
「あら、興味あるのかしら? それならひとつゆずってもよいですよ」
ぶるぶる震えているルナを見て、彼女はけらけら笑っている。
「それではお代はここに置いておきますよ。パンとスープ、とってもおいしかったです」
サンドイッチを紙に包んでもらい、ルナに金を渡して女性は店を出た。
「……」
「なんだ、ルナ。お客に見惚れたのか?」
ガトモンテスに声をかけられても、ルナは反応しなかった。
これはおかしいと彼女の方を揺さぶると、ようやく気付いたのか、びくっと身体を震わせた。
「あぁ、びっくりした。あんなへんな人、初めて見ましたよ!!」
それを聞いて店主はルナの頭を軽く小突いた。客に対して失礼なことを言ったからだ。
「おそらく彼女は蟲人王国から来たんだろうな。なにせパンが柔らかいと言っていた。向こうでは固めのパンが好まれているからな」
ガトモンテスが推測を口にした。蟲人王国では虫系の亜人が多い。彼らはあごの力が強く、堅い虫も平気で食べる。
他にも油で揚げたミルワームやバッタ。イモムシの燻製に白アリの幼虫や卵をシチューやスープ、サラダに使われている。
ガトモンテスは輸入品を食したことがあったのだ。
「じゃあエビルヘッド教団の人ですか?」
「どうだろうな。宗教というのは生活に密着しているから、見た目じゃわからんよ」
そうガトモンテスはつぶやくのであった。
☆
「ふふふ。かわいい子だったわね。できれば身体を撫でまわしたかったけど、我慢我慢」
夜鷹の亜人は街道を離れた森の中にいた。クマのように巨大なアライグマやアカシカが徘徊して危険なのだが、彼女は平気で歩いている。
昼なのに、森の中は夜のように暗かった。濃い緑の匂いが鼻につく。ぐじゅぐじゅと腐葉土を踏んでいった。
そしてしばらく歩くと奇妙なものが目の前にある。それは酒樽ほどの大きさで、茶色い毛に覆われていた。さらに赤い鶏冠のような毛が生えている。
するとくるりと回った。そこには猿の顔がついていたのだ。耳の部分には細長い腕が生えている。
こいつはビッグヘッドという異形であった。人間の頭に手足がくっついたおぞましい怪物である。
オルデン大陸ではスマイリーという、常に笑顔を浮かべたビッグヘッドがいる。
こいつは人を襲って食べるのだ。もっとも目の前のビッグヘッドは獲物を目の前にしても動くことはなかった。
「仕込みは上々、あとはあの子と出会えば自動的に仕掛けは作動するわね」
夜鷹の亜人はアスモデウスという名前である。エビルヘッド教団では好色を司る司教だ。
今回は崇拝するエビルヘッドのために、自ら工作をしに来たのである。
本来は下っ端の仕事だが、彼女が志願したのだ。
今回、ルナに催眠術をかけた。特定の人間と出会うとある笛を吹くように仕向けたのである。
その笛はビッグヘッドにしか聴こえない特別なものなのだ。
「さて彼は見事英雄になれるのかしら。マリウス兄さんの遺児であるあの子は……」
そう言ってアスモデウスは空を見上げた。
フランスとかはマジで昆虫食が流行っているそうです。
昆虫は増えやすく、たんぱく質が取れるそうな。




