第12話 しいたけステーキバーガー
「ねえガトモンテス兄さんはアイドルって言葉を知っているかな?」
ガトモンテスが食材の仕入れに行っている途中、一緒にいるカピバラの亜人の男の子が、声をかけた。
9歳だが、同年代と比べると体が一回り大きい。
カピバラとは齧歯目カピバラ科の哺乳類だ。
齧歯類では最大で、体長75~130センチほどあり、尾はほとんどないという。
前足に4指、後足に3指あり、後指に水かきをもつ。南アメリカと呼ばれた国の湿地近くの森林にすんでいた。
もっとも男の子はきちんと手足は5本指だ。
「アイドルですか? 本で読んだことはあるから知っていますよ。確か歌を歌い、踊りを踊るきれいな人のことを言うんですよね」
ガトモンテスはうろおぼえだが答えた。商業奴隷と言っても仕事ばかりするわけではない。
キノコ戦争以前の歴史を学ぶのである。これはフエゴ教団が保存しているらしいが、詳しい話は知らない。
数百年前の小説や漫画は復元されているが、使用している紙は上質とは言えず、活字出版が主だが本を買えるのは商人か司祭くらいである。
そもそも現代の人間で新しく創作した作品は皆無だ。いくら捜索しても見つからなかったという。
その中でアイドルという言葉も知っている。歌と踊りを披露するだけで、一日で一般人の年収を超えるというから、働くのが馬鹿らしいと思える。
ただし必ず全員が売れるというわけではなく、逆に売れた人間が破滅したことも教えられていた。
自分の理解を超えた大金を手にしたため、金銭感覚がマヒし、おかしな金の使い方をするのである。しかも金が底をついても贅沢をやめられず、借金を重ねたというのだ。
さらにヒット作に恵まれず、麻薬に溺れて身体がボロボロになったケースもあった。
ガトモンテスはそれを聞いて恐ろしいと思った、真面目に汗水たらして働くことを決意した。国が亡ぼうとも農家や狩人など金は得られないが、食べるに困らないからである。
かといって教師はガトモンテスたちにそれらの仕事をするなと言っていない。
きちんと金を管理しておけば破産はしないだろうとのことだ。
「で、そのアイドルがどうしたんですかい? 坊ちゃん」
そう彼はガトモンテスの主人の息子、ラタジュニアである。
ガトモンテスは坊ちゃんと呼んでおり、他の従業員はエルくんと呼んでいた。
「今それを復活させたらどうなるかな?」
「無理でしょう」
ガトモンテスは一刀両断で否定する。
「そもそも歌と踊りは祭りのときしか出番はありません。それを生業にするなどコミエンソくらいしか受けませんね。他の村でやったら茫然となるか、激怒して殺しにくる場合があります」
彼は脅しているわけではない。本当の事だ。キノコ戦争のせいで人間の文明は一気に中世ヨーロッパ風になってしまったのである。
村はよそ者を嫌い、日々の生活に追われているのだ。
そのため農業や狩猟をする者が偉いと思われている。家や工具を作る職人はそれほどではないが、獣の皮なめしなどは女子供の仕事と呼ばれていた。
フエゴ教団の布教活動のおかげで、村同士の交流は増えている。しかしよそ者を嫌悪する気持ちはまったく消えていない。
さらに変革を異常なまでに嫌うのだ。大抵は騎士団に殴られてしまうが。
「なるほど。兄さんのいた村はどうだったかな?」
「亜人の村はそれほどでもないですよ。なぜか人間の村だけがそうなんです。塩の町のサルティエラと、石灰の町ピエドラセニサくらいですかね」
「やっぱりまだ無理だね……」
ラタジュニアは考え込んでいる。彼は思い付きで口にしたわけない、商売に使おうとしているのだ。
今日はのんびり買い出しに来ているが、普段は学校と商会で忙しいのである。
父親のラタから商売の基礎を叩きこまれているのだ。
ラタジュニアが何かミスをすればすぐ怒鳴る。そして何を間違えたのかをきちんと説明するのだ。
そして成功すれば褒めちぎり、その感動を忘れないようにするのである。
ダメな人間はただ相手を怒鳴り散らし、ろくに教えない。
いじめが面白くなり、相手を追い詰め、最後に殺されることが多かった。
ラタはきちんと教えているが、有能な人間と、無能な人間の極端に分かれることが多い。
なんだかんだいって面倒見がよく、無能な人間でもほっておかないのだ。
そのために調子に乗って、商業奴隷をいじめる馬鹿が多いのである。
代わりに有能な人間はのれん分けしてもいいほどだ。ガトモンテスは有能な部類に入っている。
さて商会に戻ると、ガトモンテスは買い物した品を置いて、厨房に向かう。
昼食を取っていないので、作るのだ。もっとも片手間に食べるものがいい。
「じゃあ、ハンバーガーを作ってよ」
ラタジュニアにねだられ、作ることにした。料理長のビジテリアンもノースエリア出身で、学校の給食で食べたことがあり、ガトモンテスたちに作ってくれたのである。
「パンはあるから、あとは……」
ガトモンテスは商会にしかない冷蔵庫から様々な食材を手に取る。
レタスにイノブタの合いびき肉、そしてしいたけがあった。しいたけはオンゴ村産である。
パンを横に切って、軽く焼く。その表面にバターを塗った。
しいたけは軸をとり、合い挽き肉を詰める。それをオリーブオイルを敷いたフライパンにひき肉の方を向けて焼く。
その際にふたをすることで肉汁があふれるようになった。
パンにレタスを乗せ、しいたけステーキを乗せる。ヤギウシのスライスチーズを乗せ、パンをかぶせた。あとはケチャップを添えて出来上がりである。
「すごいや兄さん。給食の時とはぜんぜんちがうや!」
ラタジュニアは興奮していた。学校ではオーソドックスにハンバーグとレタスにトマトが挟まっているが、しいたけに肉を詰めるのは珍しい。
「最近商会ではオンゴ村のきのこを扱ってましてね。これがなかなかうまいのですよ。ですからきのこを使った料理に凝っていますね」
そういってガトモンテスはハンバーガーにかぶりついた。
肉厚なしいたけに、獣臭さが消えたアライグマのひき肉が何とも言えない。
ラタジュニアもおいしそうに食べていた。
「……これ、商売にできないかな」
そう言ってじっとかぶりついたハンバーガーを見つめるのであった。
段々ネタがきびしくなってきた。もっと詳しく外来種を調べてみます。




