第11話 エッグバーガー
「こんにちは~、店長いる~」
山猫亭に入ってきたのはキタキツネの亜人の娘であった。毛並みはよく、太い尻尾は垂れ下がっている。身に付けているのはトガという、ゆったりした白い布の服だ。
名前はニエベと言い、オンゴ村の村長ポラーノの親戚だ。父親は医者で、代々篤志解剖を務めている。今はフエゴ教団と協力していた。
村長の系列なので子供の頃からよく勉強していたのである。この点はガトモンテスと同じだが、ニエベは別の事に夢中であった。
「よう、ニエベ。まだ店は開いてないぞ」
山猫の亜人であるガトモンテスは厨房で下準備をしながら声をかける。相手の方は見ないでひたすらガスコンロの前で、フライパンでハンバーグを焼いていた。
ツキヨダケの亜人ルナと、ヒアリの亜人のソルはその手伝いをしている。
ルナは店内の掃除を、ソルは野菜を切っている。ルナは気のない表情で手を動かしているが、ソルは真剣なまなざしであった。
「えっへっへ、今日は特別メニューが出るって聞いたからね~」
ニエベは屈託のない笑みを浮かべていた。彼女の仕事は声を使う。昔見た紙芝居に憧れて、声を使った仕事に魅入られたのだ。
村の広報をしたり、いろいろしていた。あまり需要のある仕事ではないが、彼女の声はきれいなのでよく使われている。
もっとも村内では彼女の仕事を軽蔑している者もいる。村では農業や狩猟こそが仕事だと誇る人間が多いからだ。皮をなめし、骨を磨く者たちも見下されていた。
これは人間でも亜人でも同じである。さすがにフエゴ教団も厳しく取り締まることはなかった。
「あいかわらずの地獄耳だな。試作品があるから食べてみるか?」
「やった~」
「お前さんは結構舌が肥えているからな」
ニエベはパチンと指を弾く。彼女はこうしてガトモンテスの元に訪れては、試食を楽しんでいたのだ。
ルナは軽い性格のニエベを軽蔑しており、ソルは仕事に夢中であった。
「特製メニューはハンバーガーだ。坊ちゃんの猿真似だがな」
「坊ちゃんというと、エル商会の若旦那のことですね?」
「ああ、坊ちゃんはハンバーガーの店を開いている。あの人は時期を読むのがうまいんだよ」
ガトモンテスはやさしい笑顔になる。6歳年下だが、尊敬すべき人物だと思っている。
名前はラタジュニアと呼び、かつて自分の主人であったラタの息子だ。
主人の息子は主人というわけではないが、同じ商売人として切磋琢磨する間柄であった。
「でもハンバーガーって、キノコ戦争前にもあったんでしょ? それを復刻させただけで、別にその人はすごくないじゃん」
「その通りだ。普通は得体のしれない食べ物など、例えおいしくても売れることはない。だが坊ちゃんは最初から売れるとにらんでいたのだよ」
「そうなんだ。まあ、私にはどうでもいいけど」
ラタジュニアの狙いは独身男性たちであった。コミエンソのノースエリアでは50年前から人間と亜人を強制的に結婚させている。
毎年、各村から子供を十人ほど連れてきて、学校に通わせるのだ。
そして職と結婚を強要し、ハーフを増やすのである。
それに各村でハーフゆえに迫害された人間も住んでいる。結婚の強制は一代限りで、学校を8年過ごせば後は自由だ。
あとは自由に職を選び、好きなように過ごせる。
大抵は家賃を折半するために早々と結婚する場合があり、独身期間は短い。
さて学校では学校給食なるものがある。レスレクシオン共和国、かつてのスペイン料理を振舞われるのだが、世界各国の料理も出される。
地中海のイタリア料理やモロッコ料理、和食や中華など様々だ。
これはフエゴ教団の前身である箱舟の子孫たちから提供されたのである。
「ハンバーガーというのは、パンにレタスやハンバーグを挟む食べ物だ。片手で食べられるから、朝の忙しい労働者には最適な食べ物なんだよ」
「そうなんだ~。ということは店長さんはラタ商会やフレイア商会の人たちからリクエストされたんだね~」
「ぶっちゃけその通りなんだけどな」
ニエベの言う通りであった。ハンバーガーは給食でも特に人気が高い。
学校を卒業し、手作りで食べるがあまりおいしくなかったという。
ラタジュニアは従業員や道行く人々から、それを感じ取ったのだ。
「俺も坊ちゃんに頼まれて、よく作った物さ。最初は躊躇したがあれのうまさはたまらないね」
ガトモンテスは遠い目をしていた。
「じゃあ、早くそれ出してよ」
ニエベは最速で催促する。ルナは苦い顔になった。ガトモンテスは皿に乗せ、差し出す。
「ニエベさん、図々しいですよ。ごはんをたかりに来るなんて」
「えっへっへ~、おいしいものをかぎとるのは、私の特技だよ~ん」
ガトモンテスはふたりを無視して、調理に入る。
焼いたパンを用意し、目玉焼きを作る。インドクジャクの卵を使う。
肉はアライグマとイノブタのあいびき肉で作ったハンバーグである。
まずパンの上にハンバーグを乗せ、からしを塗る。そして刻んだ玉ねぎを乗せるのだ。
ケチャップを乗せ、トマトを乗せる。そして目玉焼きを乗せて完成だ。
「こいつはキノコ戦争前に流行ったハンバーガーだ。どの材料もオンゴ村で取れたものを使っている」
地産地消というものだ。もっともフレイ商会なら貿易で暑かった国から様々な食品を扱っただろう。
珍しい食品もよいが、新鮮な食材ほどおいしいものはない。
ニエベには関係ないので、さっそく口に付けた。
かなりのボリュームで、大きく口を開いて食べる。
パクパクと食べていき、あっという間に消えた。
「ふぅ、おいしかった~。こんなおいしいの初めて~」
「ああ、こいつはエッグバーガーだが、他にも生ベーコンを乗せたものや、チーズを乗せたものもある。坊ちゃんの話ではなかなかの売れ行きだそうだ」
「そうですか。私はあまり興味がないですね」
上機嫌のニエベに、ルナは冷ややかだった。彼女は珍しい食べ物は興味ないのである。
ルナは村から出ることが少ないが、たまに黒蛇河に転落してそのまま三角湖に流れていくことも珍しくない。
その度にガトモンテスが迎えに行くのだが、彼は気にしていない。むしろルナが気を重くしていた。
「おいしそう。私も食べたい」
ソルがねだった。ガトモンテスはもうひとつ別のハンバーガーを作り、彼女に与える。
ルナはひとり掃除をしていたが、ガトモンテスは彼女のためにキノコサンドを出したのであった。
作中に出ているエッグバーガーは、北海道は函館で展開しているラッキーピエロの人気メニューです。
地産地消も同じです。もちろん使っている食材は別物です。
作中でインドクジャクや、アライグマにイノブタを使ったのは、あくまで外来種を食すためですね。
元々トゥースペドラーもラッキーピエロがモデルだったので。




