008
ドールのアクセルペダルを勢いよく踏み込み、シェイプシフターに肉薄する。
シェイプシフターの方も俺の方に向かって突き進んでくる。
どうやら、奴も俺のことを最優先で倒すべき敵として認識しているようだ。
肉薄し、金づち頭に直撃する直前に、横転して回避する。横転しながら攻守はブレードで切り付けるが、手応えは薄い。確かに傷つけることは出来ているが、それでも肉体までは届かない。
「奴の身体は堅すぎる。ただの攻撃では弾かれるのがオチだわ」
「分かってる。だからこそだ」
「?」
俺の言葉に、彼女はどういうこと? と視線と小首を傾げることで訴えてくる。
俺はそれに答えることなく、再度シェイプシフターに肉薄し、横転して切り付ける。
奴は、体中厚い装甲で覆われている。だからこそ、様々な攻撃に耐えられ、終いにはレーザーすら拡散させる。
しかし、だからといって壊れないわけではない。現に傷つけられているところは幾分か脆くなっている。
だからこそ、俺は何度も懲りずに攻撃を繰り返しているのだ。
それに、腹部への砲弾三発が効いているのか、最初よりも動きは鈍い。歩行人形ならいざ知らず、鈍い動きに捉えられるほど、このドールはやわではない。
接近からの、横転しての攻撃を止め、スピードを生かした一撃を加えて離脱し、また一撃を加える、一撃離脱攻撃に切り替える。
一撃加えるごとに、奴の攻撃の射程範囲外に逃げ、移動して別角度から一撃を入れる。目まぐるしく動き回りながら、敵を翻弄する。
「すごい……」
何が凄いのか分からないが、膝の上の彼女が感嘆の声を上げる。
いや、これくらいエリート様にとっては普通じゃないか? 攻撃した瞬間にブースターの出力を抑えたり、逆噴射したりを瞬時にやればいいだけだし。簡単なことだろ?
そんなことを考えながら、俺はやつを四方八方から切り付ける。
反撃の隙は与えない。攻撃して攻撃して攻撃して、攻撃しまくる。お前のそのご自慢の身体で耐えて、手も足も出ないと言う状況に存分に苛立ってくれ。
奴の横を通り抜ける瞬間、奴と視線が交差する。
存分に苛立った、憤怒を湛えた瞳。
俺はその目を見れて満足する。見えないだろうが、嘲笑するような笑みを浮かべる。
理解したか? お前の相手はこの俺だ。よそ見してる暇なんてあると思うなよ?
奴の横をすり抜け、わざと一番頑丈な金づち頭を壊れた左腕で殴りつける。
その挑発を奴も理解したのか、感情が爆発したように吠える。
そうだ、こっちを見ろ。お前がこっちを見れば見るほど、俺の思うつぼだ。
一度空中に止まり、奴がこちらに来るように誘う。
「来いよ金づち頭」
俺の挑発の言葉が聞こえたわけではないだろうが、シェイプシフターは俺の方に一直線に突っ込んでくる。
アクセルペダルを踏み込み、シェイプシフターから逃げるように空を駆ける。後ろをシェイプシフターが追従する。
時に硬度を落とし、時に横転して軌道をずらして翻弄する。
逃げて逃げて逃げまくる。追いつけそうで追いつけない速度を維持して相手を躍起にさせる。
吠えて血走った目で俺を睨みながら追いすがるシェイプシフター。
正直滅茶苦茶怖いが、恐怖を悪童のような笑みを浮かべて掻き消す。
……そろそろ、いいか。
「鬼ごっこも終わりにしようか」
機体をゆっくりと上昇させる。俺の後ろを追いすがるシェイプシフターはもちろん俺と同じ軌道を取る。
機体が上を向き、やがて腹を天に向ける。つまり、俺たちはバレルロールをしているのだ。
「ここまでやればわかるだろ? プロフェッショナル」
通信が繋がっていないから、聞こえているわけではないだろう。けれど、彼らは俺の期待にしっかりと応えてくれた。
上空から二機のドールが高速で降りてくる。いや、その速度は最早、落ちてくると言った方が適切なほどの速度であった。
緑と青の粒子をまき散らしながら落ちてくる様は、まるで二つの流星のようだ。
速度をそのままに、二機のドールががら空きになったシェイプシフターの腹にダガーを突き立てる。
勢いそのままを受けたシェイプシフターは、その勢いに負けて二機のドールと一緒に地面に向かって墜ちていく。
そして、地響きと土煙を上げながら地面に衝突する。
俺は、その様を空中で停止しながら眺める。
二機のドールは途中で落下の軌道から離脱したから無事だ。しかし、完全に勢いを殺しきれなかったのか、地面に盛大にその巨体を打ち付けていた。
無事だと思うが、戦線復帰は望めないかもしれない。
『夕凪! 生体反応健在!! まだ終わってないよ!!』
「――ッ! マジかよ!」
天童の言葉を聞き、弾かれたように機体を動かす。
勢いなんて気にしてられない。高周波ブレードを構えながら、地面と激突する衝撃を気にせずに、アクセル全開で急降下する。
間に合うかッ!?
土煙の中を恐れずに突っ込んで行く。直後、機体に衝撃が走る。
「――ぐっ!」
「――ぐうっ!」
衝撃に身体を揺さぶられ、呻き声を上げる。
第一の衝撃の後に、すぐさま次の衝撃が襲う。
衝突し、そのまま引きずられるような感覚。
俺は機体が上げる土煙と衝撃によって何がなんだか理解も及ばず、ただただ事態が収まるのを待つだけだった。
ややあってから、全ての衝撃が収まる。
何があったかなんて考えている暇はない。俺はすぐさま機体を起こそうとする。が、機体が立たない。
モニターを見て異変を確認しようと思ったが、機体データを写すモニターは真っ暗で、広く広がったヒビしか写していなかった。
「マジか……」
『おい、大丈夫か!?』
「俺は問題無い」
「私も、大丈夫です……」
聞こえてきた通信に俺たちは平気だと答える。
「すまないが、機体の方の状態を教えてくれ。モニターが破損して確認できない」
『分かった。……機体は、左脚部が破損……と言うよりも吹き飛んでいる。それと、内部モニターのいくつかの損傷。左側のブースターが軒並み機能停止。もう空は飛べない』
「ありがとう。まったく、最悪な状況だな……」
「……どうしますか?」
膝上の彼女が上目遣いで訊いてくる。その問いに、撤退しますかといった意味合いも含まれてることくらい、俺にも分かる。
正直、機体が動かないのならばどうしようもない。
撤退しようにも、機体が動かないうえに負傷者一名。援護も無く、安形がバギーに乗って来てくれるわけでも無い。
俺一人なら逃げられないことも無いが、そんな選択肢ははなからない。
そのうえで、さてどうするか……。
「あ? 待てよ……」
「はい?」
「そもそもどうして奴は追撃してこないんだ?」
「そう言えば……」
俺に言われ、彼女も不思議そうに小首を傾げる。
俺は、少しばかり耳鳴りのする耳を良く澄ませる。
そうすれば、今まで気づかなかったが、発砲音と駆動音が聞こえてきた。
「この駆動音は……ドール?」
それも、俺が今乗っているような上等なやつじゃない。聞き慣れた、時代遅れの旧式のドールのものだ。
――まさか!
「天童! 今誰が出てるんだ!」
『豊穂さんと、紫雲寺さんだよ』
「巨乳ランキングの一位と三位か!!」
『お前まだそのネタ引っ張ってんのかよ!?』
俺の言葉に、安形が悲鳴のようなツッコミを上げる。
目の前の彼女からは若干白い目で見られている。
「そんなことはどうでもいい! 二人は今交戦してるのか!?」
『どうでもいいって……って、それどころじゃねぇよな! 二人には、俺が修理したドールに乗ってもらって、今援護してもらってるとこだよ! 感謝しろよ! 過去に無いくらい頑張ったんだからな!!』
どうやらこの発砲音と駆動音は巨乳ランキング一位と二位が援護をしている証らしい。
そう言えば安形どうしたかなと思ったら、一人で黙々と己の仕事をこなしていたのか。
まったく、頼もしい限りだよ……!
「ああ、感謝する。一人じゃとっくにやられてた」
『そもそも一人じゃ戦えてなかったしな! 俺の調整あってこそだ!』
「その通りだな。お前が俺と同じくらいイカレててくれてラッキーだったよ」
『褒められた気がしないが、素直に受け取っておこう!』
調子よくそう返してくる安形。いつもと同じテンションで会話ができると、平常心を取り戻せる。まったく、本当に頼りになる奴だよ。
『そんで! 次は何をすればいい?』
なんてことないようにそう問いかけてくる安形。無類の信頼を感じて、俺は少しだけむず痒くなる。けれど、嫌じゃない。
俺は、考える。最善の策を。最善の勝利の絵図を。
数瞬の間の思考であったが、一つだけ、見つけた。
「安形、歩行人形とを歩けるようにできるか? それと、弾薬の装填もしてほしい」
『歩行人形は一応今見てきたところだ! 制御装置が壊れてたから取り換えておいた! それと、弾薬の補充も出来てる! けど、両方とも一発ずつだ!』
俺は安形の仕事の速さに思わず舌を巻く。こいつ、真面目にやればここまで優秀なのか。
「助かる。それだけあれば十分だ。安形は一度避難しておいてくれ」
『了解した! 因みに、豊穂さんたちともチャンネルは繋がってるぜ!』
「わかった」
『こちら豊穂! 結構いっぱいいっぱいです!』
『こちら紫雲寺! 右に同じくです!』
安形の言葉の後に、二人から通信が入る。言葉通り、しんどそうだ。
「分かった。けど、悪いがそのまま少しだけ粘っていてくれ」
『『了解!』』
二人の頼もしい返事が聞こえてくる。
よし、これでしばらくは時間がある。
あとは作戦を伝えるだけだ。と言っても作戦とも言えない、運要素の多い代物だ。けれど、この機体が飛べない以上これしかない。
「なあアンタ」
「はい?」
「アンタ、まだ戦えるか?」
俺は真剣な顔で問いかける。この作戦には、少なくともこの機体に慣れているマスターと、歩行人形に慣れているマスターが絶対に必要なのだ。
特に、この作戦の要となる部分を担うこの機体を操るマスターは、絶対に必要だ。
だからこそ、負傷をしていようとも彼女が必要なのだ。俺は歩行人形を動かさなくてはいけない。歩行人形は、その性質上歩かせるのが難しい。しかも、遠戦火砲を二本も詰んでいるのだ。いつも以上に扱いづらい機体になっている。
自惚れでは無いが、俺にしかできない仕事だと思っている。そして、この機体を十全に動かせるのも、彼女だけだ。
「アンタの力が必要なんだ。アンタにしか、頼めない」
「……ふぅ……」
俺がそう言うと、彼女は一度目を見開くも、落ち着かせるように息を吐いた。
そして、予備のインカムが入っていたところから注射器を取り出すと、自身の腕に刺し、中身を入れる。
突然の行動に俺は止める間も無かったが、まさか危険ドラッグやドーピング剤の類ではあるまい。
「今のは?」
「即効性のある鎮痛剤です。代わりに、持続時間は短いですが」
「なんで今まで使わなかったんだ?」
「……い、いいじゃないですか、そんなこと」
俺の質問に、彼女は少しだけ顔を赤くして顔を反らした。なんだか気になる反応ではあったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「それで、やってくれるのか?」
「大丈夫です、やれます」
「わかった。頼んだぞ」
「はい」
彼女は力強く頷くと、折れた左腕を握ったり開いたりしている。痛みで顔を歪めていないことから、鎮痛剤とやらはもう効き始めているようだ。
「こいつの操縦を頼んだ。俺は歩行人形を使う」
「私はどうすれば?」
「俺の移動中に話す」
俺はハッチを空けると、器用に身体を動かして彼女と操縦席を入れ替わる。
操縦席から出て、俺は歩行人形の元へ向かう。歩行人形は案外近場にあったのか、ここからでも目視できた。
距離がそんなに無いことに少し安堵しながら、作戦の概要を伝える。
「これより、作戦の概要を説明する」
走りながら、俺は作戦の概要を説明した。と言っても、簡単な説明だけだ。彼女以外。そんな難しいことをするわけではないしな。
『『『『はぁぁぁぁぁああああああ!?』』』』
しかし、俺の作戦を聞いた皆からの反応は、驚愕の声であった。
耳をつんざくような絶叫に、俺は思わず顔を顰める。
『貴様、正気か!? いや、正気では無いな! そんなガラクタに乗ってる時点で正気ではないからな!』
教官の失礼な言葉に俺は少しだけムッとしてしまう。
ようやくたどり着いた歩行人形に乗り込みながら、教官に反論する。
「ガラクタでも使いようだ。こんなのでも立派な戦力だ。事実、こいつが今までで一番大きなダメージを与えているからな」
『む、むぅ。確かに、そうかもしれんが……』
『教官、論点がずれてます! 教官ではありませんが、君、正気ですか!? その作戦、いえ、作戦とも呼べないような杜撰なモノですが! それはともかくとして、本当に正気ですか!?』
「無論正気だ。だからこそ、彼女にはすまないと思っている」
『すまないで済んだら厳罰も教官のお仕置きもいらないんですよぉ!! いいですか!? その作戦で一番の危険があるのはアメーシャなんですよ!?』
「でも彼女にしかできないことだ。彼女が一番あの機体に慣れている」
『それは、そうですが……!』
『いいんです、オペレーター。私、やります』
『アメーシャ!?』
『私は、なにも出来なかったから……だからせめて、これくらいはしたいんです』
『アメーシャ……』
覚悟を決めた彼女の声に、オペレーターが納得したような、諦めたような声を漏らす。
けど、違うな。一つだけ、違うことがある。
「一つ訂正しておくが、アンタはなにも出来てなかったわけじゃない。それだけは勘違いするな」
「え?」
俺の言葉に驚いたように声を漏らす彼女。
まったく、自分で気づいていないのか……。
「アンタがいなかったら、もしかしたら奴は俺たちの学校に落ちてきたかもしれない。アンタが奴の軌道を逸らさなかったら、間抜けにも外に出ていた俺と安形は死んでいたかもしれない」
もちろん、どちらも可能性の話だ。けれど、それと同時に事実でもある。
「そして何より、誰よりも先に軍人でも無いアンタが戦ってたから、俺は戦おうと思ったんだ」
「――っ!」
誰よりも先に現場に駆け付け、誰よりも先に何とかしようと動いた。まったくの偶然が重なった結果かもしれない。けれど、今の俺にとってはその偶然が結果だ。だからこそ、その結果を見て、彼女の行動を見て、柄にもなく俺も触発されてしまったのだ。
彼女みたいな人がいれば、あの時の俺も助かったかもしれない。そんな、可能性を見たんだ。
そんな可能性を見たら、俺も動かずにはいられなかった。
「少なくとも、俺は戦う勇気と覚悟を貰った。だから俺は、ここにいる」
『夕凪に同じくだ! 墜ちてくる敵に殴りかかるのかっこよかったぜ! 心震えた!』
安形が馬鹿みたいにはしゃいで合いの手を入れてくれる。あえて明るくしてくれているのだろう。やっぱり、空気の読める良い奴だ。
「だから、自信を持っていい。あいつをここまで追い詰めることができたのは、アンタの初動があったからだ」
『……わかりましたっ』
少しだけ、鼻をすする音が聞こえてくるのは気のせいだろう。そう言うことに、しておこう。
「さあ、ここまで追い込んだんだ。勝って終わって――平和を取り戻そうか」
『『『『はい(おう)!!』』』』