007
俺は途中で合流した安形に、バギーの後ろに乗せてもらい、エリート様のドールの元まで向かっていた。
「んで! 本当にエリート様のドール使うのか!?」
「ああ」
「ああって……言っとくけど、うちのドールと同じ感覚でやると痛い目見るぞ!? ブースターの出力も、機体自体の膂力も違えば、操作方法も向こうの方が複雑だ! 向こうのは細かい動作ができる分、操作も方法も細かいんだ! 単純な動作しかできないうちのドールとはもう次元が違うんだぞ!?」
「細かい動作なんて必要ない。走って飛んで、撃てれば問題無い」
「……そーかよ。はぁ……まあいいよ。もう諦めた。こうなりゃ、お前の無茶苦茶に最後まで付き合うさ」
「別に、無茶苦茶やってるわけじゃないが……」
「無自覚かよ!! それも何となく分かってたけどよぉ!!」
別に、普通じゃないか? ドールの細かい動作をしなくていいだけで、普通に動かせばいいだけなんだし。
俺は、安形の言葉に釈然としないが、そろそろドールの元に着く。無駄なおしゃべりはこれくらいにしないと。
安形がドールの元にバギーを止めると、俺はすぐさまドールに駆け寄って操縦席の方まで登る。
「ちょ! お前! ドール起動してんじゃんか! 考えなしに登ってんじゃねぇよ!」
「大丈夫だろ。俺たちが来る前から起動してたみたいだし。動かそうと思ってるなら、とっくに動かしてるよ」
安形に言葉を返しながら、俺は外からハッチを空ける。
ハッチが開いて、中を見てみれば、当たり前だが操縦席にはマスターがいた。ただ、一目で見て分かるほど負傷している。
左手はパイロットスーツ越しに見ても分かるくらい腫れあがっているし……って、パイロットスーツって全身タイツみたいなもんだから、分かって当たり前か。ともあれ、それ以外にも、頭から血を流していたり、身じろぐたびに顔を痛そうに歪めていたりと、重症ではないが、これではドールを動かせない。
けれど、生きている。
「ああ、生きてるね。大丈夫?」
俺は彼女に声をかける。
「あなたは……」
「質問はあと。それよりさ、お願いがあるんだけど」
「な……に?」
一言話すだけでも辛そうだな。なら簡潔に言った方が良いか。
俺は手を差し伸べて、彼女を引き上げようとしながら言う。
「これ貸してくれない?」
「…………は?」
俺の言葉の意味が分からないのか、呆けたような顔をする彼女。
面倒だな、時間が無いって言うのに……。
俺は少しだけ後ろの方を確認する。上空では軍のドール二機がシェイプシフターと戦っている。
遠距離型の方は弾が無くなったのか、サブアームのダガーで戦っている。サブアームがなくなれば一機は継戦不可能になる。一対一の構造になる前に、俺も参戦しなくてはいけない。
「退いてくれ。戦えない君がそこにいても邪魔なだけだ」
『おい夕凪、言い方』
『そうだよ夕凪!』
通信が繋がっているのを忘れていた。ヘッドホン越しに二人から叱責を受ける。
「……あなたに、この子を操れるの?」
「分からん……が、飛んで腕を振り回せれば問題ない」
「……本気?」
「本気だ。あいつを倒すのに、そう難しい技術はいらない」
俺がそう言えば、彼女は考え込むように瞳を閉じた。
俺はその動作に焦ってしまう。
時間が無いのだ、考えている時間も惜しいくらいに。
「……一つ、条件があるわ」
「条件?」
「……私も、連れて行ってください」
「ダメだ。その身体で連れて行くことは出来ない」
見るからに満身創痍。左腕に関しては折れている。そんな子を、連れて行けるわけがない。
それは、マスターである彼女も分かっているはずだ。
なのに、彼女は連れて行けと言う。訳が分からない。
「邪魔にしかならないことは君が一番分かっていることだ。なのに、なぜついて来ようとする?」
『だから、言い方あるだろうが……』
安形が呆れたように言っているが、そんなことを気にしている場合ではない。
彼女も俺の言葉など気にした風も無く、理由を語る。
「……私は、なにも出来なかった。せめて、戦いながらでも操縦方法を教えるわ」
「……それ以前に、君が耐えられるとは思わないんだけど」
「耐えて見せます」
「……根性論で」
どうにかなるわけがない。その言葉を言う前に、甲高い破砕音が響き渡る。
上空を見れば、近接型の高周波ブレードが砕け散っていた。これで、二機ともサブアームで戦わざるを得なくなった。
問答している時間も惜しいか……!
「分かった、君を連れて行く」
『な!? 本気か!?』
「これ以上は時間の無駄だ。それに、貸してくれるって言ってるんだ。提案に乗ろう」
『だからって、相手は怪我してんだろ!? 無理させられるかよ!』
「自己責任だ。自分の容態を見て彼女が戦場に出ると言ったんだ。それで悪化しても彼女の自己責任だ」
「……その通りです。私は、私の自己責任の元、戦場に出ます。何があっても、恨みはしません」
『……ああもうっ!! 頑固者二人集まるとろくなことがねぇなぁ!! 簡潔に結果だけ言うけど、走って飛べるぞこの機体!! 武器もゼンマイ人形よりはマシだ!! 後は好きにしろ!!』
投げやりに叫びながらも機体の状況を簡潔に伝えてくれる安形。どうやら、俺たちが話している間に調べていてくれたようだ。
「ありがとう、安形」
『礼は全部終わってからっつっただろうが! 生きて帰れよ馬鹿野郎!!』
「分かった。……そう言うわけで、もう出ないと犠牲が増える。とりあえず、一回手を掴んでくれ」
「ええ」
俺が差し伸べた手を彼女が掴む。俺はそれを出来るだけ優しく引っ張り上げると、彼女と入れ替わるようにして操縦席に座り、彼女を俺の膝の上に乗せる。
「え、あ、あの……」
彼女がなにか焦ったように言葉を発するが、なにか問題があっただろうか?
「どうした?」
「い、いえ……このかっこうは……」
「膝に乗せてるだけだが?」
『――っ!? 夕凪の女たらし!!』
「なぜそうなる……」
天童からのいわれのない罵倒に、首を傾げてしまう。
『てめぇ!! さてはそう言う展開を狙ってやがったな!?』
「そう言う展開とは?」
安形も便乗してくる。
いったい何だってんだ……。彼女も顔を赤くしてるし……って、彼女の場合は体調が悪いのか。そりゃあそうだ。今の彼女は左腕が骨折してるうえに体中打ち付けているものな。体が熱を持って赤くなるのも当然だ。
て言うか、ヘッドホンの奥からブーイングが聞こえてくるんだが……クラスメイトにまで顰蹙買ってるのかよ、俺……いったい俺が何をしたと言うのか……。
まあいいさ。とりあえず、今は優先すべきことがある。
「なあ、基本動作はあまり変わらないのか?」
「え、あ、はい。基本的な動作は、どのドールとも変わりません。ただ、細かい動作とかがあるので……」
「いや、細かい動作の説明はいい。走って飛べて、攻撃ができればいい。それだけできれば十分だ」
「そうですか……」
「ただ、武装の方を確認しておきたい。そこだけ簡潔に説明してくれるか?」
「わかりました」
俺は彼女から武装の説明を受ける。
が、結果分かったことと言えば高周波ブレードが二本無事であることだけだ。まあ、歩行人形よりはマシな装備である。
「よし、それじゃあ出るぞ。片手じゃ不安だと思うが、しっかりと掴まっておけ」
「はい」
彼女は、無事な右手で俺の作業着をぎゅっと掴み、その身を俺の方に寄せてくる。
うん、縮こまってくれると俺の方もやりやすい。
「出撃合図……はいいよな。天童、オペレートの方頼む」
『分かったよ』
「おし。じゃあ、第二ラウンド行くか!!」
「はい!」
『『おう!!』』
俺の言葉に、安形と天童だけでなく、彼女も答えてくる。なんだかやる気満々だが、彼女にできることは正直殆どない。まあ、この雰囲気に水を注すのも野暮と言うものだろう。
俺はブースターのアクセルを徐々に踏み込み、宙を滑るように空を飛ぶ。まずは慣らしだ。
ブースターの感覚を掴んできたところで徐々に徐々に上昇して行き、やがて空へと至る。
けれど、ただ空に行くだけではこちらの有利を一つ、ドブに捨てるような行為である。だからこそ、上昇しながらでも攻める!!
俺は高周波ブレードを一本掴むと頭上に向けて突き出す。そしてそのまま、ブースターのアクセルペダルを踏み込み、速度を上げる。
「ブースターの出力が低下してるから、本来の半分くらいの速度しか出ないわ」
「十分だ」
彼女の追加情報に簡単に答え、俺は更にアクセルペダルを踏み込む。
狙うは、がら空きの奴の腹。
今奴は軍の二機のドールとの戦闘に集中している。ならば、真下からの攻撃には気付かないはず。
長期戦は望ましくない。この一撃で全て終わらせる。
ブレードを突き出し上昇するドールが、シェイプシフターめがけて突き進む。
シェイプシフターは気付いていない。このまま突き進めば、奴の腹を貫ける。それほどのダメージは与えている。
上昇し、奴の腹に切っ先が届こうとする――寸前。
「――なっ!?」
「――チッ! 勘のいいやつだ」
完全に死角からの攻撃だったにもかかわらず、身をくるりと翻して俺の攻撃をかわしたシェイプシフター。
出来れば今の一撃で決めてしまいたかったが……そんなに甘くないか。
俺は空中でドールを浮遊させると、上からシェイプシフターを見下ろす。
俺含め三機のドールがやつを見下ろすように空中にその身を漂わせる。完全に奴に有利な構図にされてしまったわけだ。
さてどうするかと策を練ろうとしたとき、ヘッドホンにノイズが走る。
このノイズは……。
本日二度目になるノイズの正体を半ば確信しつつ、俺は奴から目を放さない。
やがて、ノイズが収まると明瞭な音声が聞こえてきた。
『訓練機に乗っている奴! すぐに応答しろ! おい、聞こえているか!』
威圧感のある女性の声。声質的に俺よりも年上だろう。
「聞こえている。感度良好、通信に不都合なし」
『――っ! やはり貴様、我が校の生徒では無いな。おい、アメーシャは無事なんだろうな!』
激昂したように俺に言葉を叩き付けてくる。
俺は少しだけ痛む耳に顔を顰める。
「なあ、多分アンタ宛てだ。インカムはつけてんのか?」
「え? あ、そう言えば……」
彼女――恐らくアメーシャ――は自身の耳にインカムが付いていないことに気付くと、周囲を見回してインカムを探す。しかし、見つからなかったのか、操縦席のちょっとした物入れのようなところから予備のインカムを取り出すと耳に着ける。
「こちらアメーシャ。すみません、インカムの存在を忘れていました」
『この馬鹿者がッ!! 無事なら無事とさっさと報告しろ!!』
ヘッドホン越しに聞こえてくる怒声に、思わず二人して顔を顰めてしまう。
「すみません……丁度気が付いた時に、いろいろあったもので……」
『いろいろ……? まあいい。そこら辺の事情は後で聞く。とりあえず、貴様は帰還しろ』
「なっ!? 本気ですか!? 今私が……と言うより、彼がこの場から離脱したら、戦力が大幅に減ります! 助けられる者も助けられなくなります!」
『それは貴様ら学生が気にすることではない。帰還せよ、これは命令だ』
「できません!! ここでみすみす逃げ出すなど!! それでは、なんのために私がここまで来たか――」
『黙れッ!! 貴様のしていることは命令違反だ!! 勝手に戦場に出おって! 命があるだけ幸運だと思え!! この半人前が!!』
「――っ」
『見れば、機体もかなり損傷してるではないか。そんな状況でよく戦えるだなんて思ったものだ』
恐らく、この機体のデータは逐一管制室に送られているのだろう。この機体のデータを取っているから、どこが破損して、エネルギー残量がいくらだ、とかも分かるのだろう。
つまり、今のこの状態も筒抜けなわけだ。
恐らく、俺のヘッドホン型の通信機から発せられている周波数も感知されている。そして、彼女のパイロットスーツからも生体データが送信されているのだろう。だからこそ、俺と彼女が一緒にこの機体に乗っていることを知っていたのだろう。なにせ、返事があって驚いてはいたが、やっぱりなといった感じの雰囲気も伝わってきた。
『いいから、帰投しろ。もう一度言うがこれは命令だ』
「ぁ……くっ……」
恐らく、司令官、もしくは教官と思われる人の声に、彼女はくっと歯噛みをする。
話の流れ的に、彼女は命令違反をしてまで最初にシェイプシフターに挑んでくれたのだろう。見たところ、彼女は真面目で正義感が強そうだ。だからこそ、この状況を見捨てておけなかったし、このまま見捨てることもできないのだろう。
まあ、そっち側にどんな事情があれ、俺のやることは変わらないのだが。
「悪いが、帰還は後回しだ。今はこいつを倒すことが先決だ」
「え?」
『は?』
最初は呆けた声。次にドスの効いた声。二人とも一文字しか発音してないのに、この差はいったい……。
『……良く聞こえなかったな……貴様、今何と言った?』
「帰還は後回しだ。やつを倒したら、こいつもろともパイロットを送り届けてやる」
『ふざけるなッ!!』
「いたって真面目だ」
『尚更ふざけるなッ!! いいか? その機体は我が校の所有機だ。それを無関係の貴様が使っている時点でこちらは正式に貴様の学校に抗議をしてもいいんだ。それを、私の温情でアメーシャと一緒に帰還すれば許してやろうと言うのだ。いいか! それは、我が校の機体だ! 今すぐに返却しろ!! さもなくば貴様の学校に正式に抗議を入れて貴様を退学にしてもらう!!』
随分長く言ったが、要約すると「うちの機体だから返して。返してくれたら勝手にその機体使ったことを許してあげる」だ。
なるほど、そこまで考えての帰還しろだったのか。なるほどなぁ、優しいね本当に。
まあ、俺の答えは変わらないわけですがね。
「何度も言う。答えはノーだ。抗議でもなんでもしてくれ」
『なっ! ……き、さまぁッ!!』
「こちとら退学とか怖くないんだわ。もうすでに歩行人形と記念品の遠戦火砲二本を勝手に使い潰してあいつにダメージ与えてんだよ。今更退けるか」
『そんなことは関係な――待て、貴様。今何と言った?』
「あ? だから、退学とか怖くないって――」
『そっちでは無い! その後だ!』
その後? ああ、そっちか。
「だから、歩行人形と遠戦火砲二本を勝手に使い潰してシェイプシフターにダメージ与えてんの。今更退いたところで、俺の退学は免れないわけですよ」
ここで退いたら俺のやったことが全て無意味になる。それだけは勘弁願いたい。退学上等だが、その代わりに奴の命を道連れにしなくちゃ気が済まない。
『はあ!?』
「えぇっ!?」
俺の言葉に、向こう側から知らない女性の声が。目の前から彼女の声が聞こえてくる。
なに? そんなに驚くことか?
『……ハッ! なるほどなぁ……』
『あ、あの、教官……すごく悪い笑みをしてますが……まさか……』
『……よし分かった。継戦を許可する』
『教官!?』
「うそ……」
ヘッドホンの向こう側と、俺の目の前から驚愕の声が漏れる。
しかし、俺にしてはありがたい話だ。
「話しが速くて助かる」
これ以上の問答はしていられない。今まではお互い様子を見て浮いているだけであったが、それももう限界だ。
『その代わり、絶対に死ぬな。これは命令だ』
「聞く義務はないけど、義理はある。了解した」
『もう義務は付いてるよ。今から貴様は特例措置として、私の部下として扱う。命令は絶対従ってもらうよ』
うげぇ、めんどくせぇ……。
まあ、戦えないよりはマシか……。
「命令を受諾した」
『そこはイエスマムって言いな』
「イエスマム!」
『よろしい! それじゃあ、さっさと勝って帰ってきな!』
「イエスマム!」
俺は声高々に応えると、急降下してシェイプシフターに迫る。
第二ラウンド、続行と行こうじゃないか。