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006

 砲弾を受け、俺を睨み付けるシェイプシフター。


 いいぞ、意識が完全に俺の方に向いてる。まあ、そうだよな。目元(・・)狙われればそうなるよな。


 叫び、進路を変えて俺の方に突っ込んでくる。


 軍のドールが注意を引こうと攻撃をするが、シェイプシフターは気にも留めない。それもそうだ。自身の弱点を狙って来た輩の方が危険で、早々に排除しなくてはいけない敵なのだ。


 あの硬質な金属片でその身を包んだシェイプシフターの唯一の弱点は、唯一むき出しになっている目だ。あの硬質な敵の内部に難なく攻撃を通せる唯一の弱点。恐らく、瞼を閉じればそれなりの防御力にはなるのだろうが、他の部位よりは防御が薄い。


 そんな弱点を狙われたからこそ、奴は怒って俺の方に来ているのだ。


『敵、急速に接近中。距離、残り五百メートル』


「了解。そのままカウントを続けてくれ」


 俺は迫りくる敵を前に逃げることをせずにただ立ち尽くす。


 逃げたりはしない。ここまでは予想通りなのだから。


『距離、残り三百メートル』


 段々と敵が近づいてくる。圧迫感を感じる金づち頭が広がっていく。


 金づち頭は少しだけ歪んでいて、恐らくは地面と激突したときの衝撃で歪んでしまったのだろう。


『距離、残り百メートル』


 それに、よく見てみれば映像の荒いモニターでも分かるほどその身体を覆う金属片に傷がついてる。見た目だけで言えば結構ボロボロだ。


『距離、残り五十メートル』


 天童の声が少しだけ動揺する。


 俺が全く動かないことに動揺しているのだろう。けど、まだ動けない。敵が動きを変えられるうちはまだ動けないのだ。


 千載一遇の、一度しかない勝機(チャンス)。これを逃す訳にはいかないのだ。


『距離、残り三十メートル!』


 まだ、まだだ。なんのためにここまで登ってきたと思ってる。


『残り、二十メートル!』


 何のために木々も生えてないこのはげ山の山頂に来たと思ってる。


『十メートル!!』


 天童のカウントを聞いた俺は、一歩踏み出す。


 残りの距離は目視で調整するしかない。ミスは、許されない。


 天童のカウントが聞こえない。恐らくは、減っていく数値の速さに言葉が追いつかないのだろう。


 でも、大丈夫だ。ここまで来れば俺で何とかできる。


 シェイプシフターが迫る、金づち頭が目一杯に広がる――――今だッ!!


 俺は踏み出していた一歩に力を込める。


 そして――――盛大に足を踏み外した。


 ザアッと踏み外した足が滑り、機体が傾く。斜面を滑り落ち、倒れた機体の上をシェイプシフターが通過する。


 無防備な腹が、視界一杯に映りこむ。


 俺は、これを狙っていた。


「腹一杯喰らいな」


 俺は躊躇わず砲弾を撃つ。


 両砲門から爆発の閃光と黒煙をまき散らしながら、砲弾が飛びシェイプシフターの腹を直撃する。


 ――残弾数、一。


 今までとは違い、苦痛に叫び声を上げるシェイプシフター。


 やっぱり、思っていた通りだ。


 奴は体中が堅い。それは見ていれば分かる。砲弾は弾かれ、刃は砕け、レーザーは散らされる。見るからに堅牢を誇るその身体は、難攻不落の動く要塞のように見える。


 けれど、実のところそうではない。


 奴にも柔らかいところはある。


 下から見ていて分かったが、奴の腹には金属片はそんなにない。一度、クジラみたいな身体だと表現したが、奴は尾びれが縦では無く、横に広がっている。つまり、イルカやクジラと同じ体の動かし方をする。


 尾びれの上下運動で前進する奴は、腹の方に金属片があっては身体を曲げられないのだ。


 だからこそ、腹の方の金属片は必要最小限になっている。上空での戦い方では気付き辛い奴の弱点だ。


 だからこそ、俺はわざと敵を煽り、俺の方に来るように仕向けた。山の斜面と、地面がむき出しになって何も滑り止めの無い地面を利用し、機体を反らして突進を回避して奴の腹の下に潜り込んだのだ。


 奴は戦い方がうまく、自身の腹を見られないように常に相手を上空に置いて戦っていた。


 けど、それでも奴の皮膚自体が驚くほど堅い。この一撃で仕留めてしまいたかったが、どうやら、無理だったようだ。


『敵胴体反応、いまだ健在』


「分かってる。さっきからずっと吠えてるしな」


 滑り続ける機体のバランスを取りながら、次の一手を考える。


『敵、後方より接近中』


「マジか……」


 予想より回復が速い。もう少しもがいてくれてていいものの。


「天童、カウント」


『敵との距離、現在二百メートル』


「速いなぁ……」


 予想以上の速さに、驚きを通り越して最早呆れてため息が出る。


『残り百メートル』


「さっきより速いじゃん……」


 恐らく、相当頭に来ているのだろう。一度目の突進よりも速い。


 そろそろ山の麓まで着いてしまう。この機体にジャンプとかそんな器用なことはできない。ただ歩いて踏ん張るだけだ。


「お、あれ使えそう」


 何かないかと正面をよく見てみれば、少しだけ盛り上がっているところがあった。


 俺はすぐさま方向を修正し、盛り上がっている個所に向かう。


『距離、残り五十メートル』


「はいよ」


 ギリギリ間に合うな。


『距離、二十メートル』


 もうすぐ目的の地点だ。心なしかシェイプシフターの怒号が近くなっているのは気のせいではないだろう。


『残り、十メートル』


 そこで、目的の地点に到達する。


『残り、五メートル』


 移動の慣性をそのままに、歩行人形は地面の盛り上がりを利用して空中に飛び出す。


 俺は機体を仰向けにして、足を進行方向に向くようにする。


 結構速度がついていたからか、それなりに高く飛んでしまった。が、さほど問題は無い。


 緩やかに落ちていく機体。追いすがるシェイプシフター。


 確かに自分の腹を見せないように戦う頭はあるようだけど、結局はそれも野性的な本能でしかないようだな。


「学ばねぇな、お前も」


 落ちていく機体は、進んでいくシェイプシフターの進路から外れていく。そして、シェイプシフターは速度が速度なので、直ぐに進路を変えることはできない。だから、俺に腹を見せることになる。


「ほら、おかわりだ」


 爆炎をまき散らしながら最後の砲弾が発射される。砲弾は、狙い違わずシェイプシフターの無防備な腹に直撃する。


 シェイプシフターが悲痛な絶叫を上げる。


 これで、結構なダメージを与えられただろう。けれど、致命傷にはならない。


歩行人形(ウォーカー)残弾数ゼロ。戦闘継続不可能です』


「ああ、分かってる」


 ここからは、軍のエリート様方にお任せしよう。素人の出しゃばりはここで終わりだ。継戦ができない以上、ここにいてもお邪魔にしかならないしな。


 だから俺はここから逃げるべきなのだが……。


「動かない、か……」


 空中で砲弾を撃ち込んだことで、撃ち込んだ衝撃で下に勢いがつき、背中から勢い良く地面に打ち付けてしまった。元々戦闘用では無い歩行人形は、その衝撃に耐えきれなかったらしく、操縦桿を動かしてもうんともすんとも言わなくなってしまった。


 非常にまずい展開である。


「歩行人形が動かない。破棄して徒歩で逃げる」


『え、徒歩!?』


『はぁ!? お前、大丈夫なのかよ!?』


 ヘッドホン越しに二人の慌てた声が聞こえてくる。


「どちらにしろここにいたらただの的だ。だったら生身でも逃げ出した方が良い」


『……あぁっ!! くそ!! 分かったよ!! 今からバギーでそっちに迎えに行く!! おい天童!! 道案内頼んだぞ!!』


「は!?」


『ちょっと安形!?』


 安形の言葉に、俺と天童は驚きを隠せない。


 俺は少なくとも歩行人形に乗って戦場に出向いたからいいものの、天童は移動能力しかないバギーでここまで来るつもりなのだ。


 そんなの――


『危ないだなんて言うなよ? 危険だなんて今さらだ!!』


 危険だから止めろ。そう言おうとしたのに、安形に先を越されてしまう。


 安形のその声が聞こえてくると同時に、けたたましいエンジン音が聞こえてくる。どうやら本気で迎えに来るつもりらしい。


「……分かった。頼む」


『了解だ!!』


『もう! 二人とも帰ったら説教だからね!!』


『そう言うセリフは女の子に言われたかったなぁ!!』


 天童の半ば投げやりな言葉に、安形が冗句で返す。


 俺はその掛け合いに頼もしさを感じながらも、ハッチを空けてすぐさまその場から離脱する。幸い、はげ山の近くには森がある。そこに逃げ込めば木々が邪魔をして俺のことなど捕捉できないだろう。


 そう考え、俺は森の方に走っていく。


「ん? あれは……」


 しかし、走り始めたところで、あるモノが目に留まる。


 それを見た瞬間、俺に逃げると言う選択肢は無くなった。


「安形、天童。予定変更だ。継戦する」


『『はぁっ!?』』


 俺の言葉に、揃って驚愕の声を上げる二人。


『馬鹿かお前!! 生身で戦うつもりか!?』


『そうだよ夕凪!! もう武器もドールも無いでしょ!?』


「いや、あるさ」


 俺は進路を少しだけ変えて走り始める。そろそろシェイプシフターが冷静さを取り戻す頃だ。俺を捕捉する前に、なんとか森に入りたい。


『あるって……っ!! まさか、夕凪!!』


『は? おい、なんだよ。話が見えねぇぞ!?』


 レーダーで確認したのか、天童は俺のやろうとしていることに気付いた様子だ。安形は、やはり何がなんだか分かっていない様子。


「一機だけあったんだよ。俺たちのよりも高性能なドールが」


 本当は戻ってから最低限修理のされているドールに乗ろうと思っていたが、止めだ。目の前にそれよりも良いドールが転がってるんだ。それに乗らない手は無い。


『一機……って、あぁ!! まさかお前!!』


 ようやく天童も気づいたようだ。まあ、俺もそれを見るまで気付かなかったから、当たり前だろう。


「エリート様の玩具(おもちゃ)、ちょっと貸してもらおうぜ」



○○ ○



「うっ……くっ……」


 体中に痛みを感じ、意識が覚醒する。


 頭と手が痛い。お腹も、ちょっと痛い……。


「こ、ここは……」


 周りを見渡しても真っ暗で、なにも分からない。


 私は、自分が意識を失う前に何をしていたのかを思い出そうとする。


 私は、いったい何を……。


 確か、今日は訓練があって、やっとドールに乗れて、それで、空を飛んでいて、それで、それで……。


「っ!!」


 思い出した。私、落ちてくるシェイプシフターを殴って、その後墜落したんだ。体が痛いのも、そのせい……。


「うっ! くうっ……!」


 身体を起こそうとすると全身に痛みが走る。どうしよう。一人じゃ動けない……。


「……ははっ……勝手に動いて、その結果がこれだなんて……」


 勝手に敵と戦って、機体も体もボロボロにして……なんて無様……。


 私は、痛む身体に鞭を打って、停止してしまっているドールを再起動させる。


 限界を超えてクリスタリウムを燃焼させてしまったから、一度オーバーヒートを起こしてしまったのだ。


 一度オーバーヒートを起こしていても、問題無く機体は起動した。けれど、いくつかの機能が停止してしまっている。レーダー機能、補助カメラ機能、腕部内蔵サブアームが機能を停止している。


 他は……スラスターの出力が若干低下しているのと、シェイプシフターを殴った左腕が半壊しているわね……。


 メインアームの高周波ブレード二本は無事。サイドアームのハンドガンは消失。どうやら、どこかに落としてしまったようね……。どちらにしろ、片手じゃ二本は使えない。一本ずつ使うしかない。


 けれど……。


「この腕じゃ、無理ね……」


 左腕を見てみれば、パイロットスーツの上からでも分かるくらいに腫れあがっている。恐らくは、骨が折れている。


「骨が飛び出てないだけ、マシかしら……」


 けれど、私が戦えないことは事実。私には、もうどうしようもない。


 外の音声を拾ってみれば、銃弾の撃たれる音と、鉄と鉄がぶつかりあう音が聞こえてくる。まだ、戦闘は続いているのだ。


「……くそっ」


 戦闘に加われないことが口惜しい。


 何のために訓練を積んできたと言うのだ。中等部の頃から、私は寝る間も惜しんで訓練と勉強に身をやつしてきた。


 全ては、シェイプシフターを倒すためだ。だと言うのに、肝心な時に動けないだなんて……!!


 悔しくて、涙が出てくる。


 無事な右手で涙を乱暴に拭う。痛みが身体を襲うが、そんなものが気にならないほどに、悔しさに覆われていた。


 わたしが悔しさに覆われていると、スピーカーがエンジン音を捉えた。


「……誰か、来てるの?」


 私を回収しに来た学校の皆か、それともまた別の誰かか。


 しばらくすると、ハッチが開いた。


「ああ、生きてるね。大丈夫?」


 そこにいたのは、緊張感の無い声音で声をかけてくる少年だった。


「あなたは……」


「質問はあと。それよりさ、お願いがあるんだけど」


「な……に?」


 いきなりお願いと言われて少し身構えてしまう。


「これ貸してくれない?」


 そんな私に、少年は私に手を差し伸べながら、なんてことないと言ったふうに言ってのけた。


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