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005

 歩行人形(ウォーカー)を操り、俺はある地点を目指す。


 歩行人形で普通に移動していればかなりの時間がかかるが、幸運なことに現在地はその地点にほど近い。そう時間をかけることなく到着することができるだろう。


「っとと……」


 がたんと大き揺れる機体を、細かい動作で制御し、体勢を整える。


 この歩行人形、安形が言うには、腕があったせいでバランスが取れず、仕方なしに腕をとったという説が上がっていたらしいが、どうやら満更嘘でもないらしい。


 遠戦火砲が加わっただけで操縦がより困難になった。まあ、もともとこんな無理な装着をすればバランスを崩すのも頷ける。そして、歩行人形のもともとのバランスの悪さもあいまって、いつもの数倍は操縦が面倒だ。


 それに、ガタガタ揺れるたびに堅い座席と尻がぶつかって地味に痛い。


「けど、歩けないわけじゃない」


 俺は、操縦桿で微妙なバランスを取りながら、今出せる最高速を維持して進む。しかし、最高速ですら歩行なのだから、歩行人形の限界が伺えると言うものだ。


『……ぎ……お…………ぎ……!』


「あ?」


 歩行人形を歩かせていると、ノイズ交じりの声がヘッドホン越しに聞こえてくる。


「安形、なんか言ったか?」


『あ? なにも言ってねぇけど?』


 今俺の無線とチャンネルを合わせているのは安形だけだ。だから、安形が何もしゃべっていないと言うのなら、他の誰かになるわけなのだが、俺と安形以外このチャンネルにはしていない。


 考えられる要因としては、俺の聞き間違えか、あるいは――


『き……る、夕凪! 夕凪、聞こえてる!?』


 誰かがチャンネルを合わせてきているか、だ。


 どうやら今回は後者らしい。


 俺は聞き慣れた声を無線越しに聞き取り、彼が生きていることにひそかに安堵した。


「こちら夕凪。大丈夫だ、聞こえてるよ、天童」


『――っ! 夕凪! もう、本当に心配したんだよ!? 今どこにいるの!? それに、安形は? 安形も無事?』


『俺はおまけかよ、天童……』


『安形ぁ……! そんなわけないじゃん! 無事で良かったよ、本当に……』


 安形が答えれば、安堵したのか、その声が震えていく。ぐすりと鼻をすする音が聞こえてくるので、どうやら天童は泣いてしまっているらしい。


「あーあ、安形が泣かした。いけないんだー」


『はぁっ!? 俺のせいかよ!? ってか、その言い方小学生か!!』


『二人のせいだよ! ばかっ!』


 俺と安形にそう言う天童は、本当に憤っているようでいて、けれど安堵しているということが分かった。


「悪い、心配かけたな。俺たちなら大丈夫だ」


『今は、な』


「おい」


 余計なことを言うなという意味を込めて語気を強めにして言ったが、どうやら意味は無かったようだ。


『今は? 今はってどういうこと?』


 天童が疑問を声に乗せて訊いてくる。少しばかりの焦燥を感じ取れるのは、天童が俺たちが今何をしようとしているのか見当がついているからだろう。


「……お前が余計なことを言うから」


『遅かれ早かれ、何してるの? って訊かれるわ。だったら、最初から言って、協力してもらった方が良いだろ』


 俺が声に湿度を乗せて言うも、返ってくるのはいつもの飄々とした安形の声。


『ねぇ二人とも、何してるの!? 危ないことしてないよね!?』


『おいおい、危険な男二人が、危険な外に出てるんだぜ? 火遊びしない方がおかしいだろ』


「どこのハードボイルドかぶれだお前は」


『ふざけないでよ!! 二人とも、何してるの!?』


 思いのほか語気の強い叱責に、俺と安形は一瞬言葉を詰まらせる。


 ま、確かにふざけてる場合じゃないよな。それに、俺たちは良いけど、待ってる天童にしたら本当に心配なのだろう。それこそ、心配で気が休まらないほどに。


「俺たちは……て言うか、俺は今ドールに乗ってる。それだけで、分かるだろ?」


 あえて『歩行用の』とはつけない。これをつけてしまえば、天童を更に心配させてしまうから。


『――っ! それって、夕凪が戦うってこと!?』


「まあな。因みに安形は今他のドールの修理中。今使ってるドールが壊れたときように」


『そーそ。てか夕凪、お前そっこーで壊すんじゃねぇぞ? まだこっち修理おわってねぇんだからよ』


「分かってるよ。大切に使う」


 まあ、直ぐに壊れそうな気がしないでもないが……。それに、大切に使っても壊れてしまうこともある。そこは仕方がないと了承してほしい。


『二人ともなに呑気に話してるの!? 危ないから逃げてきてよ! それに、夕凪が戦う必要なんて一つも無いじゃん! 戦い嫌いって言ったくせに、なにこんな時にかっこつけてるのさ!!』


『ぶふっ! あははははは! 夕凪! 天童に俺と同じこと言われてやんの!』


 天童の言葉に、安形が大爆笑をする。無線越しでも分かる。安形は今、腹を抱えて笑ってやがる。


「うるせぇ! 手ぇ止めてないで、ちゃっちゃと修理しやがれ!」


『今のお前に凄まれても、まるで怖くねぇわ!』


 やけくそになって怒鳴っても、安形はまだ笑っている。相当ツボに入ったらしく、ひぃひぃ言って笑ってる。


 俺は一度ため息を吐くと、これ以上天童が怒らないように、天童が口を開く前に言葉を発する。


「天童、協力してくれ」


『……は? 何言ってるの?』


「シェルターにも管制室はあるだろ? 安形は修理で手いっぱいだ。天童にオペレーターを頼みたい」


『ちょっと待って! 僕の話聞いてた? 僕、逃げてほしいって言ったんだけど?』


「悪いが却下だ。来るところまで来ちまった。もう逃げられない」


 そう、俺は二人と話しているうちに目標地点――学校の近くにある一番高い山の山頂までたどりついてしまったのだ。


 俺がここを選んだのにはいくつか理由があるが、それはいいだろう。今重要なのは、俺は逃げられないところまで来てしまったということだけだ。


 恐らく、敵も軍のドールも俺を捕捉しているだろう。捕捉されている以上敵のターゲットになっているし、軍のドールも俺が一般人だと分かっているから、俺を守るために戦ってしまう可能性がある。そうなれば、俺が足を引っ張ることになるのだ。だからこそ、逃げられない。戦う以外の選択肢は、もう完全に残されていないのだ。


「頼む。もう来るとこまで来ちまったんだ。後は、全部終わらせて生きて帰るしかねぇんだ」


『俺からも頼むわ。俺がここまでお膳立てしてやったんだ。生きて帰って来てもらわねぇと俺の面子が丸つぶれだ』


『……ああ、もうっ!!』


 ヘッドホンの向こうから、苛立ったような叫び声が聞こえてくる。


 その声に、俺と安形は天童の協力を確信して、ニヤリと口を歪める。


『帰ってきたら全部説明してもらうから!! それと、説教だからね!!』


「『イエス、サー!!』」


 俺と安形はふざけたようにそう返す。俺たちの返事を聞いた天童は『もうっ!』と最後に一つ怒ったような声を上げてから、一度無線を切った。恐らく、管制室のヘッドホンを使うのだろう。


 すると、直ぐにヘッドホンからノイズが聞こえてきて、そのすぐ後に天童の声が聞こえてきた。


『こちら管制室、通信状況の確認をします。聞こえてますか?』


 落ち着き払った天童の声。気持ちを入れ替えたのか、その声には先ほどのような不安をはらんだ音は聞こえてこない。


 俺は頼もしさを感じながら答える。


「こちら歩行人形(ウォーカー)。感度良好。いつでもいけます」


『ウォーカー? って、まさか!?』


 俺がハンドルネームを言えば、天童が焦ったような声を上げる。


 恐らくは、今俺が使っているドールのクリスタリウムの数値やら何やらを確認している最中なのだろう。


『夕凪! 今歩行用のドールに乗ってるの!?』


「ああ。なかなかに良い座り心地であります、サー」


『何やってるの!? そんなので戦えるわけないじゃん!!』


『安心しろい、俺が遠戦火砲つけてやった』


『遠戦火砲って……あの記念品の?』


「そうそう」


『まじか……』


 天童の言葉を俺が肯定すると、なにやらヘッドホンの奥から怒鳴り声が聞こえてくる。俺はその声に嫌な予感を覚えつつ、天童に訊いてみる。


「なあ、天童。この通信って、もしかしてお前以外にも聞いてる?」


『あ、うん。最初から全部聞かれてるよ』


「『オウ、ジーザース……』」


 天童の言葉に、俺と安形は揃ってそんな声をもらす。


 マジか。ということはヘッドホンの奥から聞こえてくる怒鳴り声は十中八九先生じゃないか。これ後でこっぴどく叱られるパターンだ。


『安心して。豊穂さんたちが止めてくれてるから、先生は邪魔できないよ』


「ほうすい……?」


『……安形が選ぶ、クラスのトップスリーの美少女たちが先生を止めてくれてるから、邪魔は入らないよ』


「ああ、あの胸囲で選んだ……」


『お前ら何言ってやがるんだ!? ちょ、ちょっと待って! 誤解、誤解だから!! 胸囲でなんて選んでないから!』


 安形が喧しく騒ぎながら弁解をする。


 が、この会話がいけなかったのだろう。


『あ――』


『なにをしてるんだ貴様らはぁ!!』


 天童のそんな気の抜けた声が聞こえてきたと思えば、すぐさまヘッドホンから耳をつんざくような怒声が聞こえてくる。


 先ほどの胸囲の下りで、三人の力が緩んだのだろう。その隙に、先生が天童からマイクを奪い怒声を放ったのだろう。


 俺はキーンと耳鳴りのする耳を抑えながら、先生の質問に返す。


「なにって、戦闘ですよ」


『そんなことは分かっている!! いいか! 今すぐ戻って来い!! この学校のドールは訓練機の中でもスペックの低い代物だ!! そんなドールで勝てるわけがないだろう!!』


『先生、それは俺がさんざん言っても聞かなかったんで、そんな説得してももう意味ないと思いまーす』


『貴様は黙っていろ!! それと、学校にいるならすぐにここまで来い!! これは命令だ!!』


『じゃあ命令違反っすね。罰則は受けますよ』


 先生の言葉に、安形がつまらなそうな声で淡々と返す。


『き、さまぁ……!! いいから、さっさと戻って来い!!』


『夕凪が戻るなら戻りますよ。けど、夕凪が戦うなら、俺も戦います』


『ぐっ――夕凪!! どこにいるか知らんが、貴様もさっさと戻って来い!! そんなガラクタで戦えるわけがない!! しゃしゃり出て余計なことをするな!! 後は軍に任せておけばいいんだ!!』


「お断りします。軍の機体が三機やられて、残り二機。すでに消耗戦を強いられている以上敗北は必至(ひっし)です。誰かがやらなきゃ、大勢が死にます」


『だからって、貴様がやる必要は無い!! いいか! そう言うのは、出来る奴に任せておけばいいんだ!!』


 どこまでも逃げの姿勢。その姿勢に、先生の言葉に、俺は頭に血が昇るのが分かった。


 安形みたいに俺を心配しての言葉じゃない。ただ自分の面子を気にしただけのその言葉。そして、自分だけが可愛くて誰かに危険なことを押し付けるその言葉。


 その言葉を、俺は責めることはできない。だって、俺も同じだから。


 死ねないから、死にたくないから、俺はマスター育成校にも入らないで、ドールの操縦を教えてもらえるうえに比較的安全なこの学校に入ったのだ。


 だから、俺は先生を責められない。ここに来ている時点で、俺は前線で戦おうとしている同世代よりも、逃げているということなのだから。


 死にたくない、けど、逃げた先でまた逃げたくない。


 誰かが戦うことが当たり前だと思って、その人達だけに全てを押し付けたくない。この思いは、ずっと変わらない。


 まあ、第一優先は自分の身だから、この学校に入ってできるだけ戦いに関わらないようにしたわけだけど、入って一か月半で巻き込まれるとか、相当ついてない。いや、今回は俺の方から足を突っ込んだのだけれど。


 ともあれ、だ。俺はこの教師に言っておかなくてはいけないことがある。


「先生。今は俺が、その『出来る奴』なんですよ」


『おおっと~、じゃあ俺も逃げるわけにはいかねぇなぁ。俺もその、『出来る奴』なんで』


 俺の言葉に、追従して安形が言う。


 まったく、欲しい時に乗って来てくれる。本当に、良い奴だと思うよ、お前は。


「先生、天童と無線を変わってください。戦わない人は戦場に邪魔だ。そこももう戦場なんだ。逃げるなら、逃げるなりに戦う人に協力してください」


『――――ッ!! 勝手にしろ!!』


 教師は最後にそう怒鳴ると、乱暴に天童にマイクを預けたのか、ガタガタと音が聞こえてくる。


『ふぅ……夕凪、こっちが焦るから、あまり煽るのやめてよね?』


「だとさ、安形。その達者な口を少しだけ閉じてろ」


『いや今名指しでお前に言ってたよな!?』


「冗談だ。さて、じゃあやるか。天童、オペレートの方、よろしく頼む」


『うん、任せて!』


「安形、ドールの整備を最速で進めてくれ。腕とカメラが無くても、歩ければ問題ない。歩けるようになったら、アサルトライフルでもなんでも括り付けてくれ」


『了解! 急ピッチで進めてやるよ!!』


 俺が指示を出せば、打てば響くように返事が返ってくる。本当に頼もしい限りだ。


 俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。


「天童、開始の合図を」


『了解。これより、ハンドルネーム『ウォーカー』。ミッションを開始します。敗北条件は、ウォーカーの撃墜、および、シェイプシフターの市街地侵入。勝利条件は、シェイプシフターの撃破、および、撤退です』


「了解。夕凪(はじめ)、ウォーカー。これより、ファーストミッション、開始します」


 俺はそう告げると、開戦の狼煙とばかりに遠戦火砲を放つ。


 話しながら砲門をマニュアル操作で動かし、敵に照準をつけていたのだ。


 爆発音がした数秒後、シェイプシフターに直撃する。


 シェイプシフターの意識が完全にこちらに向く。


「来いよ、トンカチ頭。ガラクタの底力、見せてやるよ」


 ――砲弾、残り三発。


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