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004

「お前正気か!? いや、正気じゃないな! うん、それは前から分かってたことだ!」


 質問しておきながら勝手に納得をする安形。


「正気じゃないお前に言ってやる! お前馬鹿か!? プロの連中が、フル装備で戦って勝てない相手だぞ!? 見ろよ! こうしている間にも押されてるんだぞ!?」


 安形がそう言って指さす方では、シェイプシフターと戦いながらも決定打を決められない二機のドールの姿があった。


「プロでも勝てないんだぞ? 俺たちで倒す? 無理に決まってるだろ!」


「やってみなくちゃ分からないだろ」


「分かるわ! お前こそ状況分かってるか!? もし俺たちが戦うとしたら、使うのはこのポンコツどもだぞ!? 時代遅れの大喰らいが三機に、歩くしかできないゼンマイ人形が一機だ! ガラクタ通り越して一瞬でスクラップにされるぞ!?」


「じゃあこのまま逃げろって言うのか!」


「ああそうだよ! 俺たちにできることなんて何一つありゃしねぇんだ! お前だって分かるだろ!?」


「分からねぇな! 少なくとも、俺たちにはドールに乗る技術がある! だったらドールに乗って、戦うべきだろうが!」


「お前戦うの嫌だって言ってただろうが! 何今になって戦う気満々になってんだよ!」


「なるに決まってんだろうが!」


 俺は感情のまま安形の胸ぐらを掴みあげ、乱暴に引き寄せる。


「俺たちは地下にシェルターがあるからすぐに逃げられる! 実際、皆すぐに逃げられて、残ってるのは俺たちみたいな間抜けだけだ!」


「だったらさっさと逃げて間抜け晒したことを謝りに行こうぜ! それで命が助かるなら安いもんだろうが!」


 安形も熱が入ってきたのか、俺の胸ぐらを掴みあげる。至近距離で、睨みを効かせた視線が交錯する。


 確かに、安形の言うことは正しい。ここで無茶をしないで、俺たちは逃げるべきなのかもしれない。


 けど、だけど――


「俺たちはそれで済むけどな、街の人はどうなるんだよ!」


「――ッ!」


 俺の言葉に、安形が目を見開く。


 街にも避難場所がある。けれど、そこは街の中に数か所しかなく、シェルターに避難するには、街中を移動しなくてはいけないのだ。


「誰かがシェイプシフターを止めなくちゃ、今も避難してる街の人達が犠牲になるんだぞ!? 奴は完全に避難しきったここには目もくれない! まだ逃げてる人がいる街を襲うに決まってる! 誰かが止めなきゃ、大勢が死ぬことになるんだぞ!?」


 俺の言葉に思うところがあったのか、安形の手の力が一瞬だけ緩む。しかし、直ぐにその手に力を入れなおすと、見開いていた目に力を込める。


「そんなの軍に任せときゃいい。わざわざ俺たちが危険を冒す必要はねぇ」


 静かだが、安形の決意が固いことを知らしめる声音に、俺も頭がすっと冷えていき、冷静さを取り戻してくる。


 けれど、冷静さを取り戻しても俺の答えは変わらない。


「その軍が来るのにどれだけの時間がかかる? その間にも奴は街を蹂躙するぞ」


「関係ねぇ。それは、俺たちの仕事でも、責務でもねぇ。俺たちの責務は、逃げて生き残ることだ」


「それは戦う力のない街の人達の方だろ。俺たちはドールを――」


「俺は!!」


 安形が俺の言葉を遮る。


「俺は、誰でも助けられるわけじゃねぇ! 俺にできるのは、目の前で馬鹿やろうとしてるダチ一人を死なせないようにすることだけだ!! それ以外は、俺の手に余るんだよ!!」


「……安形」


「俺はダチ助けるためなら、お前をふんじばってでもシェルターまで運んでやる。選べ、自分の足で逃げるか、ぼこぼこにされた後、俺に担がれて逃げるかだ」


 そう言う安形の目は本気で、俺がここで逃げることを選ばなかったら、言葉通りに俺をぼこぼこにしてでも俺と一緒に逃げる気だ。


 その言葉は、俺のことを本気で案じてくれていることが分かる。それほどまでに、真に迫った声音であった。


 けど、俺はそれに頷けない。逃げるなんて選択肢は、無いのだ。


「悪い、安形。やっぱり俺は逃げられない」


「なら――」


「けど俺は、死ぬつもりだってない」


 今度は俺が、安形の言葉を遮る。


 俺にも、俺の譲れないものがある。だからこそ、俺はここで逃げるわけにはいかないのだ。


「もちろん勝て無さそうだったらさっさと身を引く。生憎と、自己犠牲精神なんて持ち合わせてないからな」


 死んだら元も子もない。だから、引き際は見誤らないつもりだ。


「けどな、なにもしないまま逃げるのは、できねぇよ」


 俺は、極力戦いたくない。だって、死ぬのは嫌だし、何より大切な約束(・・)を破てしまうからだ。


 けど、こんな状況で、なにもしないまま逃げて、かつての俺のような(・・・・・・・・・)思いを誰かにして欲しくないのだ。


 何かできるなら、それをやりたい。


 思えば、俺がこの学校に来たのも、死ぬのが嫌だけど、なにも出来ないのはもっと嫌だったからだ。ここでなら、最低限身を守る術を覚えられるから。まあ、期待の半分以下の場所ではあったが、それでも、俺に技術が備わったのは事実だ。


 なら、何もしないなんて選択肢、はなから無いのだ。


「悪い、安形。俺は逃げない。お前だけで、逃げてくれ」


 俺が真剣な目でそう言えば、安形は諦めたように手を放して、頭をガシガシと乱暴に掻き上げる。


「ああ、もう! 確かにさっき、お前ならどうにかするんだろ的な感じで訊いちまったけどよぉ……!!」


「どうにかできるかは分からないけど、できることはする」


「わあってるよ!! ああ、クソッ! これなら最初に逃げとくんだったなぁ……」


「今からでも、遅くはないが?」


「馬鹿言うな! ダチ置いて逃げるなんてダセぇ真似できるかよ!」


 そう言うと、安形は、両頬を思いきり平手で叩き、よしと気合十分に吠える。


「ドールの調整は俺に任せとけ! つっても、簡単な調整ぐらいしかできねぇから、あんま期待すんなよ!」


 安形はそう言うと、訓練着の袖をまくり、ポケットに入れっぱなしにしていた軍手をはめる。


 逃げないのか、なんて無粋なことは訊かない。ここで言うべきことは一つだけだ。


「ありがとう、安形」


「礼は生き残ってからだ。さて、それじゃあ調、せ……い……を……」


 ドールに向かって歩き出した安形が、途中でその足を止める。ついでに話していた口の方も止まる。


「まじか……」


ポツリと呟かれるその言葉。


 俺も気になって安形が向ける視線の先を見てみる。そうすれば、安形が何に絶句しているのか直ぐに分かった。そして、俺も思わず絶句してしまう。


「嘘だろ……」


 俺たちの目の前には、確かにドールがある。しかし、あるだけだ。使い物には決してならない。


「さっきのか……」


 俺の呟きに、安形がこくりと頷く。


 俺たちの目の前にあるドールは、先ほどの乱反射したレーザーの影響か、見るも無残な姿になっていた。つまり、起動できないほどに破壊されていたのだ。


 一機はコックピットごと貫かれ、一機は両足が破壊され、もう一機は辛うじて両足と片手が残っているが、頭部が完全に破損しメインカメラが消滅していた。


 つまり、どれもこれも行動不能なのだ。


「なあ、夕凪……」


「言いたいことは分かる。けど、言うな……」


「これでどうやって戦うんだ?」


「言うな……」


 俺たちの決意虚しく、三機の戦闘用のドールは大破していた。


 俺たちは、最初から窮地に立たされていた。


「どうすんだよこれ!! なんかめっちゃかっこいい感じで戦おうって時に、ドール三機とも全滅って!!」


 安形が喚きながらも修理できないかと必死になってドールの状況を確認する。しかし、どこを見ても修理不可能だと言うことは素人の俺が見ても明らかであった。


 それでも何とかできないかと探る安形。


 本心では安形も街の人を救いたいのだろう。けれど、友達であり今すぐにでも助けられる俺の命と、助けられる可能性の少ない見ず知らずの街の人の命を天秤にかけたときに、安形にとって俺の方が重かっただけなのだ。


 いや、それも違うな。安形は自ら助けられる方を選んだのだ。


 そして今、その選択を曲げてまで俺に協力しようとしてくれている。


 ……俺も、なにか考えないと。


 俺の我が儘のために動いてくれている安形の行動と思いを無駄にしないためにも、俺は考える。


 戦える三機のドールは大破。およそ戦える状況ではない。


 ……いや、待てよ? 戦える(・・・)ドールが無い?


 俺は俺のすぐ後ろに鎮座するドール(・・・)を見上げた。


 歩行用の、戦えないドールと呼ぶのもおこがましい代物。


「おいお前も突っ立てないで…………」


 俺が突っ立っているだけなのを見とがめた安形が声をかけてきたが、俺がそれを見上げているのに気づき、安形もつられてそれを見上げる。


「おいおいおい。今お前の考えてることなんとなくわかったけど、それにしてもお前、無茶ってもんだろうよ……」


 呆れたように、それでいて投げやりになるかのような声音。口では無茶だと言う安形だが、この方法しかないと言うのを理解したのだろう。


 安形も覚悟を決めてくれたようなので、俺は安形を振り返り、歩行用ドールを拳でこんこんと叩く。


「安形、こいつで戦おう」


「……はぁ、やっぱりか……一応言っとくけど、こいつに戦闘能力は皆無だぞ?」


「ああ、分かってる」


「分かってるから始末におえねぇ……良いか? こいつは歩行用のドールだ。歩行用だから、邪魔な腕は付いてねぇ。て言うか、腕つけたら歩けなかったって説があるが……まあ、今は置いておく。つまりは、こいつは歩くしか能がねぇってことだ。オーケー?」


「オーケーだ」


「……突っ込んで自爆特攻(カミカゼ)ってか? 前時代すぎやしねぇか?」


「そんなことするか。言ったろ、死にに行くわけじゃないって」


「じゃあ、どうすんだよ?」


 安形の問いかけに、俺はニヤリといやらしい笑みを浮かべる。


 そんな俺にげんなりしたような顔をするが、諦めたように無言で続きを促してくる安形。


「ガレージに記念品のドール用の遠戦火砲(カノン)が二つあったろ?」


「ああ、なるほどなぁ……」


 その言葉だけで、俺の言いたいことが分かったのか、げんなりしながらも頷く安形。しかし、直ぐにその顔を悪童面の笑みに変える。


「バレたら停学か」


「最悪退学だな」


「ははっ! どこか引き取ってくれるかねぇ?」


「さあな? 勝手にドールを改造して戦いに出ちまう問題児、誰が雇ってくれると思う?」


「頭の逝かれた軍人か?」


「はたまた戦好きの傭兵たちか」


「どちらにしろロクなもんじゃねぇー!」


 そう言いながらもおかしそうに笑う安形。


「おっし! んじゃあ、誰にも文句言われないように、成功させようぜ! そうすりゃ退学なんてことにはならねぇ! それどころか俺たちゃ英雄だ!」


「ああ。勝って報奨金いただこうぜ」


「山分けにして焼き肉パーティーだな!」


「どれだけ食うつもりだ?」


「もちろん山ほど!」


「それでも、お釣りがくるな」


 そう言って俺たちは悪童のような笑みを浮かべると、互いの拳を打ち付け合う。


「頼んだぜ、相棒。俺の焼き肉のために」


「おう、任せとけ。嫌になるほど焼き肉喰わせてやる」


 冗句を混ぜ、互いに信頼を預けた言葉を交わし、俺たちは行動を開始する。


「二十分で全部仕上げる! お前も手伝え!」


「ああ!」


「とりあえす、時間ねぇからお前がドールを整備場まで運んでくれ! 俺は遠戦火砲を持ってくる!」


「分かった!」


 俺は空いているハッチから操縦席に飛び乗り、歩行用ドールを動かす。


 俺たちが言い合い、話し合っている間にも、シェイプシフターとドールの戦いは続いていた。


 ここは街から離れているため、周りの被害をさほど気にしなくていい。だからこそ、ドール二機はここを戦場と定め、場所の移動をしていない。そのため、戦場は動いていない。


 良かった、あまり戦場が遠くなると歩行用ドールの移動距離が長くなるところだった。ただでさえ大喰らいなのだ、あまり移動に燃料を消費したくない。


 ドールを整備場まで運ぶと、俺は操縦席から降りる。


 ちょうどそこで、安形がトラックに遠戦火砲を乗せてやってきた。


「待たせた! そんじゃあ、ちゃっちゃと(くく)り付けるぜ!」


「おう」


 遠戦火砲をクレーンで吊るし、ドールの肩に乗せる。乗せたところで、抑えて固定し、安形がガスバーナーで溶接をする。それだけで足りないところは、動作に支障が無い程度にボルトで無理矢理打ち込んでいく。


 俺は、安形が遠戦火砲をつけている間、シェイプシフターの動きを観察する。何か、違和感があれば、そこを突く。その為に、観察をするのだ。


「ああ、やっぱりこれ、元々はドールにするつもりだったのか」


「なにがだ?」


「いや、歩行するため以外には必要のない配線と電子基板があったから、もしやと思って見てみたら、どうやらこのゼンマイ人形、もともとは腕がついてたみてぇだ」


「そうなのか?」


「ああ。まあ、今更腕つける時間もねぇしこのまま行くけどよ」


「大丈夫だ。腕が無くても戦いようはある」


「お前が言うと本当に戦えそうで怖ぇよ」


 言い合いながらも、お互い観察と調整を続ける。


「夕凪、動力石(クリスタル)交換しといてくれ」


「分かった」


 安形に言われ、俺は動力源となる鉱石の交換をする。


 一抱えほどもある鉱石を、落とさないように慎重に運び、入れ替える。


 動力源となる鉱石は、クリスタリウムが尽きると濁った色になるが、時間が経つにつれてその透明度が戻り、クリスタリウムも溜まっていく。どういう原理か知らないが、昔の充電できる電池みたいなものだ。


「よっし! 夕凪! 遠戦火砲の設置完了したぜ!」


「分かった!」


「配線は腕の動作の時に使ってたうちの一つと取り換えておいた! 操縦桿(そうじゅうかん)の赤いボタンが発射ボタンだ!」


「了解」


 安形の説明を聞くと、操縦席に乗り込む。


 下開きのハッチの上に安形が立ち、俺に追加の説明をする。


「それと、弾数は両方合わせて四発だ! けど急ごしらえだから、全弾発射すんのに耐えられないかもしれねぇ」


「大丈夫だ、両方一発ずつ打てれば十分だ」


「大した自信だよ、本当に」


「過信はしてないつもりだ」


「じゃあ大丈夫だろ。……死ぬなよ、夕凪」


「任せろ、安形。ここまでお前にお膳立てしてもらったんだ。死んでたまるか」


 俺たちは、互いに拳を打ち付ける。それだけで、もう会話はいらない。


 安形がハッチから降りると、俺はハッチを閉める。


 起動ボタンを押し、ドールを起動させる。


 甲高い機動音が響き渡り、目の前の低解像度のモニターが写る。


「じゃあ、行こうぜ。歩行人形(ウォーカー)!」


 いつもより煩いモーター音を響かせながら、不出来な人形は一歩を踏み出した。


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