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003

 俺は、歩行用ドールのハッチを空けて空を見上げる。他の皆も空を見上げて、様子を窺っている。


 空に浮かび上がる異変は、一目瞭然であった。


 赤く熱を帯びて落ちてくるナニカが見えた。恐らくは、それがシェイプシフターだ。


「お前たち何をしている! さっさと地下シェルターに避難しろ!!」


 空を見上げる俺たちを教官が叱責する。教官の叱責で我に返った生徒たちはすぐさま避難を開始した。


 しかし、俺はまだドールに乗ったままだった。


 上下両開きのハッチの、下の扉を足場に俺は落ちてくるシェイプシフターを観察する。


「おいなにやってんだ夕凪! さっさと逃げるぞ!」


 安形が慌てたように声を荒げるが、俺はそれを無視して見続ける。見ていて分かった。


「近いな……」


「はぁ!? なにが!?」


 俺の呟きをヘッドホン越しに聞き取ったのか、安形が声を荒げて問うてくる。


 今度は安形に聞かせるために普通の声量で言う。ヘッドホンのマイクがさっきの呟きを拾えたのだ。普通の声量なら聞き取れるだろう。


「あのシェイプシフター、多分この近くに落ちてくる」


「はぁ!?」


「多分、山一つ越えた向こうに落ちるだろうけど、下手すればこっちに落ちてくる」


「ま、まじかよ……」


 この学校は狭いながらもドールの訓練場を有している。そのため、市街地では無く、街から遠い山の方に設立しているのだ。


 だから、山一つ向こうと言っても、この学校に近い場所なのだ。


「それって、お前の勘違いとかじゃねぇのか!?」


「分からない。俺も、正確な数値を出したわけじゃない。ただ、あのシェイプシフターが落ちる角度と、通った軌跡を見て、この近辺に落ちてくるって思った」


「――っ! あああああっ! ちくしょう! お前のそう言う勘、結構当たるからタチが悪いんだよ!」


「いや、気のせいの場合もあるし」


「馬鹿言うな! お前のその勘に俺がこの一か月半の間にどれだけ助けられたか!」


 どうやら、俺の勘は相当信用されているらしい。


「んで、どうするんだよ!」


「どうって?」


「この近辺に落ちてくる、それは分かった! んじゃあ、お前はどうすんだ(・・・・・・・・)?」


 安形のその問いかけは、俺がこの状況をどうにかしようとしていると最早確信しているようであった。


 しかし、俺にはどうしようもない。どうしようもできない。


「すまん安形。逃げよう。あれ、二分以内には落ちてくる」


「俺の期待を裏切りやがったなちくしょう!! まあそうだよなぁ!! おっし、さっさととんずらしようぜ!!」


「おう」


 やけっぱちになりながら叫ぶ安形に、俺は一言返事を返す。そして、ハッチから飛び降りようとしたとき、それ見た。


 緑の粒子をまき散らしながら、シェイプシフターの落下の軌道上に移動する人型の兵器――ドールの姿を。


「どうした夕凪! 速く逃げようぜ!」


 俺が一向に降りてこないことに気付いたのか、安形が急かすように声をかけてくる。


「おい、本当に…………あ? あれ、ドール、か?」


 俺の視線の先に目を向けた安形もドールの存在に気付いたのか、訝し気に目を細める。


「あれ、訓練機だな。しかもエリート様たちのところのだな」


「ああ」


「それにしても、何しようとしてるんだ?」


 俺と安形は自身の身の危険も忘れて、空を――正確には空に浮くドール――を見上げる。


 俺たちが見守る中、ドールが明後日の方向に上昇を開始する。


「あ? どこ行くんだ?」


 安形の訝し気な声が聞こえてくるが、俺はそれを無視してただ観察を続ける。


 上昇するドールは明後日の方向に上昇した軌道を修正するように、元いた地点と高さは違えど同じ位置に戻ろうとしている。


 そこで、俺は気付いた。


「弧を描いてるんだ」


「弧?」


「ああ」


「なんのために」


ただ上昇するだけでなく、弧を描きながら上昇する。そして最終的には、高さは違うが同じ位置に戻ろうとしている。


 つまりは――


「横から殴って、軌道を逸らすつもりだ」


 ドールが最初にいた位置は、シェイプシフターの落下する軌道上にあった。ドールは上昇しながら弧を描いているため、一度落下の軌道から外れる。そして、弧を描いているからシェイプシフターが落下する軌道に戻る。恐らく、その戻ったときの軌道のポイントと、落下するシェイプシフターの位置が重なるのだろう。


 そのポイントに戻った時に、丁度シェイプシフターが通過する。その時に、シェイプシフターの横っ腹をぶん殴って軌道を逸らそうと言うのだ。


「なるほどなぁ……」


 俺の発した一言だけで理解したのか、安形は納得したように頷く。


 俺と安形は、逃げることも忘れてその光景を見続ける。


 緑色の粒子の帯を作りながら、ドールは上昇する。


 そして、けたたましい衝撃音と共に、ドールとシェイプシフターが激突する。


 ドールとシェイプシフターは反発するように弾かれる。緑の帯と赤の帯が正反対の方に軌道を変えて落下する。


「って、やばい!」


 俺はそこで自分が逃げ忘れていたことを思い出し、歩行用ドールに乗り込み、その場に座らせる。


「安形! ドールの陰に隠れろ!」


『――っ!? やっべぇ!!』


 安形も、ようやく自分の状況に気付いたのか、慌てたようにドールの陰に隠れる。


 直後、強烈な振動と熱気が吹き荒れる。


「くっ!」


『逃げときゃよかったぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!』


 ガタガタと揺れるドール。ノイズ交じりに聞こえてくる安形の叫び声。正直、安形はドールの中にいないので心配ではあるのだが、今の叫びを聞くに平気なようだ。


 やがて振動も熱風も止み、今度は痛いほどの静寂が戻ってくる。


 俺はすぐさまハッチを空けて安形の安否を確認する。


「安形! 大丈夫か!?」


「お、おう…………」


 安形は、ドールの脚にしがみつき、なんとか飛ばされるのを防いでいたようだ。


 安形の無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。


「ひ、ひでぇめにあった……」


 ふらふらしながら立ち上がり、自身が本当に無事かを確認する安形。俺も、安形に習って自身の身に異常が無いかを確認する。


「……まあ、なんにせよ、これで終わりだろ? 一応シェルターに行っておこうぜ?」


 自身の身に異常が無いことを確認した安形が、安堵の表情でそう言うが、残念ながらそれは少し違う。


「一旦の危機は去ったな」


「そうか。なら……一旦?」


「ああ、一旦だ」


「つ、つまり?」


「あれは、まだ生きてる」


「ま、まじかよ……」


 大気圏を突破してくるようなやつだ。その身が頑強なのは間違いがないだろう。それに、スピードを殺さずに、そのままの速度で落ちてきたということは、落下して地面に衝突したところで大したダメージにならないということなのだろう。


 それに、あのドールが軌道を変えるために殴りつけたから、勢いがかなり削がれていると思う。多分、シェイプシフターが思っているほどのダメージを、シェイプシフター自身が受けていない。万全ではないかもしれないが、敵はまだ余裕を持って動けるはずだ。


「じゃ、じゃあ、とにかく逃げようぜ! 流石にこのままだったら死ぬって!」


「……ああ」


 確かに、俺たちは運良く生き残ったが、下手をしたら死んでいてもおかしくなかった。敵が動き出す前に逃げた方が賢明だろう。


 俺はドールから飛び降りると、安形の元に向かう。


 ちょうどそのとき、空からドール特有のクリスタリウムを燃焼する際の独特な駆動をンが聞こえてきた。


 空を見れば、そこには五機の実戦型ドールが飛んでいた。


「おお! 軍のドールじゃんか!」


 空を飛ぶドールを見て、安形が興奮したように声を上げる。


「やったな、これで助かったぜ!」


「だな」


 軍が来たのなら、もう問題は無いだろう。彼らは戦闘のプロだ。プロに任せておけば問題無い。


 そう思って、俺たちはその場を後にしようとした―――――その直後、突如として甲高い破砕音が響き渡り、次いで爆発音が響き渡った。


「「――ッ!?」」


 俺と安形は驚愕しながらも振り返る。


 そこには、シェイプシフターに撃墜され、地に落ちる真っただ中のドールの姿があった。


「は……?」


 安形が、信じられないと言ったような声を上げる。


 言葉は出てこなかったが、俺も、同じ気持ちだ。


「お、おい……あれって、プロだよな?」


「そ、そのはずだが……」


「じゃ、じゃあ、なんで墜ちてんだよ……?」


 負けたからだろ。簡単な答えなのに、俺は口にできなかった。


 口にしたら、その事実が確定しそうだったから。けれど、口に出しても出さなくても、目の前を墜ちていくドールは本物だ。出来の悪いCGなどではない。


 黒煙を立ち煙らせながら落ちるのは、人が乗った、本物のドールなのだ。


 ドールを討ち取ったシェイプシフターが、歓喜の声らしきものを上げる。


 シェイプシフターの外見は、鈍色に光を反射する平べったい頭にクジラのような図体。しかし、鎧のように鈍色の金属片が体中を覆っている。


 空気摩擦による熱が冷めないのか、体中からは熱気があふれているが、シェイプシフターはどうということはないと言うかのように、その身を悠然と揺らして空を飛ぶ。


 早速一機撃墜された軍の小隊は、色めき立つかと思えば、そんなことはなく、すぐさま臨戦態勢を整える。


 三機が高周波ブレードを構え、残りの一機がバックパックから伸び、両肩を通って前方にその驚異的な大口径を向ける、遠距離狙撃用の砲塔を構える。そして、その両手にはクリスタリウムを消費して撃つ高出力のレーザーカノンが握られている。


 これだけの重装備なのだ、負けるはずがない。


 そう思った。そう思いたかった。


 けれど、安形が太鼓判を押す俺の勘が、小隊の負けを俺に訴えかけてくる。


 けれど、俺はその警鐘を否定したくて、ただ呆然と小隊とシェイプシフターの戦いを見ていた。


 安形も、俺の隣で呆然と見ていた。


 二人とも、分かっていたのだ。最初の一機が即座に落とされたことで、この戦いの流れがどちらに向かっているのかを。


 近接型の三機が高周波ブレードを振りかざし、果敢にもシェイプシフターに攻め込む。連携のとれたいい攻撃だ。鈍い動きのシェイプシフターの攻撃を避け、確実に攻撃を当てていく。一撃の重さよりも、手数で押し切る戦法のようだ。


 連携を重ねて、攻撃を重ねていく。


 しかし、ダメージが重なることは無かった。


 高周波ブレードがシェイプシフターを幾度も襲うが、その硬すぎる金属片の鎧が全てを弾いてしまう。


 金属片の方も削れてはいるのだろうが、目に見えて消耗しているのは高周波ブレードの方であった。


 やがて、攻守はブレードの方が耐えきれず、甲高い破砕音を立てて砕け散る。


 一旦距離をとる近接型三機。その直後に、後ろで控えていた遠距離型のドールが攻撃を仕掛ける。


 両手に持つレーザーカノンを放つ。


 青色の粒子を含んだレーザーがシェイプシフターを襲う――が、ダメージを与えることは無かった。


 シェイプシフターに直撃したレーザーは、直撃した直後に乱反射し、四方八方に分散しながら飛び散った。


 比較的近くにいた二機に、乱反射したレーザーが被弾する。腕、足、または主要な部分を貫かれて、煙を上げて落ちていく二機のドール。


「安形伏せろ!!」


「うわっ!?」


 乱反射したレーザーがこちらにも飛んできた。


 小規模ながら爆発が起こり、砂埃が舞う。


「大丈夫か?」


「あ、ああ……なんとか」


 俺と安形は立ち上がると、お互いの身体に異常が無いかを確認する。


 大丈夫だ、異常らしい異常はない。


「これ、大丈夫かよ……」


 安形は立ち上がりながら青い顔をして空を見上げる。俺もつられて空を見る。


 これで、残りは近接型のドール一機と遠距離型のドール一機だ。


 近接型のドールが予備の高周波ブレードを取り出して、構える。遠距離型は、レーザーカノンを捨て、実弾式のアサルトライフルを構える。


 両肩の砲門を引っ込めないということは、両肩の装備は実弾なのだろう。


 仕切り直しとばかりに装備を変える二機。しかし、すでに勝敗は決しているように見えた。


「な、なあ……あれ、やばくないか?」


「ああ……」


 乾いた声の安形に、俺はそんな言葉しか返せない。


 このままいけば、確実にあの二機は負ける。


 レーザー武器は使えない。高周波ブレードも効果が無い。恐らく、実弾の方もさしたる効果は無いだろう。


「な、なあ! 逃げようぜ! このままここにいたら死んじまうよ!」


 安形が今更のように焦りを見せる。


 確かに、このままここにいたら死ぬ可能性の方が高い。皆のように地下シェルターに避難した方が安全だ。


 だが、けれど――あの二機がやられたらどうなる?


 あの二機がやられたら、こんな場所よりも、より人が集まっている街の方を狙うはずだ。レーザー兵器も喰らわない、高周波ブレードを弾く頑丈さを持った化け物が都心に向かえば、被害は甚大なものになる。


 ああ、ダメだなぁ……俺、今ダメなこと考えてるなぁ……。


 俺はこのままいったときの結果を考えたあと、俺がどうするのかを考えて、少しばかり呆れてしまう。


「なあ、安形」


「なんだよ」


 俺の静かな問いかけに、安形も冷静な声音で答える。


「訓練って、こういう時のために習ってきたと思わないか?」


「は? ……え、お、お前、まさか!」


 俺は今情けないくらいに顔を青ざめさせているに違いない。けれど、口が勝手に動いてしまう。そして、言ってしまう。


「倒すか、俺らで」


 無茶無謀な提案を。


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