002
私は、綺麗に整備された操縦席に乗っている。
「二号機、機動」
音声入力でドールが起動する。
甲高い機動音が響き、目の前のディスプレイに光が灯る。
エラー表示は無い。システム、オールグリーンだ。
『アメーシャ。調子はどうですか?』
インカム越しに聞こえてくるオペレーターの声。少しばかり緊張しているのが伺える。まあ、しょうがないか。私も新人だし、向こうも新人だ。緊張してしまうのも、無理はない。
「こちらアメーシャ。通信状況良好。機動プログラム、問題無し。システム、オールグリーン」
『了解。こちらでも確認できました。いつでも出れます』
オペレーターの声に、意味も無く頷いてしまう。
「ふぅ……」
私は高揚する身体を、息を一つ吐いて抑える。
これは、訓練。だけど、本物のドールを使った訓練。シミュレーターを使ったデジタルな訓練じゃない。本物のドールに、私は乗っているのだ。
高揚を冷静で抑え込む。
大丈夫、シミュレーション通りやれば、問題無い。
「セロスフィリア・ルーン・アメーシャ。訓練機・高機動型二号機、出ます」
出撃合図を送って、ドール収容コンテナから出る。
コンテナの前のハッチが開き、光が入ってくる。
そこから私は、一歩を踏み出した。
○○ ○
一度教室に戻り、訓練着を取ってから更衣室に向かう。
「訓練つっても、俺らやる意味あるのかね?」
更衣室に向かう道中、安形が頭の後ろに腕を持って行き、呑気な声でそう言った。
「俺らってさ、一般人なわけだろ?」
「まあ、そうだね」
「んでよ、マスター育成校の奴らはいずれ軍人になるわけだろ?」
「今でも半分軍人みたいなもんだけどな」
「その半分軍人だろうが、なんだろうが、軍人いるのに、俺ら一般人が訓練をする意味とは?」
「さ、さぁ……」
安形の問いに、天童が困ったような声を上げる。
「先生が言ってたろ。備えあれば嬉しいなって」
「憂いなし、な。言ってることは分かるけどよぉ、銃とかと違って、ドールって数があるわけじゃねぇだろ? いくら訓練したって、肝心の操るべきドールが無かったら意味なくね?」
「確かに……」
安形の言い分に、天童が納得したような声で言う。
まあ、確かに安形の言い分ももっともだ。
銃や剣、ナイフなどと違って、ドールの数は多いとは言えない。であれば、いくら知識があっても、その肝心のドールが無くては、戦えない。つまり、無駄な知識なのだ。
「ま、知識があるのとないのとじゃ、大分違うんだしさ。憶えておいて損は無いんじゃないか?」
「そうだけどよぉ」
喋りながらも更衣室に着き、俺たちは着替え始める。
男子の着替えなどものの数分だ。脱いで、着て、脱いだやつを畳まずにロッカーに放り込む。天童は綺麗に畳んでるけど、乱雑にロッカーに突っ込んでいる奴の方が多い。
「俺たちが訓練で使うドールって、本当に訓練機って感じだろ?」
「まあ、そうだな」
「四機あるうちの、三機は初期世代の戦闘型。クリスタリウムの消費量半端ない割には出力も出ないし、駆動時間も短い」
「ああ」
「それに、装備してる武器は刃渡り二メートル半の高周波ブレード。最早ブレードってよりナイフだし。その他近接武装は普通のダガーが二本。唯一の遠距離武装は旧式のハンドガンが一丁。最早全身骨董品のブリキ人形だ」
「そうだな」
「そんで残りの一機はドールとして使えない骨董品以前の代物だ。ドール制作の途中段階のただ歩行するだけの歩行マシーン。お世辞にもプロトタイプとも言えない代物」
「否定はしない」
「俺ら、骨董品しか使えないんだぜ? プロは俺らの奴よりも何世代も経ったドールを使ってる。仮にもし、そのドールが目の前にあったとしても、俺たちは操縦できない。……訓練、やる意味あるか?」
説明しているうちにげんなりしてきたのか、肩を落としながら訊いてくる安形。そんな安形の様子に、天童は苦笑する。
確かに、安形の言い分は間違ってない。
骨董品とそれ以前の、歩行するだけのゼンマイ人形。
こんなので戦えという方が無謀であるし、これ以外で戦えと言われても、俺たちには無理だ。
しかし、安形は本当の言い分はこれではないだろう。入学してまだ一か月ほどの付き合いだが、安形と天童の取得しているカリキュラムは知っている。
「正直に言えよ。機械油まみれになるのが嫌だって。『人形のお医者さん』?」
「その言い方止めろ。俺は整備士だ」
俺の言葉に、安形は嫌そうに顔を歪める。まあ、確かに人形のお医者さんって顔はしてないな。
「でも、お医者さんって言った方が可愛くないかな?」
「それが似合うのはお前みたいな顔の良い優男か、女の子の整備士だけだっつうの!」
「そうかな? 世の中には、安形みたいな人形職人もいるかもしれないよ?」
「いてもそれは『職人』って呼ばれてんだろうが」
「職人って言う方がかっこいいイメージはあるな。その道のプロって感じで」
「だろ? 俺のことも職人って呼んでいいんだぜ?」
「職人と言うよりは、芸人と言った方がしっくりくるな」
「誰が芸人だ、誰が!」
心底嫌そうにツッコミを入れる安形。良いと思うけどな、芸人。ツッコミのキレいいし。
「話し戻すけど、結局は機械油まみれになるのが嫌なんだろ?」
「ああ……油臭ぇし、なかなか落ちないしさ……」
うへぇと嫌そうに顔を歪める安形。そんな安形の作業着は、確かに所々汚れていて、使い始めて一か月とは思えないほどであった。
「まあ、整備士はまだいいだろ。操縦者よりは使い勝手がいい知識ばかりだ」
「そうなんだけどよぉ……なぁんで、整備士なのに操縦訓練しなくちゃいけないのかねぇ?」
「一般人だからこそ、浅く広くの知識を学ばせたいんだろ? 専門になれば狭く深く、その一点を極めていくみたいだけどな」
「どちらかと言えば、俺は平和に暮らしてたいよ……」
「おい、俺のお株をとるな」
「皆のお株だよ。皆願ってることなんだからさぁ」
む、確かに。平和を願っているからこそ、皆戦っているのだ。であれば、俺だけのお株と言うわけではないだろう。
「安形のくせにいいことを言う」
「くせには余計だ」
そうやって軽口を叩き合いながら歩いていれば、訓練所に到着する。
どうやら俺たちが一番乗りのようだ。時間にもまだ余裕はある。
俺たちは時間まで適当に話をしながら授業の開始を待った。
このとき、俺たちは気付けなかった。
この平和がいつまでも続かず、唐突に破られる、危ういものであったことに。そして、平和を破る者は、いつでも、どこでも現れるということに。
こちらの心の準備なんて関係なく、戦闘準備すらもさせてくれない。不条理で、理不尽な存在であることに。
○○ ○
クリスタリウムを燃焼させ、縦横無尽に大空を駆け回る。
淡い緑の粒子が空中に舞い、ドールの軌道を描いている。その光景はまるで妖精が躍っているかのようで、粒子の軌道は妖精が通った道筋のようであった。
私は今、ドールを駆っている。
その事実に、出撃前の高揚感が再び押し寄せてくる。
『アメーシャ、気分はどうですか? 不調などはありませんか?』
高揚感に包まれようとした最中、インカムから聞こえてくるオペレーターの声に、現実に引き戻される。
私は、少しだけムッとするも、今は訓練中で雑念を抱いている私の方がいけないことを分かっているので、少しだけ湧き上がる苛立ちを抑え込む。
けれど、もう少し浸らせてくれてもいいのに。
「こちらアメーシャ。マスター、機体ともに異常はありません」
『了解。こちらも数値に異常はありません。では、そのまましばらく移動してみてください』
「了解」
ああ、やっと感動に浸っていられる。
私は、いけないことだけれどインカムを外してドールを動と空中散歩を楽しむ。
スピンやターン、旋回や上昇下降をする。
目まぐるしく変わる映像に酔うことは無い。ちゃんと訓練を積んできたのだ、これくらい造作もない。
ふわふわくるくると空中を縦横無尽に移動する。
こうしていると、空が自分のものになったみたいだ。
私は、大空を飛べている全能感に浸る。
唐突に、本当に唐突に、ディスプレイに赤い警告文が表示される。
それを見た私は急いで外していたインカムを耳にはめる。直後、インカム越しにオペレーターの慌てた声とけたたましく鳴り響くアラートが聞こえてくる。
『アメーシャ! 今すぐその空域から離脱して帰還してください! シャイプシフターが出現しました! 警戒網を突破して、先ほど大気圏を突入してきました! その空域に至るまで、およそ二分です!』
「――チッ」
オペレーターの警告を聞き、私は舌打ちを隠すことなくする。
恐らく、オペレーターは慌てているから舌打ちなどいちいち気にしていない。
それにしても、大気圏を超えてくるシェイプシフターだなんて……。
大気圏を超えて地球に侵攻してくるシェイプシフターはそれほど多くは無い。そもそも、大気圏を突入する際の空気摩擦による発火に耐えられる個体が少ないからだ。
だからこそ、シェイプシフターは、マザー級と称されるシェイプシフターに同伴する形で地球に侵攻してくる。マザー級は大気圏突入の衝撃に耐えられるのだ。
もしマザー級であったら大変厄介だ。マザー級の体内に隠れたシェイプシフターは、その数百は下らない。下手をすれば線を超えることすらあるのだ。
そのため、地球に侵攻させないためにも、宇宙でドールが警戒網を張っているのだが……通られたということは、全滅させられたか、すり抜けられたかだ。
どちらにしろ、このままでは危険だ。
「オペレーター! 数は?」
マザー級とは言え、その体内から発せられるシェイプシフターだけが持つ核の反応は隠せない。管制室がシェイプシフターを捉えることができたということは、核の胴体反応を検知したのだろう。
だからこその問いだったのだが、返ってきたのは意外な数字であった。
『数は一です!』
「は?」
一? 単体で来たって言うこと?
その事実に、私は苦虫を噛み潰したような顔をする。
単体で突破しているということは、マザー級ではない。やつらも、間抜けでは無い。自分が何をすべきかを理解しているので、マザー級一体だけで勝手に大気圏を突入したりはしない。
ということは、単独での行動を許されている強者で、その上大気圏を突破できるほどの頑強さを兼ね備えている敵と考えて間違いないだろう。
「近くの基地から部隊が来るまで、何分かかる?」
『およそ五分です!』
「五分……」
そんなに待っていたら数分間は敵に自由にさせてしまう。その数分間の間、敵は地球を蹂躙する。
そんなこと、そんなこと――――
「――――させない!」
許容できない。それだけは、絶対に!
「二号機、戦闘態勢に入ります。オペレーター、敵の落下予想地点を!」
『アメーシャ!?』
「早く!」
『あ、は、はい!』
オペレーターは慌てながらも、こちらに落下予想地点の座標を送ってくる。
「ありがとう」
私はオペレーターにお礼を言うと、落下予想地点に向かった。
その場所は幸いにも山々に囲まれた森の中であった。しかし、唯一不運なことに、近くに一般の高校があったのだ。
私は、逸る気持ちを抑えて、ドールを飛ばした。
○○ ○
歩行用のドールを俺は器用にてくてくと歩き回らせる。
この歩行用のドール、歩かせるのが結構難しい。簡易的なオートバランサーは付いているものの、完全に制御してくれるわけではないので、こちらで微調整をしながら歩かせなければいけないのだ。
このポンコツを数歩歩かせることができたら訓練は合格点。それほどにこのポンコツは扱いが難しいのだ。
「やっぱ、結構気を使うな……」
『気を使うだけで歩かせられるお前は異常だよ、本当に……』
大型のヘッドフォン型の通信装置から聞こえてくる呆れ声は、俺のオペレーターをやってくれている安形の声だ。
オペレーターといっても、外から見て、もう少し足を横にずらせとか、そう言うアドバイスをしてくれるだけだ。
『これ、俺がオペレーターやる意味あるか?』
「大いにある。話し相手がいるほうが暇を潰せる」
『俺は暇つぶし要因かよ……』
「冗談だ。何かあったらお前が注意してくれ。このポンコツ、ディスプレイが前にしかついていないからな」
歩行用のドールには簡易的なモニターとカメラしか付いていない。前は見えるが、横は見えないのだ。そのため、視界外から突如何かが来たら対応しきれない時がある。そのための、オペレーターでもあるのだ。
『一面ガラス張りの方が、逆にいいかもな……』
「変にドールの完成型にこだわったせいじゃないか? ほら、ドールって高性能カメラと、高解像度モニターが付いてるしさ」
『だからってカメラとモニターつければいいって訳でもないだろうになぁ……これじゃあ子供の運動会くらいしか撮れないぜ?』
「特等席じゃないか。見晴らしが良いしな」
『他の父兄にしてみたら、たまったもんじゃないけどな』
二人でそんなどうでもいい会話をしながら、訓練を続ける。
『お前が歩き続けたら時間までやってそうだな。よし、もう交代――――』
しよう。安形は、そう続けたかったのだろう。しかし、その声は唐突に鳴り響いたサイレンによって遮られる。
『な、なんだ!?』
安形の焦った声が聞こえてくる。
俺は、静かに空を見上げる。カメラの駆動範囲が狭く、上は見えないが、俺は何となく察していた。
「シェイプシフターか」
俺の呟きの後に、合成音声のアナウンスがシェイプシフターが侵攻してきたことを知らせた。