001
ロボットものが書きたくて書きました。
たのしかったです。
――2XXX年
平和であった地球に、突如として現れた巨大戦艦。その戦艦は宇宙より出で、一日の内に全世界の報道局によって、世界中に知れ渡ることとなった。
地球の終わりだと嘆く者。戦争の始まりだと悲嘆する者。それぞれが、悪い方向に考え、一部の人間のみが非日常の始まりだと不謹慎にも、一変するであろう世界を好意的にとらえた。
しかし、この戦艦は地球と敵対する存在では無かった。
戦艦はボロボロで、中に乗っていた人達――この時代では宇宙人と呼ばれた――は満身創痍。むしろ、戦えるような状況では無かった。
そして、宇宙人達は、地球と協定を結びたいと言ってきたのだ。
落ち着いて主要各国首脳が同席のもと話を聞いてみれば、宇宙人――彼らは自らを、クリスタリア人と呼んでいた――は、とある存在から逃げてきたらしい。
そのとある存在と言うのが、未だその生態などが謎に満ちている異形の存在にして無形。変幻自在に変化を遂げていくその生態から、古今東西に多く伝承の残る存在に例え、個体名――形無き化け物と呼ばれた。
そして、クリスタリア人の母星、惑星クリスタリアはそのシェイプシフターによって占拠され、行き場を失ったクリスタリア人は命からがら地球まで逃げ延びてきたらしい。
よくあるSF作品の侵略者かと思えば、帰る場所を無くして逃げ延びてきた避難民であったのだ。
クリスタリア人がこの惑星を選んだのは、この惑星にはクリスタリア人の乗ってきた戦艦の原動力となる物質が数多くあったからだ。
その物質と言うのが、アクセサリーなどによく使われる鉱石。そう、宝石のことであった。
宝石には地球の技術ではまだ観測の出来ないエネルギーが秘められているらしく、そのエネルギーを用いてあの巨大戦艦を動かしていたらしい。
そして、そのエネルギーの塊である宝石を、シェイプシフタ―も狙っているとのこと。
そして、うまみの無い戦艦よりも、エネルギーの豊富な地球を狙うということ。
以上のことから、クリスタリア人はこの惑星にやってきたらしい。
ともあれ、そんな事情もあり、クリスタリア人はおおむね同情的にとらえられた。しかし、そう思わない者も当然いた。
そして、クリスタリア人の技術は地球のそれよりもはるかに上であった。
その技術がどれほどのものなのかを聞くと、地球の首脳陣の意見はこうであった。
それならば、火星と月を拠点として使うといい、と。
実際、クリスタリア人の技術があれば火星でも、月でもすぐに拠点にすることができた。
そしてクリスタリア人は、幾人かの技術者を地球に残して、シェイプシフタ―と戦うための方法と技術を教え、戦艦は火星と月に向かい、そこに拠点を造り上げたのだ。
拠点が完成した後は、三つの星間で協力し合い、『妥当シェイプシフタ―』を掲げた協定を結んだ。
それが、世に言う交星協定である。
「よし、座っていいぞ」
「へーい」
教科書を読み上げた俺は席に着き、頬杖をつきながら窓の外を眺める。
実際に教科書にはもっと小難しい言い回しで書かれていたが、要約すればあんなものだ。憶える分にも、あれで十分だ。
俺――夕凪創は、そんなことを考えながらぼーっと授業時間が過ぎるのを待つ。
交星協定が可決されてから行年も過ぎていった。しかし、相変わらず日本は平和。世は事も無し、である。
いや、別に何かあって欲しいと言うわけではない。平和が一番。何事も無く、平穏な日々を送れるに越したことはないのだ。
俺が今こうして授業をのんびり受けていられるのも世が平和な証拠。うん、とてもいいことだ。
くわぁっと大きく口を開けて欠伸をする。
と、遠くの方に綺麗な光り輝く粒子の帯が見えた。
――あ、ドールだ。
ドール。それは、クリスタリア人がシェイプシフタ―と戦うために生み出した兵器だ。
正式名は『鉱石駆動型人型兵器』。それを長いので、ドールと呼んでいる。と言っても、これはドールの蔑称だ。
宝石にエネルギーが蓄えられていると知った政府は、すぐさまそれを回収。国の管理下に置いたのだ。
そのため、アクセサリーに宝石の類が付くことは無くなった。一部の富裕層がつけていることもあるが、本当に一部だ。
そんな、宝石好きの富裕層が『宝石喰らいの高価な人形』と皮肉を込めて言ったことから、人形のところを取ってドールと呼ぶようになった。
ともあれ、そんなドールが宝石内にあるエネルギー――通称『クリスタリウム』――を消費をする際に発せられる粒子が、帯を引いて空に綺麗な線を描いているのだ。
――あんなに綺麗なんだから、戦うこと以外に使えたらいいのにな……。
詮無い事と分かっていても考えずにはいられないこと。
今は飛行訓練なのだろうか。一機だけしか飛んでいないが、まあそう言うこともあるだろう。新型の試運転かも知れないしな。そんなニュースは聞いたことも無いけれど。
ともあれ、俺には関係ないことだ。
俺は黒板の文字を紙のノートに写す。
宝石にクリスタリウムがあると分かっても、それを使うのは軍事でのみ。地球は、多少の発展は遂げたものの、紙のノートにシャーペン、消しゴムに古ぼけた机と椅子。学校の設備そのものが大きく変貌するわけでも無い。
スクリーンに一人一台の液晶端末など、都心の『人形使い』育成高校くらいにしか無い。因みにドール・マスターも蔑称。正式名称は『機操者』。通称『マスター』。ドール・マスターはマスターにドールをつけて皮肉ってるだけ。皆普通にマスターって呼んでる。蔑称として使う時だけドールって付けてるやつもいる。まあ、マスターはエリートだから、滅多に言われないけどね。
――ああ、悲しきかな格差社会。
なんて嘯いてみるが、連中は好んで危険に足を突っ込むんだ。それくらい優遇されているところで、俺としては不満は無いね。むしろ守ってもらうんだから当たり前だと思ってる。
俺は粒子の帯を眺めながら、時間が過ぎるのを待つ。
「平和だ……」
ぽつりと呟く一言。
ああ、今日も世は事も無い。
「夕凪、飯行こうぜ~」
午前中の授業が終わり、友人の安形と天童が俺の席に寄ってくる。因みに両方野郎。
「ん? おお~」
「あいっかわらず気の抜けた返事な」
俺の返事に、安形が苦笑を浮かべる。
「今日も世は事も無し。平和を満喫するのに、気を入れてても意味ないだろ?」
「抜けすぎなんだよお前は。もうちょっと、シャキッと出来ないのか?」
「シャキッとしてるのは野菜だけでいいよ」
「それはシャキシャキだろ?」
「え、シャキッとだろ?」
「どっちでもいいよ……」
俺と安形のなんの生産性も無い意見のぶつかり合いに、天童が呆れそう言う。
「それよりも、夕凪。午後は操縦訓練だよ? もう少し気を張っててもいいんじゃないの?」
「気ぃ張ってスコア取れればそうするけどねぇ」
「夕凪、真面目にやればいい点取れるんだから、真面目にやればいいのに」
「いい点取って何になる? 俺は戦いたくないから意味なーい」
俺はそう言うと、立ち上がる。
適当に駄弁ってだらだら歩いていけば食堂の券売機が空いてくるころだ。
「お前に闘争心って無いわけ? ほら、いけ好かないあいつには負けたくねぇ! とかさ」
「無いね。ほら、争いは何も生まないし? いけ好かない相手もいないし」
「お前って本当に平和なやつ……頭の中お花畑か?」
「覗いてみるか? 綺麗なラフレシアが咲いてるぞ?」
「止めとくわ。損するだけだし」
俺が適当に返せば、処置無しと肩をすくめる安形。
こんな適当なやり取りができるのも安形と天童だけだ。それだ気安い関係の二人がいるというのは普通にありがたい。
「あ、女の子にいいところ見せたいって気持ちは無いの?」
天童がこれならどうだと言った感じで言ってくるが、残念。
「それも無い。意中の相手などいるはずも無し」
「いたとて告る勇気も無し。そもそもめんどくさい、ってか?」
「よくご存じで」
「ま、お前見てればな」
そんな他愛の無い会話をしていれば、食堂にもあっという間に着いてしまう。
券売機もちょうど空いている。
俺はA定食を頼み、ちゃっちゃと受け取って三人分席を確保する。
選んだのは窓側の六人掛けの席。俺が座った後、あまり時間を空けずに二人も席に着く。
「んで、ぶっちゃけどうなのよ?」
「なにが?」
唐突にそう言ってくる安形。
安形は、ニヤリといやらしい笑みを浮かべて言ってくる。
「好きな子いなくても、可愛いなぁって思う子くらいいるだろ?」
「あ、それは僕も気になる」
安形の言葉に、天童が興味津々と言った感じで乗ってくる。
「あー、まあ、いるんじゃねぇの? 知らんけど」
顔も名前もあんまり憶えてねぇからなぁ。見てみればいる可能性もあるだろう。
「その顔は、顔も名前も憶えてねぇなぁって顔だね?」
「なんで分かるんだよ。てか、どんな顔だよ」
天童がジト目を向けてそう言ってくる。本当に良く分かったなって、ある意味感心するよ。
「ぼけっとしてるときは大体そう。あまり覚えてない、関心ないって感じ」
「ならいつもそうなるな。夕凪っていつもボケっとしてるしさ」
「まあ、否定はしない」
俺がボケっとしていられる間は平和な証拠だよ。
俺の反応に、天童と安形ははぁと盛大に溜息を吐く。
「幸せが逃げるぞ」
「誰のせいだよ!」
「誰だろうなぁ」
「お前のせいだよ!」
「人のせいにするのは良くない」
「いや、百パーセントお前だから!」
「そか、そらすまんかったな」
安形のツッコミに適当に返し、味噌汁をすする。
うん、今日も味噌汁はうまい。
俺の手ごたえのない反応に諦めたのか、安形は溜息を一つ吐くとカツカレーを食べ始める。
因みに、天童は天ぷらうどん。俺のA定食は鮭の塩焼き定食。因みに日替わりだから毎日献立が違う。
「話し戻すけどよ、お前、本当に可愛いと思う子とか分からんの?」
「分からんなぁ」
まず憶えてないからなぁ。
「なら仕方ねぇ。俺的クラスの美少女トップスリーを教えてやる」
「おおー有難迷惑」
「そう言うなよ。憶えといて損は無いぜ?」
「そーか。じゃ、適当にどぞー」
あまり興味の無いことなので、適当に話しているように伝える。
安形も俺のこの反応になれたものなのか、特に気を悪くすることも無く、話し始める。
「まず、第三位! 紫雲寺ひかり。典型的なお嬢様って感じの見た目。まあ、実際にお嬢様だしな」
「ほうほう」
お金いっぱい持ってそうだなぁ。名前的に出自的にも。
「第二位! 天上優子。正確が厳しめの子。って言うか、規律に厳しいって言うか、融通が利かないって言うか、いわゆる真面目ちゃん」
「僕らと正反対だね」
「余計な事言うな天童!」
「おお、天童。俺の代弁ありがとう」
「別に代弁って訳じゃないんだけど……」
俺のお礼の言葉に苦笑する天童。
「もう次行くよ! 第一位は――」
「あのー」
「今度は何!?」
安形の言葉を誰かが遮る。そう、誰かだ。けっして俺たちではない。
俺は声のした方を見る。そこには三人の女子生徒が立っていた。しかし、知らない顔だ。いや、知ってる顔の方が少ないけどさ。
俺は、天童と安形に誰だ? と訊こうとしたが、二人の反応を見て止めた。二人とも、驚いたと言った感じなのだから。
「豊穂さん……」
どうして? と言った感じで安形が漏らす。どうやら、このうちの誰かは豊穂さんと言うらしい。
まあ、二人が対応するだろうと、俺はご飯を食べ始める。
向こうも向こうで勝手に話を始める。
「えっと、席が空いてなかったから、相席したいんだけど、良いかな?」
「え、い、いや、も、もももちろんいいよ! 大丈夫! な!?」
安形が焦った感じで俺と天童に同意を求めてくる。天童は、こくこくと頷くだけ。
天童の同意を得たあと、安形は俺の方を見てくる。と、必然的に俺の方に視線が向いてくる。
面倒だなぁと思いつつ、答える。
「いいんじゃないの。席空いてないならしょうがないし」
「だ、そうです!」
俺の答えを聞いた瞬間、三人にそう伝える安形。
なんだ、妙に必死だな。
安形の様子を多少訝し気に思うも、今は目の前の食事が優先。女子三人が来たことで、二人の興味もそっちに行きそうだし。
女子三人は、俺の隣の二人、天童の隣に一人座った。
「……俺、そっち移動しようか?」
流石に男子の隣は嫌だろう。女子は女子同士で食った方が良いだろうし。
そう思って、俺は天童の隣に座った女子に訊いてみた。
「いいえ、わたしはこちらで大丈夫です」
どうやら平気らしい。まあ、よくよく考えれば、向かい合って座るのも気まずいわな。向かいに一人でも向けられる視線が合ったほうが良いのだろう。
「そ」
俺はそれだけ返すと、食事に戻る。
うん、漬物の塩加減が絶妙だ。
「そう言えば、午後操縦訓練だね」
「そ、そうだね」
隣の子が、安形に話しかけたのか、安形が緊張した声音で答える。
「男子は良いよねぇ、ああいうの得意そうだし」
俺の隣の女子の更に隣の女子が気の抜けた声でそう言った。って、言いづらいな。隣の女子を女子A、その隣を女子B。向かいの女子を女子Cと呼ぶことにしよう。
女子Bの言葉に、天童が緊張した面持ちで返す。
「そ、そんなことないよ。僕も苦手だし」
「天童君は、そうでしょうねぇ。見た目的に、イメージ的にも」
天童の言葉に女子Cがくすくすと微笑みながら応える。
その微笑みを見たあと、天童は顔を赤くする。
「ぼ、僕らよりも、夕凪の方が上手だよ! だって夕凪、この間最高スコア取ってたし!」
焦った天童が俺を売りやがった。女子三人の視線が俺に集まる。
「確かに! 夕凪くん、凄かったよね。なにかコツとかあるのかな?」
女子Aがそう問いかけてくる。
コツ。コツねぇ……。
コツと聞かれても、何も思い浮かばない。て言うか、俺最高スコアなんて取ってたか?
「さぁ? 適当にやってれば取れるだろ」
俺のその答えに、女子Bがムッとしたような顔をする。
「適当にやっても取れないから、訊いてるんだけど?」
「俺に聞かれてもなぁ。もっとうまい奴に訊いてみろよ」
「最高得点取った奴が何言ってんのよ」
「そんなの取ったか?」
「取ったの!」
女子Bがムキになって言う。何ムキになってんだ?
俺は確認も込めて安形と天童の二人を見る。
二人も俺のそう言ういい加減なところに慣れているので、返答は早かった。
「取ったよ。過去最高スコア」
「歴代一位おめでとう」
天童が普通に、安形が嫌味を込めて言ってくる。
「そっか」
「そっか、って……あんた……」
俺の返事に女子Bが呆れたように溜息を吐く。
「幸せが逃げるぞ?」
「誰のせいだと思ってんのよ!」
「俺か?」
「あんたよ!」
「そうか」
「そうかって……もういいっ!」
つんとそっぽを向く女子B。それをまあまあと宥める女子A。俺に少しばかり冷ややかな視線を向ける女子C。
三者三様ここに極まれり、だな。
「ごめん、こいつこう言う奴だけど、悪気があるわけじゃないんだ」
安形が女子Bに謝りを入れる。
謝る安形をしり目に、俺は安形と天童の様子を確認する。二人とも男子だけあってか、食べるのは速い方だ。なので、二人の食器の中身は空。俺も今食べ終わったところだ。
「二人とも、行こう」
俺はそう言うと、食器を持って席を立つ。
後は女子だけの方が気兼ねしないで済むだろう。
「え、ちょ、夕凪!?」
「ま、待ってよ夕凪!」
俺が席を立つと、安形と天童が慌てた様子で食器を持って席を立つ。
「ご、ごめん! じゃあ、もう行くね!」
「ご、ごめんなさい!」
二人は女子三人に謝ると、俺の後に続く。
俺たちは食器を返却すると教室に向かう。
「はぁ……もっとお話ししたかったなぁ……」
教室に戻る途中、安形が肩を落とす。
「なら、あそこにいても良かったが?」
「お前無しであの空間とか無理! お前が普通に相手と接してるから、辛うじて平静保ててるだけだから!」
安形の言葉に、天童がこくこくと頷く。
「そうだよ! 僕すっごい緊張したんだから!」
「そうかよ。で、あれ誰?」
「おま、本当に……はぁ……そうだよな。お前ってそう言う奴だよなぁ……」
「はは……本当に知らなかったんだ……」
安形は呆れたように、天童は苦笑を浮かべる。
「で、誰?」
「俺たちのクラスの美少女トップスリー! 天童の隣が三位の紫雲寺さんで、紫雲寺さんの目の前にいたのが二位の天上さん。んで、お前の隣にいたのが、第一位の豊穂冬華さん。わかったか?」
「なるほどな」
どうりで二人が慌てふためくわけだ。
俺は安形の説明に納得する。それと同時に、安形が何故あの三人をトップスリーに選んだのかも分かった気がした。
「なあ安形」
「なんだよ」
「お前、あの三人の序列、胸の大きさで選んでないか?」
俺の質問に安形がピシリと固まり、すぐさま戻ると周りを見渡し人がいないことを確認する。
「……お前にあの三人のこと説明するの、あそこじゃなくてよかったよ、本当に……」
安形は安堵したように息を吐いた。
否定をしないということは、つまりそう言うことなのだろう。
俺と同じ結論に至った天童が、苦笑を浮かべていた。