第1章(6)
「ねえ、あなた達ここで何をしているの」
あまり大きな声ではなく、ささやくような小さな声でしゃべりかけると、妖精達は驚いた様子も見せず、こう返した。
「私達、あなたを待っていたのよ、クリスティーナ」
「そうだよ、クリスティーナ」
その答えに、クリスティーナは戸惑った。
「私を待っていたの?」
「だってあなた、魔法使いになるために来たんでしょ」
妖精は、くすくす笑いながら、クリスティーナの周りを飛び回った。
「そ、そうよ。魔法使いになるために来たの。それには杖が必要なの」
「杖だけで、いいのかよ」
男の子の妖精もからかいながら、笑っている。
「とりあえず杖は必要よ」
妖精達に馬鹿にされないように、慎重に答えると女の子の妖精が言った。
「魔法学校で学ぶんですもの、本だって必要でしょ」
「そうね、たぶん必要ね……」
クリスティーナが自信なさげにそう答えると、妖精は彼女の目の前まで飛んでくるとこう言った。
「たぶんねどころじゃないわよ、本は絶対必要よ。いいわ、私達が用意してあげるわ」
女の子の妖精が、大真面目でそう言うと、男の子の妖精も大きくひとつ頷いた。
「それじゃあ、音楽スタートだ」
男の子の妖精がぱちんと指をならすと、どこからともなく、たくさんの妖精達がやってきて、手には小さなバイオリン、小さなフルート、小さなハープと、思い思いの楽器を持ち、クリスティーナの周りを取り囲んだ。そうして、一斉に彼らは楽しげな曲を弾き出し、一人の妖精が美しい声で歌い出した。
「ここにいるのはクリスティーナ
星の都よりやってきた
かわいそうな石達を残して
やってきた
みんなのためにといってるけど
ほんとはどうなの ほんとはどうなの
迷った心は今では魔法の道へ
魔法は楽しい 美しい
みんなで踊れば全てを忘れる
忘れた心はどこへ行くの
それを知っているのはクリスティーナ
本は全てを知っている」
自分のことを歌っているその歌は、クリスティーナにとって、興味深かった。
『忘れた心。私、忘れてしまったのかしら……』
美しい歌声は、一時彼女の心を震わせた。そして懸命に故郷の地を思い出そうと再び目をつぶったが、月と星だけの寒々とした荒れ地を思い出すことはできなかった。その代わり、今目の前にある生い茂る緑の木々、木漏れ日からもれる暖かな日差し、喜び、美しさばかりが目につき、彼女は次第に幸福に包まれていく気がした。
いつまでもこの地で遊んでいたい。クリスティーナは、かわいい妖精達が、音楽にのって楽しげに踊るさまを見ているうちに、嬉しくなりすっかり本当に忘れてしまったようだった。
しかしそのあと、妖精達がダンスの輪をつくって、踊るうちにその踊りの輪から大きな茶色の三冊の本が、突如現れた時には、クリスティーナの心に、魔法という言葉がふと蘇った。
「ほらほら、その本が魔法の本さ」
男の子の妖精が、笑いながらそう言った。
「あとは杖ね。杖はあそこの木のうろの中に行けばいいわ」
女の子の妖精が指さしたのは、白い大きな美しい巨木だった。その木の下辺りにぽっかりと穴が開いているのが見えた。クリスティーナは、言われた通りその木のところまで歩いて行くと、真っ暗なうろの中に足を踏み入れた。
入ったとたん、クリスティーナの身体と手足は、木のつるのようなものが伸びてきて、あっという間に絡めとられ全身の身動きがとれなくなってしまった。
「いったいなんなのよ、これ」
突然の出来事に、彼女は怒ってつるを無理矢理はぎとろうとしたが、つるは頑丈で、ちょっとやそっとの力では切れそうもなかった。
『私達を見捨てたの?』
『帰ってこないの?』
小さな蚊の鳴くような声が、ぴいんと針金のように響いてきた。クリスティーナは誰がしゃべっているのか、それを見ようとしたが、頭もつるに押さえつけられていて、顔を動かすこともできなかった。けれどもそれが誰なのか、クリスティーナには直感で分かった。故郷の地の石達がしゃべっている声だということに。
「私は見捨てたわけじゃない」
『でも帰ってこないじゃない』
『俺達のことが嫌いなんだ。だから出て行った』
「そうじゃないわ。私は術がかけられなかったから出て行ったの」
『術がかかけれらない者だってここにはいるよ』
「そうね……」
『おまえはこの地が嫌になっただけさ』
『私達から逃げたかったのね』
『帰ってこなくていいわよ』
「いいえ、私は絶対帰る!」
石達の声を聞きながら、クリスティーナは必死で訴えた。自然と涙が溢れ出て、月と星しか見えないあの地が、ふと胸に迫ってきた。忘れているけど、忘れていない。美しい緑も、暖かな太陽の光もないけれど、でも……。
『そんなに言うなら、私達あなたに力を貸すわ』
『あなたが魔法の力を手に入れて何をするのか、見てるわ』
声がこだまのように響くのと同時に、クリスティーナの身体は、とたんに自由になった。さっきまで絡みついていた木のつるは、跡形もなく消え去り、その代わり手には白い杖が残されていた。白銀のように輝く白い杖の頭は円柱で、側面には銀細工のつるのような文様が入り、杖の頂きには乳白色の星の石が埋め込まれていた。クリスティーナは杖を掲げ、星の石をまじまじと見つめた。
「これが私の杖なのね」
気がつくと、妖精達が三冊の本を持ってきてくれていた。
「クリスティーナにぴったり」
「クリスティーナにぴったり」
褒めているのか、からかっているのか分からない声で女の子の妖精と男の子の妖精はそう叫んだ。
「戻ってらっしゃい」
とたんに天から大きな声が、轟いた。どこかで聞き覚えのある声だと思ったが、それはコーデリアの声だった。姿は見えなかったが、その声はこう言った。
「さっ、そのまま杖を頭上に掲げて」
クリスティーナは、言われるままに頭上に掲げると、ぱっと閃光のような白い光が辺りを包んだ。そして気がつくと、彼女はあの漆黒の闇をたたえている鏡の前にいた。隣にはコーデリアがいた。コーデリアは、クリスティーナの杖を見ると、驚きの声をあげた。
「あら、あなた。そんないい杖を持って帰ってくるとは思わなかったわ」
「これはいい杖なんですか」
「それはそうよ。星の石が最初から杖についてるんですから。こんないい杖はそうそうないわよ」
コーデリアは羨ましそうに、クリスティーナの杖を眺めていたが、自分の仕事を思い出し、またきびきびとした口調で言った。
「次は講義ね、さっ、いらっしゃい。こっちよ」
コーデリアは、クリスティーナを、通ってきた講堂へと案内した。




