第1章(2)
クリスティーナは一人、影の都から離れると、魔法の都を目指して歩き始めた。ゆるやかな丘と野原が続き、のどかな光が、彼女の周りをとりまき、今まであったことが幻のように、彼女には感じられた。ルイスとフィルに助けられ、影の都までここまで来れたが、ここから先は、何をするにも一人で決めなければならない。それはルイスも同じことかもしれない。いつも頼りにしていたフィルが影になってしまった今、ルイスは自分の意志で動かなければれならないのだから。クリスティーナにとっても、フィルの最期は衝撃的だった。彼が影だったとしても、ルイスが斬り捨てなければならなかった事実は酷以外何ものでもなかった。
たとえそれが、フィルの意志であったとしても、心の痛みは耐え難いものだった。あの時止めようと思えば止められたかもしれないという思いもある。けれども自分は二人の戦いを呆然と眺めていた。いや、それよりフィルの強い思いにひきずられたのだ。人間になりたい、大人になりたいといったフィルのあの言葉。あれも嘘ではなかったのだ。しかしその全てをフィルは、ルイスにぶつけたのだ。託したのだ。ルイスの前には大きな未来があると感じた。だから彼は、かりそめの命をルイスに差し出したのだ。ルイスだってそれは分かっているはず。それでもやっぱり辛いし悲しい。
ルイスは、こちらの世界にまた戻ってくると言っていたが、ルイスの気持ちを考えると余計辛くなった。クリスティーナの頬を、そよそよと優しい風がなでていく。太陽の光を受け、道沿いの草達は青々とした緑へと変わっていく。それを見つめながら、クリスティーナは思った。私もルイスも見えない力によって生かされているのだ。影ではなく、光の中で私達は生かされている。それはきっと何か意味のあることなのだ。私が今、魔法の都に行こうとしているのも、きっと何かの始まりなのかもしれない。クリスティーナは道の向こうで農作物をつくっている農民達が農作業にいそしんでいるのを横目に見ながら、歩を早めた。
星の都を出て行く時、クリスティーナはただひたすら身体を治して故郷に戻ることを願っていたが、今となっては、それはもう、うすぼんやりとした気持ちになっていた。石の術のかけ方など、とうの昔に忘れてしまっている。実際のところ、石へ術をかけることが元通りできるようになったとして、自分は故郷に戻りたいだろうか。目の前には魔法という未知なる力がぶらさがり、尚かつ太陽の恵みを受けいてる土地を目の当たりにして、それでも自分は故郷に戻りたいかというと、だんだん自信がなくなってくるのだ。身体を壊して戻らなかった人々のことを考えると、自分もその一人になるかもしれないという思いがあった。
新天地を求めてもいいのではないだろうか。けれどもその一方で後ろめたい気持ちが、クリスティーナの胸に重くのしかかっていた。自分を育ててくれた土地を私は捨てようとしているのだ。それはいけないことではないだろうか。
日に焼けた農民達が互いに声をかけながら、畑に種をまいてるのを見やりながら、彼らが緑とともに生きる様子に少なからず嫉妬せずにはいられなかった。私の故郷も太陽の光と緑に囲まれていれば、こんな気持ちにも、故郷を出て行こうとも思わなかったにちがいない。なぜなのか、なぜなのか。たまたまた生まれ落ちた地がそうであったばかりに、いらぬ苦労をしているような気がして、クリスティーナは、たまらなかった。私達だけこんな思いをしているのは、なんだか不公平だわ。彼女は納得いかない思いを持ったまま、ただひたすら魔法の都へ続く道を歩いた。幾つかの丘を越え、川を渡り、見渡す限りの野原の中の一本道を数日歩き続け、彼女は魔法の都へとたどり着いた。




