第1章(1)
朝食が終わると、ルイスは自室へ戻り、旅の準備を整えた。着替え、食べ物に、包帯、ひも、旅に必要そうなものは袋の中へと、ぎゅうぎゅうにつめこんだ。
「これでよし!」
入れた荷物をもう一度確認するとルイスは一声叫んだ。それと同時にメンフィスが重そうな小袋を持って、部屋へと入って来た
「どうやら準備はできたようだね」
メンフィスはにっこり笑うと、その小袋をルイスに手渡した。
「これは何?」
ルイスは不審げな目で小袋を見た。
「金貨が入っている。これはあちらの通貨だよ。何をするにもお金は必要だろうと思ってね」
ルイスは慌てて小袋を開いた。中にはまばゆいばかりの金貨がごっそり入っていた。
「でもメンフィスお婆さん。こんなに受け取れないよ」
眉を寄せながら、ルイスは断った。
「まあまあ、そういうもんじゃないよ。まさかおまえ、一人だけで旅をするつもりじゃないだろうね」
「そのつもりだけど……」
ルイスは自分が何かおかしなことを言ってるだろうかと改めて考えてみたが、思い当たらなかった。
「こらこら、何を言ってるんだい。おまえはまだ剣を使えないだろ」
「それはそうだけど」
ルイスは口の中でもごもご言いながら、月の光を手にとった。剣は何かを言いたそうに、心なしか、ぴかりと光った。
「なら、腕の立つ剣士が必要だろう。このお金で、その者を雇うといい。剣士はお金に見合った働きをしてくれるだろう」
「僕はいつも守られてばかりだね」
ルイスは、面白くなさそうな表情を浮かべながら、乾いた声で言った。
「それが嫌なら、自分で考えることだね」
メンフィスは、意味ありげに、口角をあげて、にっと笑った。
「まあ、私ができるのはこれくらいのことしかなさそうだね」
「もっと何か助言があれば、言ってください」
「いろいろ言ってあげようかと思っていたけどね、結局はおまえの意志一つだということに今、気がついたよ。」
「僕の意志?」
「そうさ。おまえの考え一つで旅の行程は変わっていくはずさ。何を求めていくかはおまえにしか分らんからね。先日の旅だって、おまえの意志から始まったはずだからね。ただ今回の旅はおまえ主導で動いていくことになるだろう。決して守られてばかりいる旅にはならんということさ」
「僕主導の旅か」
ルイスは自室の窓から見える木々の梢を眺めながら、メンフィスの言葉を考えた。たくさんの青々しい葉は風に揺れ、はらはらと落ちるものあれば、しっかりと枝について、まだまだ木とともに生きていこうとする葉がたくさんあった。僕は、これからこの葉のように、はらはらと落ちてどこかへ行こうとしているのかもしれない。だとしても、葉は地面に落ちて朽ちて、また木の養分になる。僕もまた、戻ってくるに違いない。そう、フィルが僕の元へ戻ってきてくれたようにきっと。
「さて、それじゃあ行くとするかい」
メンフィスはルイスに声をかけた。ルイスは腰に月の光を装着し、荷物の袋を背負うと、メンフィスに言った。
「分かりました。このお金は大切に使わせて頂きます。では、行きましょう!」
二人はルイスの自室を出ると、両親のいる居間へと向かった。
居間では、そわそわしている母親のマリアとむっつりとした様子の父親のトラヴィスがルイスを待っていた。身支度を整え終わったルイスを見ると、トラヴィスは言った。
「やはり行くのか」
「はい、行きます」
ルイスがきっぱり言うのを聞いて、マリアは少し悲し気な表情を浮かべたが、にっこり笑った。
「しっかりやってきなさい。必ず戻ってくるのよ」
「はい、お母さん。絶対戻ってきます」
「行くのは自分の責任だからな。気をつけて行くんだぞ」
「はい、もちろんです。お父さん」
「それじゃあ、ルイスよ、庭に行くよ」
ルイスが両親と、別れを交わすのを見届けると、メンフィスはルイスを引き連れて、屋敷の外へと出た。
外に出ると、メンフィスは、ルイスとフィルの出会ったあの木の前へと、ずんずんと歩いて行った。そうして一言
「準備はいいかい、ルイス」
と、それだけ訊いた。
メンフィスはルイスが返事をする前に、既に右手には杖を掲げ、左手はルイスの肩にのせていた。そうして彼女は目を閉じ、大きな声で不思議な呪文を唱えた。