第2章(1)
メンフィスが呪文を唱え終えると、ルイスは一瞬にして、人通りの多い町中にいた。
「いらっしゃい、いらっしゃい。さあさあ、いい品が揃ってますよ」
豪快な声で呼びかけてくるのは、露店を開いている武器商人達だ。その周りには、様々な武器や防具を身につけている剣士や魔法使いが、品定めをするために、立ち止まり、ひとだかりができていた。
「これこそが、あの有名な勇者バルダスの持っていた名剣、虹色の銀針です。今なら金貨百枚で手に入るよ」
一人の露天商が、たかだかと掲げた剣は、するどい切っ先を持つレイピアだった。
「よし、買うぞ」
一人の剣士が言うと、別の剣士が出てきて待ったをかけた。
「待て、俺なら金貨五百枚出そう」
「待て待て、俺だって五百枚出せるぞ」
「そんなこと言ったら、俺だって出せるぞ」
数人の剣士が出てきて、お互い睨み合いのまま、数分が過ぎた。
「困りましたね。もっと出せる方はおられませんか」
露天商も、困った風を装いながらも、抜け目なく商売しようとしていた。
「店主よ、我らの足下ばかり見るな!」
「そうだ、そうだ! 我らの力量を見ろ」
いきり立つ剣士達に、店主はにこやかに笑いながらこう言った。
「それならば、戦って頂きましょう。今日の午後四時に闘技場にお越しください。勝った方に剣を買って頂きます。それでよろしいですかね」
「よし、受けて立つ!」
「俺もやるぞ!」
「俺もだ!」
数人の剣士達は、自分こそが勝つのだと言いながら、その場を去って行った。残った露天商は、今度は別の武器を取り出し、また似たようなことをやり出していた。
ルイスはメンフィスに小声で訊いた。
「今の剣って、本物なのかなあ」
「さてと、どうだかね」
メンフィスは、ふふっと笑うと、こう言った。
「まあ、自分の目を信じることぐらいしかないんじゃないかね」
「でもこんなに剣士がいるんだったら、この剣を受け継ぐ人もこの中にいるのかも。というより、今の露天商にこの剣を託したら、ふさわしい人に渡してくれるんじゃないかと思うんだけど、どう思う」
ルイスの言葉に、メンフィスは目を丸くしたと思いきや、次の瞬間激怒した。
「まさか本気で言ってるんじゃないだろうね、ルイス! そりゃ、あんたフィルに失礼ってもんだろうが! あんなうさんくさい露天商に、その剣を託せるわけないだろうが!」
「それは……」
思わず口ごもると、ルイスは反省した。そもそも金目的の武器商人が、剣そのもののすばらしさを知っているかも怪しい。まして集まっている剣士や魔法使いが、どういう考えの持ち主で、どれだけの力量を持っているか吟味して渡しているようには見えない。それなのにそんなことを言ってしまった自分を恥じた。
「ほんとに大丈夫なのかね、ルイス。そんなんで」
メンフィスは心配そうな顔をして、ルイスを見た。
「大丈夫です。肝に銘じておきます。僕が本当にこれだという人にしか剣は託しません」
「それならよいが……。ほら、そこの角をまがったところに大きな酒場があるだろう」
「あ、はい」
人がごったがえしている往来を通っていくと、古びた木造の平屋の店があった。店の真ん中には両開きの木戸があり、そこからたくさんの人が出入りしている。武装した剣士や魔法使いが吸い込まれるように入っていく。そして店の両脇には、大きな酒樽が置かれ、ここが酒場であることを物語っていた。
「ここは名の知れた酒場で、多くの剣士や魔法使いが集まってくる場所さ。ここで一緒に旅してくれる旅の仲間を見つけるがいい。ひょっとしたらかつてのおまえを知っている剣士や魔法使いがいるかもしれない。とにかくよく人を見て、おまえ自身で考えるんだよ」
メンフィスは一息にそう言うと、ルイスの肩をたたいた。
「それじゃあ、旅の無事を祈るよ」
「え? 一緒に酒場まで来てくれるんじゃないの?」
びっくりした様子でルイスが訊くと、メンフィスは笑って言った。
「ここからはおまえの旅路さ。私が口を挟むわけにはいかないさ。ともかくよく考えること。それに尽きる」
ルイスは不安に思いながらも、深く頷いた。
「分かったよ。よく考えて行動するよ」
「では、私は行くよ。気をつけて」
「はい、分かりました」
もう一度肩をたたきながら、メンフィスはその場を立ち去った。その後ろ姿を見送りながら、ここからは本当に一人っきりなのだと思うと、身震いしたくなった。思わず腰につけた月の光をぎゅっと握りしめると、フィルのことを思った。フィルもずっと一人だったのだ。自分だって大丈夫なはず。ルイスは深呼吸を一つすると、意を決して酒場の木戸を押し開いた。