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月の光(2)  作者: はやぶさ
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序章(1)

ルイスはベッドの中で目を覚ました。窓からは眩しい朝日が差し込んできていた。彼は眩しそうに目を細めながら、部屋の中にフィルとクリティーナの姿を探した。

「あれっ、いない」

驚いたように跳び起きると、きょろきょろと辺りを見渡した。よく使い込まれた机と椅子に本棚、見慣れた地球儀が部屋の中に置いてある。この場所はルイスのよく知っている自分の部屋であった。

「そうか。僕は戻って来たんだった…」

彼は自分が異世界から戻って来たことを、すっかり思い出した。今の彼の側にはフィルとクリスティーナはもういない。ルイスは慎重にベッドの外に足を置いた。そして足の下に朝日の光を受けてうすぼんやりとした影ができたのを確認した。

 フィルは確かにもういない。しかし彼は常にルイスと共にいるのだ。この影という形となって、彼はルイスを見つめている。ルイスは思わす深いため息をついた。重い、本当に重い。そう感じた時、ルイスはもう一つの大事な物について思い出した。見るとベッドの側には月の光という剣が立てかけてある。純金で作られた鞘と柄はぴかりと光り美しく輝いている。ルイスはそれを手に取ると、重さを確かめた。そうして今まであったことは本当だったのだということを改めて実感させられた。

「僕はこの剣を託されたんだ」

ルイスはしっかりと立ちあがるとその剣を鞘から引き抜いた。すらりと伸びたその剣は鋭く、冷たさを帯びているようだった。剣はまるで知っているようだった。ルイスがフィルを刺したことを。ルイスはそのことを思い出すと身震いした。


しかしそれは振り返ってはいけないことではないかとルイスは思った。なにしろそれ自体がフィルがルイスに剣を託した現れだったのだから。だから僕はこの剣を必ず守らなくちゃいけないんだ。僕が勇者になるか、それともそれに値する人物を見つけるかどちらかしないといけないだろう、それが今の僕にできることだ。ルイスはそこまで考えると、洋服たんすから自分の服を取り出し、寝巻から普段着へと着替えた。そうして髪を櫛でとかすと屋敷の階下へと降りて行った。


 下へ降りると召使いのバーバラが気を揉んだ様子で廊下を行ったり来たりしている姿が目に入った。彼女はしきりに居間の方へ顔を向け、そのドアを開けるべきかどうか迷っているようだった。

「バーバラ、いったいどうしたんだい」

ルイスが声をかけると、バーバラは跳びあがらんばかりに驚いた。

「まあ、坊っちゃま。起きてらしたんですね。朝食の準備ができましたので旦那様と奥様をお呼びしようと思ったのですが、今取り込み中のご様子で」

そう言うと彼女は気遣わし気に居間のドアに目を向けた。中からは怒鳴り声が聞こえてきている。

「何があったんだい」

「メンフィス様が来られているのです。そのことでどうやら言い争いになっているようで」

メンフィスはルイスにとっては実の祖母に当たる。メンフィスは僕が異世界へ行ったことを両親に話しているのに違いない。それならば、僕にも関わりのあることだ。だったらこの居間のドアは僕が開けるべきだろう。ルイスはそう考えるとバーバラにこう告げた。

「言い争いは僕が原因だと思うから、バーバラは食事が冷めないように手を加えておいてよ。食事ができたことは僕から伝えておくよ」

「ですが、坊っちゃま」

「いいから、いいから僕の言う通りにして」

ルイスは有無を言わせずバーバラの背中を押して食堂へと足を向かせた。バーバラは心配そうにルイスを見たが、彼がこの場は僕に任してと自身満々に言うのでそれを信じることにして大人しく食堂へと戻って行った。

ルイスはバーバラが引き揚げると、一つ大きな深呼吸をすると、その問題となっている居間のドアをばんっと開け放った。

「なぜ、母さんはルイスに話したんだ!」

部屋に入ると、大きな声が辺りに轟いた。その声は怒っているがどこか悲し気だった。

「どんな事情があるにせよ、一生子供の姿でいいわけがないだろ」

メンフィスは自分の息子にそう語りかけた。息子であるトラヴィスは、ただただかぶりを振るばかりだった。

「お父さん、メンフィスおばあさんに責任はないよ」

ルイスはかばうようにそう言い放った。トラヴィスとその妻であるマリアは自分の息子が部屋の中へ入ってきたことに、ようやく気がついた。母であるマリアは疲れ果てた目で我が子を見つめた。なぜそんなことをしたの、ルイス、その目はそう問うていた。

「なぜだ、ルイス。なぜわざわざ異世界へ行った」

母の問うべきことを代わりに父が口を開いて聞いてきた。


「僕は屋敷の中だけで暮らすのはもううんざりなんだよ、父さん。それに父さん。異世界に行ったおかげで僕は自分の影を取り戻したんだよ」

彼は自分の両親にも見えるように自分の足下にある影を見せた。日の光を受けて、うっすらとした影がルイスの周りにまとわりついているのが分かる。トラヴィスもマリアも息を呑んでそれを見つめている。

「ねっ、これで僕は普通の人間と変わらないんだよ。誰からも後ろ指さされることなく生活できるんだ」

快活そうに語るルイスとは対照的にトラヴィスは陰鬱な表情をした。


「おまえは聞いたんだろ、おまえがかつて異世界で大魔法使いだったことを」

「うん。メンフィスおばあさんから聞いたよ。僕がかつて大魔法使いであったことを。その時何かがあって僕は影を失い、子供の姿になってしまった」

「その通りだ。おまえは子供の姿でここに戻ってきたんだ。ひどくやつれた様子で放心状態だった」

トラヴィスは思い出したくないのか、視線を床に落としうつむいた。


「そんな状態にまでなった異世界になぜ行ったんだ。あの時、母さんと私は決めたのだよ。息子をこんなひどい目に遭わせた異世界には、魔法なんてあるところには二度と行かせるものかと」

「父さん、僕にはその時の記憶が全くないんだよ、僕がそんなことになって、父さんや母さんがそんな取り決めをしていたなんて全く知らないんだ」

ルイスは悲痛な面持ちで訴えた。

「今まで隠していたおまえ達にも責任はあるんじゃないかね」

黙って聞いていたメンフィスは眉根を寄せながら口を出した。

「母さんは黙っていて!」

怒ったような目つきでトラヴィスはメンフィスを睨んだ。


「父さん、聞いて。僕はメンフィスお婆さんに影を見つけなくちゃいけないって言われなかったとしてもどっちにしても異世界に行ったと思うよ」

彼はそう言うと、自分が昨夜見た美しい月のせいで、夜の庭に出てフィルとクリティーナと出会ったことをかいつまんで話した。その間ルイスの父と母はじっと黙ってその話に耳を傾けた。

「たった一晩だったけど異世界で僕はいろんな経験をして大人になったと思う。それもあるけど、僕には今、月の光という剣があってその剣の継承者として僕はもう一度異世界に行かないといけない。でないとフィルにも申し訳がたたない」


ルイスは拳を握りしめ、その意志の硬さを示した。

「それと僕はどうしても知りたいんだ。僕が大魔法使いであった時、自分に何があったのか。このまま逃げちゃいけないって思うんだ。原因があって、影と魔法を僕はなくしたはず。それを知りたいんだ」

彼の目は遠くへと飛んだ。かつて自信のなかったルイスとは全くの別人のような眼差しで、父と母に訴えた。母のマリアは少し心を動かされたのか、かつて大魔法使いとしてあった時のルイスの面影が一瞬脳裏をかけ巡った。


あの時のルイスはまさに自信満々で何も怖いものなどない、何もかもが自分の思い通りになるそんな傲慢ささえもあった。今いるルイスはその時のルイスとも違う真摯でひたむきな純粋な少年。


この子は成長した。大魔法使いと言われた時よりも成長して異世界から帰って来た。ならばもう一度異世界に行ったとしても悪いことは起きないのではないか。マリアは密かにそんなことを思った。

「しかしおまえは異世界に行ったからこそ、辛い目に遭って記憶まで失ったんだ。私や母さんがどんなに悲しんだかおまえは知らないだろ。おまえは私らのことまで忘れてしまっていたんだぞ」

「それは……」

ルイスもそれには言葉を詰まらせた。確かに記憶が全くないのだ。自分が大魔法使いとなっていたことも、それ以前の自分の子供時代のことも、両親との思い出も。一切合切忘れてしまっている。彼はしばらく沈黙した。両親の気持ちを考えたら、行くべきではないのかもしれない。しかし記憶は何かのために失われてしまったのだ。このままでいいのだろうか。いや、そんなことはない。ルイスの中で力強い声が答える。目を背けてはいけない。逃げてはいけない。


「父さん、母さん。僕は親不孝かもしれない。母さん達を辛い気持ちにさせてしまったのだから。けどなぜ、そんなことが起きてしまったのか、僕は知らなくちゃいけない。僕は母さん達に説明できるようになりたいんだ。なぜ僕の記憶が失われてしまったのかを」

「行ったら、もっとひどいことが起きるかもしれないだろ、ルイス」

父は悲しげな表情でそう諭した。

「起きないかもしれないでしょ。それにさっき話したけれども、僕は剣を託されている。それはもう僕個人の問題だけじゃなくなってるんだよ。異世界での責任が僕にはあるんだよ。そのためにも僕は行かなくちゃいけない。これは使命なんだよ、父さん!」

ルイスは両の拳を握りしめ、真剣な眼差しで父と母を見つめた。

「トラヴィス、ルイスの言う通りにさせてあげましょう」

父は自分の耳を疑った。

「一番悲しんでいたのは、おまえじゃないか、マリア」

「それはそうです。でも思ったのよ、トラヴィス。今回のルイスは成長して帰ってきてくれたわ。今度行かせたら、どんなに成長して帰ってきてくれるかしらってそんな気になったのよ」

母はようやくうっすらと笑うとそう言った。

「本当にいいのか、マリア」

父は母の肩に片手をのせながら聞いた。

「ええ、いいのよ」

母はしっかりとした口調でそう答えた。

「ありがとう、母さん、父さん」

ルイスは心の底から自分の両親に礼を言うと、少しだけ肩の荷が降りたような気がした。

「どうやらお許しは出たみたいだね。旅の準備は私も手伝うよ」

メンフィスは頑なな両親の説得をルイスがなんとかし終えたことを見届けると胸をなでおろした。しかし実際に大変なのはこれからだということをメンフィスは知っていた。自分にできることは孫が旅先で困らないよう、何かしら伝授してあげることだけだとメンフィスは思った。

「ありがとう、メンフィスお婆さん。僕にはまだまだ分からないことばかりなんだよ。旅に出る前にいろいろ教えてもらいたい。お願いします」

「もちろん、教えるさ」

「あっ、そうだ。父さん、母さん。バーバラが食事の準備が出来たってさっき知らせに来ていたんだよ」

ルイスが思い出したように言うと、四人は急にお腹が空きだしたことに気がついた。

「そうね、まずは食事をとらないといけないわね」

「そうだな、食事が先だな。母さんも食べて行ってくださいね」

トラヴィスとマリアは目を合わせるとそう言った。

「それはありがたいね」

ルイスはメンフィスのふしくれだった手を取ると、食堂へと案内した。


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