第5章
空を仰いで段々と丸くなる月を見て竜は言いました。
「あの優しい姫は、私が夜眠れぬといえば傍で歌を歌い私が眠れるまで傍で付き添ってくれる_____私が詰まらぬといえば傍で物語を聞かせてくれる______醜い私の為に泣いてくれる_____あの娘は決して一度も私を醜い獣と扱ったことはない。あの娘は私にとって特別だ。私はあの娘を食らいたくはない___しかし、飢えがそれを許さないのだ」
初めて竜は大泣きをしました。みっともないくらいに竜は泣きました。そして、言いました。
「誰でもいい____誰かあの可哀想な姫を助けてやってくれ・・・誰か____頼む・・助けてくれ」
竜は、何度も頼みました。しかし、誰も聞いてくれません。
いえ_____月だけは彼の願いを聞いていました。月は、竜を本当に不憫だと思ったので竜にいいました。
「哀れな竜よ___そして世界一幸福な者よ・・・私の声を聞きなさい。お前のことは見ていたよ。お前の行いは全てね。お前は初めていいことをした。王女をお前は愛して逃がそうとした」
竜は、唖然して笑いました。
「私が、あの娘を愛しているだと?____馬鹿をいうのは止めろ!!この私が!!!あの娘を??」
月はなおも続けました。
「愚かな竜よ____私の声を聞きなさい。お前は確かに娘を愛している。何故ならお前は娘の為に涙を流したのだから____殺戮と傲慢しか知らぬ愚かなお前が始めていいことをしたのだ。お前の願いを聞いてやろう」
竜は、黙って月の言うことを聞いていました。竜は、確かに王女を愛していました。人間の時でさえも誰かを好きになったことはなかったのに竜は王女を本当に大切に思っていました。王女と暮らせたらどんなにいいか___しかし、それは無理でした。王子の呪いは解けるどころか王子を蝕んでいました。
「竜よ__王子よ。私の声を聞きなさい。明日王女はきっと困って私にどうすればいいか聞くだろう。その時に私はこう言おう。世界の果てにある最初に生まれた山の何者も溶かす火の中に一つ溶けていない石が欲しいと竜にいいなさいとお前はちゃんといつものように別の願いは無いか聞いて、王女のこの願いを聞いてやるんだよ。そうすれば、お前は死ぬことが出来る。そうすれば、お前は姫を殺さずにすむよ」
竜は、頷きました。王女を殺すくらいならば自分が死んだほうがマシだと思ったからです。
「ありがとう___本当にありがとう」
竜は生まれて始めてお礼をいいました。
これで明日が来ても王女は死にません。もう、自分も苦しむことはありません。
そして、次の満月の夜が来ました。
「夜の世界を照らす男神よ___父なる月よ_____どうか、どうか・・・この声を聞いてくださいまし、私は貴方のお陰で生き延びることができました。しかし、今夜、私はきっと殺されてしまいます。どうか、どうか助けてください」
そう言うと王女は美しい涙を一つ流しました。
その美しい涙に心を動かされたのか、月が王女に言いました。
「哀れな美しき王女よ。私の声を聞きなさい_____竜王子は貴方に別の願いはないか聞いてくるでしょう。竜にこう願いなさい。世界の果てにある最初に生まれた山の何者も溶かす火の中に一つ溶けていない石が欲しいと竜にいいなさい」
王女は首を傾げました。しかし、月がそういうのできっと大丈夫なのでしょう。
最後に月はいいました。
「あなたに残酷さがあればあなたは生き残ることが出来るでしょう」
王女は、頷きました。自分の命が助かるならどんなに残酷になれることでしょう。
しかし、王女はあの哀れな竜に残酷になれるか少し不安でした。
王女は、腕に銀の小さなナイフを抱きました。
満月が輝く中___竜は月の言う通りに姫に言いました。
「命短き者よ____我が后になる者よ・・・別の願いはないのか」
王女は、わかりましたと頷くといいました。
「心が氷のように冷たいお方____そして、今夜私を殺すお方___世界の果てにある最初に生まれた山があります。その山は火を噴き何者も溶かす力を持っています。しかし、何者も溶かす火の中に一つ溶けていない石があるのです。私は、その石が欲しいのです」
月の言うとおり姫は、願いをいいました。この願いはきっと竜を殺すでしょう。王女の声が震え今にも泣きそうな瞳は竜を見ようとはしませんでした。
竜は、王女を暫し見つめました。王女は、もう、竜を微塵も恐れてはいなかったので近くで寄り添い竜を見上げました。しかし、王女は心のどこかで聞いてくれるはずもないと思っていました。何者も溶かす火の中に入って欲しいと願いは今から食らおうとする者の最後の願いにしては無茶な話です。聞いてくれるはずもありません。
しかし、竜は今までにない優しい声でいいました。
「無垢なる娘よ____我が后になる者よ__お前の願いを聞き入れよう」
王女は、驚き竜を見つめました。竜の顔は穏やかで今までにないくらい優しい目をしています。
竜は翼を広げいつものように空へと飛んで行きました。