武器アリ〼
「ありがとう……ございました」
スキンヘッドの、それも眉まで剃り落とした男が購入したナイフを手に、店から出て行く。
その肩のトゲトゲはどこで買ったのだろうか?いや、誰が造ったのか?
ヒミコは座ったままで、手元の本からわずかに目線のみを男に向けて、ぽつりと呟いた。
我の店「ノクトブランド」がオープンしてから一週間が経っている。
当初は物珍しさもあってか、それなりの人出があったが、今はもうすっかり落ち着いている。店の中に客がいる時といない時とでは、後者の方が圧倒的に多い。
街の中に店を構えることも検討したのだが、結果としては我がこちらに最初に出でた部屋のような場所を選んだ。
街の中にあるよりも、仕入れが楽だということもあるし、街中ではしがらみも多い。
ある意味、一番のしがらみとなってしまったトーチャーと距離を置きたいというのもあった。
まあ、この場所にもトーチャーは律儀に松明の交換にやってくるので、結局毎日出くわすことにはなるのだが。
今では最初にこの刃の身に映した様相とは随分と変わっている。
まず広さが随分と狭くなった。
それは両端の扉のどちらからヒトが来ても対応出来るように、中央に設置された石組みのカウンターと、そして在庫である剣を仕舞う倉庫スペースのせいだ。
いくつかの剣は壁に打ち込んだ杭に掛け、すぐに手に取れるようになっているが、大部分は倉庫に入れてある。
こちらは治安が良くないという。
実際にどこぞの組織の者が、やはりどこぞの組織の者と殴り合いの喧嘩をしているのを映したのは一度や二度ではなかった。
さすがに店の中のすべてを監視出来る状況で万引きするような者は見られなかったが、それでも売り物をそのまま凶器に強盗というのは十分に考えられる。
別にそれをされても対処は出来るのだが、単純にその者がどこぞの組織の者で抗争がどうのとなれば面倒だなと考えたので、基本的には持ち逃げされても痛くないような程度の低い物を飾り、本当に欲しい武器がある者には我が面談して武器を売ることとした。
店に入って、我にも、我の代わりに接客を頼んでいるエコーズの者にも声を掛けずに出て行く者が多かったので、多くの者が「大したことない店だな」と思ったかもしれないが、どうせ一度に売れてしまえば在庫の補充は困難になるのだから、売れていくのは少しずつで良い。
掛かる費用は、エコーズに払うべき人件費だけで、それくらいならば数日に1本売れてくれれば何とかなる。どこの組織の土地でもないということになっている街の外の利点だ。地代が掛からずに済む。
それすらも払えなくなったら、我のみで最悪接客をすれば良い。
そう考えていたが、ちょこちょこと武器は売れていく。
やはりトーチャーを通さずに買えるというだけで魅力に感じる層というのがいるようだった。
しばらくはエコーズへの支払いは心配しなくて良さそうだと感じている。
結局のところ、我もまたエコーズからは独立し、ただし協力関係にある組織ということとなった。
いずれは自前の店員も用意しなければ。
そんなことをカウンターの中央、そこに置かれた台の上で考えていると、ヒミコが何も言わずにちらりと我を見た。
「誰もいないからな。構わんよ」
何も聞かれずとも答えを返すとヒミコは立ち上がってぱたぱたとカウンターから出て、店の外へと向かう。
おそらくはトイレだろう。
別に休憩は適宜取って構わないという条件で雇っているので、文句はない。
武器を集めている間にも、リコやハイドだけでなく、ヒミコやトモエとも接する機会が多かったので、大体の人となりというのは掴めた。
ヒミコは言葉少ないが、別に暗い性格という訳ではないらしい。
笑うこともあるし、興奮することもあった。
最初、調子に乗った石工組合、ストーンヘンジの男が「どうせならこう岩に突き立っているなんてどうでしょう!?腕に自信がある者は我を抜いてみよ!って感じで!!」などと言い出したので、丁重にお断りしたのだが、それを聞いたヒミコはトモエと共に明らかに目をキラキラさせていた。
やらんよ、と答えた時にはふたり揃って、かなりがっかりもしていた。
それにしても、どこの世界でもあるのだろうか?
岩に突き刺さって鞘となる者を待つ暇な魔剣は。
仰々しいのは好みでないので、普通に石で造った台に黒い布を敷いただけのシンプルな、小さな寝台じみたそれが我の定位置となっている。
喋る魔剣がいる、というのもそれなりに街では噂になっているようで、店に来た客にも我をじろじろと見る者は多かったが、なんと話しかけて良いのか分からないらしく、雇ったエコーズの者に話しかける者がほとんどだ。
我にしても、愛想良くいらっしゃいませだの、何をお探しですかだの、言わずにおいた。
この世界では見世物というのはそう多くはない。
そんな世界で見世物になる気はない。
扉が開くのが刃に映る。
入ってきたのはヒミコではなく、3人組の男だった。
扉を開けて、完全には中に入らずにきょろきょろと見回し、誰の姿もないことを確認してから入ってきた。
その挙動にすぐにピンと来るものがある。
ああ、遂に来たのか、と。
黒ずくめの男たちは笑った。
ニヤリという笑いだった。
「さっさとやろうぜ」
「ああ」
ひとりは壁に掛けてある武器に向かい、ふたりはカウンターを身軽に乗り越える。
間違い無い。
強盗だ。
ヒミコが店から出るのを待っていたのだろう。
トイレというのは水場の関係で店のすぐ側にはない。
見た目は幼女でもエルクの魔法の強力さは知れ渡っている。つまりは小物。ヒミコを相手に正面突破するだけの胆力はないということだ。
「おい」
響いた声に、3人は動きを止めた。
そしてきょろきょろと店内を見回す。
だが、誰の姿もない。
「どこを見ている。ここだ」
「え……?」
「まさか、本当に……?」
喋る剣がいる。
それを真実だと思っていなかった反応だった。
「つまらん真似をするな」
我の言葉にカウンターの中の男たちは顔を見合わせて笑い出した。
「噂の喋る剣ってヤツか。だがな、喋るからってなんなんだ?」
「使い手あっての武器だろう?悔しかったら止めてみろよ。ほら、盗まれたくなかったら俺を斬り刻んでみろよ」
「余計な口をきいてるな。あのガキが戻ってくる前に行くぞ」
「それもそうだ。お前はそこで見てな。最後にお前も持っていってやるよ。高値が付けば良いな」
どうやらだいぶ下らない者たちのようだ。
我すらも盗んで売れると思っている。
「忠告はしたぞ」
我の言葉にカウンターの中のふたりが笑う。
笑って我を見ていた。
我の刃を。
そこに映る自分自身を。
【見たな】
我の言葉にふたりの動きが止まる。
笑った表情のままに固まる。
足も、指先ひとつも動かせない。
身体のどこも動かせない。
瞬きひとつ許されず。
呼吸すらも止まり。
その様子に壁際の男も気が付いた。
「どうした?」
答えはない。
反応ひとつ返さない。
何が起こったのか?
疑問は口をついて出て、そして。
「何をした!?」
【見たな】
男もまた我を見た。
刃に映る己自身を見て、その目が合う。
男もまた一切の動きが止まる。
そして店の中に沈黙が落ちた。
「……で?どーするんです?これ?ってか、生きてるんですか?」
「心臓は動いている。呼吸も僅かではあるがあるだろう?我もそこまで非道ではない」
そもそも死んでたら、立ったままで入られない。
店の中で石像と化したかのように立ち尽くす強盗たちと、我とをじとっとした目で見て言うリコに、我は憮然として返す。一向にリコの我に対する好感度が上がっていない気がする。
あの後、戻ってきたヒミコに頼んでリコかハイドを呼んできてくれと頼み、現れたのはリコの方だった。
「とりあえずは縛ってくれ。解くのはそれからだ」
我の言葉にリコとヒミコが3人を縛る。
それからどうすれば良いかを指示した。
ヒミコが我を持ち、男の顔の前に、その目に我をかざす。
男の目が刃に映る。
そこにリコが手を叩いた。
刃に映る男自身を遮るように。
「……え?」
それで男は動き出す。
何事もなかったかのように。
何しやがった!?と喚く男を放っておいて、残りの男たちも同じようにして回る。
何をしたか、それを説明しても理解は出来ないだろう。
あんな目にあったのに、未だに我を正面から見ようとする男たちには。
こんなものは初歩の初歩だ。
ミグルイにかけた魅了ほどでもない。
ただの暗示。
催眠術ていどの子供だましだ。
写真を撮れば魂を抜かれる。
かつてのノーマンズランドで言われていたことだったが、これは実際にあったからこそそう言われていたのだ。
写真を撮られ、それで動きを止める者たちがいた。
実際に魂を抜かれた訳でも無いのに。
つまりは暗示だ。
意識よりも先に身体の方が信じれば、こういうことが起こる。
刃に映る自身の姿が止まる。
刃に映る自身の姿は動かない。
だから動けない。
そういう暗示。
ミグルイにはこれは通用しないだろう。
彼女には明らかに抵抗しようという意思があった。
知っているのだ。
見ることの危険を。
目が合った。
それだけで強力な暴力となる存在があることを。
だからミグルイ・カエラは我を二度と正面からは見ず、決して中心には捉えない。
「さて、それでお前たちはどこの組織の者だ?」
我の問いに男たちは笑った。
どうやら自分の立場が分かっていないらしい。
「面倒だな。リコ、ちょっと傷つけてやれ」
リコがいかにも不満そうな目を向ける。
それでも言葉の通りにしたのは我の望むことが分かっているからだろう。
「ちょ!待て!お前!良いのか俺をどこの組織のもんだと思っている!?」
「ああー、はいはい。一見して分かるような格好してないって時点でそういうの良いですから」
あっさりとリコがひとりの男の腕を服ごと我で撫でる。
それだけで服は裂け、浅く肌が切れた。
血が流れる。
我はそれを飲んだ。
分解し、理解する。
「ふむ。なるほど。盗賊ギルド、マジックハンドの者たちか。盗賊とは御大層だが、その割にはやっていることはスリ程度のことしかやってないな」
「な!?」
「ああ、やっぱりその辺だろうなぁ、とは思ってました」
驚き顔を見合わせる男たちをよそに、リコは呟き、ヒミコはこくこくと頷き然りという反応をしている。
例えどんなにヒトの数が少なくても、どこの組織にも馴染めない者というのは出てくるものだ。
マジックハンドとはそういった者たちが集まって、コスい盗みを働いている、そういう組織らしい。
突然動けなくなって拘束され、そしてひと言も自らについて話していないのに、事情を知られている。
ことここに至って、ようやく喋る剣がただ喋るだけじゃないことに思い至ったのだろう。
男たちの顔色がみるみる悪くなっていく。
「さて、事情は分かった。リコ、ヒミコ、解いてやれ」
「え?良いんですか?」
我の言葉にリコは目を丸くし、そんなリコ以上に男たちは目を見開いている。
ヒミコは眠くなってきたのか、別の意味でこくこくし出していた。
事情は分かった、とはいっても、別に男たちに同情してという意味ではなく、単に面倒が無さそうだと判断しただけだ。
「構わんよ。この世界のヒトとは貴重種なのだろう?こんなことで命を奪ったりはしないさ。だがな、我にも矜持と言うものはある。それを傷つけられたくはない」
リコに告げて、我を男たちの目の前にかざす。
暗示ではなく、単純におどす。
「店に来るなとは言わん。もしも次に盗みをお前たちじゃなくとも、お前たちの組織の誰かが働こうとしてみろ。その時は必ずお前らの血を一滴残らず飲み干すぞ。良いか。我が告げることにエコーズは一切関係ない。ただ我のチカラのみで必ずマジックハンドの構成員全員の血を飲み干す」
我の言葉に、男たちの喉が鳴った。
「忠告はしたぞ」
「は!はい!!」
男たちが勢い良く返事した。
この言葉の後に自分達がどうなったか、覚えていないほどの阿呆ではないだろう。
「し……失礼しました!!」
縄を解かれた男たちはまんま三下のチンピラじみた挙動で礼をして去っていった。
おそらく二度とこの店に来ることはないだろう。
「もう一度聞きますけど、良いんですか?」
「多少噂が広まった方がやりやすくなることは多いということさ」
「そういうもんですかね」
実際に噂は広まった。
あの店の喋る剣はヤバい。
その結果として、店の暇な時間が倍に増えた。
「……まさかあの程度のことでこんなにもビビられるとは」
「いや、ノクトさんは気付いていないみたいですけど、この世界基準だと大分デタラメなことばっかりしてますよ。主にトーチャーのあのヒトとの関係のこととか」
後でハイドが語った話だが、マジックハンドの連中はあの後なぜかトーチャーの連中から報復を受けたらしく、壊滅こそしていないが、大分酷い目にあったようだった。
どちらかと言うと、我のしたことよりも、そちらの方が原因なのは明白だった。
「なぜだ……」
またしてもリコが我を邪神像のごとく見ている。
例によって客はいない。
こうして我はこの店を繁盛させるべく、したことのない努力というものをすることとなった。
「こら、我を鏡にするな」
「えー、だってちょうど良いじゃん」
トモエが剣を鏡代わりにして、大口を開けて自らの口の中を覗き見ていた。
どうやら昼に食べたものが挟まっているらしい。
「ええい、安易に我を見るなとリコに言われなかったか?」
「んー、言ってたかな?」
そんなことよりも歯の間に挟まるモヤシの方が気になって仕方がないのだろう。
「やれやれ、これだから幼女というものは」
「幼女じゃないよ!」
今日も今日とて暇な店だった。
これにて第一章終わりです。無事に開店。
神話だと、見たら死ぬ系の怪物いっぱいいますよね。初見で討伐とかムリゲーかよ!?って怪物。
ええ、ムリゲーです。