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魔剣が武器屋を始めました  作者: ぎじえ・いり
お店を開こう!
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モンスター

(a+b^n)/n = x

 色々と問題はある感じはするが、とにかくトーチャーへの筋は通した。

 それからしばらくはリコとハイドの供をして、剣集めに奔走する。いや、させたというべきか。

 剣を拾うのも、持ち運ぶのも、それを直すのも身体を動かすのは我ではなく、ふたりだったのだから。

 さすがにかつての世界に比べれば、この地下世界は格段に狭い。

 それでもこの世界がかつての世界のひとつの街よりかは広大だというのは分かった。

 ここ数日の間、かなりの範囲をふたりと共に回っていたのだが、それでも通ったことの無い道はいくらでもあり、さらに放棄されて顧みられることのなくなった道というのもいくらでもあるという。

 我が現れた場所がそういうところではなかったというのは僥倖だった。もしかしたら、本当に海の底ほどに待っていたということも十分に有り得たのだから。

 集めた剣は店を作ってそこで売ることとなり、我が店主として、しばらくはエコーズから人員を借りて店員とし、営業することとした。

 身動きひとつとれない我が店主なのは、トーチャーからのいちゃもんを付けさせないためだ。

 それなりに本数が集まったが、店を構えるにはまだまだ在庫が心もとない。

 どうしたら良いのかとハイドに尋ねれば、ハイドは渋々ながらもひとつの提案を我にした。


「気は進みませんが、ちょっと前線近くに行きますか」


 街に近ければ、それだけ打ち捨てられた物品も回収されやすくなり、前線に近くなればなるほどに、戦いに敗れた者のそれがそのまま残っている可能性は高くなる。

 ただし、これも筋を通さずに、いきなりふらりと近づけば、モンスター用に設置された罠を踏み抜いたり、短期的な作戦の邪魔をしてしまう可能性もある。

 そうならないために、ハイドはひとつの組織に連絡を入れてくれた。

 いや、ひとつの組織とは言っても、その組織の構成員はたったひとりしかいなかった。


「宜しく。アルフレッド・マンセルだ。親しき者にはフレディと呼ばれている」

「フレディはエコーズから独立して今の組織を立ち上げたんですよ」

「ノクトブランドだ。宜しく頼む」

「本当に剣が話すんだな」


 アルフレッドはハイドと同じく流暢にこちらの言葉で話した。

 我が話すと驚きを言葉で示したが、その表情に浮かんだのはハイドの反応に近く、やや面白がるようなそれだった。

 アルフレッドは鈍色の鎧に身を包み、幅広の両手剣をその背に負っていた。

 がっちりとした体形なのだが、やや長身なためにむさ苦しさは感じさせなかった。

 刈り込んだ短髪と内面を示したようなさっぱりとした風貌はいかにも女子の人気を集めそうだった。

 一緒にいるニコは「お久しぶりです」と割と普通の笑顔で挨拶しているだけだったが、前線を見たがったために付いてきていたトモエはくるくるとアルフレッドの側を回り、ヒミコもややもじもじとした様子で彼を見上げていた。

 大人気だ。


「大丈夫だったのかい?」

「ちょうど今日まで非番で、連絡もらったのがそろそろ向かおうかと思っていたところだった。そうじゃなくても大恩あるエベっさんの頼みとあれば構わないさ」


 エベっさんというのはハイドのあだ名らしい。

 例のいちいち熱烈に見つめてくる門を通り抜けて街の外へと向かう。

 途中までは覚えがあったが、アルフレッドの案内で進んでいくと、やがて覚えのない区画に出る。

 坑道というよりは、それこそ巨大な獣が潜むために掘り進めた穴のようなそれへと入り、まばらになった松明の灯りを頼りに進んでいく。

 途中、一度だけひとりのトーチャーとすれ違った。

 おそらくは松明の交換をしていたのだろう。

 リコが我を持っていることに気が付くと、格好に似合わない丁寧な礼をして道を譲られた。


「……今のは何だい?エベっさん、連中に何かしたのか?」

「僕じゃないですよ。ノクトブランドさんの威光のおかげです」

「ビームですよ。ビーム」


 リコの目つきがうろんげなものとなって我を見ながらアルフレッドに告げる。


「ぶっ!なんだい、それ?」

「剣さんビーム出すの!?すごい!!」


 アルフレッドが吹き出すのと同時にふたりの幼女が我をいやにキラキラした目で見る。

 どんなに期待されても出ないぞ。ビームは。

 何度か罠に注意するように、道の歩き方をそれぞれが指示されながらもさらに穴の奥へと進んでいくと、唸り声が突如として響いてくる。

 声というよりは、まるで穴全体が震えているようだった。

 聞かずとも、その声の主が件のモンスターのものなのだと分かる。

 これはヒトに出せる類いの声ではない。

 ふたりの幼女が耳をふさぎ、リコは思わず身構えていた。


「相変わらず、凄い声だね」

「この先で今戦っているヒトがヒトだから、ってのもあるんだけどね」


 アルフレッドの苦笑にハイドが理解を示したように同じく苦笑する。

 これはモンスターが苦しんでいるからこそ、あげる声らしい。


「それってもしかして……」

「まあ、行けば分かるさ」


 ぽつりと嫌な予感とこぼしたリコのそれは、どうやら当たっていたらしい。

 まず目に入ったのは、巨大な頭だった。

 角の無い牛に似ていたが、牛と違うのはその口だ。

 草食動物の口というのはそれほど大きくなく、そして大きく開かない。

 大きく開くのは肉食動物のそれだ。

 まるで無理矢理に刃でもって端を切り広げられたような口は開けば今いる穴を塞ぎ、すべてを飲み込もうとしているよう。

 並ぶのはかつて水中で戯れに相手をしていた鮫などとは比べ物にならないほどに凶悪な牙の群れ。

 その舌にすらも無数のトゲが並んでいて、まるでおろし金が迫ってきているようだ。

 威嚇するように叫び、開かれた口から逃れるように赤い光が引かれる。

 ランタンの光が揺れ、流れる。


「やっぱり」


 そうリコが呟き、我もまた、ああ、と身の内で呟いた。

 半裸のような少女が飛ぶ。

 巨大な刃を手にして。

 戦っているのはトーチャーのリーダー、ミグルイ・カエラだった。


「もっとだ!もっと吠えてみせろ!ほら!吠えろって言ってんだよ!!」


 不意に後退をやめてミグルイが前へと飛ぶ。

 自ら口の中に飛び込むように。

 その瞬間に牛のようなモンスターから悲鳴にも似た呻きが響く。

 口の中へと至る前にミグルイが大鎌を振るい、振るわれた刃が牛の鼻に引っかかっていたのだ。

 それをミグルイが力任せに振り切っていた。

 牛の鼻に刃がかかったままに。

 モンスターに比べて余りにも矮躯のはずの少女によって地面へと叩き付けられるように、無理矢理に口が閉じられる。

 あまりの怪力に口に並ぶ牙がそのまま己を傷つける凶器となり、まるで地面に縫い付けられるように上あごの牙が下あごから突出し、暗色の血らしき液体がしぶく。

 それを浴びて少女は笑う。

 哄笑だ。


「あーはっはははっは!!ほら!吠えてみろよ!おら!おら!」


 少女が刃を手に跳ね回る。

 目は潰され、無数に首を斬り刻まれ、惨い仕打ちのように、全身から体液を流し、赤い光が薄暗い穴の中を飛び回る。


「おら!どうした!あん!?……ちっ、もう死んでやがる。だせぇ」

「ミグルイ!交代に来たぞ!」

「あん?」


 モンスターが完全に動かなくなって、その死体に唾を吐き付けるのを見届けてから、やっとアルフレッドがミグルイに声を掛けた。


「アルフレッドか。……おせーんだよ。てめえがちんたらしてたせいで残業しちまったじゃねえか」


 ミグルイはただでさえ面積の小さい革服の、そのあまりにも小さいポケットから懐中時計を取り出して、時間を見てから舌打ちする。

 どうやら遅刻らしい。


「すまんな。我が案内を頼んだからだ」

「これは……お見苦しいところをお見せしました」


 ミグルイがすぐに膝を地面につく。

 その姿にアルフレッドは驚きを通り越して、愕然としていた。


「……悪い物でも食べたか?」

「てめえは黙ってろ」

「……そう畏まることはない。前にも告げたが崇め奉られる気は我にはない」


 我の言葉にやっとミグルイは立ち上がる。

 それでも目を伏せて、まっすぐに我を見ようとはしない。

 神をみだりに目にするものではないとでも思っているのだろう。

 とやかく言ったところで効果はないだろうから放っておく事にして、我の興味の方を優先する。


「リコ、悪いがアレに近寄ってくれないか」

「良いですけど、なんです?」


 あまり前線に出ないとはいえ、リコにとってはこのような化け物であっても近寄るのも嫌悪するようなそんな対象でもないらしい。それなりに戦い慣れているということだろう。

 我の頼みに応じて、気軽に近づく。

 血が流れている。

 その色は青とも緑ともつかない、まるで虫の体液のようでもあった。


「ちょっと血をな」


 リコに刃に血をつけるように頼む。

 リコはちょっと嫌そ気な顔をしていたが、それでもそっと流れる血に突き立てるように我を突き出す。

 血が刃に触れる。

 これは……。


「なんとも不味い血だな」


 分解しても何も理解出来ない。

 ただの獣でも多少のことは分かるものだが、これは何の情報ももたらさない。

 なんだ?この腐ったような臭いは?

 本当にこれは生きていたのか?

 まるでヘドロの底から浮かび上がってきたようではないか。


「ああ、なんか分かるんでしたっけ?どうですか?分かりましたか?」

「いいや、分からん、ということが分かった」

「……それって結局分からないってことじゃないですか」

「まあ、そうだな」


 呆れたように言うリコには特に詳しくは説明しない。

 例え異世界の存在であっても、リコのことは理解出来た。

 それはつまり、意思のなせることなのだ。

 意思とは身体に満ち、そして血にも流れる。

 ところが、このモンスターという奴にはどうにもそれがあるとは考えられない。

 モンスターという存在をハイドが語った時、その存在には明確に意思を感じた。


 ヒトを滅ぼせ。


 そんな意思が。

 それなのに、この血からはそんなものはまるで感じない。

 獣以下。

 虫かそれ以下と評しても良さそうなくらいに。

 意思なき、それこそ器物のような存在がヒトを追いつめ、今も尚、この地下世界にまで攻め込んでいるという。

 そんなことが果たしてあるのだろうか?

 考えている間にも、アルフレッドとミグルイとの間で話が済んでいた。

 アルフレッドはこれから仕事で、逆にミグルイは上がりだ。

 そのミグルイが、剣が落ちているような場所に心当たりがあるらしく、案内をしてくれるという。

 普段のミグルイからは絶対に有り得ない行動のようで、アルフレッドは心底驚いていたし、ハイドもまた出来れば関わらないでいてくれた方が助かるとでも言いたげな苦笑いを浮かべていた。

 ミグルイ・カエラはヒト助けをしない。

 だが、神や器物ならば別なのだろう。きっと。


「しかし、大した腕だったな」


 アルフレッドと別れて歩き出す。

 幼女ふたり、ヒミコとトモエはミグルイを目にする機会はあまりないようで、じろじろと彼女を見ていたが、我があるせいか、特に唾吐くような真似はしなかった。

 ただ、露出度の高い尻やら胸やらを見て「えっちだ」とか、「えっちなヒトだ」とかは小声であっても言わない方が良いとは判断出来る。

 我のいない時にトラブルになり得る余計な種をまかないでもらいたい。


「そんなことは」


 謙遜を聞いて、リコとハイドが一様に微妙そうな顔を浮かべた。

 ミグルイ・カエラは謙遜もしないということだ。

 先導するミグルイは振り向きはしなかったので、どんな表情でそれを口にしたのかは分からない。


「その喋り方はどうにかならないのか?我は普段の喋り方で全然構わないのだが」

「我らが神を敬うのは当然のこと」

「神を恐れ敬うという気持ちは理解出来ない事もない」


 人間が神に対して何かを願うようになったのは、神が一切人間に関わらなくなってからだ。

 神が人間に対して下すのはいつも試練ばかり。

 だから当時の人間たちは恐れ敬い、ひれ伏していたものだ。

 どうか許し給え、と。

 何かをしてくれではなく、どうか何もしてくれるな、と。

 それが神がいなくなると人間は様々な事を神に望むようになった。

 試練を下さなくなった神が寛容な存在にでもなったと言わんばかりに。

 健康を。

 豊かさを。

 愛情を。

 望むままの幸福を。

 そんな望みに神が応えたことは一度としてなかったというのに。

 ミグルイの反応はまさに太古の人間のありようそのままだった。

 ミグルイが僅かに振り向いて、それでも我からは目を伏せて言う。


「決して恐れてなどは」

「まあ聞け。我がいたかつての世界には本物の神々がいた。何でも生み出せる。まさにそんな超常の存在がな。我は確かにその存在によって生み出され、この身にも神々とは比べ物にはならないが、いくらかの神秘がある。だが、それだけだ」


 ミグルイが歩みを止めた。

 我の言葉に耳だけでなく、全身を傾けるためにか振り返る。


「こちらに神がいるのかは分からない。神が造った世界なのかも我には不明だ。もしかしたら彼岸の彼方にいるのかもしれないが、そんなことは実はどうだって良いのだ。我がこの身に映した神とは、そう人間と大差なかった」


 愛しても、怒っても、悲しんでも、それでもどうせ忘れるのだ。

 超常の力があり、万能であっても、いや、万能だからこそ、すべては一時の暇つぶし。

 神の為すことはすべてそれだ。

 一時の興味でしかない。

 ほんの一瞬の余興だ。

 人間が勝手に相手に計り知れない叡智を見出すだけで、実は相手にそんなものなどありはしない。

 暇つぶし、相手のそんなものに、限られた時間しかない意思ある魂が振り回されている時間などない。


「神にすがるのは、他人に甘えるのと変わらないことだ。見ず知らずの他人に、腕力が強い者に、頭の良い者に、力を貸してくれと言うことと大差ない。我は汝の普段の振る舞いを好ましくこの身に映そう。汝は誰にも期待していない。だからこそ、汝は誰よりも自身のために生きることが出来る。それで良い。なにものを掴み取ることもなく、どこへも行くことも出来ない手足無き器物である我には出来ないことこそが多いのだ。地上を目指すならば、自身で目指せ。ミグルイ・カエラ。本当に地上を望むなら、我を当てにすることはない。所詮、意思などあっても器物は器物なのだから。汝の敬意は不当なものだとしか我には考えられない」


 甘言を述べる気は無い。

 我がいれば地上に辿り着けるなどと告げられるはずがない。

 なにしろ分からないことの方が多いのだ。

 ここはかつての世界とは違う。

 だからこそ、我に告げられることはただひとつしかない。


 好きにしろ。


 生きている限り。


 それだけだ。


 ミグルイは何も答えなかった。

 ただ、我の言葉に頭を下げて、再び振り向き、歩き出す。

 我を手にするリコはその背を見てから我を見て、そしてハイドを見た。

 ハイドは苦笑していた。

 リコの背を軽く叩いて歩き出す。

 幼女ふたりもまたくるくると回り、踊るようにして歩いていく。

 ミグルイのあまりにも露出過多な背を刃に映しながらも考える。


 神、か。


 モンスターの血を得て、そういえばと思い出すことがあったと、気が付いた。

 気が付いてしまった。

 かつて神が遣わした存在があった。

 試練と称した存在がいた。

 意思などなく、あるのは命令のみの存在が。

 骨身に、血に、すべてに命令が刻まれた存在。

 まるでプログラム。

 だがその身体を動かしていたのは零と一とで編み込まれたそれではなく、神の存在証明こそがその身体を動かしていた。


 悪魔。


 ドラゴン。

 

 やはりかの存在もまたあまりに臭い血を持ち、その臭いはヘドロの底のようであったと。



「冷えてきましたね」


 だいぶ進むと、急に気温が下がり出した。

 剣が尋ねれば、仕掛けてある罠によるものだとミグルイが答える。

 幼女ふたりがくしゃみを同時にした。


「……寒くないのか?」


 剣が尋ねれば、ミグルイは振り向きもせずに答えた。


「鍛えておりますので」


 ミグルイ・カエラは風邪を引かない。

 剣はそう考えたが、これではまるで馬鹿にしてるようだな、と身の内でひとりごちた。


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