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魔剣が武器屋を始めました  作者: ぎじえ・いり
お店を開こう!
6/17

トーチャーの神

「ここか」

「ここですね」

「本当に来ちゃいましたね……嫌だなぁ」


 ひそひそと話し合う先にはまるで廃工場じみた巨大な真四角の建物がある。

 至る所に松明が掲げられ、正面には一際大きなかがり火が焚かれていた。

 かがり火の下には見張り番らしき、やはり半裸のマスク男が巨大なペンチを持って周囲を睥睨している。

 その視線がリコへと至ると、リコは我を持ったまま、ハイドの後ろに隠れるようにささっと移動した。


「ここでこうしていても仕方ありません。行きますよ」

「ま、待ってください!まだ心の準備が!」

「いつまで経ってもできやしないでしょう?それ?ほら、ちゃんとついてきてください」


 二歩、三歩と踏み出したハイドに対して、リコの足は止まっていたが、置いていかれる方が不安になったのか、やがてハイドの後を離れて追う。


「止まれ。エコーズが何の用だ?」


 変態じみた格好をよくも、こうも堂々と往来に見せられるものだと感心したくなるほどに、平然としているふたりの見張り、その片割れがハイドに問う。


「ミグルイさん居ますか?ちょっとお話ししたいことがありまして」

「話したいこととは何だ?」

「それは直接ミグルイさんにしか言えないことです」

「……ここで待ってろ」


 道すがら、灯火隊の隊長についてハイドから既に説明されていた。

 灯火隊、トーチャーにとっては神にも等しきヒトなのだが、決して容姿について突っ込まないようにとは、ハイド、リコのふたりから真剣な表情で懇願された。

 しばらく待つと先程、中へと入っていった男が戻ってきた。


「入れ」


 顎をしゃくってぶっきらぼうに言うと、こちらが後についていくのを確認もしないでずんずんと歩いていく。

 男の後について中へと入ると、そこは真っ暗な通路だった。

 男の手にする松明の光だけが頼りとなる闇の中を歩く。

 行く先が暗い中を歩いていくというのは不安を呼び覚ますものだ。

 勿論、器物である我にはそんなものはないのだが、我を手にして歩いているリコは何度か何もないところでつまずいては、「ひっ!」と短い悲鳴をあげていた。

 外から見た建物はかなりの広さがありそうに見えたが、歩いた距離はそうでもない内にひとつの扉に行き当たる。

 男がノックをすると、すぐに扉は開いた。

 男は中には入らずに、中へ入れとやはり顎の動作ひとつで促される。

 ハイドは平然と、リコはやや背を丸めて怯えたようにして中に入る。


「久しぶりだな、ハイド。お前がわざわざオレ様のところに来るなんて、どういう風の吹き回しだあ?あん?」

「いやあ、僕も出来ればミグルイさんには会いたくなかったんですけど、どうしても会いたいってヒトがいまして」

「あん?」


 睨むようにリコを見るのが、さして広くもない部屋の中央、そこにあるソファーにだらしなく身を投げ出している少女、ミグルイ・カエラだった。

 リコが抜き身の剣、つまり我を持ったまま咎められずに中へと通されたのは良いのか?と考えたのだが、部屋の中には5人のトーチャーが巨大ペンチやハンマーを手にミグルイを守るように囲んでいる。

 何かあっても守りきれるという自負があるのか、それともトーチャーのリーダーはひとりでエコーズのトップ2と渡り合えるという自信の表れなのか。

 部屋はまるで血をぬりたくったように赤いが、それはミグルイの手にする物の光によるものだ。

 ミグルイが床に突き立てるようにして、寝そべったままに支え持っているのは大鎌だった。

 柄とは直角に付けられた巨大な刃とバランスを取るように吊るされたランタンが狂ったような赤い光を撒き散らしている。

 その光に照らされた少女の頭には覆面は無く、リコのものよりも、かなり小振りな角が、それも右側にだけ生えている。

 リコとは違って純血ではなく、他のヒトの血が入った混血種のエルク。

 リコと同じようにその体は小さいが、印象はまるで違う。短い髪はハリネズミのように逆立てられ、やはり他のトーチャーと同じくほとんど半裸、ただし胸だけは革のベルトのようなもので隠されている。

 浅黒い肌の腹筋は割れていて、他のトーチャーと変わらないような筋肉の付き方をしているのが、エルクを思わせる顔とアンバランスさを醸している。

 何よりもリコとは違うのはその目つきだ。

 常に何もかもを睨み、見下しているようなそんな目。

 その視線に負けて、リコがハイドの後ろに隠れる。


「ちっ、だから純血のエルクは嫌いなんだよ。何様のつもりでいるんだ?お前」

「まあまあ。それに用があるのは彼女じゃありませんよ」

「あん?じゃあ誰だってんだよ?連れてきてねえのかよ?」

「いるぞ。我が用があるのだ」

「……誰だ!?出てきやがれ!?」


 ミグルイの言葉にソファの周囲の男たちが手にする得物を構えて部屋の中を見回す。

 だが、リコとハイドの他に誰の姿もあるはずがない。


「リコ。前に出ろ。心配するな」

「う、うぅー、ここのヒト達は怖いんですって」


 そう言いながらも、リコはおずおずとハイドの影から出た。

 それを害意によるものと勘違いしたのか、手近なトーチャーがペンチをリコに向ける。


「落ち着け。今、お前たちに声を届けているのは目の前のエルクの持つ剣である我に他ならない。我は器物であるが、意思を持ち、コロナによって認められてヒトとしてこちらに出でた物だ」

「……何言ってやがる?腹話術か?気色悪いことしてんじゃねえぞ!」


 ミグルイが立ち上がり、リコへと歩み寄る。

 それをトーチャー達は止めようとしたが、思いっきり殴られると吹き飛んだ。

 体格差で考えれば有り得ない吹き飛び方だった。もしかすると、何らかの魔法が使われているのかもしれない。

 このままではリコが掴まれるなり、殴られるなりしそうだったので、仕方無く止めることにした。


「まあ待て」

「え?」


 リコの体を一時的に支配して、ミグルイが手を伸ばす刹那にその眼前へと我を差し入れる。

 手にしたままの鎌を振るう暇はミグルイにない。

 意識とは連続しているようで、隙間というのは誰にでもある。

 その隙間に我は言葉を挟み込む。


【見ろ】


 我の刃いっぱいにミグルイの姿が、その顔が映る。

 生まれてから一度も笑ったことなどないと言いたげな目に我が映る。

 ミグルイはそれでも一瞬、その目を我から外そうとしていた。

 本能的にか、それとも経験からか。

 だが、我の言葉に抗えずに我を、刃を見てしまっていた。

 そこに映る己自身の目と、目を合わせてしまっていた。

 ミグルイの伸ばしかけた手が落ちた。


「座れ。落ち着け」


 ミグルイは言われるままにソファーへと戻って、どすりと無造作に腰を下ろした。

 そして再び我を見る。

 じっと。

 無感情に。

 あまりにも素直に言葉のままに動いたことにトーチャー達が敵意を見せるよりも先に動揺する。

 その様子を映してから、魅了を解く。

 刀身を僅かに震わせて、それでミグルイの目に感情が戻る。

 やっと我から視線を幾分か外した。

 そういえば昔、我の鞘がこの能力を使い過ぎて、そこから吸血鬼伝説なんてものが生まれたこともあったなと、ふと思い出した。

 

「……何しやがった?」


 そう呟く声からは幾分かトゲが抜けている。

 魅了の影響が残っているのか、その視線は未だに端で我を捉えている。


「少しばかり魅了させて貰った。なに、ごく短時間だったので、後にはそう残るまい。さて、リコ、ハイド、ちょっと外してくれ。ふたりがいては信じられないのだろう」

「……ぇ?えっと!大丈夫なんですか!?」

「今のを見ただろう?我をどうにか出来るのは、我を創造した神くらいのものだ」

「……そうですか。では、行きましょう。リコ」


 疑問をていしたリコとは違ってハイドはあっさりと了承して部屋の扉に手を掛ける。

 すると扉の外にいたトーチャーが確認するように中を見たが、ミグルイは床へとそろりと置かれた我の方へと視線を決して中心では捉えずに向けたまま、簡単に追い払うように手を振る。

 それだけで納得したのか、トーチャーはふたりを案内するように外へと向かって行った。

 扉が閉まる。

 それを確認してから我の身を震わせる。


「ふたりは去った。それでも声は消えない。未だ信じられないかな?」

「……お前ら、部屋の中を確認しろ」


 声にトーチャー達が部屋の中をまるでまさぐるようにして探っていく。

 透明なヒトがそこにいるかもしれないと疑っているのだろう。

 だが、誰の存在もそこにはない。


「誰もいないようです」

「……そうか。じゃあお前ら、ちょっと外に出てろ」

「ミグルイ様!?」

「大丈夫だ。良いから出てろ」


 ためらう素振りはあったが、ミグルイの言うことは絶対なのか、結局は外へと出て行き、部屋の中には我とミグルイだけが残った。


「聞かせろ。お前はなんだ?」


 問いに答える。

 我は語る。

 我はいったい何なのかを。







「……で?何がいったいどうなれば、こうなるんです?」

「我の方がそれを知りたい」


 リコの言葉は呆れが全部といった感じだった。

 それはそうなるだろう。

 部屋の中央には何故か正座してまるで我を神にでも掲げるように捧げ持つミグルイの姿がある。そして周りにはミグルイになのか、我になのか、かしずくトーチャーたち。

 リコやハイドに語ったように、我のことを語り終えると急にミグルイの態度が変わって今のようになった。

 訳が分からなかったが、取り合えずふたりを呼び戻すように頼めばミグルイは部屋の外に待機していたトーチャーたちを呼んでふたりを呼ばせたのだ。


「……ノクトさん、もしかして本当にビーム出したんですか?」


 出していない。

 出していないのだが、リコの目が再び毒電波を垂れ流す邪神像を見るようなそれになっている。


「このお方は我らの神だ」

「……なんだって?」

「……はい?」


 我の言葉と、リコとハイドの言葉が重なる。

 我が壊れていなければ、この女は神と言ったのか?


「おい」

「はい」


 声に応じてトーチャーのひとりが部屋から出て行き、そう長く待たない内に戻ってきて、手にしていた本を開いて見せる。

 そこには一振りの剣が描かれていた。

 ……一振りの剣が光って回って飛び回り、刃からビームが出ていた。

 それを目にして益々リコの目がヤバい物を見る目になった。

 待て、濡れ衣だ。


「ウチらにはひとつの言い伝えが残っている。いつか一振りの剣が姿を現し、やがてこの地下の牢獄より解き放ち、本物の日の光を頭上に取り戻すであろうと」


 灯火隊は古より火を司り、そして鍛冶を責務としてきたのは、その灯火隊の神とやらが剣の身であり、誰かがいつかその器を造り出すと信じてきたからだった。

 年月があまりにも経ち過ぎて、灯火隊以外の者には知られなくなったが、それでも灯火隊の者たちは今でも信じているのだ。

 剣の身の神が姿を現すと。

 灯火隊以外の者が鍛冶を行うのを許さないのは、その神の器が灯火隊の与り知らない場所で生まれたりして欲しくないからだという。

 そしてそんな彼らの前に意思を宿した我が現れたという訳か。


「神はいないんじゃなかったのか?」

「信仰は別としてって言ったじゃないですか」


 咎めるようにハイドに訊けば、ハイドは苦笑して答えた。


「後で詐欺だの騙しただの言われたくはないから告げておくが、我はお前らの信じる神とは無縁だぞ。たまたま類似性があるのかもしれないが、それでも関係はない」

「神自身がどう思われようと関係ありません。我らはただ信じるのみ。エクソダスのその瞬間を。お前ら」

「俺たちはミグルイ様に従うまでです」


 剣を売らせてくれと交渉するだけのつもりだったのだが、考えてもみないことで面倒なことになった。

 ハイドは苦笑するだけで、リコはもう帰って良いですか?と目で訴えていた。

 帰りたいのは我の方だ。


「ええい、我はお前らに崇め奉られる気は無い。我はただお前たちが管理しているという武器の商売を我が扱うことを許せと交渉しにきたのだ」

「それならば許しなどいりませぬ。神はただあるがままで良いのです。それがエクソダスへと至るただひとつの道なのですから。どうか御心のままに」


 どうやら束縛する気はないらしい。

 それは重畳なのだが、この事態を果たして放っておいて良いものか。

 考えようと思ったが、こんな変態的な格好で街中をうろつくような連中なのだ。

 何を言っても無駄だろう。

 既に言っていたではないか。

 自分の信念に従うだけのようなことを。

 言い換えれば誰の言うことも、例え相手が神であっても聞く気はないということだ。

 そう考えれば途端に何もかもが面倒になった。

 目的は達したのだ。

 ならば。


「面倒がないというのなら、もう我はここを出てエコーズへと戻るがそれでも良いのだな?」

「勿論にございます」

「リコ、我を取れ。行くぞ」


 言葉のままに、恐る恐る近づいてきたリコが我を手に取るが、ミグルイは微動だにしなかった。

 そのままダッシュで出て行くかと思われたリコだったが、出る前にミグルイがハイドに声を掛けて止まる。


「ハイド、もしも面倒があればすぐにウチらを呼べ。それと我らが神をその御心のままに、決して邪魔することのないようにしろよ」

「えぇっと、心に留めておきます」


 ハイドの顔には微笑が浮いているのだが、平時よりもこわばったものだった。

 それは通常時のミグルイに関わるのも面倒なことこの上ないのだろうが、今のミグルイに関わる方がより面倒なことこの上ないという感じだった。


「止まれ。ヤッホーズが何の用だ」

「やめろ。ウチをヤッホーズと呼ぶな」


 ハイドの手にはいつの間にか大振りのナイフがある。

 マジ切れだ!


エルクがエルフに対応するような感じで、トーチャーがドワーフに対応するようなことを何となく考えていて、ミグルイさんは最初はどこぞの暴力市長みたいだったんですけどね。

それがどうしてこうなった。

ミグルイさんはハーフエルク、ハーフトーチャーって感じですかね。

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