蘇る剣
再び協会に出てきたリコとハイドが見回りに出ると言うので、我も供をすることにした。
街の周囲についても知りたいと思っていたからだ。
モンスターが現れる前線の様子も知りたかったのだが、ふたりはそこまで行くことは稀だと答えた。
「前線はある種のシステムのようなものが出来ていますからね。余剰戦力まで含めて計算されて配置されていますから、その計算外の者はなるべく近づかない方が街のためにも良いんですよ」
「別に私たちが弱いって訳じゃないんですからね!」
「何もそんなことは考えていない。それは昨日言っていたグリーニアやトーチャーといった連中が戦っているのか?」
既に松明の色は赤へと変わっている。
魔法によって生み出された炎は自動的に色を変えるように出来ていて、その効果が切れる前にトーチャーが交換を行っていると教えられた。
「そうですね。その辺りの組織のヒトたちも加わっていますね」
「ですが、大部分はモンスター防衛を主目的にする組織の方々ですよ」
いくつかの組織が多方面に展開して防衛に努めていて、中には元エコーズの者が立ち上げた組織もあるようだ。
「機会もあるでしょうから、近いうちに紹介できると思いますよ。さ、ここからが街の外です」
街に入る時にもくぐった門の前でハイドが告げる。
門はハイドの数倍も大きく、それはかつての世界で刃に映したことのある彫刻家の傑作、審判の門を連想させた。
門の上部にはいくつもの人間ともそうでないものともつかない彫像が刻まれているのだが、その一部が確かに動いてその目をこちらに向けていた。
「……聞きそびれたのだが、動いていないか?アレ?」
「そういうモノなのですよ。ずっと昔のエルクの芸術家が造ったもので、魔法仕掛けで通る者を監視するのです」
一種の警報装置だった。
モンスターが通ろうとすれば、この世のものとはつかない叫びを発するとか。
ハイドがこちらに来てからも過去に三度ほど、街にその叫びは響いている。
「今は防備は安定していますので、そうそう簡単に聞くことにはなりませんよ」
ハイドはそう言い、リコもまた気にすることなく門をくぐっていく。
我のことをじろりと彫像のひとつが睨むように見ていたが、叫んだりはしなかった。
我にしても、まともなヒトの範疇にはないと考えられるのだが、いったい、何を見分けて判断しているのかは不明だ。
坑道じみた場所を抜けていく。
それこそただ単に岩をくり抜いただけのような場所もあれば、我が現れた場所のように、しっかりとヒトの手が入っている場所もあった。
「かつてはこの辺りにヒトが住んでいたことがあるのでしょう」
「昔、資源採掘が盛んだった頃には色々と生活圏を広げようという動きもあったそうですよ」
この世界はかつての世界に比べれば、格段に狭い。
ならば資源は有限に決まっている。
求めれば掘り進めるより他になく、掘り進めた分だけ世界は広がる。
そこを活用しようという時代があった。
我が最初にこちらに出でた場所もその時代に造られた。
だが、ヒトというのは群れなす生き物だ。
群れは大きければ大きいほどに生きやすくなり、はぐれれば生きやすさには格段の差が出る。
今でもあの大空間以外に住む者が少しはいるのだが、大部分は大空間に住んでいる。
「不意のモンスターの来襲でヒトの住処がただの餌場と変わる。そういうことを繰り返して、結局はヒトは群れなければ生きていけないとようやく気付いた訳です」
「まるで見てきたように言うな」
「ただの伝聞ですよ」
もしかすると、ハイドの来た世界と重ねての言葉だったのかもしれない。
そうは考えても、尋ねることはしなかった。
かつての世界では色々あった。
それは我も変わらないのだから。
「待て。あれは剣ではないのか?」
扉があり、まるで部屋のようになっている空間の片隅に瓦礫が山となっている。
そのひとつの瓦礫から柄のような物が飛び出ているのが刃に映っている。
「ああ、良く見えましたね。……っと、うわ、錆だらけだ。血が付いたまま放置されたんでしょうね。刃こぼれはともかく、歪んでガタガタですね」
柄をハイドが引き抜くと、言葉通りに歪んだ剣が現れた。
「どうしてこんなところに落ちているのだ?」
「この辺りでモンスターとの戦いがあったのでしょう。乱戦になったのか、その時に誰からも拾われなかっただけですよ、単に」
「資源は有限なのだろう?こういうのは積極的に再利用されて然るべきなのでは?」
「本当はそうなんですけどね」
「直すのだってタダじゃないってことですよ!」
リコの言葉にそれはそうだろうが、訊きたかったのはそういうことではないと思っていると、ハイドが苦笑して補足する。
「鍛冶というのは主に火を扱うトーチャーが管理しています。大きな声では言えませんが、独占ですね。多少の手入れくらいなら誰もが自分でやりますが、これくらいになるとトーチャーでなければどうにもできません」
つまりトーチャーは、ぼったくっているのだ。
どんな注文でも驚くほどの値段を要求される。
それでもトーチャーにしか頼めないから誰もがトーチャーに頼む。
そんな状況だからこそ、こういう酷い状態の剣など、誰も顧みないのだ。
ハイドが拾い上げた剣は確かに酷い状態だったのだが、もともとの造りそのものは良さそうに判断できる。
「悪いがそれは拾っていってくれないか?」
「どうするんです?こんなの?」
「なに、世話代くらいは我自身で稼ごうという努力だ」
我の言葉に、ふたりは顔を見合わせる。
その後も坑道じみた場所をぐるぐると歩き回ったが、数本のナイフを拾った程度でコロナから現れたヒトの姿はなかった。
「で?どうするんです?コレ?」
拾ってきた刃の数々を広げてリコが問う。
静かな部屋が良いと告げると、またあの応接室へと通された。
ちょうど協会を訪れていたヒミコとトモエの姿もある。
「ハイド、ちょっと剣を持ってそこに立て。リコは我を」
言われるままにふたりが動き、幼女姿のふたりは片方はワクワクとした顔を、もう片方は首を傾げて無表情をしていた。
「そう、そんな風に構えて、良し、それじゃあリコはハイドの剣に我を打ち付けるんだ。あまり強くなくて良い」
あまり剣を使ったことはないのか、多少ふらつきながらもリコが我を振るう。
刃と刃がぶつかる。
「……っ!?なんですか!?これ!?」
「耳がワンワンするー」
「ハイド、剣を落とすなよ」
最初に疑問を口にしたのはリコ、耳を押さえたのはヒミコとトモエで言葉を発したのはトモエ、音の発生源である剣を持つハイドは顔をしかめて耐えていた。
ハイドの持つ剣からまるで鐘を打ったかのように、不思議な高音が響き、室内に反響し続けている。
主にトモエとリコが騒いでいる間にも音はやがて小さくなっていき、止まった。
「さて、もう一度だ」
「えー?まだやるんですか?」
部屋の中の誰もが口々に文句を言っていたが、結局は我の指示する通りに動いた。
変化に気付いたのは同じように我を打ち付けて三度目のこと。
「あれ?会長、剣、まっすぐになってません?」
「そうなんだよね。これはどういう魔法なんでしょうかね?」
歪んでいたはずの剣が先程よりもややまっすぐになっていた。
表面に浮いていた錆も、根が深いものはなかったのか、ぱらぱらと落ちていく。
「さて、なんと説明したものかな」
我には物質を根源から破壊する性質がある。
それはつまるところ、分子同士の結合を壊しているということだ。
ヒトが進化し、知識を得ていく中で我も同じく知識を得て、我の性質を正しく知った。
そうした中で考えたことがあったのだ。
分子構造そのものに干渉しているというのなら、壊すだけでなく、直すことはできないのだろうか?と。
結果は今、この部屋で起こっている現象という訳だ。
分子ごと揺り動かして、形を整えたり、構造的に多少強化するくらいならば可能だった。
さすがに神の如く、何もかもを再生したりなどは望むべくもないが。
「えーっと、ノクトさんの説明はぜんっぜん、分かりませんがとにかく凄いというのは分かりました」
「まだ終わってないぞ。ほら、もう一度」
「……トモエ、替わって……逃げたか」
先程、ヒミコと一緒になってそろそろと部屋を出て行くのが我に映っていたが、指摘はしなかった。
その後も幾度も刃が奏でる音色は響き渡り、その度にハイドとリコは悲鳴をあげていたが、剣がまっすぐになり、錆が完全に落ちた頃には音色は澄んだものへと変わっていた。
「綺麗な音ですね。最初からこういう音にしてくださいよ」
「無理だな。歪んだ物を正そうとすれば、必然、音も歪む。今の音がそうではないのは、歪みが正されたからだ。ハイド、どうだ?それは売り物にはならないか?」
「これくらいの刃こぼれなら私でも手入れできますから、十分売り物になりますよ。お見それしました」
笑うハイドが手にする剣は拾ってきた物とは思えないほどに直っている。
こうして使えそうな剣を拾っては我が直して売れば、十分な利益が得られるだろう。
そう思ったのだが、リコの顔色は明るくない。
「……会長、トーチャーはどうするんです?」
「そうなんだよね、問題は」
「問題があるのか?」
「ありますとも」
鍛冶はトーチャーが独占している。
同じように、刀剣の販売もまたトーチャーが独占しているのだった。
「自分の使っていた剣を誰かに譲るくらいならば何の問題もないでしょうけど、商売として店を広げるような真似すれば、間違い無く文句を言ってくるでしょうね」
「トーチャーとエコーズはどちらが規模が上なのだ?」
「それは勿論、トーチャーですよ。ウチは割とヒトの出入りがありますけど、トーチャーはモンスターにやられでもしない限りは減りませんからね」
つまり、抗争にでもなったら抗えないという訳か。
かつて刃に映った姿を考えるに、アレが大挙してこの協会に現れたら確かにここの役所の職員めいた人材では勝負にならなそうに思えた。
「そうか。ならば一度我をトーチャーの元へと運んでくれ。我が話をつけよう」
「え?本気ですか?」
「要は筋を通せば良いだけの話だろう」
「随分と簡単に言いますね」
「そう難しい話ではあるまい?」
「いや、結構というか、かなり難しいと思いますよ?」
運ぶ方の身にもなって欲しい、トラブルはゴメンだ、そうリコの目が言っていた。
「いざとなれば光って回って飛び回り、刃からビームのひとつでも出せば、主人よ!とひれ伏させるくらいは出来る。大丈夫だ」
「……えっと、それって冗談ですよね?」
勿論、冗談だ。
冗談なのだが、疑問を口にしたリコは毒電波を垂れ流す邪神像を見るような目をしている。
「心配するな。いざとなれば戯言を垂れ流す我を置いていけばお前らには迷惑は掛かるまい」
「いや、そういうつもりはありませんけど……どうします?会長?」
ハイドが溜め息を吐いてから応じた。
「本当にトラブルだけは勘弁してくださいね?」
ならばと、すぐに向かうこととなった。
拷問官じみた、見るからに異常者か変質者っぽい男たちが集う灯火隊、トーチャーの本拠地へと。
「なんで連中、頭がかぼちゃなのだろうな?」
「好きなんじゃないですか?かぼちゃが」
「美味しいよ?剣さん嫌い?」
いつの間にか戻ってきていた幼女ふたりの片割れが剣に問い掛ける。
「あいにくと野菜を美味いと感じたことは無い」
そう答えながらもリコの血の味を思い出す。
「……急に悪寒が……なんか変なこと考えてませんか?ノクトさん」
「気のせいだろう。はっはっは」
「ノクトさんが笑った!?」
「なんか怖いー」
さながら悪魔の哄笑のようであった。