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魔剣が武器屋を始めました  作者: ぎじえ・いり
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エルクの少女たち

エルフじゃないよ。

 話が終わると、リコの種族、エルクについての話になった。

 角持つ人間種、エルクはコロナによって現れた異邦人などではなく、生粋のこちらのヒト種だ。

 エルクはその角によって、魔法が使えるという。

 魔法とは随分と懐かしい概念だった。

 かつての世界でも、神の御業を再現しようとして、人間がその技術の確立へと励んだ時期もあった。

 それなりに成果も出ていたが、結局は再現には至らず、最後は自らの生み出した技術、科学の力によって世界の革新をはかっていた。

 こちらではあちらよりは魔法は発展したようだ。

 エルクを研究することで、頭に角を持たないヒトでも使えるように、キャスターと呼ばれるエルクの角を模した杖が開発されたことで、さらに魔法そのものに対する研究が進んだという。

 イメージを現実世界に投影し、実体化させ、まるで無から有を生み出すかのような現象を発現させる。

 それはモンスターとの戦いだけでなく、日常生活にも活かされ、あちらの科学と近いくらいの水準のことが出来るらしい。

 エルクの頭の角は脳内のイメージを投影するためのアンテナのようなものなのだろう。

 頭の中で想像したものを現実世界に受信させ、物理を書き換え、現象になるといったところか。

 この例えなら、キャスターはきっと携帯電話のような端末だろうか。

 もう少し詳しく聞くと、キャスターとエルクとでは、魔法の効果や、発現の有無に差が出るようだ。

 キャスターという外部機関によるものではイメージの伝達にロスが生じ、対してエルクの場合は角という自らの身体器官によるため、魔法をより自在に扱えるとか。

 誇らしげに薄い胸を張っているリコに、ただの幼女ではなかったか、と身の内で呟く。

 エルクは人間よりも短命で、どんなに長命な者でも50年ほどしか生きられないらしい。

 その分、成熟するのも早く、10年と待たずに成人となるそうだ。

 成人、といっても普通の人間のような大きさまで成長はせず、普通の人間の10歳児と同じくらいで止まってしまう。

 成人というのは知識の飲み込みの早さによる精神的な面もそうだが、性徴を終えるということでもある。

 人間種にしては珍しく多産で、一度の出産で数人の子を産むのだが、強力な魔法を使えることからモンスター相手に矢面に立ち、とにかく大勢死んでいたので、多産の割には数はヒトの中でも少数の部類にしかならなかったという。

 現在では他のヒト種との融和も進み、彼女のように立派な角を持つ純血のエルクはそう多くはないらしい。


「彼女の種族は一部のヒトにとても人気でして。ちなみにエルクの拉致誘拐はエコーズに限らずどこの組織でも指折りの重罪なのでノクトブランドさんも注意してくださいね」

「ああ、ロリコンという奴か」

「ど!どこでそんな言葉を覚えたんですか!?ひとことも出てきてない言葉ですよね!?」


 かつての世界にもそういう趣味嗜好の人間は男女を問わずにいたものだ。

 そう珍しいものではないだろう。

 生殖というものには縁がないので、我にはまるで理解が及ばないが。


「しかし、そんなに立派な角があっては寝るのも大変ではないか?」

「彼女は動物みたいにうずくまって寝るんですよ。かわいいですよ」

「余計なことを教えないでください!ノクトさんも聞かないでください!」


 リコは顔を赤くして叫ぶように言う。

 その様は確かに子どものようで愛らしいが、姿とは違ってこれでもう成人しているのだ。

 年齢を聞くと、ぷいと顔を背けて答えなかった。

 ハイドの苦笑を映すに、それなりに結婚適齢期の良い年齢なのだろう。

 未だ結婚はしていないらしい。

 どうやらリコはコレをノクトと呼ぶことにしたようだ。

 些細なことは気にせず、好きにさせよう。


「っと、そろそろ夜になる時間ですね」

「日がないのに昼も夜もあるのか?」

「ありますよ。まあ、日を見ることのできないここではほとんど観念的な意味合いですけどね。時計だってあります」

「時計がなくても分かりますよ。外の松明が赤から青に変わるんですよ」


 そう言ってリコが我を窓へと運ぶ。

 すると確かに先程までは至る所に設置されている松明の色は赤だったのに、既に青に変わっていた。

 あの松明を管理するのが灯火隊、トーチャーという訳だ。

 と、外の様子を刃に映していると、今まさにその松明の1本を取り替える男の姿があった。


「あの見るからに怪しいのがトーチャーなのか?」

「……まあ、怪しいですけど、本人には言っちゃ駄目ですよ。怖いんですから。見た目通りに」


 いったい、どこの世界の拷問官だ?あれは。

 まるで巌のようにがっちりとした筋肉をむき出しにした半裸に黒革のパンツ、至る所に革のベルトを巻き付け、頭には浅黒い肌に映える、カボチャを模したと思われる黒革の覆面。

 背中には鋼鉄製の籠が背負われていて、中には火のついていない松明がいくつも差し込まれ、手にはヒトの腕でももぎ取れそうな巨大なペンチ。

 それによくよく観察すれば、半裸の肌には至る所に火傷の痕らしきものがあって、戦時中の傷痍兵じみていた。

 普通、ヒトというものは傷は隠したがるものだし、顔は隠さないものだ。

 いちいち正反対をいくあの男が道の向こう側から歩いてきたら、まず近づかれる前に手前で曲がるべきだろう。

 これ以上見てはいけません、と言うようにリコは窓から離れて、再び我を戻した。


「さて、それではとりあえずはどうしましょうかね?この世界では昼も夜もなく活動している者が多いので、夜だからといって誰もが家に帰って寝る訳ではありません。ですが、私もリコ君もこれから書類仕事を片付けなくてはならないのでして」


 通常ならば食べるものと寝るところを用意して、それでまずは安心してもらうというのが流れらしいのだが、我には食べるものは必要なく、寝る必要もない。


「いずれも不要なのだが、居場所というのは欲しいところだ。差し当たってはふたりが仕事をする部屋の片隅にでも立てかけておいてもらえればそれで構わない」

「分かりました。では行きましょう」


 誰もいない部屋を用意してもらっても、我にはすることなどない。

 誰かがいなければ何もできない。

 ならば誰かがいるところに常に置いてもらった方が助かるというものだ。

 それにこちらのヒトというのをもっと見てみたいとも考えている。

 ふたりだけじゃなく、もっと多くのヒトを。

 リコの手によって運ばれた先は10人ほどが机を並べてなにがしかの書類を片付けている部屋だった。

 協会の中で立場が一番上でも専用の部屋というのはないらしい。

 単にふたりがそういう性分の持ち主なのだろう。


「なんならこの辺に棚でも作りましょうか?」

「それはやめてくれ」


 ハイドが指した辺りに棚があるのを想像する。

 神棚か、刀剣掛けか、いずれにしてもノーマンズランドの極東マフィアの事務所じみた連想しかなかった。

 リコが自分の机のそばの棚に我を立てかけ、ふたりは宣言通りに書類に取りかかり始める。

 具体的に何をしているのか聞くと、我を拾った経緯と我についての情報をまとめるらしい。

 それにハイドは今保護している異世界からのヒトの言語修得状況の確認と、他の組織との連携や調整をしているらしく、他の職員風のヒトから幾度も話しかけられては指示を返していた。

 この部屋にはリコの他にはエルクの姿はない。

 数が少ないとは聞いていたのだが、職員風の者はいずれもハイドと同じく普通の人間のように見えた。


「つまらなくないですか?」


 仕事が一段落したのか、しばらくするとリコが尋ねてきた。


「いいや。海の底で鮫と戯れるよりは余程面白いさ」

「鮫!?ノクトさんはいったい何をしてたんですか……」


 こちらで生まれ育ったリコがどうして海洋生物である鮫を知っているのか疑問に思ったが、どうやら陸に上がった鮫のようなのがモンスターにもいるし、異世界から来た者が語る物語などもあって、現実には見たことがなくとも知っているらしい。

 ノーマンズランドにしたって、映像でしか見たことない生物、小説でしか聞いたことのない名前でも、誰もが知る知識というのがあったようなものか。


「ただの戯れよ」


 鮫には言語はないが、それでも身を震わせて、何か反応がないか試していたのだ。

 たまに著しく反応を返してくることがあって、近くに鮫が寄ってくると戯れにちょっかいを出していた。

 どうして海の底に沈んでいたのか、その顛末を語っては聞かせなかったが、興味がないのかそれとも仕事に意識が向いているのか、詳しく聞いてくることはなかった。

 書類仕事を始めてからどれほどの時が経った頃か、部屋の扉が開くとふたりの少女が入ってきた。

 少女たちの頭には角がある。

 リコよりは多少幼い顔立ちと、やや小振りな角の持ち主たち、ふたりともエルクだった。

 髪型もリコと同じで、印象はリコの幼い姿がそこにあるようだ。

 ふたりはリコに近づき、ひとりがリコへと語りかける。もうひとりは言葉もなく、リコの服をちょこんと掴んでぐいぐいと引っ張った。


「お姉ちゃん、お仕事まだ?」

「……」

「こっちはもう片付いた!」

「……」

「ごはんいこー。ごはん!!」


 少女の言葉にリコは、はいはいといい加減な返事をして仕事を続けている。


「リコ、そのエルクたちは?」


 その子どもたちは?と聞きかけて、これでも成人しているのかもしれないと考え直して尋ねる。


「妹たちです。ほら、仕事場では騒がない!」

「今の声なに?どっからした?」

「……?」

「ねえねえ、なに今の!?」


 我が喋ったのだと分かると、ひとりが過剰な興味を示して我に触れようとした。


「ほら!ノクトさんはこれでもヒトなんだから、失礼なことしちゃ駄目!不能になっちゃうよ」

「不能ってなに?」


 ……その言様はないのではないか?

 我も誰彼構わず末代にしている訳ではないのだが。

 仕事をすることを諦めたリコがやがてふたりを部屋の外に連れ出そうとしたので、興味本位で我も共に運んでもらった。

 向かう先は食堂だった。各々が好きな食事を頼んだらしいのだが、肉らしい肉はひとつもなく、もちろん魚もなく、ほとんどが豆や芋、それに葉物青物ばかり。

 この地下世界では肉というのはいつも食べられる食材ではないらしい。

 畜産を行うにも、家畜がいなければどうにもならないという訳だ。

 さすがにモンスターを飼うことはできない。

 席に立てかけられて、3人の食事を刃に映しながらもリコに尋ねる。


「妹というのは、リコと同時に生まれた者たちなのか?」


 エルクは一度に数人の子を産むと聞いていたので、そうかと思ったのだが、それにしては成長に差がある。


「いいえ。違いますよ。私と同時に生まれた姉や妹は今は別の組織にいます。あ、別に仲が悪いってことじゃないですよ。今でも仲良いんですけどね。この子たちは私の後に生まれた妹です」


 そう言って、リコは隣に座っていた無口な少女の口元についた野菜の切れ端をとってあげる。

 照れたように笑って、そのままご機嫌な様子でゆっくりと食事を続ける少女とは対照的に、もうひとりの少女は既に食べ終えていた。


「こっちがヒミコで、こっちがトモエ。ほら挨拶して」

「トモエだよ。よろしく」

「ヒミコ、です。よろしく、お願いします」

「ノクトブランドだ」


 騒がしい方がトモエ、おとなしい方がヒミコか。

 トモエが色々と聞いてきたが、どれも他愛無い質問だった。

 なんで剣が喋ってるの?とか、不能ってなに?とか。

 落ち着いたところで改めてリコに質問する。


「ふたり以外にはいないのか?」

「ウチにはそうですね。あとふたりいるんですけど、そっちは別の組織に行っていますから」


 エルクほどに優秀な魔法使いというのは種族的にも稀だ。

 だからこそ、引く手は数多だという。

 むしろふたりもエコーズに残れて良かったねという話らしい。


「どこの組織に入るかは自由じゃなかったのか?」

「エコーズにもしがらみはありますよ。なかなか何もかも自由って訳にはいきません」

「なるほどな」


 ふたりはこれでも相当な魔法の使い手で、一人前に仕事もこなしているのだと、リコはやや誇らしげに語った。そのリコにならってふたりが胸を張るのが微笑ましい。

 食事を終えるとリコは再び仕事に、トモエとヒミコは自宅に帰っていく。

 治安が悪いならば、子どもふたりでは危険なのでは?というのは無用な心配らしい。

 その後、かなりの時間を事務所めいた部屋で過ごしてから最初にリコが帰宅し、しばらく経つとハイドは協会の一室で仮眠を取りに向かった。

 我についてはひとまずは協会の使われていない部屋に保管ということになった。

 盗まれても、ということをふたりは心配していたようだったが、我には目にした者を魅了し、指示に従わせることも出来る。

 そうそうそういう事態が起こるとは考えられなかったが、なにしろ未知の世界だ。

 もしかしたら魅了が効かずに我を持ち去る者もいるかもしれない。

 ふたりが再び協会に揃うまでは施錠された一室で待つことにした。

 ふたりに再び会うまでは何も起こらず、我はただただ待つだけだった。



「こっちがヒミコで、こっちがイモコ」

「そうか。それで芋が好きなのか」


 嘘です。しばらく名前が決まらなくて、仮名がそれでした。

 ってか、小野妹子は女じゃない!

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