ニューワールド・アナザーワールド
いくつもの石造りの家々が立ち並ぶ通りをふたりは足早に抜けていく。
途中、幾度か挨拶をすることはあったが、足を止めることはなかった。
「正直、治安の良い街ではありませんからね。ここでは用のない場所に長居するのは禁物です」
やがてひとつの大きな建物に至ると、ハイドが扉を開き、中へと入る。
何やら扉に文字らしきものが刻んであったが、知識が足りず、読み取ることはできなかった。
「さて、僕らの組織、やまびこ協会にようこそ」
中ではハイドやリコと同じく白衣に身を包んだ者たちが広いエントランスを動き回っていた。
幾人かが誰にともなく話しかけているように見えるハイドに奇妙な目を向けている。
ハイドはそんな目をしているひとりに声をかけて、応接室の準備を、と告げた。
待つ間にもエントランスの様子を映していたが、どうやらここは役所のような場所らしい。
いくつかのカウンターが何かの窓口になっているようで、動き回るヒトは観察すれば、職員と訪問者とに別れていることが分かる。
やがて、職員らしき者がハイドに準備が終わったことを告げて、応接室とやらへと案内される。
「さて、それでやまびこ協会とは?」
石造りの卓に慎重にリコの手から置かれて、ふたりが座るのを待ってから尋ねる。
まさか、どこかに山があって、それにむかって叫ぶのを楽しむ協会などではないだろう。
「それを説明するのにも、順を追って話した方が良いでしょう。まずはこの世界のことからですね。この世界のヒトは滅びかけています。滅ぼされかかっていると言った方がより正確ですね」
かつてヒトは地上で暮らしていたが、やがて追われることとなる。
一度の食事に何人もの人間を食べる魔獣。
人間と同じように独自の文化を築き上げながらも、絶対に人間とは相容れない魔物。
決してヒトが理解することはできず、理解されることもなき異形の存在。
モンスター。
モンスターは一様に人間を襲い、追い立て、そして人間は敗北し続けたという。
我があった、かつての世界にはそういう存在はいなかった。
いたのは神か、人間か、あるいは意思なき獣や虫、それに植物だけだ。
と、そこまで考えて、思い出す存在があった。
一時期、神々が試練と称して行っていたことがあった。
そう、それは先程話にも出た、ドラゴンのことだ。
人間を苦しめるために一柱の神が生み出した悪趣味な生物兵器。
人間が作り出した人間を殺すための武器では傷ひとつ付けられず、多くの人間が死んでいった。
そうして苦しめておいてから、自らの威光を示すように与えるのだ。
我のような武器を。
偉人、聖人、英雄を生み出すために。
新たな王を選別するために。
神が自ら望んだ世界とするために。
幾度かそうした存在、悪魔やドラゴンは遣わされ、その度に人間の手によって倒された。
我や、我のような武器によって。
こちらの世界が違うのは、どれだけモンスターが増えても神々はその威光を示さなかったことだろう。
救いはなかった。今に至るまで、ずっと。
「こちらには神はいないのか?」
「神という存在、または事象がこちらではもう千年単位で観測されていないようです。信仰の対象として一部に残ってはいますが、この世界に神はいない、あるいはかつていた、というのが一般的な共通認識ですね」
その言葉に、僅かな落胆を覚えていた。
そうか。神はいないのか。
もしかすると、どこかで期待していたのかもしれない。
去った神々が、新たな世界で再び我を必要としているのではないのかと。
呼び出したのは確かに人間の声だった。
神々の声と間違えようがない。
それでももしかしたらとは考えていたのだ。
それも神の思し召しなのではないか、と。
「そこでヒトはモンスターの現れることのない新天地を求めましたが、地上にはひとつとしてそんな土地はなかった。ありとあらゆる土地から逃げ続け、そうして最後に訪れたのがこの地下大空間、ジオフロンティアです」
どうやって地下にこの大空間があるのかを知り得たのかは、今では既に残っていないらしい。
あのロケットを見る限りでは、それこそ宇宙にでも逃げようとして、そのまま地表に落ち、その衝撃でたまたま見つけたのではなかろうか、とも思えた。
ただ、このやまびこ協会に至るまでに、どうにもかつての世界で見たような、近代的、現代的な道具というのはあまり映らず、やはりあのロケットだけが異質で異様な存在だ。
「地上から逃げ続けたヒトはジオフロンティアでようやく安らぎを得て、街を作り、文化を築きました。おそらくもう地上にはヒトはひとりも生き残ってはいないでしょう。なにしろ地下に逃れてから、ただの一度もヒトの助けが来たことはないのですから」
あのロケットは地上に通じているという。
ならば、地上からも見えるはずだ。
あの異質な構造物が。
それを調べようとすれば、きっとその地下にひとつの世界があることを知ることだろう。
だが、現れたのはヒトではなく、ヒトを滅ぼそうとするもの、モンスターだった。
「地天城からはモンスターが現れます。まあ、そうはいっても、あそこから直接この街に下りてくることは出来ないようで、別のルートを辿ってくることになるのですが、今もモンスターとヒトとの戦いは続いているという訳です。この世界のおおまかな歴史とはこんなところでしょうか」
「なるほど。ここがどんな地なのかは理解した。疑問は尽きないところだが」
「それはそうでしょう。それでは次は、ヒトと、ヒトを呼び出す光の輪、コロナについて説明しましょうか」
かつて、地上にヒトという種族はなかった。
それはいくつかの種族が、協力し合える者たちがひとつとなってモンスターと対抗する時に初めてそう呼ばれることになった種族だ。
かつてそれはいくつかの種族に別れていた。
ひとつは人間。
それは目の前のハイドのような、外見的にいかなる異質な特徴を持たない者たちのこと。
ひとつは頭に角のある異形種、エルク。
つまりリコの種族である。
最初は人間たちはエルクをモンスターと勘違いして戦ったりもしたが、長い時を経て誤解を超え、同じヒトとして手を携えることにしたらしい。
「他にもいくつもの種族が手を携え、地上で共に戦い、逃げ、この地下へと来た訳ですが、この地下では不思議なことが起こりました。それが異世界からのヒトの出現でした」
この世界とは異なる世界から突如として現れる者たち。
どうやって現れたのかは分からず、ただ気付けばジオフロンティアのどこかにいるのだ。
そうした者たちは一様にして、皆、同じことを言う。
曰く、光の輪に呼ばれたのだと。
「呼びかけ、それに応えた者を此方側へと呼び出す光の輪、それをコロナと呼んでいます。そう呼んでいるだけで、内実が分かっている訳ではありません。この地下大空間が元々そのような次元の不安定な空間だったのだと言う者もいれば、あの地天城にそうした機構が備わっていて、こちらへと飛ばしているのだと言う者もいます。まるで今も減り続けているヒトを補うように、ですね」
確かに慟哭を耳にした。
助けを求めていた。
きっと、そこからそんな連想があったのだろう。
まるで神の御業のような現象だが、こちらでは誰も神を見たことがないという。
では、いったいなんなのか?
「それを調べている組織もありますよ。興味があるなら、一度コンタクトを取ってみるのも悪くないと思います。あそこは比較的に、友好的な組織ですから」
組織、という言葉に、思い出して尋ねる。
「それでは、このやまびこ協会というのは?」
「異世界から呼ばれるヒトたちは姿形も違えば、文化も違うし、言語そのものも違います。そうした方々が着の身着のまま、何も持たずにこちらでの生活に馴染むのは、並大抵の努力ではどうにもならないことも多いです。そこで、そうした方々を保護し、当面の生活を保障し、こちらの生活に馴染むように導くための組織がこのやまびこ協会、通称エコーズですね。ボランティアなどと揶揄する者もいますが、誰かが行わなければ、皆、ただの略奪者となるでしょう」
「道理だな」
器物である我には、着るものも、住む場所も、食べるものすらも必要無い。
だが、生きる者であれば、そうはいかない。
今日食べるものがなくては生きてはいけないのだから。
「それに、ただのボランティアというだけでもないのですよ。異世界の方々には、こちらにはない何かを持っている場合があります。それを活用できれば、利益を得ることも出来ます。ある意味では最も利益の追求に貪欲な組織かもしれません」
「それでは我も君たちに保護されるという訳かな?」
「強制ではありませんので、好きにしていただくこともできますよ。ただ、有能な方には活動を手伝って頂きたいと思っておりますので、貴方のような方には出来れば協力をお願いしたいですね」
血を得れば、相手の言語を解する。
それだけでもかなりの能力なのだとハイドは語った。
コロナによって現れるヒトと接するのにまず問題となるのは言語なのだから。
その通訳が出来るというのは、異世界のヒトを保護する者にとっては垂涎ものというわけだ。
「それは考えておこう。それにしても、ここには統治機構のようなものは?国はないのか?それともやまびこ協会がその機構にあたるのか?」
「ああ、説明が抜けていましたね。このジオフロンティアには国はありません。治安が悪い、そう言ったことにも繋がるのですが、ここには法はなく、いくつかの組織がそれぞれの地域でゆるやかな自治を行っているだけです」
話を聞けば聞くほどに、連想するのはいわゆるスラムのような街だった。
例えば、道行くヒトから何かを奪ったとしても、それを罰する者はいないのだ。
罪ではない。なにしろ法はないのだから。
だからこそ、ヒトはいくつかの群れとなってまとまり、力を集め、その力でもって自衛している。
罪でなくとも、仲間が襲われれば、報復が待っていると。
「どうせ隠していても、知ることになるのですから、代表的な組織を教えておきましょう。一番有名なのは庭園騎士団ですかね」
その名前をハイドが口にすると、リコが露骨に嫌そうな顔をした。
嫌いなのだろうか。
「通称、グリーニア。ジオフロンティアの一角にある庭園を運営、守護している団体ですね。ここでも一番閉鎖的な団体で、入団は非常に困難。というのも、このジオフロンティアのほとんどの食料があの庭園で作られていますので、まあそれも仕方無いということでしょうか」
この日の光なき地下世界で、どうやって食料を得ているのかと思えば、その庭園という場所で一切の食料生産が行われているようだ。
それは魔法によるとも、別の力によるとも言われているのだが、庭園を実際に目にした外部の者が非常に少ないためどれも噂に過ぎないという。
「ちなみに庭園で野菜泥棒でもしようものなら、問答無用で死罪だそうですので、絶対にやめてくださいね」
「あいにくとビタミンが必要な身ではない」
「そうでしたね」
庭園騎士団はこのジオフロンティアでも一二を争う武闘派集団で通っているらしい。
特に鳥を模したヘルムをかぶった団長がとにかく強く、この地下世界の誰であっても逆らうだけ無駄と評されているとか。
「他には水道を管理している水管楽団、通称イマジネ。それにこの地下の至る所に松明を設置して回っている灯火隊、通称トーチャーあたりもグリーニアと同じでとても閉鎖的で武闘派揃いです。見かけても目を合わせない方が良いですよ」
「あいにくとこの身に目はない」
「そうでした」
他にもいくつもの組織があり、各組織の勢力圏で独自の法が敷かれているようだ。
挙げられたみっつの組織はそもそもその勢力圏に、組織以外の人間が入ることすら良しとしていないらしく、そうした組織と比べれば、このエコーズは格段にゆるい組織と言えた。
「ウチは基本、保護下に入ってもらえば、少なくとも言葉を理解するまでは自由行動を制限するくらいで、言葉を理解したなら自立して出て行くなり、他の組織に入るなり、残って組織の一員となってもらうなり、すべて自由ですからね。さすがにお金を持ち逃げしたりとか、ウチの名で他の組織に安易に喧嘩を売ったりするような真似したら、さすがにそれなりの処罰はしますが」
「そういえば、ハイドとリコはどのような立場か聞いていなかったな」
「あ、一応、僕が代表で、リコが副代表ってことになっています」
「偉い者がふたりで共も連れずに無法の地下世界を歩き回っていた、ということか?」
ハイドの言葉は意外だった。
エントランスでの雰囲気からそれなりに偉そうではあったが、まさかトップだとは思わなかった。
「この地下世界ではどこにいたって同じようなものですよ。危険度で考えたらね。それに、どこの組織も古い体制なのですよ。文化的には。おそらく他のどの世界よりもね」
ヒトの文化レベルが成熟してくれば、代表者というのは何よりも判断力や知識を問われることが多い。
ところが、この地下世界では代表者とは最も原始的な理由で選ばれるという。
「僕がこの組織では一番の実力者、ということのようでして」
「二番目がリコだと?」
「……表情とかないので分かりにくいですけど、言葉に疑いが混じってません?」
「いいや。そんなことはない」
リコが睨むように我を見ていたので、否定だけはしておいた。
武力に優れているにしても、我をどうにかできやしないのだが、事実を笠に着ては円滑なコミュニケーションもまたできやしない。
ふたりがああして街の外に広がる道、地天城に繋がる複雑な迷宮にも似た坑道を歩き回るのは日課なのだった。
その日課の途中で我を見つけたということらしい。
「何か法則でもあれば良いんですけどね。コロナによってヒトが現れるのには前触れも何もありません。ほとんど釣りか昆虫採集のようなものですよ。歩き回って見つかればラッキー程度のね」
「釣りも昆虫採集も、ここでは縁がなさそうだが?」
「釣りはまあそうですね。昆虫採集は出来ますよ。どこから入ってくるのかは分かりませんけど、たまに松明に集まっているんですよ」
もしかしたらそうなのではないか?と思っていたのだが、ハイドもまたコロナに呼ばれた者のひとりだったのだと話した。
そうでなければ釣りを例えに出したりするはずがない。
「まあ代表者である僕がそうなので、極力何かに利用しようとか、そんな風には考えていませんので、ご安心を」
大体のところの説明はこれで終わりだった。
詳細はともかくとして、おおよそのこの世界の成り立ちは分かったといって良いだろう。
後は我がこの組織の保護下におかれるか、それともいずこかへと向かうか、その選択があるだけだ。
「あ、一応、補足を。この協会に属してもらっても、元いた世界での立場、生活、財産など、あちらで持っていたいかなるものの補償も、私たちには出来かねます」
リコがやや慌てたように付け加えたのは、中にはそういう無茶を言う者がいるようだった。
自分は無理矢理にこちらに呼び出されたとごね、自分がどれだけの人間だったのか、多くを持っていたのかを主張し、同じだけのものを補償しろ、と。
こちらに呼び出されれば、身ひとつのみ。
他には何も持たないただのひとりの人間なのだ、となってしまえばそう言いたくなるのが人間なのだろう。
「我には無用だ。思考を始めてからこの方、この身ひとつで存在し続けたのだ。何も要求などしないよ」
「……ありがとうございます」
光の輪を見た。
そして呼びかけに応じた。
事前の説明はなかったが、あの光の輪を見た者は予感したはずだ。
何もかもを捨て去ることになると。
必ず直感したはずだ。
遠く離れた彼方に行くのだと。
言葉ではない。
魂がそれを理解したはず。
それなのに後からごちゃごちゃと言い出すのは無粋というものだ。
「当面の生活の保護はお約束しますので、それは心配しないでください」
人間にとって必要な物とはすなわち、衣・食・住だ。
まあ、わざわざ分けずとも、金があればどれも片付く話ではあるのだが。
もとよりただの器物である我には金ですら必要ないといえる。
さて、どうしたものか。
ふたりが嘘を言っているようには考えられなかった。
嘘か、本当か、確かめる方法はあるが、それをすれば、ふたりの内のどちらかを鞘にでもして口封じしなければ、悪い印象を与えるだろう。
鞘を持つ気はないのだから、信じるより他はない。
ただ、どうにもこのふたりはすべてを語っていない気はしていた。
何も分からず、そしてこちらの言葉が分からずに、進退窮まれば破滅を望む者も出てくるはずだ。
このエコーズという組織は、そうした破滅を望む者を管理しているという一面があるのではないだろうか?もしもこの地下世界そのものを壊すような危険人物が現れたら、真っ先に対応する、そういう組織のようにも考えられる。
他の組織と違って、組織間の移動が自由なのも、そうやって他の組織に恩を売ったり、縁を得たりして、存続を計っているのだろう。
そのあたりは考えただけで置いておくことにした。
何にせよ、我には必要なものがある。
鞘にしないにせよ、ヒトの手は必要なことには変わりない。
関わらないでくれと頼んで、元の場所にでも放置されたらそれこそ海の底にいるのと変わらないではないか。
「さて、それではここからは我の番という訳かな?」
我の言葉にリコはハイドを見た。
ハイドは頷きを返して口を開く。
「そうですね。話の対価に、と言うつもりはないですが、新たな隣人のヒトとなりは知りたいものです。まあ何もかもを説明して欲しいと言っても、自身のすべてを語るのは難しいものでしょう。ですから、こちらが知っておかなくちゃいけないことを中心に、ノクトブランドさんがどんな方なのかを語って頂ければ助かります」
「それならば語るべきことはたくさんあるな。なにしろ我にはヒトの手が必要なのだから。取扱説明書、というのがヒトには必要になるのだろう?」
それでも語ったのはおおまかなところに留めた。
我が造られ存在した時間というのはあまりにも長い。
そのすべてを語るにはヒトの身ではいくら時間があっても足りなくなる。
かつてひとりの男に罰を与えるために神に造られたこと。
男はやがて絶望し、我を自身の心臓に突き刺し、滅んだこと。
その後も人間の手を渡り、多くの人間を殺めたこと。
時に戦争を呼び込んだこと。
多くの人間を英雄にしたが、我を手にした人間の多くが最期は我によって滅ぶことを望んだこと。
「我は神々にそうあれとされた訳ではないが、争いの元となり、それを広める性質があるようだ。我自身が望むと望まざるとに関わらずな」
リコは我の話を聞いて、段々と表情が曇った。
今では大丈夫なんですか?と何度も確認するようにハイドを見ている。
ハイドは黙って聞いていたが、一段落がついたところで口を開いた。
「話し方からしても、貴方はとても理性的に思える。混乱を望み、ヒトの世を混沌へと導くようなモノではないと思えるのですが」
「全く望まないとは言わんよ。それが必要だと思える時には我自身が戦乱へと導いたことはある。だが、誓って言えることは、鞘とする者は選んできたし、ただ私利私欲のままに我を振るう者はいなかった」
我には手にする者を鞘とすることで、様々なチカラを発揮出来る。
そのチカラを望む者は多かったが、我にとって鞘は誰でも良いものではない。
「その鞘とする、というのは?」
「文字通りだ。常に共にあり、影に潜み、呼べば応え、我の身とひとつになるということ」
鞘となった人間には我を身体のどこかに帯びる必要はない。
身体の一部となるのだ。
ただし、それは人間であるということを一部喪失することにも繋がる。
「寿命は延び、怪我してもすぐに治る。体力は獣並みとなり、感覚は常に研ぎすまされる。戦場にあれば不敗の勇者となり、単身で一軍にも匹敵する。それ故に多くの者が求めようとした。だからこそ我には意識が与えられた。野蛮な者が手にすることのないように。真価を発揮する者を選ぶために」
「なるほどね」
頷きながらもハイドは笑った。
リコは危険な人物を見る目でハイドを見て、やや体を後ろにさげた。
リコが危ぶむのは、今の話に笑うようなところは確かになかったからだろう。
では、なぜ笑うのか?
「いや、失礼。貴方は確かにヒトだ。それこそ英雄と呼ぶに相応しいような風格すら感じます。器物である貴方が、どんなヒトよりもヒトらしいと考えたら、少し可笑しくなりました」
「子をなすこともできず、自らの意思のままに動くことも出来ない身の上だがな」
「それは違いますよ。ヒトとは意思によってどう動くかじゃありません。意思そのものがヒトたらしめるのです。なんなら僕が貴方の鞘になっても良いと思えるくらいだ」
「会長!?」
「……悪いが、決めたことがある。もう鞘は持たないことにしている。さて、それでも我を保護しようと思うのかな?」
もう人間は殺さない。
そのための道具にはならない。
そう決めたのだ。
戦わない武器。
それに価値などない。
分かり切っていることだ。
ハイドは表情を真剣味のあるものに戻して我を見た。
「ああ、貴方は良いですね。やっぱり貴方はヒトじゃないですか。神なる存在に武器として造られたのに、武器であることをやめようとしている。それはただの器物に出来るはずがない。ご安心を。知り合って短い時間ですが、僕は貴方のことが好きですよ。貴方の意思は尊重します」
「そうか。感謝する」
こうしてひとまずは、やまびこ協会、通称エコーズに保護という名の居候をすることとなった。
「それと、鞘になると不能になるぞ」
「!?」
「!?」
まさしく、呪われた魔剣であった。




