インテリジェンスソード
深海→ダンジョン?
最初に我の刃に映ったのは、仄かに揺らめく松明の灯りと、それが掛けられた石壁、そして石畳。
灯りは部屋の中を照らすのに十分でなく、隅には何が潜んでいてもおかしくない闇があった。
海の底にいたはずが、既にいずこかへと運ばれていた。
窓は無く、壁は湾曲してアーチを描いている。
いくつかの柱がその壁を貫くようにそびえ、その柱はどこか古の神殿を思わせた。
まるでトンネルのような構造の部屋で、両端には見るからに重そうな石扉がある。
その部屋の中央に我はあった。
もしも人間であれば、いきなりこのような見ず知らずの場所に飛ばされれば、混乱し、恐怖したかもしれないが、一振りの剣でしかない我には恐怖という感情そのものがなかった。
この場所に現れた状態のまま、身を横たえるように、倒れたままで待った。
自ら動くことなど出来ない剣の身の上では他にできることなどないのだから。
海の底から未だかつて見たことのない空間への瞬間移動。
不可思議ではあるが、神々の業を知る身としては、そういうことが出来る何かがこちらにはいるのだろうと考えれば、不可解ではない。
なに、海底にいた間ほどには待つことは出来る。
そう身の内で呟き、人間も、獣も、それどころか虫すらもいない、揺らめく炎の他には動くものがひとつとしてない空間で、ひたすらに待った。
炎が揺らめくのは、空気が動いているからだ。
ならばどこかには繋がっているのだろう。
繋がっているのなら、いつかは何かが現れるはず。
その時までは、待つより他はない。
炎が揺れる度に、光が揺れる。
揺れる光に落ちた瓦礫の影が踊る。
影は揺れ、踊る。
影は揺れ、流れる。
それはまるで海流のように。
それを思った時、連想があった。
まるで海の底のようだと。
ずっと海底に沈んでいた身としてはその連想は厭わしく思えた。
思考を切り替えるように、我の身に起きたことを考える。
確かに呼ぶ声に応じてこちらへと来たはずなのに、ここには我を呼んだ者たちの姿はない。
果たしてあの声はなんだったのか?
ひとり、ふたりではない、あまりにも大勢の人間の声だった。
そういえば、そんな声を聞いたことがなかったか?
爆炎が都市を包み、多くの人間が死に瀕していた。
たった一発の爆弾で、それも人間ひとり分ほどしかない大きさのそれで、都市が滅んだ。
かすかな呻きが崩れる瓦礫の音にかき消される。
そのはずなのに。
我には、我を手にする鞘には、確かに響いていた。
痛み、恨み、嘆き。
喘ぎ、咽び、叫び、そして狂う。
その様が。
まるであの時のようではなかったか?
なぜ、俺は生きている?
鞘は何の感情の色も見せずに、呟いていた。
その呟きが蘇った時、閉鎖された暗い部屋に音が響いた。
重く、ひきずるようなそれは扉の開く音。
片端にある扉が開かれていく。
身を預けるようにして押し開くのは、金色の長髪の中年の男だ。
痩せぎすの長駆を白衣に包み、顔には丸眼鏡を掛けている。
僅かに響く金属音は白衣の下にチェインメイルでも着ているのだろう。
随分と懐かしい音だった。
海に沈む時には既に博物館の展示品となっていたはずだ。
男が開く脇を女がすり抜けて部屋の中へと入ってきた。
黒の短髪で、男より若く、背も低い。
若い、と評するよりも子どもと評した方が早いかもしれない。
男と同じように白衣に身を包んでいて、表情はやや強張るような、どこか緊張の見えるものだ。
我は男よりも女の方に気が引かれた。
その理由は女の頭にある。
女には角があった。
それも鹿のようなそれだ。
飾りにしては、随分と立派な角だった。
まるで両の手の平を空に向けるように、しっかりと屹立している。
奇妙なのはどう考えても、支えるような器具はなく、その頭から直接生えているようということだ。
女は男の半分くらいしか背がないのだが、角の高さも含めればそれは男の胸よりは高い。
扉を開き切った男も中へと入り、女となにがしかを言い合っていた。
身に響く言葉は、我の知識に照らし合わせてみても、どの時代にも、どの国にも該当しない。
ほとんど世界のすべてを知り得るはずの我が知らない言葉。
男女はすぐに我に気付いた。
気付きはしたものの、なかなか近づいては来ない。
指差しながらも何事かを言い合っているばかりだ。
やがて女は男に何かを言われ、我の傍らへとそろそろと歩み寄ってくる。
何度も振り返っては男になにがしかを確かめる姿はまるで親子のようだった。
女はかがみ込み、そして我へと手を伸ばす。
どこか腫れ物に触れるかのような振る舞いは正直気に入るものではなかった。
失礼ではないか、そう言いたいところだが、生憎とこちらの言葉は不明なままだ。
女がぴとりと触れたのは一瞬。
すぐに女は指先を遠ざける。
そしてその指先に異常がないかと確認するようにしげしげと眺めた。
男が声を掛け、女もそこになんの異常がないことを確認して、それでなにか気が変わったのか、今度はしっかりと手を伸ばす。
柄を掴み、持ち上げ、もう片方の手の上に刃を乗せる。
何百年と海底にありながらも、ひとかけらの錆すら浮いていない、夜空を映すような輝きを。
我の身に鞘はない。
それは人間が果たすべき役割だからだ。
女の肌のぬくもりが冷えた刀身にほのかな熱を加える。
ああ。
それだけで懐かしさがこみ上げる。
そうだ。
人の熱とはこのようなものだった。
女は刃を触ったことがないのだろうか。
乗せた刃を確認しようとして、わずかに角度を変える。
刃の先が女の肌に触れた。
刃先には無闇に触れるものではない。
言葉が分かれば忠告しても良かったが、既に女の肌は刃の重みに耐えられず、裂けるようにうっすらと切れていた。
もう少し刃先が立てられていたら、もう幾ばくか肌から肉へと沈み込み、ちょっとした傷となっていたところだが、見たい角度になったのか、女はそれ以上は刃先を立てなかった。
血がにじむ。
だが、女は気付かない。
痛みも無く、気付くことなく人間を死へと誘えるのが我だ。
逆に酷い苦しみを与えることも出来たが、なにもかもが不明な状況でそんなことをする必要はないだろう。
にじんだ血が刃の先に触れ、それを我は遠慮なく身の内に取り込み、飲む。
どうせ流した血というものは体内には戻らないのだから、ほんの少し頂くくらい良いだろう。
いったいどれほどぶりの血だったか。
堪えようのない歓喜が湧き上がった。
甘露とはまさにこれのことだ。
ああ、懐かしき馥郁たる香りよ!
心行くまでその味と香りを愉しみ、そして分解する。
分解し、理解する。
血からこの女を。
この女の属する世界を。
必要なのは相互理解。
そのためにはこれくらいの血を貰うのは、そう大きな問題ではないはずだ。
「すごい……綺麗。前には無かったですよね?誰かが落としたにしても、こんなに綺麗な剣なら噂になってておかしくないのに」
「君、切れているよ」
「えっ?……嘘!?痛みがなかったから気付かなかったです」
何もかもを、とはいかないが、少なくともこちらの人間が話す言葉というのは理解出来た。
さっきまでは意味不明な響きでしかなかった音が、明瞭な意味を伴って伝わってくる。
さて、人間を相手に、これをやるのは久方ぶりだ。
刀身を震わせる。
震えは共鳴を起こしてふたりの人間の骨を揺らす。
言葉を再現し、我の意思を直接伝える。
「すまぬな。傷つけるつもりがなくとも、この刃は触れたものを必ずそうするように出来ているのだ。許せ」
「きゃっ!」
女は剣である我から発せられた声に驚くあまり、我を放り投げるようにして手を離す。
男が女の身をかばうように引き、そして我は床へと高い音を響かせて落ちた。
「非道いな。放り投げることはないのではないか?」
男の手にはいつの間にかナイフが握られていて、油断なく周囲に視線を走らせていた。
女もまた周囲に視線を巡らせる。
だが、誰もいないし、何も起きない。
「さて、説明が必要なようだ。我は今、女の手から投げられた剣だ。目前の剣が意志を持ち、君らに話しかけていると心得よ」
「嘘!?」
真っ先に声を上げたのは女の方。
それでも女は疑う言葉とは逆に、信じたかのように我を見た。
「嘘ではない。仮に何者かが潜んでいるのなら、剣が話していると告げることにどれだけの意味があろうか?敵意、害意、悪意があるなら、詐称するよりも先に危害を加えていたであろう。受け入れよ。その上で、こうして話しかけていることに、相応の理由があることを分かって欲しい」
「……理由とは?」
間を置いてから尋ねてきたのは男の方。
どうやら男の方は既に受け入れつつあるのか、我に向かって話しかけてきている。
ある程度の合理性があると判断したのだろう。
ふたりが中に入った時に、誰の姿もなく、今もない。いないのならば、剣が喋っている可能性というのは決して否定しきれない。
例えばスピーカーの類いでも置いてあれば、無人のように見せかけることも可能かもしれないが、いずれにしても危害を加えずに話をする以上は、その話こそが目的に他ならないと分かるはずだ。
「我は見ての通り、意思はあれども器物である。光の輪によってこの場所へと飛ばされたが、事情も分からず、また自らの意思のままに動き、それを調べることもままならない。故に望むのは、この世界の理を君らが知る限りで構わないから教えて欲しい」
「……どうしてこちらに来たばかりなのに、こちらの言葉を理解し、話しているのでしょうかね?」
「先程、女の血が我の刃に触れた時に、その血から少しばかり理解した」
我の言葉に女は手の傷を見た。
傷はあまりにも綺麗に切れたために、既に血は止まり、元通りにくっついてすらいた。
「驚いた」
男の声にはからかうような響きがあった。
驚きを口にしながらも、面白がる心持ちの方が大きいようだ。
「まさか、信じるんですか?」
「君は信じないのかい?」
「だ!だって!どう見ても、ただの剣ですよ!?」
女の声は潜めようとしていたが、はっきりと我の身にも響いている。
女の言うこと、感じ方は確かに道理だ。
器物は普通喋らないものだ。
器物には脈打つ心臓もなければ、思考するべき脳もなく、言葉を発するのに必要な肺も口もない。
意思が無くて当然の魂無き器物。
それが喋ると知れば、普通は驚く。
異常なのは男の方だ。
「この剣、いや、ヒトと呼ぶべきなのかな?慣例的には。このヒトも例の呼びかけに応えたんだろう。それだけのことだよ」
「呼びかけるのは物じゃないですよ。ヒトのはずでは?」
「アレがヒトだと判断したんだろうさ。現に喋っているし、こちらの言うことも理解している。今まで見てきたヒトの中でも抜群に理性的だし、している会話もヒトとしておかしくない方じゃないか」
「話し中にすまないが、そちらは立っていて、こちらは倒れたままというのは落ち着かないものだ。出来れば支えてくれるとありがたい」
「おっと、それは失礼」
なおも疑い続けている表情を見せる女と違って男は笑みすら浮かべて我の柄を掴み、そして女に我を渡すように水平にさし出した。
自分で我を支える気はないようだ。
女は嫌そうな顔を隠しもしなかったが、男が無言で差し出し続けると、やがておっかなびっくり我を受け取って、掲げるように慎重に支えた。
どうやら男の言うことには逆らえないらしい。
親子、にしては似ていない。
特に頭が。
さて、このふたりの関係性というのも気になるところだが、それは後回しだ。
「まあ、此方の言葉が分かるなら話は早い。まずは聞くよりも、見た方が早いでしょう。えっと、見えているんですよね?この世界が分かりやすい場所に移動して、そこで色々と説明させて頂こうと思うのですが、よろしいか?」
「是非もない」
対話、というのは良いものだ。
それをしみじみと考える。
さすがに鮫や烏賊を相手に対話は成り立たなかった。
せっかくの人の世界、新天地なのだから、楽しまなくては損というものだろう。
相手が選ぶ言葉で新たに分かることは多い。
それは個性だ。
何を大切に思い、そして何を嫌うのか。
人間という種は長いこと見てきた。
それは愚かで、そしてとても愛らしい種だ。
嘘を吐いて騙し笑い、同じ口で真実を語り涙する。
さて、新たな土地で出会う人間は、まずどちらを語るだろうか?
「……意外に軽いんですね」
「力なき者を鞘とすることもあるからな」
「……サヤ?」
「それは後でゆっくりと語って聞かせてやろう」
言ってから気付いた。
もう鞘を持つことはない。
そう決めたのだった。
我は人間という種を愛しているのだ。
それは認めなくてはならない。
だからこそ、こうして再び人間の世に戻ってきたのだ。
だが、鞘を持たずにどう時を過ごすべきか。
我のことを知れば、自ら鞘になることを望む者とて現れるだろう。
身の内で考えていると、目的地まで距離があるのか、間を埋めるように男が我へと口を開いた。
「柄頭も鍔もない。柄と刃は一体で握りは細く、刃は幅広。色は夜空のような青みがかった黒で、まるでドラゴンの牙痕のような損傷あり、と。造りはヒトが金属を用いて刃となす以前の、原初の石製の剣をそのまま踏襲したよう、か。貴方はいずこの世界の神なる手により生まれた方なのかな?」
「ほう。分かるのか?」
「実は、以前にヒトのように思考し、ヒトのように言葉を操る無機思考体というものには出会ったことがありまして。そちらの方もだいたい同じような出自でしたから。聞いた話では、ヒトの手による方もいるらしいですけれども、そういう方はなんというか面白くもない形をしているということです。うん。貴方は美しい」
「さて、褒められるのは嬉しきことだが、だからといって博物館だの美術館だののガラスケースで見世物を生業とするつもりはないぞ」
そういう時代もあった。
あれは我の中ではもっとも怠惰な時の過ごし方だった。
それこそ海の底で魚と戯れていた時の方がましだったと言える。
こうして運ばれてはいるが、行き着く先がそうした場所で、世にも珍しき喋る器物を売ろうとしているだけかもしれない。
「ご安心を。そんなふうにはなりませんよ。そういう余裕のある施設というのはそもそも存在していませんし」
「余裕?」
「ええ。この世界には余裕がない。ヒトという種族は危機を迎えていて、どうにかしてそれを乗り越えなくてはならない。まあ、貴方のような自身が神秘そのものであるような方であれば、こちらも説明が楽であるし、必ずご理解いただけると私は安心しておりますよ。そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕の名前はハイド・エベレストです。ほら、君も自己紹介して」
「はっ!はいっ!私の名前はリコ・リイドといいます!」
自己紹介、か。
名乗りを受けたからには、こちらも名乗るのが礼儀というものだろう。
それはこの不明な地であっても変わるものではない。
だが、いったい我は何と名乗れば良いのだろうか?
Dの頭文字を冠する名前が本質的とも言える最初の名前なのだが、それはとうに捨て去っている。
その後にも様々な名前があったが、どれもあまり良いイメージのある名前ではない。
いずれも殺戮の別称と言って良いくらいだった。
「えぇっと……貴方のお名前は?なんでしょうか?」
僅かな沈黙の後に、女、リコが尋ねてくる。
いかんな。
ただの礼儀知らずだと思われてしまっているようだ。
それは良くない。
「さて、なんと名乗るべきかな。剣といえども我にも名前はあり、そしてそれはひとつではなかった。相談なのだが新たな名前を名乗りたい。いずれの名前も我にとっては不本意なものであったが故に。それはこちらでは許されているのかな?勿論、この地に住む君たち人間にとって、という意味でだ」
「構いませんよ。と言うよりも、なんですがね」
男、ハイドはそこで言葉を切って、苦笑してから続けた。
「貴方は正直なヒトのようだ。こちらに来て偽名、変名を使われる方は正直多いのです。いや、多いのだろう、と思っています。なにしろ現れた異世界の方々が元の世界でどんな名前だったのか、確かめる術はないのですから」
「異世界、ね」
「ええ。こちらの言葉をすぐに理解した貴方なのだから、もう受け入れているのでしょう?」
「元いた場所、世界で見てきたものとはまるで違うとは理解していた。それで君たちは人間、で良いのかな?」
「ええ。仰る通りただの人間ですよ。ただ、人間というのは、僕のような容姿の者のことを指してますが、一部では差別用語のようにも扱われていますので、僕も、彼女も含めて、言語を解し、コミュニケーションが成り立ち、共に暮らしていけるモノを総称してヒトと呼ぶことが多いです」
「それで我もヒトという訳か」
「そういうことです」
器物である我がヒトであるなどと、かつていた場所ならば誰もが笑うことだろう。
どんなにヒトのように思考したとしても、我をヒトだと考える者は誰ひとりとしていなかった。
何か良い名前はないものか、といくつか考えた候補から、分かりやすいものを選ぶことにした。
「それでは……そうだな……ノクトブランドと呼んでくれ。姓も必要かな?」
「いいえ。貴方の場合は必要ないでしょう。夜を刻印されし剣ですか。良い名前ですね」
男は雑談のように、この世界に現れる者について話した。
元いた世界での罪であったり、恥であったりを大なり小なり知られたくないと考える者は決して少なくないらしい。
それを隠すために名前を隠す。
そうすれば何もかもが知られないと信じて。
これから我が受けるであろう説明を信じず、やがて世界に馴染んだ頃に「実は」と本当の名前があることを打ち明ける者も少なくないらしい。
勿論、逆にかつての世界での自身を大きく話し、こちらで何かより大きな物を手に入れようとする者も少なくないらしいのだが。
「……アレが見えますか?」
いくつかの扉を抜け、まるで坑道のような通路を歩き、そうして出たのは巨大なドーム空間だった。
地下大空間。
街どころか、ひとつの都市がすっぽりと収まってしまうようなあまりにも巨大な空間なのだとハイドは語った。
ずっと窓はなく、外、というのは一度も我の身に映ることはなかった。
それはそうだろう。こちらに来てからずっと地下にいたのだから。
今いる世界では、地上は失われている。
ない訳ではない。
ただ、ヒトはそこでの戦いに負け、この地下へと逃げ込んだのだ。
遥かな昔に。
ヒトならざる存在、モンスターとの戦いに敗れて。
ハイドが指すアレはその象徴らしい。
「……確かに我に映っているが、あれは?」
「地天城と呼ばれています。あの城を登れば、ヒトは地上の楽園に帰れると言われていますが、誰もまだ辿り着けてすらいません」
ドームのような空間、その中程に開いた口に今、我はある。
ドームの底には石造りの建物が建ち並び、いくつもの道が走り、その上を歩く者の姿も見える。
誰も上を気にして見上げたりはしない。
そこにはあまりにも異常なモノがあるというのに。
確かにそれは城の尖塔のようにも見えた。
ドームの中央から、まるで鍾乳石のように巨大な構造物が垂れ下がっている。
誰もそれを気にしないのは、ずっと、ずっと、遥かな昔からそこにそうしてあり続けたからか。
「……あれは、ロケット、という奴ではないのか?」
「なんです?それは?」
ハイドは知らないらしい。
リコも首を傾げた。
ふたりが知らないだけなのか、誰も知らないのか。
だが、我がノーマンズランドで見た物に、人間が宇宙を目指して作り出した物に、どう見てもそれは酷似していた。
なぜか地下深くを目指すかのように、その頭を下へと向けて、半ばから岩盤に埋もれるようにして。
地天城シャトル。
遥か天空の彼方を目指すはずの航空宇宙機がそこにあった。
「罠かな?君が確かめてきてよ」
「え?会長が確かめてきてくださいよ」
「僕は魔法が使えないからね。使える君の方が確実だよ」
「そ、それはそうですけど!」
少女はその剣に指先を触れて確かめた。
夜色剣
かつてDの頭文字を冠していた魔剣。他にも様々な名前を持つが、すべての名前を捨てている。
手にした人間を鞘として、その影に潜み、声に応じて姿を現しては人の血を啜る。
悪名高き吸血剣であり、時に自らの鞘である人間の血すらも啜った。
神の血を宿した不朽の剣。
【意思】意思を宿し、思考し、判断する
【魅了】目にした人間を魅了し、自らの命令を遵守させる
【支配】手にした人間を支配し、その肉体を自在に操る
【祝福】手にした人間の能力を向上させ、特に体力、回復力を増強する
【吸血】傷をつけた人間の血を吸い取る。吸い取った血から知識を得ることも出来る
【破壊】物質を分子構造から破壊する
【霊薬】人間の傷を癒し、血を補う
【不朽】朽ちず、壊れず、欠けず、鈍らない
【遁甲】支配した人間の影に潜む
【末代】鞘になった人間は不能になる
「我は汝の千倍も邪悪であった!」とか言ったりして?
※一応、補足。
ノクトさんの視覚は刃に映るすべてが見えます。両面とも見えるので、ほぼ全周が同時に見える!
聴覚は剣に伝わる振動でもって認識しています。刃が耳そのものというか。どんなに小さな音でも捉える地獄聴覚!