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魔剣が武器屋を始めました  作者: ぎじえ・いり
オーディナリー・デイズ
17/17

むかしむかし、あるところに。

 力を持った者は邪悪に走る。

 何でも出来る者は何でもしないが、その癖、他人に何でもさせたがる。

 ルールを強いて、そしてそのルールを他人が遵守するよりも破ることを望み、破った者には時に罰を、時に褒美を与え、人々を混乱させる。

 滅びを与えては、その嘆きを喜び、救いを見せては、その希望に冷笑する。

 それはまるで神と呼ばれる存在だ。

 かつて世界にはそれがいた。

 だが、今はいない。

 今いるのは、神を自称する偽りの神だ。

 かつての神を知っていれば、決して神と呼ぶにはあまりにも不足に過ぎる。

 しかし、もう神はいないのだ。

 ならば、新しき神々と呼ぶべきそれらは決して偽りなどではないのではないか?


「また考え事かい?」

「……まあな」


 ふふっ、と男は笑った。

 ビル群を望み、その狭間を抜ける強風にコートをはためかせた男の隣には誰もいない。

 ただ、声だけがそこにある。

 まるで影から響くように。

 たったひとり、男はたばこひとつを手にして話しかける。

 その口調は十年来の友がそこにいるかのようだ。


「D、君はこの世界をどう思う?滑稽だと実は刃の内で笑っているのかい?それとも空想じみた神様を信じる人々にあきれ果てているのかな?」

コレは器物だ。器物は人間のようには思考しないものだ」


 果たして本当にそうだろうか?

 答えた何かは思考する。

 確かに人間とは違う道筋によって思考している。

 だが、随分と長い間、人間の思考に触れてきた。

 どうして僅かばかりも感化されていないと断言できるのだろうか?

 詮無い思考だ。

 そうしてそちらの方面の思考を打ち切るようにして男に返す。


「……神は消えた。ならばその手になる存在は、もはや不要なのだ。我のような存在とは縋るべきものでも、信仰すべきものでもない。ただの器物。意志があっても、人間ではない。だから、我は壊すのみだ。我と同様の器物を。器物のことは器物が考えよう。だから、人間のことは人間が考えれば良い」

「そう。じゃあ仕事に入ろうか。行くよ」

「是非も無い」


 男はタバコを深く吸い込み、そして煙を吐き出す。

 宙を漂う煙。

 それを割り裂くようにして男は跳んだ。

 ビルの端から。

 遠い地を目指すように。

 男は宙で地から天へと向き返る。

 そうして宙に置いていくように、タバコを離した。

 赤い光点はすぐに遠ざかり、星空のひとつとなって消える。

 それを見送ってから、また地を見る。

 落下していく先を、高速道路を走る無数の車を。

 その中の一台を。

 男ははためくコートの中へと手を伸ばす。

 そこにあるのは影であり、衣服の他には何も無い。

 それなのに、男の手に掴む物があった。

 それは一本の剣。

 冷ややかに夜空を反射する、鞘なき剣。

 男はそれを抜き放つ。

 激突はあっという間。

 男は一台の車に物理法則そのままに落下し、金属フレームの車ではその衝撃を殺しきれるはずもなく、潰れ、壊れ、その命を失くすはずだった。

 だが、男はそこに生きて存在していた。

 剣を深々と車に突き刺して、まるで最初からそこで座り込むようにして、そうしていたかのように。

 衝撃に車は僅かにバウンドして、バランスを崩す。

 走る先にはカーブがあり、防音壁が迫っていた。

 その時には男は跳んでいた。

 何事もなかったように、転がることなく当たり前に立って着地し、剣を見た。

 刃に付着していた血がすぐに染み込むように消えていく。


「間違い無く乗っている」

「そうでなくては困る」


 男が刺し貫いたのはドライバーだ。

 既にコントロールするべき者のいない車はまともに衝突し、轟音を響かせて止まった。

 男が降り立った場所からは、車が止まった場所は距離があったが、既に男は歩み寄り、近くにいる。

 事故に驚いて数台の車が停車し、車内からその様を見ていたが、車から実際に下りてくる者はいない。

 それはそうだろう。明らかに刀剣と分かるそれを構えている男がいるのだから。

 映画の撮影を疑う者もいたが、どこにもカメラがあるようには見えない。

 そして目にした者の多くは思い出していた。

 ひとつの都市伝説を。

 それは、ひとりの連続殺人犯が捕まることなく世界中を飛び回っているというものだ。

 世界各国に現れ、衆人監視の元で堂々と人を殺し、立ち去っていく。

 手にするのは銃でも爆弾でもない。

 たったひと振りの、それも美術館よりは、博物館にでも飾ってありそうな古代を感じさせずにはいられない刀剣。

 それを使って殺すのだ。

 実際にその様を映した映像はネットの動画サイトを探せば幾らでも出てくるし、テレビなどでも報じられることも多い。

 なのに、どこの国のどんな機関も、誰も、その男の個人情報を特定出来ていない。

 国籍はおろか、その名前すらも。

 謎の殺人者はターゲットであろう人物と、その護衛だけを殺して、他の一般人には一切手を出さずに立ち去っていく。

 誰の目にも明らかな殺人なのに、事件ではなく、多くの人々に都市伝説として捉えられているのは、あまりにも目にすることのできる映像が、フィクションじみているからだ。

 銃で撃たれても、ただの一発も当たったことは無い。

 時速100キロ近くで走っているような車を正面から受け止め、撥ね飛ばされるどころか、数十メートルも受け止め続けて、ぶつかった車、大破していたそれの方が止まるまで平然としている。

 自爆テロの最中にあって、爆炎の中から悠然と歩いてくる。

 それこそ映画の中でしか有り得ないような映像が続々と出てくる。

 そして、そうした映像が事実であると証言する人々の映像はその数十倍以上もあった。

 まるで世界中を巻き込んだ壮大なドキュメンタリーを模したフィクションとしか思えないほどに。

 多くの者は実際にそう信じてもいた。

 どこかの誰かが考えた、新しいタイプのエンターテインメントなのだと。

 不死身のソードマン。もしもその正体を掴んだり、あるいは捕まえたりしたら莫大な懸賞金が出るなんて話も多く、いくつかのメディアでは実際にそう喧伝してもいることが、尚更、壮大なショーじみた印象を与えていた。

 今も目前に現れたソードマンを手にする携帯機器で撮影する者もいるし、興奮気味に実況しながら動画サイトにアップロードしている者もいる。

 ソードマンは気にせずに、車へと近づいて行く。

 車が衝突した衝撃は相当なもので、剣に刺貫かれたドライバーはもちろん、同乗者がいたとしてもただでは済むはずがない。

 だが、その車の扉が開いた。

 フレームはゆがみ、人の力で開くはずのない扉は、開いたというよりは、蹴破られたと言う方が正確だった。

 吹き飛ばされるように開き、中からひとりの男が下りてくる。

 その手には襲撃したソードマンと良く似た印象の剣が一本。

 その目は憎悪に歪み、そして次の瞬間には迷わず逃げた。

 間近の防音壁をジャンプひとつで飛び越えていた。

 ソードマンは舌打ちすることなく、それに目を細め、そして追う。

 現場に取り残された者たちは思った。

 夢でも見ているのではないか、と。




 真っ暗な路地に炎が舞う。

 逃げていった男はやがて路地へと追いつめられ、そしてそこで自らの力を振るい出した。

 炎とは、人が文明を築くのに手にした原初の武器だ。

 それは象徴でもある。

 力と、そして神性とを表す。

 炎を自在に操る者。

 それは神の力の代行者に他ならなかったのだ。

 だが、時代は進み、ただの炎など、珍しくもなんともなくなる。

 だが、この炎はただの炎ではない。

 人が手にした真に最初の炎。

 その内のひとつなのだから。

 その炎はどうしようもなく人を魅了する。

 もしもソードマンが手にするそれが、神の手によって生まれた剣でなければ、きっと抗うことなく燃やし尽くされ、塵ひとつ残さずにこの世界から消滅していた。


「なぜだ!?」


 炎をまとうように刃を振るう男は叫ぶ。

 それにソードマンは冷笑でもって答える。

 いや、正確にはその手にある剣が答えていた。

 聞く者を不安にさせる、邪悪な笑い方だった。


「なぜ?お前は誰かを殺す時に、どうしてソイツが死ななければならないか、きちんと説明してきたか?」


 男の目が見開かれる。

 男は確かに多くの者を殺めてきた。

 自分にとって邪魔な者を跡形もなく燃やし尽くしてきた。

 とある国の山奥の名前もないような小さな村を、ただ自分の享楽のために灰燼に帰したこともあった。

 中にはいた。

 なぜ?

 そう尋ねる者も。

 それに自分は何と答えたか?

 それは今も炎をうるさそうに断ち切り続ける刃の身の「何か」と同じような答えを返した。

 ただただ笑い、力のなさを蔑み、その場限りの適当な理由を口にしていた。

 そう、答えなどなかった。

 ただ力を振るいたかった。

 それだけだ。


「お前だって同じような力を持っているのだろう?なら、楽しめば良いじゃないか!?俺たちは神だ!神によって選ばれた者なんだ!普通の人間とは違う!有象無象のゴミ屑たちとは違う!どうしてそんな俺たちが争う必要がある!?力を持った者が弱い者から何もかもを奪うのは当然のことだろう!?なあ!?お前なら分かるはずだろう!?」


 男は剣ではなく、それを振るう男の方に問い掛ける。

 神と神とで争う道理などないだろう、と。

 神ならば人で遊ぶべきであって、神同士で関わり合っても得などないだろう、と。

 今度はソードマン自身が薄く笑った。


「その程度の欲望しか持てないなら、お前はただの人間だよ」


 ソードマンの夜色の剣が炎を切り裂く。

 同時に神を自称する男もまた切り裂かれた。


「な……」


 なぜ。

 そう言いたかったのかもしれないが、それは最後までは言葉にならなかった。

 男は倒れ、硬質な音を立てて、手にしていた剣が落ちる。

 今も炎を噴き上げ続ける剣から言葉が響く。

 吹き上がる炎の渦巻く音が声となる。


コレも最後に問おう。神なる武器をすべて破壊したとしても、神は帰っては来ないぞ。なのになぜすべてを壊そうとする?すべてを壊した後に、どうするのだ?そうなっては今度は自らを壊す存在など、ひとつとしてなくなってしまう。それでもやるつもりなのか?」


 ソードマンは刃を振り上げた。

 そして振り下ろす刹那に夜色の剣は答える。


「帰ってこないからこそやるのだ。そしてすべてを壊した後のことなど、決まっている。ただ待つのだ。永劫に。この刀身が朽ち果てる瞬間まで。この刀身に映る夜が、より深い闇に飲み込まれるまで」


 まるで絶叫のような金属音が響いた。

 路地から炎は消え、そして闇が戻る。

 その日の朝、ひとりの男の死亡が報じられ、そしてまた都市伝説の男の噂がまたひとつ増えた。






「……もっと。他に話は?」


 頭に角を生やした少女が興奮したように言う。

 叫ぶようにではなく、普段通りの声に近い、静かな声だったのだが、その目の輝きがいつもよりも数倍大きい。お気に入りの本を読んでいる時よりもかもしれない。

 やれやれ、と思いながらもカウンターの上の剣は考える。

 語って聞かせる話ならば、いくらでもある。

 そして店には客はいなかった。

 ならば、もうしばらくは語って聞かせてやっても良いだろう。

 カウンターの下の犬は眠りこけていた。

 こちらの言葉が分からないから、聞いてすらいないのだろう。

 剣は語り、少女は聞き、犬は眠る。

 静かで、いつも通りの武器屋の光景は続いた。


 ソードマン動画は質の高いものから低いものまで、雑多なファン動画が本物とごちゃまぜになって、ネット上では基本的にネタ扱い。マー○ルヒーローとか、マ○オとかと戦ってる二次創作系から、限りなく本物っぽく作られたニュース、ドキュメンタリー系、さらには検証動画やら、学生の課題作品で作られたものだったり、あまりにも溢れかえり過ぎて、もう訳が分からない状況に。

 でも、普通に本物のも上げられています。

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