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魔剣が武器屋を始めました  作者: ぎじえ・いり
オーディナリー・デイズ
16/17

ワンワン

「ノクトさん、バイトしませんか?」

「ああ、そろそろ来るんじゃないかとは思っていた」


 殺人鬼騒動に続き、昆虫騒動があり、街ではかなりのヒトが減っていた。

 それをまるで補うかのように、最近、コロナよりの出現者が増えているというのだ。

 既にやまびこ協会には10人も新たな会員が増え、それに伴って、他の組織にヒトを動かしたりと忙しくなり、久しくリコもハイドも現れなかった。

 現れたリコの目には若干、クマが浮いている。

 それくらいに忙しいらしい。


「それでバイトの内容は?また通訳か?」

「そう、と言えばそうなんですけど、どっちかと言うと説得と言いますか……」

「説得?」

「はい。おひと方がですね、全然コミュニケーションが取れない上に、未だに街の外にいてですね、それで全然困っていない風なんですけど、危険エリアに近い場所だから、やっぱりそのままって訳にもいかなくて、これはもうノクトさんにお願いするしかないかなぁ、と」

「ふむ」

「えぇっと、驚かないでくださいね、って、ノクトさんに言うのもおかしな話なんですけど」

「なにがだ?」

「実はですね……」


 それは確かに剣の身である我に驚くなというのは、おかしな話であった。




「なるほど。あれか」


 そのおひと方、というのは一見すればヒトではなかった。

 犬だ。

 どこからどう見ても犬だった。

 あくびをしたかと思えば、後ろ足で器用に顔をかいている。

 ふさふさとした白い毛並みの大型犬。

 それが大型のモンスターでも通れそうな広大な通路のひとつの松明の下で、くつろぐように身を伏せていた。

 普通の犬と違うのは、いやにもこもことした尻尾で、それはよく見ればいくつもの房に分かれている。

 数は八つ。

 その房が揺れる。

 どうやら機嫌は悪くないらしい。

 リコはそのふさふさとした尾に釘付けになっている。

 触りたいのだろう。

 その視線に何かを感じたのか、大型犬はこちらをじっと見つめてくる。


「間違い無いのか?どう見ても犬なんだが」


 こちらの世界に犬というのはいない。

 それでも別の世界にもそれなりに犬というのはいるようで、それが伝わっているからこそ、リコにも犬というものがなんであるのかは分かっていて、我の問いに答える。


「獣がコロナから現れたという話は聞きませんからね。モンスターじゃないならヒトということです、って会長も言ってましたし」


 いかにもどこからか迷い込んだ犬といった風情なのだが、迷い込むにしたって、その元は地上からしかない。

 その地上というのはモンスターの楽園なのだから、そこを抜けてきたというのは考えにくい。

 つまりはコロナから現れた。そして、現れた以上は意志ある者に違いないという訳だ。


「まあ、なんにしたって、血を得なければどうしようもないのだが、近づけるのか?」

「ちょっと今回ばかりは本気でいきます」


 リコは我を両手で保持したままに、大型犬を睨みつける。

 その瞬間に、空気が変わったのが分かる。

 大型犬もそれを感じ取ったのか、わずかに身を伏せるようにして、そして一声吠えた。

 ……ヒトだというのなら、何かしら言語らしきものでも漏れるのかと思ったが、まさしく犬の吠え声だった。


「いきます!」


 リコのかけ声と共に、空気が震えた。

 我が感じ取ったのは、ただの震えではない。

 まるで空間が裂けたのではないかと感じ取れるそれは、実際に大型犬の周りに魔法として顕現する。

 周囲の壁と言わず、床と言わず、無数の杭が、まるで元々罠として埋まっていたかのように、突出した。

 それは檻となって大型犬を封じ込める、はずだったのだが、やはりただの犬などではないのだろう。

 瞬時に飛び退り、身をよじり、突出してくる杭を蹴って逃れる。

 そして唸り声をあびせてくる。

 今のでこちらを敵だと認識したのだろう。


「嫌われたな」

「それでも構いません!まだまだ!!」


 すぐさま逃げれば良かったものを、犬は逃げなかった。

 後ろを見せれば危ないと判断したのかもしれない。

 だが、それによって犬は退路を完全に断たれていた。

 通路の先、犬よりも向こう側にもリコは無数の杭を現出させていた。

 そして、こちらの後ろ側にも杭は現出している。

 リコは犬だけを檻に入れようとしたのではない。

 自分自身ごと檻へと閉じ込めていた。

 無数の杭が乱立し、犬を閉じ込めるようにではなく、犬そのものを襲うように迫る中、犬はただの獣とは思えぬ振る舞いを見せる。

 ただ避けるだけでなく、その先を見据え、着地した時にはもう方向転換するように跳ぶ。

 地だけでなく、時に杭を、時に壁を、そして天井すらも足場にして、躱し続ける。


「そんな!?」


 リコは既に手加減無しに、全力で魔法を使っていた。

 すべてはその血を我へと得させるために。

 本気でやれば、さすがに多少なりとも得られるはずと考えていたのだが、その目論みはまったく外れている。

 それくらいに素早いだけじゃなく、動きに合理性があった。

 むしろ、対するリコの方が、現出させる杭に合理性がなく、それは犬を追い込むようには働いていない。

 それどころか自身が現出させた杭によって視界を遮られ、段々と犬の動きを追えなくなっている。

 現にリコがいると判断して放った杭に何の反応もないことも増えていた。


「出直した方が良いのではないか?」

「……でも、ここまでしちゃって事情説明も無しじゃ、次はもう近づけなくなっちゃいます」


 犬というのは臭いに敏感なものだ。

 リコの臭いを覚えていたら、通路の先にリコの臭いを感じ取った時点で、目にすることなく離れてしまうだろう。

 ここまでしたからには、どうあっても血を得て我から説明しなくてはならない。

 リコは走り、犬の姿を探し、見つけては杭を現出させる。


「ならば他に魔法はないのか?」

「ありますけど……それだと本当に殺しちゃうかもしれません」


 魔法といえども、万能ではない。

 いや、万能なのかもしれないが、それぞれに得意不得意はある。

 ミグルイが火炎を扱うように、リコにも扱えるかといえば、そういう訳ではないのだ。

 自身の得意な魔法でなんとかするしかない。

 それにしても、驚くべきはあの犬の方だ。

 ただの獣ならば、敵対した時点ですぐに襲いかかってきても良さそうなものだが、決して襲いかかっては来なかった。

 理屈は分からなくとも、リコが自由自在に杭を現出させていることを理解しているのだろう。

 不用意に飛び込めば、そこで串刺しにでもされかねないと分かっているのだ。

 既に吠え声も唸り声もあげていない。

 独特の爪音がわずかに漏れ聞こえてくるのみ。

 その音で我には居場所を察することが出来るのだが、我はあえてそれをリコには伝えていない。

 あの犬はただの犬ではない。

 なればこそ、悟らせない必要がある。

 こちらに何が出来るのかを。

 そうすればきっと、その時が訪れるだろう。

 その時というのは、我が考えるよりももっと早かった。




 リコが走り、杭を現出させると、そこには犬の姿はない。

 またしても外れたのだ。

 その瞬間にリコはいらついたように、我を地面へと突き立て、叫んだ。

 その叫びに紛れるように、軽快な爪音が響いたのを我は逃さなかった。

 それはリコのすぐ近く。

 いつの間に回り込んでいたのか。

 リコの真後ろ、完全な死角から獣にあるまじき静かさでもって、吠えることなく、唸ることすらせずに、獣らしい俊敏さでもって、瞬時に迫り来る。

 リコが僅かに振り向く。

 その時にはもう大型犬は間近に迫っていた。

 アギトが開く。

 真っ赤な口内は血を連想させる。

 頭か、首か、いずれにせよ、噛み付かれればタダでは済むまい。

 一撃で砕き、確実に絶命させる。

 リコの目が開かれ、リコは我から手を離していた。

 つまり、リコの身体を操って助けてやることはできない。

 だがそれは。


「存外、我慢強くはなかったな」


 計画の内だ。

 我はリコの足下へと突き立てられている。

 我がリコの手になければ、きっと躍りかかってくるだろうと考えていた通りになった。

 これは演技だ。

 リコはいらついたとしても、容易に物に当たるような者ではない。

 だが、そんなことをこの獣が知るはずはない。

 この獣は敏い。

 ヒトなのだからというにしても、並外れたヒト並みに敏い。

 リコの手に剣があることをきちんと理解していた。

 だから襲いかかってはこなかったのだ。

 どれほどの力量か分からない者に躍りかかれば返り討ちに合いかねない。

 それが分かっていた。

 だからこそ、ずっと機をうかがっていたのだ。

 それがこちらにも分かったからこそ、リコに演技をさせた。

 そうして我を手放せと。

 我は沈み込む。

 リコの影の中へと。

 そして生じる。

 リコの影の中から。

 まるで地から折り畳まれて刃が現れたかのように。

 影を伝って影から現れる。

 それによって、我はリコの使うもう一本の杭と化す。

 我の刃が地から伸びるように獣へと迫り、そして確かにその血を流させた。

 しぶくように血が舞う。

 だが、それでもこの犬の機転というのは大したものだった。

 身をよじり、ギリギリで躱そうとして、そしてそれは前足を裂いたのみ。

 さらには杭を足場にした時と同じように、どうやってか我すらをも足場にするようにして跳び退る。

 なぜなら既にリコが自らの魔法によって杭を現出させていたからだ。

 罠に自身がはまったことにすぐに気付いていた。

 血を流しながらも、距離をとって、リコと我へと唸る。

 そして我はやっと血を得ることに成功した。

 血を飲み、分解する。

 そうして理解する。

 この獣が何者なのか。

 この者が何を意志しているのか。

 理解し、そうして告げた。


「さて、我の言葉が分かるか?」

「……ノ、ノクトさんがワンワン言ってる……」


 リコの耳には我がワンワン吠えているようにしか聞こえないらしかった。




「で、彼はウチには入らずに、ノクトさんのところが良いと言っているんですね」

「ああ。今日からウチの従業員だ」


 我の店に一頭の大型犬が身を伏せ、ゆるゆると尾を振っている。

 あれから、長いこと説得には時間がかかった。

 我がなんなのか、リコがなんなのか、この世界がなんなのか。

 知る限りを伝え、その上で街に入るように告げたのだが、得た血の量が足りずに理解できなかったが事情があるのか、ヒトに囲まれた暮らしというのは望まないらしい。

 ならばと我には店があり、そこならばどうかと問えば、まずは見てみたいと言うので案内し、結果、ここで良いというのでそのまま従業員とすることにしたのだ。

 ハイドと共にリコが来ていたのだが、この犬はリコのことを露骨に避け、それでリコは沈んだ表情をしてゆるゆると揺れる尾を見ている。

 どうやら嫌われたらしい。

 彼女の願いは叶いそうになかった。


「それで名前はなんて言うんです?」

「ああ、ちょっとこちらの言葉では再現不能な名前でな。八つ尾の房があるから、ヤツフサと呼んでやることにした」

「そうですか。よろしくお願いしますね、ヤツフサさん……って、私もダメですか」


 挨拶ついでに撫でようとでも思ったのか、手を伸ばして近づこうとすると、ヤツフサはすっと身を起こして歩き去り、距離を取ったところで身を伏せた。


「其奴もまたヒトなのだ。それも大人のな。大人のヒトが簡単に他人から撫でられたくはないものだろう?」


 ヤツフサは我とは言葉が通じると分かっているのに、何も我には言わず、また我を通じてハイドとリコにも何も言おうとはしなかった。

 それがこの者が元いた世界での大人というものらしい。

 無闇やたらと声に出す(吠える)のは、大人のすることではないのだと。

 リコが恨みがましくぽつりと言った。


「……あの姿でそう言われましても」


 今では剣である我に話しかけるのに、何の抵抗も持っていないのだが、犬を相手にするのはまた違うらしい。

 そんなリコの様子を馬鹿にするようにヤツフサはあくびをして見返す。

 だが、容姿のことを言うならば、リコとてそうだろう。

 幼女のようだが、リコとて見ず知らずの者からいきなり頭を撫でられたりはしたくないだろう。

 この理屈を言ってやれば、リコも納得するのではないかと思えたが、我はそれを告げなかった。


「……また、ノクトさん、何か考えてますでしょう?」


 その言葉に我は笑って返してやると、ヤツフサは驚いたように身を起こし、それが我からでている声なのだと気付くと、落ち着かないようにウロウロと歩いてから、ようやく身を落ち着けた。


 ようやく我の店の従業員というのが増えたのだが、ヤツフサに接客というのは難しく、実際にまったくそんなことはしなかった。

 だが、フサフサした犬なる生き物が我の店にいると知れると、少しばかり客足は増えたので、良しとすることとした。

 今日もまたヤツフサはヒトの手を避けるようにして、店の中をウロウロとしている。

 我はその様子を映しつつ、これでもう少し武器が売れれば言うことなしなのだがと考える。

 客足は増えたが、売り上げは伸びていないままだった。

 その理由はほどなく知れることとなった。

 たまに我がヤツフサに話しかけてやっているのだが、その時の様子というのがまた噂になっているらしい。

 曰く、あの店の剣が意味不明な鳴き声をあげていることがあるらしい、と。

 それがまたこの店で売ってる武器はワンワン鳴くとか意味不明な噂へと繋がっていた。


「馬鹿な……」

「いや、ノクトさんがワンワン言ってるの、正直、笑っているよりちょっと怖いですからね」


 仕方無いではないか。

 ヤツフサは身体の構造上、こちらの言葉を話すことはできないのだから。

 そう考えつつも、ヒト前でヤツフサに語りかけるのはやめようと決めた。


「ワンワン」

「ちゃんちゃん、と話の終いみたいに言うな」


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