第一章 『クサナギとユイ』 7
「ひっひいいい!?」
あられもない姿であたふたと喚く一人の男。
それは、紛れもなくタッカーだ。
ガタガタと逃げ場の無い豪邸で必死に目の前の男から逃げようとする。
黒いサングラスに、紅い銃を片手に持っている男から。
「いや〜、まさか本当に鳥頭とはね〜、まさにチキン?」
などと、ジョークをかますクサナギ。
そして、その後ろからユイとアイリーンがついてくる。
「そ、そんな!? と、トニーの奴は!?」
「ん? ああ、あいつなら外でお寝んねしてるぜ? 永遠に」
そう言って、クサナギは手を合わせて合掌する。
タッカーの顔がみるみる青ざめていく。
「ゆ、許してください! お願いです! この通り!」
タッカーはその場で土下座をする。
その様子を見たクサナギは呆気に取られていた。
「だとさ? どうするの、アイちゃん?」
「えっ? えっと……とりあえず、私だけでは決めれないわ。
町の人達の意見も聞かないと」
「あいよ、了解しました〜」
クサナギはため息をついて後ろを振り向く。
その時だった。
タッカーは近くの地面に隠しておいた銃を取り出し、クサナギ
向けて発砲したのだ。
だが、信じられない光景を目にする。
クサナギはタッカーのほうを振り向かず、首を少し傾けただけで
その銃弾を避けたのだ。
だが、ほんの僅かにサングラスに掠り(かすり)、サングラスが
地面に落ちる。
「……やれやれ、今日はほんっと厄日だよな」
ふぅ、と一息つくと、一瞬でタッカーの方に振り向き、額に
銃口を当てる。
燃えるような紅蓮の瞳と凍てつくような蒼い瞳がタッカーを睨む。
その視線は見るもの全てを殺してしまいそうな殺気に満ちていた。
「ちょっとまって! そこまでしなくていいわ!」
アイリーンが懸命に叫ぶ。
先程のトニーの時と同じで、クサナギは怒りに身を任せている状況。
今にも引き金をひきかねない。
「関係ないね。人を騙したり、人を後ろから殺そうとする奴が俺は
だいっきらいなんでね」
そして、引き金を引こうとした瞬間。
「あ、あんた、その目はまさか……『レッド・アイ』の連中か?」
タッカーが苦し紛れともとれるその言葉に、
クサナギの顔が豹変する。
額に当てていた銃口をはずし、タッカーの胸倉を思いっきり
鷲掴みにする。
「貴様! 何を知っている!? 『レッド・アイ』の連中の
何を!? 言え!」
タッカーを片手で持ち上げ、ガクガクと揺さぶる。
クサナギは鬼気迫る表情でタッカーを問い詰める。
「し、しらない! ほ、ほんとにしらないんです!」
「嘘をつくな! 言わなければ……!」
「クサナギ」
今にも暴れだしそうなクサナギを止めたのはユイの声だった。
針のように鋭く、冷徹さも兼ね備えたその声はクサナギを制止する。
クサナギは舌打ちをした後、タッカーを地面に落とす。
「本当に知らないのか?」
「は、はい! ほ、本当に知らないんです! ただ一度だけ
出会っただけです」
「どんな奴だ!?」
「あ、あんたのような紅い瞳に、長い刀をもった男だ」
「何時だ……何時会った!? 何処で!?」
再び、今にも掴みかかりそうな雰囲気で尋ねるクサナギ。
「い、一年前、『アクアレイク』って町だ」
「アクアレイク……本当だな?」
首をカクカクと縦に振るタッカー。
それを聞くと、クサナギはギリギリと歯軋りをする。
そして、踵を返して豪邸を後にしようとする。
「待って! まだ報酬も払ってないのにどこに!?」
「報酬は要らない。あえて言うなら、今その男から貰った」
そして豪邸を後にするクサナギとユイ。
だが、入り口の所でピタリと動きが止まる。
不思議に思ったアイリーンはクサナギ達に駆け寄ると、
そこには町の住民が武器を持って豪邸に駆けつけていた。
「えっ、皆どうしたの!?」
「あ、アイリーンさん! 無事だったんですか!?
実は、あれから皆で話し合った結果、このまま殺されるより
皆で協力して立ち向かおうと、こうして駆けつけたんですが……」
住民は周りに転がっているタッカーの部下を恐る恐る
見つめる。
住民達もその現場を見て、終わってしまったのだと確信する。
そんな住民達の蜂起を見たクサナギは。
「ほ〜、あんた達もやればできるじゃないか?」
感心、感心。と、腕を組んで頷くクサナギ。
そして、その横で相槌をうつユイ。
「だ、だけど、あんた達が既に終わらせてくれたんだろ?
俺達は何も……」
「か〜! 分かってないな」
あちゃ〜と、額に手を当てるクサナギ。
そして、住民達に指をビシッと指す。
「いいか、こうしてあんた達は立ち上がった。その心が
大切なんだよ。じゃなきゃ、また今回の様なことが起こるぜ?
その気持ちを大切にな」
それじゃあ、と、立ち去ろうとするクサナギ達。
しかし、住民の一人がクサナギ達の道を塞ぐ。
「ん? 何だ?」
「あ、あんた達は俺達の命の恩人だ。せめて、飯などの恩返しを
させてくれないか?」
なぁ? と、他の住民に賛同を呼びかける。
そして、それに頷く住民達。
クサナギはその言葉に頭をガシガシとかきむしる。
「いいんじゃない? クサナギ」
「ユイ?」
「確かに、先を急ぎたい気持ちは分かるけど、こうして皆
お礼がしたいって言ってくれてるんだから」
「けどな……」
「それに」
「?」
「私、お腹すいた」
その言葉を聞いたクサナギは呆気に取られる。
そして、ハイハイと小さな声で返事する。
「んじゃあ、悪いんだけど、お言葉に甘えさせてもらっていいかな?」
「! ああ! 勿論だとも!」
住民達によって、クサナギ達は一晩厚いもてなしを受ける。
タッカーは住民達の意向で、牢屋に入れられる事に。
もともとタッカーはトニーや部下無しでは何も出来ない小悪党。
こうして、住民達は本当の意味で助かったのだ。
住民達のお祭り騒ぎは一晩中続いた……。
そして、夜が明けた早朝。
二つの影が荒野を歩いている姿があった。
「ねぇ、クサナギ」
「ん? 何だユイ」
「町の人たちにお別れ言わなくて良かったの?」
「ああ。そんな必要ないしな」
ズルズルとトランクを引くユイの足が不意に止まる。
何事かと思いユイに近づくクサナギ。
「どうした? ユイ」
無言である方向を指差すユイ。
その方向をじっと見つめるクサナギ。
すると、煙を上げながら何かが近づくのが見える。
緑色のジープ。
そして、それを操縦しているのはアイリーンだった。
アイリーンはクサナギ達に追いつくとジープを止める。
そして、軽やかにジープから降りると。
「ちょっと! 勝手に出て行くなんて酷いじゃない!」
「ん? 何でだ? べつに酷くないだろ?」
「あのね……あんたまだ報酬もらってないでしょ?」
「えっ? だからそんなのいらないって言わなかったか?」
そのクサナギの言葉に頬を膨らませるアイリーン。
顔には青筋を立てていた。
「私もついていく」
「……何?」
「だ・か・ら、私もついていく。貴方達についていけば
何か特ダネにありつけそうだし」
「と、特ダネ? 何言ってるんだお前は? さっさとあの町に
戻れ」
「あれ? 言わなかった? 私はフリーの記者なの。元々、
あの町の住民じゃないって訳」
「な、なんだと!?」
「あそこでの事件はあれでお終い。だから貴方達についていくって
決めたわけ」
「お、お前はあの町の住民じゃないのにあんな事してたのか!?」
「勿論。どうも私、正義感が強いタイプみたいだから」
そこの所ヨロシク、とウインクしてくるアイリーン。
開いた口がふさがらないクサナギ。
そして、いそいそとジープに乗り込むユイ。
「おい、ユイ! なにその人さらいの車に乗り込んでるんだ!?」
「……歩くの疲れた」
「お……おまえって奴はあああ〜!」
「まあまあ、こうやってユイちゃんも私を認めてくれたんだし、
先を急ぐんでしょ? だったら乗ればいいじゃない」
クサナギは納得のいかない表情。
しかし、ユイは全く動こうとしない為、助手席に渋々乗り込む。
そして、リクライニングを最大にして寝そべり、
胸ポケットから代えのサングラスを取り出し、それをかける。
「ねぇ、あなたサングラス外した方がカッコいいんじゃない?」
「わかってないね〜アイちゃん。このグラサンは俺のチャーム
ポイント。これないと俺の魅力半減なのよ」
「それ、本気で思ってるの?」
「勿論」
「……クサナギはイカレてるから」
「どうせイカレてますよ」
ハハハと、いつもの自然な笑い顔がクサナギに戻る。
こうして、奇妙な三人の旅が始まった。