第一章 『クサナギとユイ』 6
銃声が鳴り響く荒野。
二十人ほどの男達が一人の黒服の男に向けて発砲していた。
だが、黒服の男にとってそれは「拍手」
その拍手に応えて踊るようにそれをかわす。
彼がひとたび踊れば、一人、また一人と倒れていく。
まるで、彼の踊りに魅了されたかの様に。
彼は二十人の観客を前に一人舞い続ける。
危険な状況にも関わらず、彼は常に笑い続けていた。
その笑顔はまるで悪魔のようにも思えた。
止まらない。止まらない。止まらない。
彼の踊りは止まる事を知らない。
それを物影から見ているアイリーンとユイ。
「あの人……イカレてるわ」
アイリーンは思っている事を自然と口にしていた。
いつ死んでもおかしくない状況で笑っていられるクサナギ。
そんなクサナギにアイリーンは怖くなっていた。
「そうね、それは正しいわ」
「えっ?」
思ってもみなかった返事。
てっきり否定すると思っていたが、肯定するユイ。
「クサナギは、もう『恐怖』を感じない身体になってるから」
「恐怖を感じない?」
「ええ。クサナギはある事件を境に、恐怖を感じないって
自分で言ってた」
哀れんだ目でクサナギを見るユイ。
その姿は、どことなく悲しそうだった。
「……聞いた話だけど、クサナギが子供の頃、突然路上で親が
クサナギの目の前で惨殺されて、クサナギ自身もかなりの重傷。
殺人鬼の気まぐれでクサナギは『生かされた』らしいわ」
「えっ!?」
「それから、クサナギは自分は『死んだ』と認識してる。
だから、『一度死んだ人間が死を恐れるのはどうかしてる』って
言ってた」
アイリーンはユイの言葉に驚いた。
クサナギは自分は死んだ人間だと認識している。
そんな事で恐怖を消せる人間などいない。
だが、彼を見れば本当に恐怖など無いように見える。
つまり、彼にとってその事件は、それほどのトラウマ、もしくは
恐怖だったのだろう。
それに比べれば彼にとって、今の殺し合いなど
『遊び』に過ぎないのだろう。
「クサナギは死の恐怖を知らない。だからこそ、あの状況で
笑っていられる。そういう人なの、クサナギは」
「ず、随分割り切ってるのね、ユイちゃんは」
「そうね。最初は少し驚いたけど、馴れれば意外と普通に見えてくるわ」
「最初? あれ? ユイちゃんは初めからあの男と一緒じゃなかったの?」
「違うわ。クサナギと出会ったのはある理由から。それから一緒になっただけ」
「理由って……どんな理由?」
アイリーンはユイに尋ねた。
全く関連性がなさそうな二人。
片方は無口で無表情の白髪の少女。
もう片方は、地獄のような光景で笑みを絶やさない
黒いグラサンの悪魔。
そんな相対的な二人に、自然と興味が湧くアイリーン。
しかし、少女の口から出た言葉は意外なものだった。
「復讐」
「ふ、復讐? それって……」
アイリーンは言葉を続けようとした時、ふと周りが
静まり返ったのにアイリーンは気づく。
すかさずクサナギの方に視線を向ける。
そこには、たった一人紅い銃を持った男が立っていた。
そしてそれは、彼のショータイムが終わった事を意味する。
クサナギの足元には屍の山が築きあがっていた。
クサナギは指を銃の引き金に引っ掛けてクルクルと回して遊んでいた。
「さてと、それじゃあ、お山の大将とご対面といきますか?」
そして、アイリーン達の場所まで戻ろうとした時、
どこからか拍手の音が聞こえてくる。
それはどうやら豪邸の方向から聞こえてきていた。
誰かがクサナギ達に近づいてくる。
「いや、たいした腕だ。見ててホレボレしちまったよ」
渋い声が静まり返っていた荒野に響き渡る。
そして、その声の主が姿を現した。
「!? と、トニー=ギャレット!」
アイリーンが青ざめた表情をする。
彼女にとってこの男は、一番最悪な男だろう。
タッカーと同じく、町を滅茶苦茶にした張本人の一人。
「何だ? アイちゃん知り合い?」
「気をつけて、こいつはタッカーの凄腕の用心棒よ」
クサナギとトニーが正面に向き合って対峙する。
二人の間に重い空気が流れる。
「しっかし、随分と遅い登場だな? お仲間さん、皆あの世に
出かけちまったぜ?」
「何、あんなのは前座だ。真打ちってのは遅れて出てくるものだろ?」
トニーの言葉に、成る程、と頷くクサナギ。
そんなクサナギの無防備な様子を尻目に、口に葉巻をくわえ、
火をつけるトニー。
そして、一服した後。
「なぁ、お互い武器が銃だ。ここは一つ昔風な決着をつけないか?」
「昔風?」
「ルールは簡単だ。お互い、腰に銃を構えて俺がコインを弾く。
そして、コインが地面に着いたと同時に相手を撃つ。
『早撃ち勝負』だ」
トニーの提案に、少し戸惑うクサナギ。
だが、あまり深く考えない事にしたのか、すぐさまオッケーと
指で丸を作る。
そして、互いに十メートルほど距離を置く。
「いやはや、意外だね、ポニーさん」
「……トニーだ。何がだ?」
「だってね、さっきまで俺の戦いを見てたんだろ? だったら、
二十人を相手にしている時に、俺を背後から撃った方が早かったん
じゃないの?」
「残念だが、俺は紳士だからな。卑怯な事は嫌いなんだよ」
否。実はそうではない。
トニーと言う男は性根の腐っている男だが、腕は確か。
彼がここまでのし上がったのには、二つの才能があるからだ。
一つは『銃の腕前』、そしてもう一つは『相手の技量を計る目』だ。
彼はクサナギの戦い方、癖、弱点を二十人のタッカーの部下を
駒に指し計っていた。
そして、彼が出した結論は過酷なものであった。
運動量は常人の域を逸脱している。
クサナギが放つ銃弾は一撃の下に手下をほおむる。
一発たりともクサナギは無駄弾を使っていなかった。
どの角度から放たれた銃弾も、あたかも『視えている』かの
ような動きで避わす。
故に、トニーは二十人の部下を捨て駒にした。
例え、この時にトニーが加わったところで結果は見えていたからだ。
ならば、少しでも勝率の高い手段を取る。
トニーは策を張り巡らせた。
まず、二十人の部下が死んだところでのうのうと
拍手をしながら出てくる。
これにより、クサナギの警戒心、戦意を削ぐ。
更に、近づくことにより自分の有効射程に敵を入れる。
トニーの銃は連射には向いていない。
故に一撃勝負が望ましい。
それが『早撃ちなら尚更良い』
元々、彼の得意分野は『早撃ち』
彼の人生の中で一度たりともこの分野で負けた事は無い。
クサナギが早撃ちを承諾した時点で、彼は8割方
勝ったとふんでいた。
クサナギは知らず知らずの内にトニーの土俵へと足を運んでいた。
「すまないが、そのグラサンを外してもらえないか?」
「はぁ? なんでだよ?」
「殺す前に相手の素顔ぐらい見たいからな」
「はっ、良く言うよ。……これでいいか?」
クサナギはサングラスを取る。
そこから、互いに違う色の瞳が出てきた。
一つは蒼く、凍てつくような瞳。
もう一つは、紅蓮のように紅く、燃えるような瞳。
サングラスの時とは違い、その表情は意外と優しそうに見えた。
「OK。すまないね、これから死ぬっていうのに」
「な〜に良いって事よ、最後の願いぐらい聞いてあげないとね」
互いに笑みがこぼれる。
それはどちらも自信に満ちた笑顔。
『俺が勝つ』どちらもそんな感じの顔だ。
トニーは腰につけてあるホルスターの銃に手を掛ける。
クサナギは腰にあるポケットに銃を突っ込み、手を添える。
そして、それを離れて見つめるアイリーンとユイ。
じきに日が沈む夕暮れ時。
これほど決闘にふさわしい舞台は無いだろう。
トニーはコイン持った手を自分の前に持ってくる。
それをじっと見つめるクサナギ。
そして、コインは弾かれた。
だが、それは真上ではない。
トニーはあろう事か、真上に弾かずに、クサナギの顔めがけて
弾いたのだ!
誰もが上に弾かれると思っていた状況を逆手にとった行動。
完全に不意をつかれた状況のクサナギ。
そう、トニーは最初からまともに勝負する気などさらさら無い。
早撃ちでは負けた事が無い。
そう自負しておきながらも、彼は100%勝てる様にこのような
愚行に出たのだ。
クサナギ側から見れば、コインで相手が見えない。
トニーは勝利を確信した。
普通なら確実にトニーの勝利だ。
そう、『普通の奴なら』だ。
夕暮れの荒野に銃声が鳴り響く。
一つの影が膝を折り、目の前の男に許しを乞うようにひざまつく。
「ば……馬鹿な!?」
驚きの声を上げたのはトニーだった。
彼の手に銃は無く、その代わりに手を撃ちぬかれた跡が残っていた。
トニーの銃は無残に地面に転がっていた。
そう、先程の銃声はクサナギのものだったのだ。
「いや〜、残念でした。申し訳ないが、あんたの行動は
『視えてる』からね」
笑いながらクサナギはトニーに近づいて額に銃口をつける。
そして、笑っている顔から一気に顔つきが変わる。
その形相からは凄まじい怒りが見て取れる。
「さて、この世に言い残す言葉は無いか? "クソ野郎"」
クサナギの声がトニーを震え上がらせる。
トニーは後悔した。
タッカーの用心棒になった事、自分のしでかした事を。
「ま、まってくれ……わ、悪気はなかったんだ。
も、もう一度チャンスをくれないか? 今度はしっかりと
コインを真上に……」
その震えるトニーの言葉にクサナギは。
「あ〜、そういえば最初に言ってなかったな?」
「な、何をだ?」
「俺、紳士じゃないから、そういうの気にして
ないんだ。……じゃあな」
そして、もう一度銃声が鳴り響いた。