第一章 『クサナギとユイ』 2
外から車の音が聞こえてきた。
車は酒場の前で止まり、罵りあう声が聞こえる。
そして、扉から身体を縄で縛られた女性が勢い良く入ってくる。
女性は見た目は20代前半。
ショートヘアーで茶髪。赤い縁の眼鏡をかけていた。
眼鏡の奥では透き通るような黒い瞳。
白いシャツに灰色のベストを着こなし、青のジーンズを着ていた。
スタイル、容姿共に中々のものであった。
突然の来訪者にゴロツキどもが騒ぎだす。
女性の後ろから、いかにも悪そうなゴロツキが2、3人
入って来た。
「ジョンの兄貴! どうしたんですか、この女は?」
酒場の中の一人のゴロツキが女性の後ろから入って来た
リーダー格の男に話しかける。
ジョンと呼ばれた男は倒れていた女性を持ち上げる。
「この女がな、隣町の警備隊に俺達の事を話そうとしてたんだ。
間一髪、こうして犯人を取り押さえたってわけだ」
ジョンの言葉に酒場のゴロツキから拍手や口笛が飛ぶ。
まるで、英雄を称えるかのような雰囲気。
だが、女性は男をキッと睨みつける。
「ふざけないで! 貴方達がやっている事は許されることじゃないわ!
何が犯人よ! うぬぼれるのもいい加減にしなさい!」
女性の怒鳴り声にジョンは腹が立ったのか、
思いっきり女性の頬を平手打ちする。
酒場に鋭い音が響き渡る。
女性の頬はみるみる赤く染まっていく。
だが、彼女の目はそんな暴力に屈する事無くゴロツキを
睨みつけていた。
そんな態度に出る彼女にジョンは苛立つ。
「おもしれぇ、だったら遊んでやるよ」
ジョンは彼女を酒場の中央に放り投げる。
周りのテーブルに居たゴロツキどもが彼女を中心に円を囲む。
その数、8人ほど。
そして、ジョンと一緒に入って来たゴロツキが二人。
計11人が彼女を取り囲んでいた。
全員がいやらしい笑みを浮かべる。
「よかったなぁ、姉ちゃん。死ぬ前に俺達が遊んでやるんだから」
ゴロツキどもの態度にさすがの女性も恐怖したのか、
肩がガタガタと震えているのが見て取れる。
そして、彼女にゴロツキ共が女性に一斉に手を伸ばそうと
した瞬間。
「あ〜、お取り込みの最中にちょっといいですか?」
突然の声にピタリとゴロツキ達の手が止まる。
その声の主は黒服の男だった。
「何だ、てめぇは?」
一人のゴロツキが銃を抜いて黒服に向ける。
それを見た黒服は降参、無抵抗と両手を万歳して
意思表示をする。
「えっ? 私ですか? 私の名前は『クサナギ』です」
クサナギと呼ぶ黒服はゴロツキ達と僅かに距離を置いて
万歳の姿勢で話しかける。
「もし、良かったらその人助けてあげれませんかね?」
「はぁ? てめぇは馬鹿か? 助けれるわけねぇだろ!?
そこで俺達がしてる所でも見てな」
下品な笑い声が酒場に響く。
はぁ、と呆れた声でクサナギはため息をついた。
「いや、俺は別にその女性がどうなってもいいんですが、
ユイの奴がお願いしてくるものですから、どうか何卒
よろしくお願いします」
そういうと、頭を深々と下げるクサナギ。
その言葉にペッと地面につばを吐くゴロツキ。
「嫌だね。この女もこうなる運命だったって訳だ。
分かったか? てめぇも無駄なんだよ。力の無い奴が
出しゃばるな」
再び下品な笑い声が酒場に響く。
だがこの時、彼等は気づくべきだった。
彼の逆鱗に触れていたという事に。
「……なるほど、確かにおっしゃる通りだ。力の無い奴には
何も出来ない。人を助ける事も、自分を守る事も」
「あん?」
「お楽しみの最中を妨げて申し訳ありません。お詫びと言っては
何ですが、貴方達に一番高い酒をご馳走させてもらえないでしょうか?」
突然、裏を返したような態度を取るクサナギ。
だが、酒と言う言葉にゴロツキどもは騒ぎ立つ。
「ユイ、彼らに『一番』をプレゼントしたいんだが? いいか?」
クサナギはユイの方を振り返る事無く背中越しに喋る。
ユイはクサナギの言葉に、微かに笑みを浮かべる。
「『一番』……でいいのよね? クサナギ?」
初めて喋るユイ。
その声は涼しげで凛としていた。
「勿論だ。早くしてくれよ? 彼等を待たせては失礼だ」
「なんだよ、てめぇ、結構いい所あるんじゃないか」
ゴロツキどもは浮かれていた。
しかし、それも一瞬のものだとは彼らには知る由も無い。
「ん? あれは……警備兵じゃないですか?」
「!? 何!?」
窓の方を覗きながら喋るクサナギ。
警備兵と言う言葉にゴロツキどもが一斉に窓の方を見る。
無理も無い、先ほどのジョンの言葉が耳に入っていれば警戒
するのは当然だ。
だが、それはクサナギによる嘘
しかし、この状況で嘘など喋れる人間がいるだろうか?
目の前には10人を超える人数が拳銃を所持している。
その状況も有り、自然と全員が窓の外を見ていた。
時間にして僅か2秒足らず。
だが、彼にとっては充分すぎる時間であった。
ゴロツキが窓の外を向くのと同時に静寂を破る音が二回。
その音でゴロツキどもはハッと我に返る。
だが、時既に遅し。
中央に居たはずの女は居なくなり、近くにはこめかみに
大きな風穴が開いたゴロツキが二体。
クサナギのほうを見ると、彼の片腕には先ほどの女性が
抱きかかえられ、そして、もう片方には何時の間にか
大型の真っ赤な拳銃が握られていた。
45口径で大型の自動拳銃
普通の物に比べて大きさが一回り大きい。
明らかに量産品ではないオリジナル。
血に染まったような紅いボディに、まるで銃自体が
鎧を着ているかのような装飾と重厚感。
音の正体と思われる銃口からは煙が出ていた。
「えっ?」
驚きの声は女性からだった。
彼女自身、何時クサナギによって助けられたか分からなかった。
気づいた時には既にクサナギの腕に抱かれていた。
あまりに一瞬の出来事。
「て、てめぇ! よくも!」
ゴロツキの怒りの矛先がクサナギに向く。
残りのゴロツキが一斉に腰のホルスターの銃に手を掛けようとする。
しかし、既にクサナギは次の行動に移っていた。
銃を水平にし体を独楽の様に回転させ、
流れるような動きで正確にゴロツキの額に弾丸をぶち込む。
その数なんと三人。
そして、その回転の勢いで女性をカウンターの方に投げ飛ばす。
「きゃあああああ!」
悲鳴をあげながら、カウンターの酒棚にぶつかる。
派手に酒瓶が割れる音と共に女性はカウンターの奥に倒れる。
クサナギとユイもカウンターの奥へと隠れる。
彼らが隠れたと同時に銃声が飛び交う。
絶え間ない銃弾がクサナギ達に襲い掛かる。
何とかカウンターの影に隠れてやり過ごしているものの
状況は非常に劣勢。
向こうは手練れがまだ6人もいるのに比べて、こちらは
戦えるのがクサナギ一人。
そんな絶望的な状況にした張本人は。
「いや〜、楽しくなってきたね」
全く気にしてなかった。
それどころか、この状況を楽しんでいる様子。
「な、なんでこんな状況で笑っていられるのよ!」
そんなクサナギを見て驚く女性。
「……クサナギは、壊れてるから」
ユイが呆れた表情で喋る。
それもその筈、クサナギを見ればこの状況にも関わらず、
カウンターの上にあった残り物のサンドイッチを頬張っていた。
ユイの言っていた事もまんざら嘘ではないようだ。
一向に止む気配が無い敵の銃声。
もし、このまま長丁場になればゴロツキの仲間が
異変を感じて駆けつけるだろう。
時間が経てば経つほどクサナギ達にとっては不利。
クサナギは何を思ったのか、ユイに拳銃を手渡す。
「ユイ、『三番』だ」
「三番? 敵が多いのに三番? 『二番』の方がいいんじゃないの?」
「二番は駄目だ。物陰に隠れてる奴らに二番じゃあ役不足だ。
三番にしておいてくれ」
傍から聞けば何の事だかさっぱり分からない会話。
ユイはクサナギの言葉に頷くと、金庫のようなトランクの
蓋を開ける。
「……あ」
「ん? どうしたユイ? 何かあったのか?」
「タイム……計ってくれないと」
「お前、こんな時でもこだわるのか?」
「クサナギの精神に比べればまだまし」
クサナギはユイの言葉に苦笑いをしながら、ズボンの
ポケットの中からストップウォッチを取り出す。
「あなた達、何してるの?」
クサナギ達の奇妙な行動に興味を持ったのか、女性が
クサナギに話しかける。
それを見たクサナギは何を思いついたのか、女性の縄をほどく。
「あんた、名前は?」
「えっ? わ、私は『アイリーン』よ」
「じゃあ、これはアイちゃんに任せるわ」
「えっ?」
そういってクサナギはアイリーンにストップウォッチを渡す。
何がなんだか分からないといった様子のアイリーン。
「じゃあ、ユイ。準備はいいか?」
クサナギの言葉にコクリと頷くユイ。
「それじゃあ、スタート!」
瞬間、目を疑う光景が広がる。
それを見ていたアイリーンは言葉を失った。
ユイの手が動いたと思ったら、持っていた拳銃があっという間に
パーツに解体されていく。
リズム良く、そして華麗に。
その指の動きはさながらピアノの演奏のようだ。
そして、トランクの中にあったパーツを素早く取り出す。
解体した拳銃のパーツとトランクの中のパーツが
ジグソーパズルのように組み合わさっていく。
「……おわった」
ユイの言葉が出た時には手の中にあった拳銃は姿を変えていた。
先程の2倍ほどの銃身に、大口径。
パーソナルカラーと思われる紅い色だけはそのまま。
スライドの役割はポンプアクションに変更され、その一撃は
至近距離ならば大口径ライフルに匹敵するといわれる銃。
「散弾銃」へと変わっていた。
変更するにかかった時間はおおよそ2秒。
人間離れした芸当を年端もいかぬ少女が見せつけた。
その光景を目の当たりにして口が開いたままのアイリーン。
「いくら?」
「えっ?」
「何秒かかった?」
「あっ! えっと……その、5秒…」
その言葉にユイは頬を膨らませる。
無理も無い。彼女は今まで『3秒より後れた事が無いからだ』
明らかにアイリーンがストップウォッチを止めるのが遅かった。
「良かったな、『最低』記録更新おめでとう」
ヒーヒーと腹を抱えて笑うクサナギ。
むすっとした表情でユイはクサナギに散弾銃を投げ渡す。
クサナギは受け取ると素早く銃をチェックする。
「ユイ、『スラッグ』をくれ」
「スラッグ? 散弾じゃないよ?」
「いいんだよ。相手さんは物陰に隠れているからそれごと「撃ち抜く」
幸い、距離の方は心配しなくて良さそうだ」
散弾銃には二種類の弾がある。
「散弾」と「単発弾」の二種類だ。
「散弾」はシェルと呼ばれるケースの中に小さな弾丸が封入されており、
発射する事で中の小さな弾丸が放射状に広がる弾の事。
「単発弾」は文字通り一発の弾体を発射する弾の事。
これを『スラッグ弾』と呼ぶ。
この単発弾は散弾と比べて遥かに威力が高く、障害物を破壊する目的でも
使われる。だが、その反面、距離があると威力が落ちる。
クサナギは手馴れた手つきで弾を込めていく。
準備は整った。
だが、撃つタイミングが見当たらない。
一瞬でも顔を出せばたちまち蜂の巣になる状況。
クサナギはキョロキョロと辺りを見回すと、冷蔵庫の中から
手のひらサイズの深緑色の野菜を取り出した。
そして、それをゴロツキ達に向けて投げた。
勢い良く音を立てて地面に落ちる野菜。
紛れもなく野菜だ。
しかし、遠くから見ていたゴロツキ達はそれは「爆弾」に見えた。
こんな状況でまさか野菜を投げつけてくるなどという
発想はまず無い。
形と大きさも手榴弾に近かったことも重なり、ゴロツキ達は
慌てて物陰に身を潜める。
その瞬間、クサナギはカウンターから身を出す。
瞬時にゴロツキたちの位置を確認。
散弾銃を構え発砲する。
テーブルの影に隠れていたゴロツキをテーブルごとぶち抜く。
豪快な音が酒場に響き渡り、同時に人が跳ねる。
これで一人。
だが、散弾銃は連発するのには不向き。
一回撃つと、リロードを行わないといけない。
騙されたと分かったゴロツキはすぐさま反撃の態勢に出る。
しかし、信じられない光景を彼らは目の当たりにする。
クサナギは撃つのと同時にグリップから手を離し、
反動を利用して、トリガーに引っ掛けてある指で銃を一回転させる。
これにより、瞬時にリロードを済ませたのだ。
そして、すぐさま発射。
これだけでも曲芸の域。
だが、クサナギはコレを高速で『三回連続』やってのけたのだ。
そのいずれもがゴロツキ達を正確に捉えていた。
もはや人間が行える業ではない。
撃たれたゴロツキが吹き飛ぶ。
残りは後二人。
リーダー格の男とその部下だ。
しかし、先程の人間離れした技を見せられて二人は
戦意喪失状態だった。
明らかに目が泳いでおり、銃を持っている腕はガチガチと震えていた。
「さてと、どうしますか? お二人さん」
散弾銃を片手にカウンターの上に座るクサナギ。
ふぁ〜、とあくびをするなど、あまりの余裕ぶり。
「く、くそっ!」
勝てぬと悟ったのか、窓を破って逃げ出すゴロツキ。
それを撃とうと思えば撃てたのにも関わらず、
黙って見送るクサナギ。
こうして戦いは終った。
以前の酒場は見る影もなくなり、
酒場の中は血と硝煙の匂いで充満していた。
「わ、私の店が……」
ガクリと膝を落とす酒場のマスター。
一番の被害者はこのマスターかもしれない。
目の前の惨劇の後を呆然と見つめるアイリーン。
カウンターの上からひょいっと飛び降りるクサナギ。
そして、ユイに散弾銃を投げ渡す。
それをユイは一瞬でばらして、全てのパーツをトランクの中にしまう。
クサナギは呆然としているアイリーンに近づく。
「よかったなあんた、生きてて」
「えっ? あ、助けてくれて……ありがとう」
「なーに、お礼を言うならあのトランク持ってる子に言ってくれ。
あの子がアンタを助けてほしいって言ったから助けたんだ」
ニカッと笑うクサナギ。
そして、何事も無かったかの様に酒場の入り口から出て行く。
最後にバイバイとアイリーンに向けて手を振った。