第一章 『クサナギとユイ』
ここは見知らぬ辺境の星「クリシュナ」
ここでは人々が自由気ままに過ごしていた。
仕事に精を出す者、日々寝て過ごす者。
色んな意味で自由な星であった。
しかし、その自由気ままなルールが災いし、この星では
犯罪が年々増えていった。
この町「ウエスタンス」もその影響を受けている。
昔は鉱石の発掘で栄えたこの町も、今では見る影も無い。
人を迎えるはずの町の入り口はカタカタと看板が揺れていた。
町の中は砂埃をあげる風が虚しく吹いていた。
西部劇を思わせる木造の家が立ち並ぶ。
唯一、町の酒場からは昼間だと言うのに、人の声が絶え間なく
聞こえていた。
酒場の中は薄暗く、天井には換気の為と思われる羽がゆっくりと
回り続けていた。
そして、いくつもの丸テーブルに拳銃を携帯しているウエスタン風の
ゴロツキが何人もたむろっていた。
この酒場ではこれが日常茶飯事。
しかし、今日だけは違っていた。
「いらっしゃ……」
酒場の扉が振り子のように開く。
扉の開く音で、酒場のマスターは挨拶をした。
何時ものゴロツキかと思って客の顔を見ると、
そこには黒い服の男と10代前半の少女が立っていた。
黒い服の男は、見かけからして、歳は20代前半。
ボサボサの黒い髪に黒いサングラス。
身長は180cmほどで、体格はやや筋肉質。
黒い長袖のシャツに上に黒のジャケットを羽織っていた。
下は灰色の長ズボン。
そして、その隣の少女は、髪は白く真珠のように輝いており、
目は深い蒼い色。
顔立ちは理想的な卵型。表情は氷のように涼しげで、
身長は黒服の男の胴辺りといったところだ。
彼女は、自分よりもひと回り大きいトランクを後ろに引いていた。
片手とトランクをがんじがらめの鎖で繋いでいる。
分厚く、銀色のステンレス製のまるで金庫のようなトランクだった。
それを苦も無く持ち歩く少女。
「ちわーす。申し訳ないんですが、飲み物とか頂けると非常に
助かるんですが……」
容姿とは裏腹に陽気な声で喋る黒い服の男。
黒服はキョロキョロと辺りを見回し、空いている席が
カウンターしかないと分かると、あっさりカウンターに
座った。
「すいません、酒とミルク。ジョッキで」
注文と同時にお金を出す黒服。
それを見た50代半ばの白髪交じりのマスターは
渋々注文を受ける。
マスターは後ろの酒棚から酒を取り出し、冷蔵庫から
ミルクを取りだす。
「はいよ」
二人の前に出されるミルクと酒。
そして、それを二人は一気に飲み干した。
「ちょっ!? ちょっとお客さん! 何してるんですか!」
「ん? 金は払っただろ?」
おかしいな? と首をかしげる黒服。
だが、酒場のマスターが驚いているのはそこではない。
なぜなら、黒服の男がジョッキでミルクを飲んでおり、
そして、あろう事か少女がジョッキで酒を飲んでいたのだ。
「困りますよ、こんな子供に酒を」
「まぁ、硬い事言わない。お金は払ってるんだから、ね?
後何か食べ物ない? あったら欲しいんだけど」
黒服のいい加減さに呆れつつも、渋々言う事を聞くマスター。
マスターはサンドイッチを黒服の前に出す。
「お客さん、随分と大きな荷物をお持ちですね?」
マスターがチラリと少女のトランクに目をやる。
確かに、旅行用にしてはサイズが大きすぎる。
気になるのも無理は無い。だが、マスターがそんな質問をしたのは
もう一つ別の理由がある。
周りにいるゴロツキが目でマスターに合図を送っていた。
もし、中身が武器などであればそれ相応の『対応』を
取らなければいけない。
「あれ? マスター気になるの?」
「え、ええ……」
そんな事とは露知らず、黒服は聞かれてニヤニヤと
笑う。
「見たいんだったら、見せましょうか?」
「えっ? いいんですか? お客さん」
「まぁ、見せて減るようなものじゃないですから。おい『ユイ』
良かったら見せてやってくれないか?」
ユイと呼ばれた少女は、黒服の声に無言で頷く。
そして、おもむろにトランクの鍵を開ける。
蓋と呼ぶには大きすぎる。まるで扉のようだ。
そして、トランクの扉が開かれた。
中からは、何かの機械のパーツらしきものがぎっしりと整理整頓され、
保管されていた。
その数は数え切れないほどだった。
「これは、なんですか?」
「まぁ、見ての通り機械のスクラップだよ。こいつが結構な金になるんだ。
少しでも量を増やしたいから
こういう大きなトランクを運んでるって訳」
フフンと、微かに笑う黒服の男。
それを見たゴロツキとマスターはほっと胸を撫で下ろす。
そして、何事も無かったかのようにゴロツキ達は再び仲間内で
雑談をし始めた。
「お客さん、言っちゃ何ですが早くここから出て行ったほうが
いいですよ?」
布でグラスを磨きながら、周りに聞こえないような声で
ポツリと話すマスター。
その言葉を聞いた黒服の男と、少女はキョトンとしていた。
「えっ? 何で?」
「ここいらは、「賊」に支配されているんですよ」
「賊?」
「ええ……数年前に突然、『チキン=タッカー』と呼ばれる
悪党がこの町を根城にしちまいまして、ほら、後ろのゴロツキ共が
タッカーの部下ですよ。それからというもの、タッカーの野郎は
私たちに膨大な金を要求してきてるんですよ」
酒場のマスターが暗い影を落とす。
「あらら、そりゃ災難ですな。だったら抵抗なり、逃げ出すなり
すればいいじゃないですか?」
黒服はサンドイッチをほおばりながらマスターに問いかける。
所詮は人事と思ってか、その声からは同情の余地などひとかけらも
見当たらない。
「できるならやってますよ。チキンの奴は用意周到の奴でして、
この周辺の国境は全てあいつの息が掛かってましてね、逃げ出すのも
不可能。抵抗しようにも、凄腕の銃使いがいるんで歯が立たないって
わけですよ」
八方ふさがりと言った様子のマスター。
話しているうちにマスターはどんどん暗くなっていった。
その様子を見た黒服と少女は、結構な厄介事と見たのか。
「なるほど、それじゃあ俺達も早くここから出て行ったほうが
いいですね。うん、有益な情報をありがとうございました。
まぁ、悲しいですが、これからも頑張ってくださいね」
などと、慰めにもならない言葉を残して立ち去ろうとする。
些か残ったサンドイッチが黒服は気になりつつも、
厄介事に巻き込まれるよりはと、出ようとしたその時。