第三章『交わした約束』 2
「なぁ、『ハイドタウン』ってどんな所?」
車で移動中、助手席で横になっているクサナギが
不意にアイリーンに尋ねた。
「ハイドタウン、別名『闇の街』」
「闇の街?」
「そう。他の街と比べて、とにかく「暗い」のよ。
みるからに負の感情丸出しの街って言った方がぴったりね」
「……そんな街に行くのか?」
「仕方ないじゃない、アクアレイクに行くルートは2つ。
一つは、ここから一週間かかる街に着いて、それから国境を
渡る許可書を最低一ヶ月発行を待って行くルート。
そして、もう一つは3時間後に着くハイドタウンに行って、
関所を通るルート。さぁ、どっちに行く?」
「……すいませんでした」
そうして、クサナギ達はハイドタウンへと向かう。
ハイドタウンに近づくにつれ、舗装された道は少しずつ荒んでいき、
遂には荒地となんら変わりない道へと変貌を遂げる。
周りの草木は枯れ、目の前には黒煙を轟々と噴き上げる街が見える。
街の中は異常な状態だった。
家の壁は強固な鉄板で出来ており、家本来の温かみを感じさせない。
汚水や排煙による異臭。
道には浮浪者、店のキャッチ(呼び込み)らしき者が
多く見られた。
アイリーンの言ったとおり、この町に『明るさ』など無かった。
全てが暗く、負の感情に包まれていると言ったのは過言ではなかった。
その街を車で横断するクサナギ達。
クサナギは周りを見渡しへー、ほー、などと声を上げる。
「どう? 初めて来た感想は?」
「こりゃ酷い。みんな生きてるのか死んでるのか」
「まぁ、大半は死んでるも同然じゃない? どうせ『あれ』に
金をつぎ込んだ人たちばかりだろうし」
「『あれ』?」
「私達には関係ないわよ。さてと、もうすぐ関所につくけど……
まさかこの一年で変わってないでしょうね?」
などと、アイリーンが一人言をブツブツと呟く。
街中を進み、出口の近くに大きな門が見えてきた。
これが『関所』だ。
この場所だけはハイドタウンにふさわしくない厳重な警備が敷かれていた。
アイリーンは車から降りて、門番にIDカードらしきモノを手渡す。
しかし……。
「な、なんですって!」
アイリーンの叫び声があたりに響く。
あまりの大きさに、横になっていたクサナギが飛び上がる。
アイリーンは門番と激しく口論をしている様子。
しばらくしてアイリーンが、がっくりと肩を落としてジープに戻ってくる。
「もー! だからこの街嫌なのよ!」
アイリーンは八つ当たりのようにガンガンと
車のハンドルを叩く。
どうやら、かなりご立腹のようだ。
「ど、どうしたの? アイちゃん?」
「どうしたもこうしたも無いわよ! 変わってるのよ、IDカードが!
もうこのIDカードは古いから使えないって! まだ2回しか使って
無いのよ!?」
「じゃあ、どうするんだ?」
「また買うしか無いわね。この街ときたら、トップがコロコロ
変わるからその度に買い直しなのよ……」
「それもあれかい? ヴァンファーレとかいう組織の陰謀?」
「違うわよ、この街はヴァンファーレに任せてない街の一つ。
それだから、偉い奴が変わっていくのよ。しかも、この街にはあまりメリットが無いから、
ヴァンファーレも無視してるらしいわよ?」
愚痴をこぼしながらアイリーンはIDカードを購入する為、
関所を離れる。
そして、再び街中へと出向く。
「どういうこと!?」
本日2度目のアイリーンの怒鳴り声が店に響き渡る。
アイリーンは店主と口論になっていた。
「だからお嬢さん、IDカードは値上がりしたんだよ」
「あのね、上がったって言っても限度があるでしょ! 限度が! なにが三万オームよ!
ぼったくりもいい所よ!」
「ま、まぁアイちゃん落ち着いて……」
「あんたは黙ってなさい!」
「は、はい」
さすがのクサナギも怒ったアイリーンにたじたじだった。
「で? 本当は幾らなのよ!」
「本当に三万オームだよ、なんなら他の店にも尋ねてみたらどうだい?」
店主のその態度にさすがに嘘ではないと悟ったのか、アイリーンは財布の中身を調べる。
しかし、財布の中身を見たアイリーンが顔をしかめる。
そして、申し訳なさそうにクサナギ達のほうを見る。
「ねぇ、幾ら持ってる? 一万あれば何とか買えるんだけど……」
「ユイ、幾らぐらいだ?」
「……2万」
「おっ、買えるじゃないか!」
ほっと一息つくクサナギ達。
これでアクアレイクに行けると一安心していたが。
「あ〜、お嬢さんたち、言っておくけど一人三万オームだからな?」
その店主の言葉にクサナギ達の表情が強張る。
ギギギとロボットのように店主に顔を向けるクサナギ達。
「な、なんじゃそりゃ〜〜!? 本当に詐欺じゃないか!」
「ただ一つ言える事は、あんた達貧乏人が買える代物じゃないって事だよ!」
カカカと高笑いをする店主。
その店主を見たクサナギ達はというと。
「ユイ、『一番』だ」
「わかった」
大きく縦に頷くユイ。
どうやら二人共我慢の限界がきていたようだ。
「あなた達の気持ちはよ〜く分かるけど、抑えて。後が面倒になっちゃうから」
とりあえず現状のお金では到底足りない為、一旦店を出るクサナギ達。
その後、他の店も訪ねてみるものの、やはり店主の言ったとおり同じ値段で売られていた。
八方塞がりのクサナギ達。
とりあえず、近くの店で一休止をすることに。
「ねぇ、これからどうする?」
テーブルの上でぐったりとなっているアイリーンが尋ねる。
その姿は生も魂も尽きたといった状態。
「これからもう一つのルート行ってたら凄い時間かかるし……かといってここに居座っても
お金が増えるわけでもないし……あれ? どうしたのよ?」
アイリーンがブツブツと話をしていた時、なにやらクサナギの様子がおかしい。
目の前には注文されたパスタと飲み物が置いてあった。
「な…」
「な?」
「なんだ……? この不味い飯は?」
わなわなと拳を振るわせるクサナギ。
眉間にしわを寄せていることからして、よほどご立腹のようだ。
「本来複雑な味わいを出すはずのソースに味気が無く、若干の固さが残るはずの麺は
茹ですぎてフニャフニャ……何というお粗末さ!」
「あんたどこの食通よ」
「許せん、ちょっと行って来る」
「ちょっ!? やめてよ! 恥ずかしいから!」
食べ物に関して怒るクサナギを必死に止めるアイリーン。
そんなやり取りをしている時に、背後から誰かが近づいてきた。
「あら、もしかしてと思ったらやっぱりナギじゃない?」
「ん?」
背後を振り返ると、そこには赤いスーツに身を包んだ女性。
流れるようにサラサラとしていて、背中の辺りまで伸びた金色の髪。
瞳は鮮やかな翠色。
形の整った唇が彼女の大人の魅力を引き出す。
ふくよかな胸とスレンダーな体型が見るモノをとりこにする魔性の美女がそこにいた。
「あれ? もしかして『サラ』か?」
「お久しぶりね、ナギ」
「……久しぶり、サラ」
「ユイちゃんもお久しぶり、元気だった?」
サラと呼ばれる女性の言葉に頷くユイ。
そして、ゆっくりとクサナギの方に近づき、クサナギの頬に手を当てる。
「あなたに会えなくて寂しかったわ、ナギ」
「そうか? 俺はそうでもなかったが?」
「もう、そういう時は嘘でも寂しかったって言うものよ?」
そして、クサナギの首に腕を回そうと手を伸ばすサラだったが、
強引に二人の間に割ってはいるアイリーンに阻止された。
「ちょっと、この女性は誰なの?」
キッと睨みつけるアイリーン。
みるからに不機嫌そうな声と表情を見せていた。
「ああ、そういえばアイちゃんは知らなかったな、サラの事は」
「サラ? へぇ〜、私はちゃん付けで、なんであの女性はちゃん付けされてないのかしら?」
「まぁ、サラは最初からサラで呼んでたからな……」
「じゃあ、私もアイリーンで呼んでよ」
「いや、アイちゃんはアイちゃんだから」
「あ、あんたって人は」
あまりのクサナギの鈍さにガッカリするアイリーン。
「それで? この女性とは……その、どういう関係なの?」
アイリーンはしどろもどろにクサナギに尋ねる。
どうやら心中は穏やかでは無い様子。
あまり聞きたくない答えが返ってこないかどうか不安なのだろう。
そんなアイリーンの心など知ってるわけもないクサナギの返答は。
「ああ、サラは商人なんだよ」
「えっ? 商人?」
「武器の調達を主にやっている死の商人なんだけど、俺達に弾薬を手配してくれているのも
このサラなんだ」
クサナギの言葉にほっとするアイリーン。
「そういえば、弾薬の手配してもらってもいいか? どうも切れかけてるみたいでな」
「ええ、いいわよ。けど……」
「けど?」
「今までの弾薬の費用を払ってからにしてもらわないとね〜?」
そういうと、ポケットから電卓を取り出し凄まじい勢いではじき出す。
電卓を打ち終わった後、金額をクサナギ達に見せる。
それを見た三人の目は点になっていた。
「……なぁ、サラ」
「ん? 何かしら? ナギ」
「コレ、二桁ぐらい多くないか? は、八百万オームって……」
「多くないわよ? それでもおまけしてるぐらいなんだから。それにあなたの使う弾は
特別製が多いのよ、ミスリル製やらダラス鋼製やらで」
「悪い、無理だ。今俺達はIDカード買うお金をどうやって工面しようか悩んでるぐらい金が
無いんだよ……」
「IDカード? なんでそんなの必要なのよ?」
「まぁ、実はな……」
事の大筋をサラに話すクサナギ。
それを聞いたサラはなにやら不敵な笑みを浮かべていた。
「ねぇ、な〜ぎ〜」
甘い猫なで声でクサナギを呼ぶサラ。
その声にビクリと肩を震わせるクサナギ。
「良かったら私がそのIDカードの費用と弾薬代を工面してあげてもいいわよ〜?」
「えっ? ほんとうですか!? サラさん」
突然のサラの申し出に驚きを隠せないアイリーン。
ニコニコと微笑むサラに対して、クサナギの方は顔に手を当ててなにやら
不安を隠せない様子。
「勿論。でもそれは、私の頼みごとを聞いてくれたらの話なんだけどね〜?」
「嫌だ、断る、サヨウナラ」
好条件に迷う事無くきっぱりと否定するクサナギ。
そして、そそくさと店から出ようとする。
そんなクサナギを引き止めるアイリーン。
「ちょっと! 折角の申し出を断る気?」
「アイちゃんはこいつの依頼を知らないからそんな事言えるんだよ! 過去に
弾薬の工面で請け負った依頼が2回あったが、とんでもない依頼だった。
もうこりごりだ」
ヤダヤダと首を何度も横に振る。
とは言うものの、現状を打破する方法はサラの言っている条件を飲むしかない。
しかし、それを分かっていながらもクサナギは拒否し続ける。
「ねぇナギ、話だけでも聞いていかない? この仕事は多分あなた向き……いえ、
"あなたにしかできない"仕事なのよ」
その言葉にクサナギは戸惑った。
こんなに下手に出るサラを初めて見たからだ。
その為自然とサラの依頼に興味を持ってしまった。
クサナギは店のソファーにドスンと勢い良く座り、その隣にユイとアイリーンが座る。
それを見たサラは向かいに座った。
「それじゃあ、依頼を受けてくれるのね?」
「ああ。その代わり、弾薬とIDカードの方は……」
「分かってる、ちゃんと工面しておくわ。それじゃあ、依頼の方なんだけど……」
ごくりと喉を鳴らす三人。
一体どれほど恐ろしい依頼が飛び出るのかドキドキした様子。
そして、サラの口から出た言葉は。
「とりあえず、店、でましょうか?」
「「は?」」
店を出たサラは、どこかへと歩き出す。
それを後ろからついていくクサナギ達。
街中を抜けて、直ぐ近くの郊外にある大きな一軒家へと向かっていく。
レンガ造りで煙突付きの立派な一軒家。
サラは、ドアをノックして直ぐに中へと入っていく。
それに連れられてクサナギ達も中へ。
家の中は木目調の板張りの床で、周りには様々な生活用品が置かれていた。
そして、その家の中央で車椅子に座っている20代前半の青年がいた。
髪は黒く、気さくな感じのする青年だった。
青年はサラが来たのに気づくと、車椅子を器用に操って近くに寄ってきた。
「サラさん、今日はどうしました?」
彼は少しだけ微笑みながら話しかけてきた。
明るい、はりのある元気な声だった。
「実は、あなたの依頼に応えれそうな人物が見つかりました」
「! ほ、本当ですか!?」
「はい。こちらにいる人物です」
そういってサラはクサナギの方に手を向ける。
サラに紹介されて、クサナギは僅かに頭を下げる。
車椅子の青年はクサナギの方へと近づく。
「初めまして、僕の名前は「カミュ」といいます」
「クサナギだ」
カミュと呼ばれる青年が握手を求めるようにクサナギに手を伸ばす。
クサナギはそれに応える。
「で、どんな依頼なんだ? サラ」
「あ、それは私の方から説明した方がいいですね……」
そういって、カミュは少し表情が暗くなる。
彼は震える声で。
「私の友人を、唯一無二の友人を救って欲しいのです」