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クサナギ  作者: ZARUSOBA
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第三章『交わした約束』

――俺は、この街が嫌いだ。



周りを見れば死んでいるように無気力な大人が道端で倒れている。

水は汚い、空気も汚い、人間も汚い。

そんなどうしようも無い街が俺の生まれた所だ。



だけど、こんな街でも楽しみがあった。



俺は何時も鉄屑をかき集めてそれを売る事で金にしていた。

親なんてものは俺の場合初めからいなかった。何時も一人だった。

そんな時、俺は同じ境遇の仲間と知り合いができた。

いや、『友達』ができた。

それからだ、楽しみができたのは。


「よぉ、待った?」

「いや、今来た所」


俺達は仕事が終わると、何時も決めている場所へと向かう。

そして、そこから二人で「ある場所」へと向かう。


「なぁ、今日はどっちが勝つと思う?」

「俺は断然ハーディかな? 20戦全勝の無敗の王者」

「でも今回の挑戦者のスレイガーだって負けてないよ?」


などと、談話をしながら向かう。

これから向かう場所は、本来なら俺達のような子供にはご法度の場所。

俺達はこそこそと誰にも見つからないように地下の下水道に入る。

ヘドロと汚水の匂いで鼻が曲がりそうだ。

狭く暗いパイプを通り、やがて見えてくる一筋の光。

そこから賑やかな音が聞こえてくる。

そして目の前に現れたのは、丸い砂の舞台。

上からは太陽のように降り注ぐスポットライトの光。

舞台の周りを囲む席からは罵声や歓声などが入り混じった不協和音。

そしてそれを一心に受け止める二人の主役が居た。



大人達はどういう目で「これ」を見ていたか分からない。

大方はショーやギャンブルのたぐいだろう。

だが、俺達二人にとって「これ」は憧れだった。

他の遊びを知らないのもあったのだろう、俺達はこれが唯一の楽しみだった。

白熱する戦い、豪快に決まる大技、果ての流血。

子供心に火がついていた。

いつも見終わると今日の話に夢中だった。

互いに見た技を研究したりもした。

そうなると、見てるだけでは飽き足らなくなるのは目に見えていた。

実際にあの舞台に立って戦ってみたいと感じ始めていた。

それから俺達は見よう見真似で練習をしだした。

傍から見れば喧嘩をしているようにしか見えなかっただろう。

とても試合と呼べるようなものではなかった。

単純な殴りあいだ。


見ては考え、試しに殴りあい。

そんな失敗の繰り返し。

けれど繰り返す度に殴る拳はさまになり、蹴る足は鋭くなり、何時しか

殴り合いの域を超えていた。

もっと強く、もっと強くという気持ちが何時しか芽生える。


それから何年も経ち、俺は決心した。


「えっ? でていく?」


友人はやけに驚いた表情をしていた。

そして、俺を必死に引きとめようとした。


「出て行ってどうするんだよ!? 「約束」はどうするんだよ!」

「だから、その為に出て行くんだ」

「えっ?」

「正直、これ以上は誰かに学んだほうがいいと思うし、確かめてみたいんだ。

 俺がどこまで通用するか」


その言葉に友人は黙っていた。

恨めしそうに俺を見る。


「……何時、帰って来るんだよ?」

「3年……いや、5年以内に帰ってくる。その時、約束を果たそうぜ」

「……絶対だぞ? 絶対、絶対だからな!」

「ああ。お前こそ忘れるなよ?」


そうして、俺は15年生きたこの街と別れた。

その時、もう「俺」は二度とここには帰って来れないとは思ってもいなかった。


外の世界は新鮮だった。

見るもの全てが新しい。

街、人、食べ物。

そして、俺は片っ端から格闘に関する道場や建物に駆け込んだ。

だが、その時気づいた。

俺がいた街でやっているモノとは実は全く別物であるという事に。

それはまるで「遊び」だった。

防具に身を包み殴りあったり、組み手からはまるで殺気めいたものが感じられない。

あの街のような血生臭く、スリルと殺気に満ちた「あれ」とはかけ離れていた。


正直、それだけでもガッカリだった。

更に俺に追い討ちをかけるようにそれは起こった。


「あ……がっ」


言葉にならぬ声を発しながら腹を抱えてうずくまる男。

それを呆然と見る周囲の観衆。

それも当然、いきなりはいって来た部外者、つまり俺によってあっさり倒されたのだ。


"一番強い奴と戦いたい"


そう、告げて出てきたのが目の前でうずくまる男だ。

他の場所に行ってもすべて一緒だ。

そう、俺は強くなる為にあの街を出てきたのに意味が無かった。

俺は大会や道場を次々と乱入しては勝ち続けた。

何時しかそれは噂となっていた。

噂を耳にして駆けつけてくる猛者。

けれど、その猛者たちは俺の前で誰一人として立っている者はいなかった。

俺は一心不乱に戦い続けた。

どんな場所だろうと、どんな奴だろうと、どんな状態であろうと戦い続けた。

強くなれると信じて。


けれど、そんな日も長くは続かなかった。


ある日、体に激痛が走る。

立つ事もままならない程の激痛。

あまりの痛みに、そのまま俺は道端に倒れこんだ。

幸運にも通行人が俺を病院へと運んでくれた。


病院で伝えられる自分の容態。

それは、あまりに非情な死の宣告だった。


"君はもう、格闘技はできない"


医師からの言葉。

話によると、脊椎とやらの部分が損傷しているらしい。

普通の生活をするにはなんら問題は無い、けど、激しい運動などはもう出来ないだろうと。

これだけで済んだ君は幸運だったと、医師は笑って話す。

だが、俺にとってはそんな問題では済まされない。

何の為にここまでやってきた? もう出来ないなどでは済まされない。

誓ったんだあいつと。


だが、現実はあまりに過酷だ。

少しでも運動すれば発作のように発生する手足の痺れ。

ろくに力も入らない。

頑張れば頑張るほど虚しいほどの空回り。

そんな自分に悔しくて泣いた。

もう……どうしようも無いと。


街を出て4年が経った。

俺はまだ病院にいた。

ベッドに横たわり、生きているのか死んでいるのか分からない俺がいた。

いっそ、殺して欲しいとも思った。

だが、そんなとき突然「奴」が現れた。

そいつは花束をもって俺の病室に現れた。


「あんた、誰だ?」


俺には身内はいない。

かといって、そいつとは知り合いでもなかった。

奴は、俺にこう言ってきた。


「私は、あなたのしがないファンの一人です」


そういって微笑む男。

布に包んだ長い棒のような物と、鮮やかな紅い瞳がとても印象に残る男だった。

それが、俺が「俺」であった最後の記憶だった――。



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